転生令嬢はゆめかわいいをお望み

しおだだ

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ルチアーノからもらったラズベリーの木は中庭の一番陽の当たるところに置かれていた。

モンタールド家の庭師は優秀だが、婚約者にプレゼントされたものなのでレイラがきちんと手をかけて育てている。日除けのための大きな帽子を被り、じょうろを傾け水やりをする。


とっとっと軽快な、そして足早な音が近づいてくるのがわかった。


「ロイド?もう時間かしら?待ってね、まだ準備ができてなくて」


振り返った先にいたのはルチアーノだった。


「ルチアーノ様…」

「す、まない、邪魔をしたようで…」


どうやら今日もまたトマを訪ねてきたようだ。
首を横に振ってじょうろを置くと、ルチアーノはそっとレイラの隣に並んだ。

「ちゃんと世話をしてくれているんだな」

「水やりのことですか?当たり前です。ルチアーノ様からのいただきものですから」

ルチアーノは少しだけ目を細める。
その表情がなんだかとても大人びて見えて、レイラはどきりとした。


「今日のワンピースも、か、わいい、よ…」

「え…、ありがとう、ございます…」


顔を真っ赤にしてお互い明後日の方を向く二人の姿はとても愛らしい。

レイラを追って来たマリーは小さな恋人たちのそんな様子に、背後のロイドに向けて、しーっと人差し指を立てた。


今日のレイラは白い大きなつばの帽子に、淡いラベンダー色のワンピース。ラズベリー色の髪は左右で三つ編みの輪っかにしていた。

「わたくしの一番好きな色なんです」

レイラはスカートを見下ろして照れたように笑う。ゆめかわいくて、大好きな色だ。


ルチアーノを見ると、彼は僅かに目を見開いて固まっていた。


「ルチアーノ様?」

「あ、いや、なんでもない」

すこし顔色が悪い。
けれどレイラの婚約者は緊張したり慌てたりするとすぐ顔色が変わる。レイラはあまり深く考えなかった。


「お嬢様、ルチアーノ様、お茶はいかがですか?」


侍女のマリーが中庭のテーブルにティーセットを並べながら声をかけた。傍らではロイドが準備を手伝っている。


「ルチアーノ様、ご一緒にいかがですか?」

「いや、ぼくは遠慮しておくよ」


目を輝かせて誘うが、ルチアーノの答えは否だった。レイラは肩を落とす。


「ルチアーノ様、今日のお茶会はおもしろい試みがありますよ?御覧いただけませんか?」

「いや、いいんだ」

「そうですか、ではトマを呼んで……」

「いや、いいんだ」


ロイドの呼び掛けも、レイラの再びの申し出も、ルチアーノは断ってしまう。

そしてそのまま「失礼させていただく」とサルヴァティーニ家の侍従を呼んだ。あの様子では、レイラの元からではなく、モンタールド邸から去ってしまうのだろう。


レイラは席について溜め息を落とした。

―――もう少しルチアーノ様といられると思ったのに。

なんだかとっても残念だった。



「レイラ、ルチアーノ様来てた?」


しばらくしてトマがお茶会の場にやって来た。


「ええ。でももう帰られてしまったわ」

「そっか」

トマはちらりとラズベリーの木に目をやると、あっさり頷いた。

「お茶会の途中だった?」

「いいえ、これからです。トマ様もどうぞ?」

「ありがとう」

ロイドに促されて、トマも席に座る。


「トマ様、こちらのお茶をどうぞ」


マリーがトマの前に置いた茶は、カップの上にクリームが山盛りになっていた。


「うわ、なんだこれ!?」


よく見ればなにやら顔らしきものがある。
だがそれがなんなのか、歪すぎてよくわからなかったため、容赦なくスプーンでかき混ぜて溶かしてやった。


「ああ!わたくしの渾身の作が!」


レイラが悲鳴を上げて、やっぱりか、とトマは内心で呟く。そして一口。


「クリームがくどい」


トマは顔をしかめて、カップを遠ざけた。
上質な茶葉の風味がクリームで消されていて最低だ。二口目はない。


「では、トマ様、こちらはいかがですか?」


今度はロイドが新しいカップをすすめてくる。
ミルクティーのようだが、こちらも表面に黒いパウダーで絵が描かれている。
先程と違い、妙に精巧な花の絵だった。

これもトマは遠慮なくスプーンで絵を崩す。


「別にふつうにミルクティーだけど…。クリームもミルクも入ってないお茶が飲みたい」


こってりとしたミルクティーは、そういったものを欲しているときには美味しいのだろうが、なんせトマは液体クリームを口にしたばかりだ。水でもいいから、はやく口の中をさっぱりさせたい。


「どうぞ」


侍女のマリーがいつもの紅茶を用意してくれた。全員分。


「やっぱりなかなかうまくいかないわねえ」

「ちょっと待て、さっきまでの液体クリームはなんだ!?実験台かよ!?」

「トマ様の忌憚ない御意見は貴重ですね」


ぼやくレイラに、状況を悟り騒ぐトマ、にっこりと美しい笑顔を浮かべるロイド。黙ったままのマリーもちゃっかりとティーカップを傾けた。


「ラテアートをやってみたかったのよ」


レイラの言葉はよくわからなかったが、また姉の奇行がはじまったのか、とトマは理解した。

「ルチアーノ様がいなくてよかったよ」

「んん。誘ったのだけど、断られてしまったのよ」

「それは不幸中の幸いだったな、お互いに」

なによ、と口を尖らせるレイラを見て、トマは肩を落とした。見た目は美しいのに中身が残念すぎるのだ。


「こちらはお嬢様考案のアイシングクッキーです」


マリーが砂糖で模様の描かれたクッキーの皿を取り出した。

レイラは「わたくし考案だなんて…」と頬を染めるが、『私』の記憶にあるものを料理長に意見して作らせただけだ。イメージだけで、材料などはわからなかったため、大変困らせてしまった。


「ふうん?」


トマは訝しげにクッキーを口に運ぶ。

「固いし、甘すぎる。いつものクッキーの方が美味い」

「ははっ!率直な御意見に感謝ですね!」

「…ロイド、不満があったら言ってくれていいのよ」

レイラはじとりとロイドを睨んだ。


「レイラは見た目にこだわりすぎなんだよ。色や柄がなくてもいいだろ」

「ゆめかわいくないわ!」

「形でいくらでもかわいくできるだろ、クッキーなら」

「むぅ」

「さっきのラテアート?も…うーん…」

「?」

トマはおもむろに他の皿にあったマシュマロを摘まんだ。

「マシュマロだったらレイラの好きなように加工できるんじゃないか?」

そしてそのままストレートの紅茶に落とす。

「!!!」

「お嬢様…!」

ロイドにせっつかれて、レイラはごくりと喉を鳴らした。


「まあ、これだって毎回飲む気はしないけど……」

「トマ」

「ん?」


レイラは弟へとびきりいい笑顔を向ける。


「おめでとう、あなたレギュラー入りよ。わたくしたちのお茶会は必ず参加してね?」


「…えっ?」
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