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足りない食事と足りない勉強
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その日の夜遅く、空腹を我慢したシオンが机に向かって勉強していると、
「コンコココン」
小さなノックがいつものリズムで聞こえてきた、これは姉とシオンの二人で決めたノック音だ。
急いでドアに駆け寄りそっと開けると、勢いよくフローレンスが入って来た。手にはいつもの大きなバスケットを持っている。
「遅くなってごめんね。お腹すいたでしょう? 今すぐ出すからね。」
そう言うなり、フローレンスは、机の上の勉強道具を片付け、バスケットの中からテキパキと食べ物を取り出して並べてゆく。最後にコップに入ったジュースまでもが出てきた時、シオンは驚いてバスケットの中を確認してしまった。
「零れてないでしょ? やあね、シオンったら毎回疑って! ふふっ、零す程入れてないわよ。 ほら、用意できたから食べて!」
(こうして誰にも見つからないように、毎日食べ物を運んでくるのだから、本当は凄い急いでいるんだろうな・・・・・・。僕に飲ませたくてジュースまで・・・・・・・・。)
そんなことを考え、申し訳ない気持ちでいっぱいになるシオンだったが、姉が勧めるがままに、夜食のサンドウィッチを食べ始めた。
「でも、我が母親ながら、あの人も頭が悪いわよねー・・・。 こんなにシオンに食事を与えないようにしてるのに、どうしてまだ生きてると思うのかしら・・・。貴族のお嬢様って頭悪いのかしらね? そもそも、子供に食べ物与えないって発想が、まるで悪魔みたいだわ・・・。はぁー・・・私にも同じ血が流れているのかと思うと、本当に病んでしまいそうだわ・・・あら? まあ!うふふ、美味しい?シオン。」
フローレンスは、シオンの口元を見ると、綺麗な瞳を大きく見開いて微笑んだ。
「付いてるわよ」と、シオンの口に手を伸ばすと人差し指で口元に付いていたソースを取ってくれた。
「ごめんね。今はハンカチ持ってないの。」
そう言うと、その指をペロッと舐めてしまった。そんな姉の仕草に気恥ずかしさを感じたシオンは、さっと目を逸らした。だが、頬だけでなく耳まで真っ赤になっているのを姉がにこにこしながらしっかり見ていることに気付くと、居た堪れなくなってしまい咄嗟に別の話を始めた。
「姉さん、あの問題なんだけど・・・。」
父親が再婚してすぐに、なぜかシオンの家庭教師が外された。友人どころか話し相手すらいなかったシオンの毎日は、勉強や貴族としての教育が全てだった。それがある日、家庭教師を外されると、シオンには何もすることがなくなってしまったのだ。子供のシオンは、毎日、その時間をどう過ごしていいのか全く分からなかった。
話し相手もおらず、一人で外に出ることも禁じられており、音もない部屋にシオンは、ただ一人。長い長い時間を、窓から外を眺めながら時計の音ばかり聞いて過ごしていた。そんな途方もない苦しみから救ってくれたのもフローレンスだった。
「シオン、ほら、これ見て、私の教科書なんだけど、どうかしら? 使えそう?」
そう言って机に広げた教科書は、シオンのまだ知らない知識がたくさん詰まっていた。話を聞けば、これからは立派な貴族令嬢になりたいから学園に入る前からちゃんと勉強しておきたいと両親に頼んだそうだ。子供に全く興味のない父親も継母の意見には頷くようで、その日のうちにフローレンスの家庭教師が決まったのだ。
それからは、夜になるとフローレンスがシオンの部屋にやって来て、その日、家庭教師から学んだことを二人で学び直す日々が始まったのだ。
平民だったフローレンスにとって、家庭教師が教えてくれる勉強はあまりに難しかった。最低限の読み書きは出来ているものの、基礎が全く解っていなかった為、日々家庭教師からは大きな溜息を吐かれていた。しかし、夜にはシオンに教えなくてはいけない責任感から、解らないなりにも必死に家庭教師に食らい付いていった。
家庭教師との勉強が終わると、フローレンスの部屋でお茶の時間を過ごすのが日課だった。いつものつまらない話が終わり先生が部屋のドアを出ると、メイドが片付けに来る前に、フローレンスはその日のお茶菓子を数個抜き取る。そして、急いで机の引き出しに隠すのだ。その為、フローレンスは先生とのお茶の時間、お菓子に手をつけることは一切なかった。甘い物が苦手と先生にはあらかじめ伝えていた。
夜になり、邸に人気がなくなると、フローレンスは机の引き出しからお菓子を取り出し、教科書と一緒に大きなバスケットに入れる。毎晩用意させている夜食も入れると、足音を忍ばせ静かにシオンの部屋へ向かうのだ。
フローレンスは、自分の母親に虐げられている弟の為に、常に食欲のある少女の演技をしていた。実際はどちらかと言えば小食の方なのだが、シオンが毎日ろくな食事を与えられていないことを知っていたので、いつも空腹に耐えている弟の為に、毎日頭を使ってなんとか食料を確保しているのだった。毎晩、夜食を強請るのはもちろん、自分に関心のない父親と、頭の悪い母親に嘘をつき、部屋で一人で食事を摂ることも多かった。そんな時は、シオンの部屋に運べそうな物は全ていつものバスケットや机の引き出しに隠し、時間になるのをじりじりと待つのだ。
そして、逸る気持ちを落ち着かせ、
「コンコココン」
いつものように静かにノックすれば、こそっとドアを開ける嬉しそうなシオンが顔を覗かせるのだった。
「ああ、昨日の問題ね! 大丈夫、大丈夫! 今日ちゃんと聞いて来たから。 食べながらで申し訳ないけど、ちょっと見てくれる?」
侯爵家の令息に、食べながら勉強させるなんて、そんな行儀の悪い真似をさせてしまい、元平民のフローレンスの心は痛んだが、二人の時間に限りがあることをシオンも分かっていたので、二人の間ではあえて気にすることもなく、毎晩食べながらの勉強になっていた。
「シオン、少し湿気ってしまってると思うけど、お菓子は明日の昼間にでもお腹すいたら食べるのよ?」
フローレンスはシオンの食べ終わった後をテキパキと片付けながら言った。
「姉さん、ありがとう。いつもごめんね・・・。」
大好きな姉との別れの時間、シオンは毎日この時間になると別れの寂しさと、手間を掛けさせている申し訳なさで、感情がグチャグチャになってしまうのだ。今にも泣いてしまいそうなシオンをフローレンスはそっと抱きしめて、毎晩同じことをシオンに言って聞かせるのだ。
「全部、全部大丈夫よ。 何も心配いらないわ。 私とシオンだったら全て大丈夫よ。 明日も私を信じて待っていてね。 大好きよ。シオン。」
それは、まるでおまじないのようで、フローレンスの優しい声が、常に怯えたシオンの心を毎晩穏やかにしてくれるのだった。
「うん、僕も大好きだよ。姉さん。」
少し落ち着いたシオンの言葉にフローレンスは、にっこり笑うと、シオンの頭を軽く撫でて、
「おやすみ、シオン。早く寝るのよ。」
そして、来た時と同じように、音を出さないように静かに部屋を出て行くのだった。
「コンコココン」
小さなノックがいつものリズムで聞こえてきた、これは姉とシオンの二人で決めたノック音だ。
急いでドアに駆け寄りそっと開けると、勢いよくフローレンスが入って来た。手にはいつもの大きなバスケットを持っている。
「遅くなってごめんね。お腹すいたでしょう? 今すぐ出すからね。」
そう言うなり、フローレンスは、机の上の勉強道具を片付け、バスケットの中からテキパキと食べ物を取り出して並べてゆく。最後にコップに入ったジュースまでもが出てきた時、シオンは驚いてバスケットの中を確認してしまった。
「零れてないでしょ? やあね、シオンったら毎回疑って! ふふっ、零す程入れてないわよ。 ほら、用意できたから食べて!」
(こうして誰にも見つからないように、毎日食べ物を運んでくるのだから、本当は凄い急いでいるんだろうな・・・・・・。僕に飲ませたくてジュースまで・・・・・・・・。)
そんなことを考え、申し訳ない気持ちでいっぱいになるシオンだったが、姉が勧めるがままに、夜食のサンドウィッチを食べ始めた。
「でも、我が母親ながら、あの人も頭が悪いわよねー・・・。 こんなにシオンに食事を与えないようにしてるのに、どうしてまだ生きてると思うのかしら・・・。貴族のお嬢様って頭悪いのかしらね? そもそも、子供に食べ物与えないって発想が、まるで悪魔みたいだわ・・・。はぁー・・・私にも同じ血が流れているのかと思うと、本当に病んでしまいそうだわ・・・あら? まあ!うふふ、美味しい?シオン。」
フローレンスは、シオンの口元を見ると、綺麗な瞳を大きく見開いて微笑んだ。
「付いてるわよ」と、シオンの口に手を伸ばすと人差し指で口元に付いていたソースを取ってくれた。
「ごめんね。今はハンカチ持ってないの。」
そう言うと、その指をペロッと舐めてしまった。そんな姉の仕草に気恥ずかしさを感じたシオンは、さっと目を逸らした。だが、頬だけでなく耳まで真っ赤になっているのを姉がにこにこしながらしっかり見ていることに気付くと、居た堪れなくなってしまい咄嗟に別の話を始めた。
「姉さん、あの問題なんだけど・・・。」
父親が再婚してすぐに、なぜかシオンの家庭教師が外された。友人どころか話し相手すらいなかったシオンの毎日は、勉強や貴族としての教育が全てだった。それがある日、家庭教師を外されると、シオンには何もすることがなくなってしまったのだ。子供のシオンは、毎日、その時間をどう過ごしていいのか全く分からなかった。
話し相手もおらず、一人で外に出ることも禁じられており、音もない部屋にシオンは、ただ一人。長い長い時間を、窓から外を眺めながら時計の音ばかり聞いて過ごしていた。そんな途方もない苦しみから救ってくれたのもフローレンスだった。
「シオン、ほら、これ見て、私の教科書なんだけど、どうかしら? 使えそう?」
そう言って机に広げた教科書は、シオンのまだ知らない知識がたくさん詰まっていた。話を聞けば、これからは立派な貴族令嬢になりたいから学園に入る前からちゃんと勉強しておきたいと両親に頼んだそうだ。子供に全く興味のない父親も継母の意見には頷くようで、その日のうちにフローレンスの家庭教師が決まったのだ。
それからは、夜になるとフローレンスがシオンの部屋にやって来て、その日、家庭教師から学んだことを二人で学び直す日々が始まったのだ。
平民だったフローレンスにとって、家庭教師が教えてくれる勉強はあまりに難しかった。最低限の読み書きは出来ているものの、基礎が全く解っていなかった為、日々家庭教師からは大きな溜息を吐かれていた。しかし、夜にはシオンに教えなくてはいけない責任感から、解らないなりにも必死に家庭教師に食らい付いていった。
家庭教師との勉強が終わると、フローレンスの部屋でお茶の時間を過ごすのが日課だった。いつものつまらない話が終わり先生が部屋のドアを出ると、メイドが片付けに来る前に、フローレンスはその日のお茶菓子を数個抜き取る。そして、急いで机の引き出しに隠すのだ。その為、フローレンスは先生とのお茶の時間、お菓子に手をつけることは一切なかった。甘い物が苦手と先生にはあらかじめ伝えていた。
夜になり、邸に人気がなくなると、フローレンスは机の引き出しからお菓子を取り出し、教科書と一緒に大きなバスケットに入れる。毎晩用意させている夜食も入れると、足音を忍ばせ静かにシオンの部屋へ向かうのだ。
フローレンスは、自分の母親に虐げられている弟の為に、常に食欲のある少女の演技をしていた。実際はどちらかと言えば小食の方なのだが、シオンが毎日ろくな食事を与えられていないことを知っていたので、いつも空腹に耐えている弟の為に、毎日頭を使ってなんとか食料を確保しているのだった。毎晩、夜食を強請るのはもちろん、自分に関心のない父親と、頭の悪い母親に嘘をつき、部屋で一人で食事を摂ることも多かった。そんな時は、シオンの部屋に運べそうな物は全ていつものバスケットや机の引き出しに隠し、時間になるのをじりじりと待つのだ。
そして、逸る気持ちを落ち着かせ、
「コンコココン」
いつものように静かにノックすれば、こそっとドアを開ける嬉しそうなシオンが顔を覗かせるのだった。
「ああ、昨日の問題ね! 大丈夫、大丈夫! 今日ちゃんと聞いて来たから。 食べながらで申し訳ないけど、ちょっと見てくれる?」
侯爵家の令息に、食べながら勉強させるなんて、そんな行儀の悪い真似をさせてしまい、元平民のフローレンスの心は痛んだが、二人の時間に限りがあることをシオンも分かっていたので、二人の間ではあえて気にすることもなく、毎晩食べながらの勉強になっていた。
「シオン、少し湿気ってしまってると思うけど、お菓子は明日の昼間にでもお腹すいたら食べるのよ?」
フローレンスはシオンの食べ終わった後をテキパキと片付けながら言った。
「姉さん、ありがとう。いつもごめんね・・・。」
大好きな姉との別れの時間、シオンは毎日この時間になると別れの寂しさと、手間を掛けさせている申し訳なさで、感情がグチャグチャになってしまうのだ。今にも泣いてしまいそうなシオンをフローレンスはそっと抱きしめて、毎晩同じことをシオンに言って聞かせるのだ。
「全部、全部大丈夫よ。 何も心配いらないわ。 私とシオンだったら全て大丈夫よ。 明日も私を信じて待っていてね。 大好きよ。シオン。」
それは、まるでおまじないのようで、フローレンスの優しい声が、常に怯えたシオンの心を毎晩穏やかにしてくれるのだった。
「うん、僕も大好きだよ。姉さん。」
少し落ち着いたシオンの言葉にフローレンスは、にっこり笑うと、シオンの頭を軽く撫でて、
「おやすみ、シオン。早く寝るのよ。」
そして、来た時と同じように、音を出さないように静かに部屋を出て行くのだった。
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