転生令嬢はゆめかわいいをお望み

しおだだ

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「レイラ」

「……っ!」


ダンスの授業。今回もパートナーになってくれたアドリアン王子の手がレイラに触れるや、びくっと肩が揺れてしまった。


「ご、ごめんなさい…」

「いや、オレの方こそごめんね?」


―――ん?

妙な反応をしたレイラに王子はさっと謝ってくれる。なんとなくひっかかったものは、すぐに頭から消えてしまった。


レイラはあの日、紺色の髪の侵入者に遭遇してから、人の気配が怖かった。とくに男性には過剰に反応してしまう。


アドリアンのステップにあわせながら、胸がどきどきとする。これはもちろんときめきなんかではない。動揺による混乱のそれだ。
レイラが眉を下げてふうとため息をつくと、周囲から視線が集まった。

今日はとくに色っぽいな、とアドリアンは思う。


もちろん集まる視線の中にはルチアーノのものもあった。


ルチアーノは元気のないレイラに気づいて声をかけようとしたが、いつものように先にハンナに誘われてしまった。

ハンナはあまりダンスが得意でないようだった。
はじめに誘われたときにそれとなくフォローしてしまったら、それからずっと誘われている。本当はレイラと踊りたいのに。


レイラは美しい。そしてダンスも巧い。
レイラと踊った男子生徒が揃いも揃って鼻の下を伸ばしているのを見て、ルチアーノは悔しくて、端から順に牽制してやった。

水面下の攻防は効を奏して、レイラを誘う不届き者はいなくなった。けれど相手がいないとダンスは踊れない。仕方なく友人であるアドリアンに任せたけれど、一向に自分はレイラと踊れなくて、気ばかり逸る。

それでなくてもおかしな噂が流れているのだ。レイラの婚約者は自分しかいないというのに。

ハンナとのダンスはリズムがあわない。
あえてあわせるようなことをしなくなっても、ちっとも向上しないステップにルチアーノは内心苛立っていた。


ハンナはうまく踊れない自分に焦っていた。


パーティーで助けてもらった縁を頼って、授業ではじめてルチアーノと踊ったとき、なんて踊りやすいのかとそれからずっと彼を誘ってしまった。

ルチアーノの視線はいつもレイラを追っている。

わかっていたけれど、ダンスの下手な自分は毎回ルチアーノに甘えてしまった。
次第にルチアーノはハンナの動きにあわせることはなくなり、欠点を指摘されることもある。
必死に練習しても、なお上達しない己にさらに焦ってステップを乱してしまう。

見上げたルチアーノの白皙にくっきりと寄せられた眉間の皺。ハンナはますます混乱する。

アドリアンと優雅に踊る美しいレイラの姿を恨めしく見つめてしまうのも、致し方ないことだった。


レイラはじとりとハンナに睨まれて、びくと背を震わせる。


ドレスを作ってほしいと頼まれたのを断ってから、ハンナとの関係は微妙だ。こちらも負い目があるせいか、明るく話していてもなんとなく遠慮してしまう。


「レイラ?やっぱり調子が悪いみたいだね」


アドリアンが足を止めて、自然とレイラのステップも止まる。

まだ音楽が流れているのに踊るのをやめた二人に、周囲がざわめく。


「殿下?レイラさん?どうなさいました?」

講師の声が響く。

「レイラ嬢の具合が思わしくないようですので、医務室へ連れていきます」


「それなら私が」


そこで声を上げたのはロイドだった。周囲がざわりとどよめく。


「ロイド!?どうしてここに…」

「朝から元気がなかったから、気になって見学に来たのよ。少し休みましょう、お嬢様」

ロイドの手に引かれてアドリアンから離れる。


ちらり、とロイドがきつい眼差しを投げかけたのは、アドリアンではなく、遠く離れたルチアーノだった。

ちりっ、と二人の視線がぶつかる。


「ごめんなさい、ロイド。忙しいのに…」

「講義は午後からだから問題ないわ。それよりお嬢様」


医務室のベッドに横になるよう示され、言われた通りにすると、顎の下までしっかり布団をかけられた。


「この間から忙しいとか、負担とか、なんなのかしら。私に遠慮してるの?」

「そ、んなことは…」

「私をなんだと思ってるのかしら、あなたの先生よ?」

「ま、前は違うって言ってたのに~!」


レイラの嘆きにロイドはからからと笑って、「眠ってしまいなさい」と目元に手をかざす。


「おやすみなさい、レイラ」



***
レイラが早退する連絡を受けて、マリーは学園に駆けつけた。

「お嬢様!」

医務室に飛び込むと、ロイドがしーと唇の前で人差し指を立てる。

咄嗟に口をつぐんだマリーは、ロイドのもう一方の手が眠るレイラの手をしっかりと握っているのを見て、ずきりと胸が痛んだ。


ロイドはすっとその手を外すと、マリーに歩み寄り軽くハグをする。


「来てくれてありがとう」

「…お嬢様、昨日もよく眠れていないようでしたから」

「そっか。悪いけど後お願いね。もう行かないといけないんだ」


ちゅ、とマリーのつむじにキスを落として、ロイドは出ていく。

残されたマリーはまだ顔色の優れないレイラを見下ろして、情けなく眉を下げた。


レイラは眠っていても美しい。
愛らしいし、聡明だし、誰もが目を惹かれる。マリーにとっても自慢の主だ。

ロイドはマリーに愛を囁くが、レイラを気に入っているのも明らか。


彼がレイラに出会ったとき、すでに彼女には婚約者がいた。だから――。


マリーは時々嫌な考えに囚われることがある。

ロイドは本当はレイラが好きなのではないか。自分はレイラの身代わりなのではないか。
そう言われても納得してしまうくらい、彼女は完璧だ。

そして、もしそれを告白されても、もう諦めてあげることができないくらい、自分はすっかりロイドに嵌まってしまっている。

その手を離してあげられないほど。
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