喫茶つむぎの見えないけど見えてる日常

石井はっ花

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好き、のその先へ

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この日は、盛況だった。

「いらっしゃいませ!何名様ですか?」

「申し訳ありませんっ。ただいま、満席です」

元々広くない店先だ。それでも、随分と客扱いがうまくなっている。

毎日日替わり定食を夕食代わりに取りに寄るしずのための席も、しっかりと予約席の札を置き、確保する徹底ぶりだ。

「おかえり!しず!指定席確保しておいたよ!」

ドアベルがなる店内に入った瞬間に、ひよりが声をかけたので、驚いたしずだった。

荷物を置きながら、カウンター席に座るしず。

「本当に、なんか、はじめて来たときとは、別人って感じだよね。ひよりん」

「……そうですね。それでも、ボクは信じてました。ひよりさんなら、できるって」

マスターは料理の手を止め、ひよりを見た。

「……だからこそ、これからのことはしっかり選んでほしいと思っています」

しずは、静かにうなずいた。



この週末から、テスト準備期間に入る。

もちろん、喫茶つむぎでのバイトはお休み期間になる。

そこへ。

親友。神薙かんなぎ 雪凪せつなからのメッセージが届いた。

『テスト勉強どう?それはともかく、ちょっと、オープンキャンパス行きたいんだけど、つきあってくれない?』

『え?私、進路のこととかまだ全然考えてないよ。そんな人でも行ってもいいの?』とひより。

雪凪は、ニッコリと笑う猫のスタンプで大丈夫と返してきた。

『かえって、ひよりみたいに進路迷ってる人向けだと思う。私も親に行け行け言われてようやく行ってみるかなって思ってるくらいだもん』

ひよりは、なるほどと大きくうなずくパンダのスタンプを返す。

『それじゃ、私も行こうかな。どこで待ち合わせる?』

ひよりたちは、勉強そっちのけでメッセージを返しあった。



「説明会!こちらでーす!」

係員が、誘導のため大きな声を張り上げている。

「やばい、やばい。遅刻スレスレじゃん」

「まって。雪凪!」

最寄り駅についた時には、既に時間スレスレだった。

同じ様に駅から走ってくる参加者も何名かいた。

会場にたどり着いた頃には、ひよりも雪凪も息も絶え絶えだった。

それでもなんとか間に合った格好だ。

開いてる席をなんとか探し、二人は座った。

周りは、真剣に説明の内容を聞いていた。

ひよりはまだ、そこまでは真剣ではないため、こんなもんなのかなとしか思えていなかった。

それだもの、周りの真剣さに気後れしがちだ。

「では、ここで説明会を終えたいと思います。これから、学生有志が皆様とキャンパスツアーに出かけます。ご希望の方は、お集まりください」

「ねえ。キャンパスツアーだって。行ってみない?」

「う、うん。せっかくだから、行ってみようかな」

ひよりたちは数名ごとに分かれ、在校生たちに連れられて構内を巡っていく。

あっという間に昼が過ぎた。

ひよりたちもオープンキャンパスからの帰り道だ。

「これから、どうする。うち寄らない?」

雪凪が誘ってくれた。

「え?いいの?あ、勉強道具もってくればよかった」

「さらっとおさらいするだけでも違うんじゃない?」

「うん。確かに。じゃあ、お邪魔しようかな」



「それにしても、ひより、あんたがオープンキャンパス誘って来るとは、思わなかった。どんな心境の変化?」

「うーん。この前雪凪に言われたこと、考えてみたんだ。今は、まだ、自分がどうしたいのかとかわからないから、今はやれること、見つける段階かなって思って」

「確かにね。私もそうだもん。でも、ありがとね。今日付き合ってもらって、本当に助かった。ひよりと大学とか一緒に行けたら楽しそうだって、ちょっと思った」

「うん。それも、いいね」

ふたりで、笑いあった。



それから、ひよりは猛勉強を開始した。

そのおかげか、中間テストではいつもよりもかなりの好成績を残した。

「ひよりん。今回テストどうだったの?」

「あ、しず。うん。結構よかったの。頑張りました」

「へー、すごいじゃん。なんか、バイト入りたての頃、困って泣いてたひよりんとは思えない」

「えー。私だって成長するよー」

そこへ、マスターが声をかけてくる。

「……ひよりさん。お話の途中ですが、オーダー入りましたよ。ひよりの特製パンケーキ」

「あ、はい!」

ひよりは、急いでキッチンに向かう。

やがて、見事に膨らんだパンケーキが三枚お皿の上に重ねられた。

ひより自らが、お客様にサーブした。

「……本当に見事ですね。ひよりさん。こちらの才能もあるかもしれませんね。どうですか?お菓子作りの専門学校とかもありますよ」

「へー。そんな学校もあるんですね。初めて知りました」

「あるある。うちの学校からも何人か、パティシエになりたいって目指した先輩もいたもん」

「そうなんだ……」

「……今は、色々と道を探る時期でしょう。道を探すのにどうしたいとかもしあったら、話してください。その都度、この店は対応します。お休みになって構いませんから。ひよりさんにおまかせしますよ」

ひよりは、その言葉を聞いて深くうなずいた。

次の日曜で、このバイトも一周年になる。

ここに通うのが、やっぱり本当に好きなんだとひよりは思った。
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