意地悪な姉は 「お花畑のお姫様」

岬 空弥

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優しそうな継母と意地悪そうな姉

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「ぱしんっ!」

 その音と共にシオンの右頬には、じわじわとした痛みが広がった。
目の前には美しいドレスと宝飾品をこれでもかと身にまとった継母が目を吊り上げてこちらを睨んでいる。

「お前のような者にそんな偉そうな口を利く権利などありません! 私に向かって二度とそんな口を利くことは、今後一切許しません!」

「・・・・・・・・・・・・。」

「なんですか、その態度は!!」

 驚いたシオンが返事もできず、怯えた眼差しで継母を見ていると、怒りで肩を震わせた継母はもう一度殴りつけてやろうと腕を上に振り上げた。

「あら、うふふ、やぁーだ、お母様ったらー。せっかく手入れをした綺麗な爪に傷がついてしまうわよ。」

 二人が、その声の方に顔を向けると、窓からの陽の光を受けてキラキラと輝いている美しい金色の髪が目に入った。その金髪を人差し指にくるくると巻きつけながらこちらを見ている少女は、満面の笑みを浮かべてシオンを見つめていた。
少しつり目がちな瞳はいかにも生意気そうに見えるが、その瞳の色はまるでサファイアのように美しい青い色をしていた。

「そうね、フローレンス。そうだったわね。わたくしったら爪を磨いたばかりだったわ。
・・・・・そうね、こんな子の為にせっかくの爪を傷めるなんて嫌だわね。 
シオン!! あなたは今日も食事抜きにしますから、そのつもりでいなさいね。」

 継母は冷たくそう言うと、何事もなかったかのようにドレスの裾を翻し「行くわよ!」とフローレンスに告げると乱暴にドアを開けて出て行った。
髪をくるくるさせながら、人を見下したような薄笑いを浮かべていたフローレンスだったが、ドアの閉まるのを確認するなり、慌ててシオンに駆け寄って来た。

「シオン。助けに来るのが遅れてごめん。大丈夫? ちょっと見せて・・・・・・。 あああ、赤くなってる!
可哀想に、怖かったよね。 ごめんねシオン。」

 それまでの高飛車な態度から一転、フローレンスの眉は下がり、きつそうな青い瞳には涙がいっぱい溜まっていた。フローレンスの手に両頬を挟まれたシオンは、少し困った顔で笑顔を作った。

「ちょっと驚いたけど、大丈夫だよ。そんなに痛くないよ。」

「うん。ごめんね。でも偉かったね、シオン。一人でよく頑張って耐えたね。ちょっと待ってて、今、何か冷やす物を持ってくるから。」

 両手を離したフローレンスは、シオンの腫れた頬に軽く口づけを落とし、「すぐ戻ってくるからね!」と、走って部屋を出て行った。

 シオンは、フーバート侯爵家の一人息子だった。両親は、貴族にありがちな政略結婚だった。
そのせいか夫婦仲はあまり良くなかった。父親は外に愛人を作り、屋敷にはほとんど帰って来なかったし、母親も屋敷に愛人を囲っていた。両親から、ろくな愛情も貰えず孤独な幼児期を過ごしたシオンだったが、それでも侯爵家の嫡男として、満足な教育を受けさせてもらい、金銭的には特に不自由なく過ごせていた。
それが一変してしまったのは、シオンが8歳の時だった。

 シオンの母親が、家で囲っていた愛人の子供を身ごもってしまったのだ。愛情のない二人は、当然のように離縁した。母親は愛人と二人で屋敷を出て行く時、自分のお腹を愛おしそうに撫でながら、シオンに向かって冷たく言い放った。

「私の子供はこの子だけよ。」

 皮肉なことに、母親とそれまで会話らしいものがなかったシオンにとって、この言葉が唯一彼女を思い出すことのできる、たった一つの記憶として残ってしまったのだった。

 母親が家を出てすぐ、父親が愛人と籍を入れた。それまで家に寄り付かなかった父親が新しい継母を連れて帰ってきたのだ。元貴族の女性だったらしいが、親の反対を押し切ってまで結婚した相手が平民だったため、彼女とその相手との子供も平民として生活していた。
 平民の夫と元貴族の令嬢だ。実際の生活は想像以上に大変だった。
甘やかされ我儘に育った彼女は早々に質素な生活から逃げ出したくなった。そんな時、学生時代に一時期、恋人関係にあったシオンの父親に再会したのだった。

 初めて父親から継母を紹介された時、継母はシオンの顔を見て、にっこり微笑んで挨拶をしてくれた。

「仲良くしましょうね。」

 と、今まで縁のなかった優しい言葉をかけてもらい、シオンは頬を赤くして素直に喜んだ。
しかし、優しそうな母親の隣には、目つきの鋭い、いかにも意地の悪そうな女の子が、視線も逸らさずシオンの顔をじっと見ているのだ。
継母と同じ柔らかそうな金髪に宝石のような美しい瞳をしていたが、シオンを値踏みでもするかのような不躾な視線にシオンは居心地の悪さを感じた。

(新しいお母様はあんなに優しそうなのに、なぜお姉様になる人はあんなに冷たい目をしているんだろう・・・・・。)

 しかし、最初感じた第一印象がまるっきり見当違いだったことに、この後のシオンは、痛い程思い知らされるのだった。

「シオン、お待たせ!」

よほど急いで来たのだろう、フローレンスはゼイゼイと呼吸を荒げながらも濡れたタオルをシオンに差し出してきた。
「ありがとう。」と、受け取ったタオルを頬に当てると、ひんやりしたタオルの柔らかさが、赤く腫れた頬を気持ちよく冷やしてくれた。

「どう? まだ痛い?」

 心配で仕方ないという姉の顔が嬉しくて、シオンは視線を逸らした後、少し頬を染めてふるふると首を振った。

「良かった。本当になんて意地悪な母親なのかしら!! 許せないわっ! 私の大事なシオンに何てことするのよ!! 本当に腹が立つわ!! でも大丈夫よ、シオン!! いつか姉さんがあいつらをこの邸から追い出してやるんだから!! それまでの辛抱だからね。それまで一緒に頑張ろうね!!」

 シオンの手を取り、にっこり微笑んだフローレンスは、シオンの机の上に紙を一枚広げると、ポケットの中にぎっしり詰め込んだクッキーをその紙の上に取り出した。そして、そこから一口サイズのクッキーを一枚取ると、ぽいっとシオンの口に放り込んだ。

「んっ!! 姉さん、またっ!!」

 口の中のクッキーをモグモグ食べながらシオンが姉に非難するような眼差しを向けると、

「いいのよ!! 私があなたに食べさせたいんだから。別にいいじゃない! 夜食はサンドイッチを強請るつもりよ!
夜食だから遅い時間になってしまうけど、寝ちゃだめよ? ちゃんと待っててね! ジュースも持ってくるから楽しみにしてて。」

「姉さん・・・・・・・・・・。」

「やあね!シオンったら! そんな辛気臭い顔しないの!! さっきも言った通り、あなたの為にやってるんじゃないんだから気にしないの!! 私が、大好きな弟の為に勝手にやってることなんだから、これは私の為よ!!」

こうして申し訳ない気持ちでいっぱいのシオンに向かって、いつだって姉のフローレンスは、「あなたの姉は我儘なのよ!」と、楽しそうに笑い飛ばすのだった。
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