不良くんは一途に愛してる!

鶴森はり

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不良くんは一途に愛し続ける!

不良くんのおかげで強くなれる

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「し、らゆきちゃ」

「……いっ!」

 ふいに彼女の手が肩を掴んだ。決して悪気はないだろう、しかし鈍い痛みに思わず鋭い声がもれた。つい先ほど怪我した部分だ、ずきりと痛みがぶり返して熱を持つ。

 はっとして香奈恵が離れて、さあっと青ざめた。可哀想なほどに怯えて傷付いた表情を見せる。濡れた瞳に亀裂が入るのを白雪は慌てて止めた。勘違いだと首を振る。決して拒絶ではない。

「怪我してて、それで」

「え、だ、大丈夫? ご、ごめんなさい……! 今すぐ保健室に」

「いや、それより百都子ちゃんを見なかった?」

 彼女の手をかりて、よろけつつ立ち上がった。肩より足首のほうが痛みが強い。顔を顰めつつも押し殺すように息を深く吐き出した。

 彼女に百都子の所在を訊くのは酷かと避けたかったが、一刻も早く見つけ出さなければ。あれは、絶対に失ってはいけない。

「も、もとこちゃんの所に行くの……?」

 びくりと怯えるように後退るのを、白雪は困ったように眉を下げて、口に笑みを乗せた。できる限り不安を強めないよう口調を和らげた。

「実はね、髪飾りを返して欲しくて」

「髪飾り?」

「うん。さっき持って行っちゃって」

「あげたんじゃなくて、だよね」

 頷いて肯定する。すると幾分か力が抜けた香奈恵は記憶を探るように視線を右上によこしたが。やがて諦めたように「ごめん、今日は会ってなくて。どこにいるか分からない」と頭を下げた。

「私も探すね、これまで助けてくれたんだから、今度は私の番」

「えっでも」

 勇ましく気合いを入れる香奈恵に、白雪は時計を確認する。五分後には数学の授業が始まる。あの数学教師は規律に厳しい、遅刻をしようものなら時代遅れの「廊下に立っていろ」を平気で言い渡すだろう。俺たちの時代はな、が口癖で生徒から疎まれている。

 一度スカートの丈が短かった女子生徒に対して体罰――と騒ぎが起きた。うやむやになったが、その生徒は学校を退学した。それが原因かは不明だが。

 そんな噂がある教師の授業に遅れるのは避けるべきだ。白雪は教師の強い語調を思い出した。

 苦いトラウマが黒い淀みとなり、視界を歪ませた。振り払おうとしてもこびりついて離れない。これではだめだと、己を叱咤して。

「おい、お前たち何している!」

 怒号にトラウマの根が一気に広がり、ささやかな抵抗は霧散した。白雪の身体は自由を失い、足が地面に引っ付いたかのように微動だにしない。恐怖が蔦のように絡まっていく。

 あぁまずい。心に浮かぶのはそれだけ。どうしようもない諦念が支配する。せめて香奈恵だけは。

 ――と、そのすぐ後。

 香奈恵が前に出た。普段大人しくて後ろで微笑んでいる彼女が、まるで白雪を守るように悠然と立ち塞がる。

 背筋を伸ばし、黒髪が揺れる様を、白雪は瞠目して瞬きもせず見つめた。

「先生、実は今、困ってて。あの」

「そんなもの後で聞く」

「……先生は何のご用ですか」

「用だと? お前ら時計を見ろ、もうじき授業が始まる。さっさと教室に行かんか!」

「まだ五分もあります。ここから歩いても一分もかかりませんよね。それなのに見つけた瞬間、怒鳴るのはやめてください」

「どうせサボる気なんだろう。別室などに逃げおって、本当に何のために学校に」

「――その発言。教師として失格だと自覚してないのですか」

 酷く冷たい声だった。

 白雪を示唆する言葉に、香奈恵が肩をふるわせた。恐怖と、それを上回る怒りが膨らむのを背後で庇われた白雪ですら理解する。

 怒っているのだ。いつも俯いて泣いていた彼女が。
 間違いなく白雪のために。

「教師に向かって、口の利き方を!」

「私たち困っていて。とある人に私物を取られて、探してます、先生は見ませんでしたか」

「そんな話、今はしとらんだろう! いいから教室に」

「あなたが、教師だというのなら。教師としての約束を忘れていませんよね」

「約束だと」

「困ったことがあれば相談しろ。イジメられたら、先生が助けてくれると」

 随分と懐かしい。入学当初で教師陣が生徒に語りかけた約束である。白雪はとうの昔に嘘だと知っている。信じるのを止めた、綺麗事だ。

 彼女と教師の間に流れる空気が変化した。あの高圧的な教師が気まずそうに口ごもる。

「先生、私の話、聞いてくれませんでしたよね? そんなことって。私たちにとって、そんなことで済まない話なのに。内容すら耳を傾けてくれない」

「なんの話だ? 今はさっさと教室に帰れと」

「――助けて、いじめられてますって! 言ったのにッ!」

 びりびりと空気をふるわす。悲鳴にも似た叫びが静かな廊下に反響した。肩で息をする香奈恵は興奮しており、かたく握りしめた拳は白くなった。ため込んでいた鬱憤を全て吐き出すかのようだった。 

 白雪たまらず飛び出し、横に並んだ。拳の上から手を添えた。目の前にいる教師は香奈恵の勢いに飲まれて、声に力がなくなっていく。周囲を気にするかのように、情けなく辺りを見渡していた。

「お、大声でなにを。人が来て、勘違いされたら」

「ほら、いまも世間体ばっかり。助けてくれない」

「な、に」

「私も、そうだった。助けられてばかり」

 ――あぁそうか。

 白雪は眩しさに目を細めた。彼女のひたむきな怒りと優しさを噛み締める。ふと彼女の視線と絡み合った。泣いて赤くなった目に宿る強い意志が弱い白雪を容赦なくつらぬく。

 情けなくなる。彼女は強くなったのに、まだ動けていなかった自分が嫌で仕方ない。

 ぐっと唇を噛み締めて深呼吸をする。意識して顔を上げて、せめて今からでも彼女と同じように前を向かなければ。そうでなければ、後悔する。

 香奈恵は再び教師をとらえて。

「先生のように、なりたくない」

「っ」

「助けてを求めてる友達を放っとくなんてしたくない。突き放したくない」


 助けられていたのは、白雪も同じだ。友達など不要だと拒絶しても、いつだってひとりではなかった。香奈恵は空き教室に来た。たとえ当番のときだけでも、確かに傍にいてくれた。白雪を独りぼっちには、しなかったのだ。

 救われていた。蒼汰だけではなく香奈恵にも。

 もう恐怖は薄れていた。

「ごめんなさい。先生、授業には間に合わせますから」

 そう言い残して、白雪と香奈恵は歩き出した。足を引きずるのを支えながら。

 確かに、前へと。

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