転生令嬢はゆめかわいいをお望み

しおだだ

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―――レイラの様子がおかしい。


トマは食事の席でそれとなく姉を観察していた。

おかしいといっても、いつかのように新しい趣味に目覚めたとか、なにかに興味を引かれているというわけではなくて。


「っ!?」

「…失礼致しました。お嬢様、お皿をお下げしますね?」

「う、うん。ありがとうノア」


給仕のために背後に立ったノアにすらびくつくのだ。

トマは眉を顰める。


姉の異変はすでにマリーから聞いていた。
パピヨンの店でひとりのときになにかあったらしい。

侵入者、と聞いて父の目の色が変わるのを、トマは間近で見ていた。拉致や誘拐なんてこれまで無縁に過ごしてきたレイラだ。父であるモンタールド侯爵はいつになくぴりぴりとしている。

侯爵家の権力であの日周辺に不審な者がいなかったか調べたが、しかしなにもわからなかった。

いつもと違ったことといえば、マルセルが衛兵団を率いて店を訪れたことくらい。そしてイリスと出会い、電撃的に婚約を結んだことだろうか。


今日もレイラは不安そうな顔のまま学園へと向かった。


いまレイラにはそれとわからぬよう護衛がつけられている。あからさまに側につけるとレイラが怯えるからだ。
タイミングよくロイドも中央学園に講師として赴いている。味方は多いに限る。

レイラの周辺を探れば探るほど、ルチアーノとの関係が表面化した。

ずっと昔から二人の近くにいたトマは、難しい顔で中庭に繁るラズベリーの木を見つめる。


「ヘタレだっていうのは知ってたけど、さすがにちょっとな…」


トマはいつだったか、レイラがサンルームでひとり考え込んでいた日の横顔を思い出した。
憂いと諦めに満ちた、影のある美しい横顔を。

姉とその婚約者ははじめから上手くいっていたとは言い難い。それでもゆっくり時間をかけて距離を縮めていけただろうに。


トマはぎりと奥歯を噛み締める。


レイラを悲しませるばかりなら、放っておくわけにもいかない。…大切な姉なのだから。


「ノア、今日の予定だけど――」



***
トマとの関係を言葉にすると一体なんだろう、とリーサは思う。

友人の弟?親密な人?――婚約者候補?

はっきり言葉にできなくてもどかしい。
けれどリーサはあの二つ年下の少年を信頼しているし、特別に思っている。


レイラ主催のお茶会でゆめかわいい装いをする度、姉にはなにやらやかましく噛みついているトマが、こちらを見て照れたようにはにかむ様子が好きだった。

トマはかわいくて、明るくて、ちょっと調子がよくて。でもいざとなると心強い。頼りになる。

自分の方が年上なのだから、と意気込んでみるけれど、トマはあれで結構しっかりしている。さすが侯爵様の息子だ。


レイラは二人がお茶会でしか顔をあわせていないと思っているようだが、実は頻繁に手紙のやり取りをしている。

リーサは日々あったことや感じたことを包み隠さずトマに伝えていた。トマもリーサを信頼してくれて、同じように伝えてくれる。


ルチアーノがトマに頼んでレイラにネックレスを贈り、レイラがそれをリーサにあげるものだと勘違いしていたと聞いたとき、リーサは呆れを通り越してつい笑ってしまった。

レイラは結局、あの真珠のネックレスがルチアーノからのプレゼントだと最後まで気づかないのだから、いっそルチアーノを哀れに思った。

リーサがそう返したら、今度はトマが笑っていたんだっけ。


リーサはトマとのやりとりで、男性側の事情を多少なりとも把握していた。それは逆も然り。
トマは口では色々言いながら、いつもレイラを気にかけている。

―――姉想いなのに素直じゃないのよね。 

リーサはトマのそんなところも微笑ましいと思っている。


放課後、中央学園の前にモンタールド侯爵家の馬車が停まる。そこから降りてきたのはいまだ成長途中のオレンジ色の髪の少年だった。

シルエットは小柄だが、まっすぐ顔を上げ、ぴっと背筋を伸ばして歩く姿はなんだか凛々しい。


「トマ様!?」


偶然、居合わせたリーサは驚いて声を上げた。


「リーサ嬢、ちょうどよかった。レイラを迎えにきたんだ。校内を案内してもらえるかな」

「ええ…構わないけど…」


リーサは長いまつげをぱちぱちとさせながら頷く。

そして少しだけ落胆する。…なんだ、わたくしを迎えにきたわけではないのね、と。


「ロイドさんは何の講師をしているんだ?」

トマはまずロイドのところへ向かった。

「音楽よ」

「え!?美術じゃないのか?」

「ちがうわ。音楽講師が時期外れのバカンスをとったから、その間だけ来てくれてるみたい」

「うわあ…。本当なんでもできるなあの人」


音楽室を訪れると、藤色の髪の貴公子が柔らかい笑顔で迎えてくれる。少しだけ話をしてトマはすぐに戻ってきた。

それからレイラのところへ。

レイラはこのところ元気がなくて、トマはとても心配しているようだった。


「レイラ」

「トマ!?」


姉の姿を見るや駆け寄るトマ。
レイラは驚いて目を白黒させている。当然だろう。


「用があったから迎えにきたんだ」

「だからってこんなところまで……」

馬車で待ってくれていていいのに、とレイラは困惑顔だ。


見慣れないオレンジの髪の少年に、他の生徒がひそひそと噂をする。彼の正体がレイラの弟だと知るや納得しているようだ。


トマはレイラの隣にいたアドリアンに頭を下げて、さっと視線を巡らせる。

そして、少し離れたところでハンナといたルチアーノに強い視線を投げかける。

ぴくり、とルチアーノの肩が揺れた。


「ここまでありがとう。リーサ嬢」

「ごめんなさいね、リーサ。トマにはよく言っておくから!」

「ううん。いいのよ」


トマに腕を引かれて去っていく姉弟の姿を、リーサは手を振って見送った。


レイラはリーサにとっても大切で愛しい友人だ。

…でも心のどこかで、トマはレイラを気にしすぎじゃないかしら、と燻るものがある。


以前に『貴族令嬢らしいところがいい』とトマに言われたことがあった。

リーサはそのとき嬉しくて照れてしまったのだが、いやトマ自身も誉め言葉としてそう言ったのだろうけど、でも、トマにとって一番身近な令嬢といえば姉のレイラだろう。


レイラに似ているから好き、と言われたようで、なんだか素直に喜んでいいのかわからなくなってしまった。


イリスとマルセルの婚約があっという間に決まってしまったことも、もやもやの一因だった。

…リーサとトマはお互い信頼しあっているはずだが、はっきりと言葉にできる関係ではないから。
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