影の子より

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 終章 影の子へ

 二話 ※R

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 指に少し力を加えると、肌がその分だけ沈んだ。腹筋から曲線を描くように、胸部に向けて這わせていく。冷えて小さく固まった突起を、緩く摘まんだ。
「……ッ」
 ジュノーの身体が震えた。腹が波打ち、短い吐息が零れる。
 女とは大きく異なり、肉感のない平たな胸だ。
 意味のない構造だと、ジャックスは心底呆れた。しかし、伝わってくる反応は、彼を飽きさせない。局所的な刺激が効くと判り、執拗にこねくる。
 ──やがて、下半身を覆っていた毛布を、静かに剝ぎ取った。
 まだ角度はないが、そこはわずかに、首をもたげている。握ってやると、びくんと脈があった。
 ジャックスは、下方へとずり下がった。ジュノーの腰の横に手を置き、顔を埋める。軽く手で扱いてから、双袋を舌でなぞる。
 同性への奉仕は、あまり気分がよいものではない。
 しかし続けるのは、それで得られる快楽を知っているからだ。ジャックスは、舌先を幹に絡め、裏筋に沿ってゆっくりと上らせる。袋には指で刺激を与えながら、亀頭に吸い付いた。閉じかけた脚を開かせ、頭頂の窪みを、濡れた舌で円く撫でる。
「は……、ああ」
 一定のリズムを刻んでいた呼吸が、乱れて時折途切れる。ジュノーは無意識に、枕に頬を押し付けた。行き場のない手はシーツに縋り、快感を逃そうと爪を立てた。
 しばらく先を弄んでから、ジャックスは息を吸い、深く咥え込んだ。
 その瞬間、ジュノーの瞼が開く。
「あ、何を──…う……」
 状況が把握できず、股間の位置にあるジャックスの頭を掴む。引き剥がそうとして失敗し、手首を捕らわれ、ベッドに縫い付けられた。自由の利かない中、徐々に脳が覚醒してくる。と同時に、悦楽が否応なしに彼を襲う。浅ましくも腰を揺らし、昇り詰めていく感覚を味わった。だめだ──…と、微かな理性だけが、小さく音を上げた。
 ジャックスは構わず、根本と先端の行き来を繰り返した。唾液を絡ませたことで、滑りがいい。口内で肉をきつく締め、唇で幹を擦る。視線はずっと、ジュノーの表情を追っていた。
 ジュノーは喉をひくつかせ、歯を喰い縛る。
 そこまで迫っていることを察し、ジャックスは口を離した。湿らせた中指を、後孔の奥まで差し込む。
 直後──欲望が解放され、精液が出口から垂れ落ちた。
 ジュノーは一瞬仰け反ったが、陰茎をぎゅっと握られ、思わず顔を起こした。ジャックスの手首を掴み、短い呼吸を続けた。無闇に射精を止められたことで、熱は未だに引いていない。
「はあ、はあ、……ッ」
「まだ勃ってる」
 ジャックスは目を細めて言う。そして、ジュノーの腹筋に吐き出された、半透明の液体を手に取り、自身の下半身に馴染ませた。
 その様子を正面から直視し、ジュノーは息を呑んだ。
「オレもだよ」
 ジャックスのそれは、しっかりと芯を持ち、高く反り返っている。
「待て……」
「何、自分だけ出して、満足してんのか」
「違う。……うあ、」
 指で拡げた孔内に、亀頭を誘導する。腰を突き出すと、熱い肉壁に包まれる。苦しさもあった。眉間にしわが寄り、息を詰めながら、ゆっくりと進めた。
 ジュノーは、抑え込まれていない方の手で、相手の胸を押し返した。絶頂を迎えたばかりの身体には、まだきつい。しかも、向かい合って犯されるのは初めてだ。挿入しやすい体勢に、屈辱感も倍増する。体重を掛けて揺さぶられると、脳が痺れるようにぐらついた。
 ジャックスが、中途半端に放出した性器に手を伸ばす。
 それをジュノーが、慌てて制した。
「やめろ」
 ふっと不敵な笑みを浮かべ、ジャックスは、手をジュノーの胸に移した。親指で乳首を引っ掻き、掌でやわやわと揉んだ。
「くそ……やめろって」
「女みてえに、我儘な奴。どこならいいんだよ」
「俺に触れるな」
「じゃあ、もっと
 女みたいだと言われ、ジュノーは相手を睨む。その瞳は、しっとりと潤んでいる。
 ジャックスは、相手の片膝を抱え、さらにつながりを深めた。
「あ、く──…」
「……やばいな」
 腹部に力を入れると、傷に響く。また、精液や唾液だけでは、十分な潤滑油にはならず、繊細な皮が引き攣れる。それでも構わず、嫌がる腕を押さえ付けながら、貪るように求めた。
 もはやジュノーには、抵抗する力はなかった。その表情から、単なる苦痛だけではないことが判る。中をごりごりと擦られ、認めたくはないが、気持ちがよいのだ。幾度も身体を重ね、ジャックスによって与えられる快楽を、憶えてしまっている。まるで麻薬のようだ。
「こっち見ろって」
 ジャックスが、ジュノーの頬を掴み、視線を交わせた。
「……このまま、出していい?」
 わざと同意を求める。
 ジュノーは答えなかった。噛み付くようなキスをされ、喘ぎが鼻から抜けていく。
 ジャックスの方も、平静ではいられなかった。
 暑くもないのに、汗が浮いてくる。互いに呼吸が乱れ、歯がぶつかった。
 ──そして一瞬だけ、時が止まった。
 ジャックスは、ジュノーをきつく抱き、堪えていた精を吐き出した。抜く余裕もなく、柔らかな狭い壁に絞られながら、呻き声を洩らす。
「う……ッ、く、ああ。はあ……」
 ゆるゆるとした動きに、次第に興奮が収まってくる。続けて襲ってくるのは、疲労と気だるさ。
 ジュノーは肩を大きく揺らし、深呼吸をした。
 覆い被さっていたジャックスが、静かに半身を起こす。性器を半分まで引いてから、放っておかれていたジュノーのそれに、再び指を絡ませる。
「あ……待、」
「出せって」
 楔を解かないまま、半ば強引に扱く。
 肉はまだ硬度を保っており、強い刺激を待っていたようだった。一度目とは異なる、完全な射精を促す刺激だ。ジュノーは固く瞼を閉じ、下唇を噛む。自制が利かない。
「出──…く、うッ」
 脳内で何かが弾けた。勢いよく迸り、連続した吐精が始まる。無意識にジャックスの腕を掴み、止めようとしたが、彼は最後の一滴まで動かし続けた。もう出ないと訴えても、許されなかった。最終的に、悲鳴に近い懇願で、やっと手が離れていく。
 ジャックスが額づき、胸に吸い付く。
 翻弄されるような行為に、ジュノーは払い除ける気力もなかった。背徳感に似た感情が押し寄せてくるが、今さらだ。
 ジャックスは、ジュノーの顔の横に腕を置き、その黒髪に指を差し入れた。
 唇が重なる。
 啄むような感触。ジュノーは目を閉じ、されるがまま首を傾ける。合間に空気を吸いながら、無意識に縋り付くように、相手の身体に触れた。そして、滑る手が、包帯に引っ掛かったところで、慌てて引く。
 その様子に、ジャックスは苦笑し、彼の腕を自身の背に導いた。
 ジュノーは受け入れつつ、思考を巡らせた。できれば、今の浅い関係のまま、終わりたい。これ以上互いに、踏み込んでしまうことが怖かった。どこへ行き着こうが、二人が男であることに変わりはないのだ。
 それとも、昨晩ジャックスが言ったように、これも愛の形だと示してほしいのか──
 温もりが、口から首筋へ下りてくると、ジュノーの考えはそこで止まった。
 ジャックスは、休んでいた腰の動きを再開する。
 何も考えられなくなったジュノーは、悶えるしかなかった。
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