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第三章:死に損ない
三話 ※R
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さらに半月ほどの期間が、静かに流れていった。今では悔いしかない首の傷も、大して深くはなく、癒えてやがてほぼ消えた。
北ガラハンの地に、初冬がやって来た。
変わったこととすると、四つ。
一つ。雪の降り積む朝と晩には、暖炉が使われるようになった。
詰所にある暖炉と変わらないが、やけに小さい外形をしていた。まるで季節のインテリアのように、どこからか運ばれてきた。薪を火にくべる。使いようは同じだ。しかし、排気のための煙突はなく、それが当たり前のようであった。
二つ。ジャックスは二日に一度、ジュノーを連れ出すようになった。
薪割り。刀や銃の手入れ。近接戦闘の稽古相手。そのためか、身体は鈍る暇もなく回復した。捕虜を飼っている件は周知なのか、遠巻きに眺める者はいるが、敵意をぶつけてくる人間はいなかった。単なる興味と、無関心の半々というところだろう。
三つ。時折、フュレに呼ばれた。それは決まって、彼女が馬屋の番の日だった。
「ずっとここにいる気なの、あんた」
磨き終えた馬鎧を壁に掛け、唐突に口を開く。
飼い葉を運んでいたジュノーは、少しの間足を止めた。傍の馬に鼻息で急かされ、餌桶に下ろす。
「分からない」
「帰んないの? すっかり居着いちゃって」
「……俺には、何もできない」
「居心地よくなってんでしょ」
フュレはよく、どきりとする言葉を投げる。
──居心地はいい。今の暮らしに、慣れていく感覚。いくら捕虜だと言われても、そう扱われないことには、立ち振る舞いも何もない。
「あんたさ、なんて噂されてるか、知ってる?」
顔を近付けてくる馬に手をやり、ジュノーは視線だけをフュレに向ける。
「国棄てようとしてんだ、って。身体売って、ジャックスに取り入ろうとしてる、って」
「売る?」
フュレは、からかいの眼差しを携える。
「寝てんでしょ、あいつと」
娼婦の真似事をしている、というのだ。
「手っ取り早いもんね、ちょっと抱かれてやって、安全な地位が手に入るなら。ああ、あんた、抱く方じゃないわよね? 反対なら、納得だけど」
この日はどうも、機嫌が悪かったようだ。こうなると、反論をしようものなら、深い沼に沈んでしまう。女とはそういう人間だ、と──かつて誰かが言っていた。ジュノーは黙って作業を続けた。
それに、彼女の話は、全てが間違っているわけではなかった。
──四つ。ジャックスはたがが外れたように、しつこく身体を求めてくるようになった。
ストリップ・ホールは、嫌だ。あの場所だけは、二度と。──訴えるジュノーに、ジャックスが折れた。しかし彼は、日毎の気分でジュノーに迫った。
火遊び、と。
あの日、そう表現した。
ただの気紛れで、いずれやむのだと思う。ある種の拷問だ。耐えればいいだけだ。頭の中では言い聞かせているが、それでも辛い。
「ほら、握れって……」
ジャックスが、手を掴んで下へ導く。
「動かせ。擦るんだよ」
「待、て……」
「ほら、おい」
「嫌だ……苦し、い」
「嘘吐け、勃ってるくせに。な、気持ちいいんだろ」
ベッドが軋む。
見下ろす形で、ジャックスは下半身を密着させ、二人分の昂ぶりを重ねてしごいた。朴訥とした相手に自慰を教えるのは、端から見れば滑稽だ。しかし、先から滴らせながら、必死に快感に抗おうとするジュノーの姿に、言いようのない興奮を覚えた。
ジュノーは、拳の甲を唇に押し当て、固く瞼を閉じた。気持ちいい、という感覚が判らない。湿った音も、滑りを含んだ感触も、むしろ嫌悪を抱く対象だ。それでも身体は反応し、勝手に腰が動く。
ジャックスは、片手をシーツに着き、体勢をさらに傾けた。持ち直して強く握り締める。
押し殺す吐息が、ジュノーの鼻から抜けていった。
終わりはすぐそこまで来ていた。
「──…ッ」
腹部に力が入り、胸を仰け反らせる。膝まで下げられた下衣の所為で、脚は自由が利かない。達した小さな衝撃に、筋肉がぴんと張り詰め、足裏を着けてなんとか踏ん張った。思わず、ジャックスの手首を掴んだ。
少し遅れて、ジャックスが吐精した。
地を一気に駆け抜けた時のように、二人の呼吸は切れ切れになる。室内の空気は冷えているが、彼らの額には汗が見えた。
ジャックスの指が輪を作り、最後を絞り出すようにゆっくりと滑る。
「……白いな」
目を細めて呟いた。
ジュノーのシャツは開かれ、肌に浮き出る溝に、それは特に映えていた。二人分の欲の果てだ。
視線を少し上にやると、旧いコインの首飾りが見えた。上下する胸の動きに合わせ、鈍く光って揺れている。
ぞくりと来る謎の感情に、ジャックスは気を紛らわすように、ベッド脇に放っていた布を取った。丁寧に跡を拭いながら、時刻を確認した。
「もう、やめてくれ……」
掠れるような声で、ジュノーは懇願した。
「は? 汚ねえまま、放っておけってか。オレは綺麗好きなんだよ」
「そうじゃない」
言葉を荒げ、なおも肌に触れるジャックスを払い除ける。
「どうして、こんなことするんだ。俺は……俺は、捕虜なんだろう。お前の敵だ」
「え? ああ」
うまく伝えられない。ここ数日、頭を巡っていたことが、自身を締め付けていた。
生き残り、のうのうと暮らしていること。処遇の分からない、仲間たちのこと。これまでのこと、これからのこと──考えるほど、分からなくなる。
「女にやってくれ。……頼むから」
「何、堕ちてんだ。誰かに何か、言われたんだろ」
「もう嫌だ」
「……はーん、フュレだな。くだらねえ」
ジャックスは口を歪め、そう吐き捨てた。
ジュノーは下衣を直し、ベルトを通した。シャツのボタンも順に留めていく。背を向け、その視線から逃れるようにしてベッドを降りる。
──そこへ、ドアをノックする音がした。
北ガラハンの地に、初冬がやって来た。
変わったこととすると、四つ。
一つ。雪の降り積む朝と晩には、暖炉が使われるようになった。
詰所にある暖炉と変わらないが、やけに小さい外形をしていた。まるで季節のインテリアのように、どこからか運ばれてきた。薪を火にくべる。使いようは同じだ。しかし、排気のための煙突はなく、それが当たり前のようであった。
二つ。ジャックスは二日に一度、ジュノーを連れ出すようになった。
薪割り。刀や銃の手入れ。近接戦闘の稽古相手。そのためか、身体は鈍る暇もなく回復した。捕虜を飼っている件は周知なのか、遠巻きに眺める者はいるが、敵意をぶつけてくる人間はいなかった。単なる興味と、無関心の半々というところだろう。
三つ。時折、フュレに呼ばれた。それは決まって、彼女が馬屋の番の日だった。
「ずっとここにいる気なの、あんた」
磨き終えた馬鎧を壁に掛け、唐突に口を開く。
飼い葉を運んでいたジュノーは、少しの間足を止めた。傍の馬に鼻息で急かされ、餌桶に下ろす。
「分からない」
「帰んないの? すっかり居着いちゃって」
「……俺には、何もできない」
「居心地よくなってんでしょ」
フュレはよく、どきりとする言葉を投げる。
──居心地はいい。今の暮らしに、慣れていく感覚。いくら捕虜だと言われても、そう扱われないことには、立ち振る舞いも何もない。
「あんたさ、なんて噂されてるか、知ってる?」
顔を近付けてくる馬に手をやり、ジュノーは視線だけをフュレに向ける。
「国棄てようとしてんだ、って。身体売って、ジャックスに取り入ろうとしてる、って」
「売る?」
フュレは、からかいの眼差しを携える。
「寝てんでしょ、あいつと」
娼婦の真似事をしている、というのだ。
「手っ取り早いもんね、ちょっと抱かれてやって、安全な地位が手に入るなら。ああ、あんた、抱く方じゃないわよね? 反対なら、納得だけど」
この日はどうも、機嫌が悪かったようだ。こうなると、反論をしようものなら、深い沼に沈んでしまう。女とはそういう人間だ、と──かつて誰かが言っていた。ジュノーは黙って作業を続けた。
それに、彼女の話は、全てが間違っているわけではなかった。
──四つ。ジャックスはたがが外れたように、しつこく身体を求めてくるようになった。
ストリップ・ホールは、嫌だ。あの場所だけは、二度と。──訴えるジュノーに、ジャックスが折れた。しかし彼は、日毎の気分でジュノーに迫った。
火遊び、と。
あの日、そう表現した。
ただの気紛れで、いずれやむのだと思う。ある種の拷問だ。耐えればいいだけだ。頭の中では言い聞かせているが、それでも辛い。
「ほら、握れって……」
ジャックスが、手を掴んで下へ導く。
「動かせ。擦るんだよ」
「待、て……」
「ほら、おい」
「嫌だ……苦し、い」
「嘘吐け、勃ってるくせに。な、気持ちいいんだろ」
ベッドが軋む。
見下ろす形で、ジャックスは下半身を密着させ、二人分の昂ぶりを重ねてしごいた。朴訥とした相手に自慰を教えるのは、端から見れば滑稽だ。しかし、先から滴らせながら、必死に快感に抗おうとするジュノーの姿に、言いようのない興奮を覚えた。
ジュノーは、拳の甲を唇に押し当て、固く瞼を閉じた。気持ちいい、という感覚が判らない。湿った音も、滑りを含んだ感触も、むしろ嫌悪を抱く対象だ。それでも身体は反応し、勝手に腰が動く。
ジャックスは、片手をシーツに着き、体勢をさらに傾けた。持ち直して強く握り締める。
押し殺す吐息が、ジュノーの鼻から抜けていった。
終わりはすぐそこまで来ていた。
「──…ッ」
腹部に力が入り、胸を仰け反らせる。膝まで下げられた下衣の所為で、脚は自由が利かない。達した小さな衝撃に、筋肉がぴんと張り詰め、足裏を着けてなんとか踏ん張った。思わず、ジャックスの手首を掴んだ。
少し遅れて、ジャックスが吐精した。
地を一気に駆け抜けた時のように、二人の呼吸は切れ切れになる。室内の空気は冷えているが、彼らの額には汗が見えた。
ジャックスの指が輪を作り、最後を絞り出すようにゆっくりと滑る。
「……白いな」
目を細めて呟いた。
ジュノーのシャツは開かれ、肌に浮き出る溝に、それは特に映えていた。二人分の欲の果てだ。
視線を少し上にやると、旧いコインの首飾りが見えた。上下する胸の動きに合わせ、鈍く光って揺れている。
ぞくりと来る謎の感情に、ジャックスは気を紛らわすように、ベッド脇に放っていた布を取った。丁寧に跡を拭いながら、時刻を確認した。
「もう、やめてくれ……」
掠れるような声で、ジュノーは懇願した。
「は? 汚ねえまま、放っておけってか。オレは綺麗好きなんだよ」
「そうじゃない」
言葉を荒げ、なおも肌に触れるジャックスを払い除ける。
「どうして、こんなことするんだ。俺は……俺は、捕虜なんだろう。お前の敵だ」
「え? ああ」
うまく伝えられない。ここ数日、頭を巡っていたことが、自身を締め付けていた。
生き残り、のうのうと暮らしていること。処遇の分からない、仲間たちのこと。これまでのこと、これからのこと──考えるほど、分からなくなる。
「女にやってくれ。……頼むから」
「何、堕ちてんだ。誰かに何か、言われたんだろ」
「もう嫌だ」
「……はーん、フュレだな。くだらねえ」
ジャックスは口を歪め、そう吐き捨てた。
ジュノーは下衣を直し、ベルトを通した。シャツのボタンも順に留めていく。背を向け、その視線から逃れるようにしてベッドを降りる。
──そこへ、ドアをノックする音がした。
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