意地悪な姉は 「お花畑のお姫様」

岬 空弥

文字の大きさ
2 / 55

足りない食事と足りない勉強

しおりを挟む
 その日の夜遅く、空腹を我慢したシオンが机に向かって勉強していると、

「コンコココン」

 小さなノックがいつものリズムで聞こえてきた、これは姉とシオンの二人で決めたノック音だ。
急いでドアに駆け寄りそっと開けると、勢いよくフローレンスが入って来た。手にはいつもの大きなバスケットを持っている。

「遅くなってごめんね。お腹すいたでしょう? 今すぐ出すからね。」

 そう言うなり、フローレンスは、机の上の勉強道具を片付け、バスケットの中からテキパキと食べ物を取り出して並べてゆく。最後にコップに入ったジュースまでもが出てきた時、シオンは驚いてバスケットの中を確認してしまった。

「零れてないでしょ? やあね、シオンったら毎回疑って! ふふっ、零す程入れてないわよ。 ほら、用意できたから食べて!」

(こうして誰にも見つからないように、毎日食べ物を運んでくるのだから、本当は凄い急いでいるんだろうな・・・・・・。僕に飲ませたくてジュースまで・・・・・・・・。)

 そんなことを考え、申し訳ない気持ちでいっぱいになるシオンだったが、姉が勧めるがままに、夜食のサンドウィッチを食べ始めた。

「でも、我が母親ながら、あの人も頭が悪いわよねー・・・。 こんなにシオンに食事を与えないようにしてるのに、どうしてまだ生きてると思うのかしら・・・。貴族のお嬢様って頭悪いのかしらね? そもそも、子供に食べ物与えないって発想が、まるで悪魔みたいだわ・・・。はぁー・・・私にも同じ血が流れているのかと思うと、本当に病んでしまいそうだわ・・・あら? まあ!うふふ、美味しい?シオン。」

 フローレンスは、シオンの口元を見ると、綺麗な瞳を大きく見開いて微笑んだ。
「付いてるわよ」と、シオンの口に手を伸ばすと人差し指で口元に付いていたソースを取ってくれた。

「ごめんね。今はハンカチ持ってないの。」

 そう言うと、その指をペロッと舐めてしまった。そんな姉の仕草に気恥ずかしさを感じたシオンは、さっと目を逸らした。だが、頬だけでなく耳まで真っ赤になっているのを姉がにこにこしながらしっかり見ていることに気付くと、居た堪れなくなってしまい咄嗟に別の話を始めた。

「姉さん、あの問題なんだけど・・・。」

 父親が再婚してすぐに、なぜかシオンの家庭教師が外された。友人どころか話し相手すらいなかったシオンの毎日は、勉強や貴族としての教育が全てだった。それがある日、家庭教師を外されると、シオンには何もすることがなくなってしまったのだ。子供のシオンは、毎日、その時間をどう過ごしていいのか全く分からなかった。
話し相手もおらず、一人で外に出ることも禁じられており、音もない部屋にシオンは、ただ一人。長い長い時間を、窓から外を眺めながら時計の音ばかり聞いて過ごしていた。そんな途方もない苦しみから救ってくれたのもフローレンスだった。

「シオン、ほら、これ見て、私の教科書なんだけど、どうかしら? 使えそう?」

 そう言って机に広げた教科書は、シオンのまだ知らない知識がたくさん詰まっていた。話を聞けば、これからは立派な貴族令嬢になりたいから学園に入る前からちゃんと勉強しておきたいと両親に頼んだそうだ。子供に全く興味のない父親も継母の意見には頷くようで、その日のうちにフローレンスの家庭教師が決まったのだ。
それからは、夜になるとフローレンスがシオンの部屋にやって来て、その日、家庭教師から学んだことを二人で学び直す日々が始まったのだ。

 平民だったフローレンスにとって、家庭教師が教えてくれる勉強はあまりに難しかった。最低限の読み書きは出来ているものの、基礎が全く解っていなかった為、日々家庭教師からは大きな溜息を吐かれていた。しかし、夜にはシオンに教えなくてはいけない責任感から、解らないなりにも必死に家庭教師に食らい付いていった。

 家庭教師との勉強が終わると、フローレンスの部屋でお茶の時間を過ごすのが日課だった。いつものつまらない話が終わり先生が部屋のドアを出ると、メイドが片付けに来る前に、フローレンスはその日のお茶菓子を数個抜き取る。そして、急いで机の引き出しに隠すのだ。その為、フローレンスは先生とのお茶の時間、お菓子に手をつけることは一切なかった。甘い物が苦手と先生にはあらかじめ伝えていた。

 夜になり、邸に人気がなくなると、フローレンスは机の引き出しからお菓子を取り出し、教科書と一緒に大きなバスケットに入れる。毎晩用意させている夜食も入れると、足音を忍ばせ静かにシオンの部屋へ向かうのだ。

 フローレンスは、自分の母親に虐げられている弟の為に、常に食欲のある少女の演技をしていた。実際はどちらかと言えば小食の方なのだが、シオンが毎日ろくな食事を与えられていないことを知っていたので、いつも空腹に耐えている弟の為に、毎日頭を使ってなんとか食料を確保しているのだった。毎晩、夜食を強請るのはもちろん、自分に関心のない父親と、頭の悪い母親に嘘をつき、部屋で一人で食事を摂ることも多かった。そんな時は、シオンの部屋に運べそうな物は全ていつものバスケットや机の引き出しに隠し、時間になるのをじりじりと待つのだ。

 そして、逸る気持ちを落ち着かせ、

「コンコココン」

 いつものように静かにノックすれば、こそっとドアを開ける嬉しそうなシオンが顔を覗かせるのだった。




「ああ、昨日の問題ね! 大丈夫、大丈夫! 今日ちゃんと聞いて来たから。 食べながらで申し訳ないけど、ちょっと見てくれる?」

 侯爵家の令息に、食べながら勉強させるなんて、そんな行儀の悪い真似をさせてしまい、元平民のフローレンスの心は痛んだが、二人の時間に限りがあることをシオンも分かっていたので、二人の間ではあえて気にすることもなく、毎晩食べながらの勉強になっていた。

「シオン、少し湿気ってしまってると思うけど、お菓子は明日の昼間にでもお腹すいたら食べるのよ?」

 フローレンスはシオンの食べ終わった後をテキパキと片付けながら言った。

「姉さん、ありがとう。いつもごめんね・・・。」

 大好きな姉との別れの時間、シオンは毎日この時間になると別れの寂しさと、手間を掛けさせている申し訳なさで、感情がグチャグチャになってしまうのだ。今にも泣いてしまいそうなシオンをフローレンスはそっと抱きしめて、毎晩同じことをシオンに言って聞かせるのだ。

「全部、全部大丈夫よ。 何も心配いらないわ。 私とシオンだったら全て大丈夫よ。 明日も私を信じて待っていてね。 大好きよ。シオン。」

 それは、まるでおまじないのようで、フローレンスの優しい声が、常に怯えたシオンの心を毎晩穏やかにしてくれるのだった。

「うん、僕も大好きだよ。姉さん。」

 少し落ち着いたシオンの言葉にフローレンスは、にっこり笑うと、シオンの頭を軽く撫でて、

「おやすみ、シオン。早く寝るのよ。」

 そして、来た時と同じように、音を出さないように静かに部屋を出て行くのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チョイス伯爵家のお嬢さま

cyaru
恋愛
チョイス伯爵家のご令嬢には迂闊に人に言えない加護があります。 ポンタ王国はその昔、精霊に愛されし加護の国と呼ばれておりましたがそれももう昔の話。 今では普通の王国ですが、伯爵家に生まれたご令嬢は数百年ぶりに加護持ちでした。 産まれた時は誰にも気が付かなかった【営んだ相手がタグとなって確認できる】トンデモナイ加護でした。 4歳で決まった侯爵令息との婚約は苦痛ばかり。 そんな時、令嬢の言葉が引き金になって令嬢の両親である伯爵夫妻は離婚。 婚約も解消となってしまいます。 元伯爵夫人は娘を連れて実家のある領地に引きこもりました。 5年後、王太子殿下の側近となった元婚約者の侯爵令息は視察に来た伯爵領でご令嬢とと再会します。 さて・・・どうなる? ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない

紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。 完結済み。全19話。 毎日00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】小公爵様の裏の顔をわたしだけが知っている

おのまとぺ
恋愛
公爵令息ルシアン・ド・ラ・パウルはいつだって王国の令嬢たちの噂の的。見目麗しさもさることながら、その立ち居振る舞いの上品さ、物腰の穏やかさに女たちは熱い眼差しを向ける。 しかし、彼の裏の顔を知る者は居ない。 男爵家の次女マリベルを除いて。 ◇素直になれない男女のすったもんだ ◇腐った令嬢が登場したりします ◇50話完結予定 2025.2.14 タイトルを変更しました。(完結済みなのにすみません、ずっとモヤモヤしていたので……!)

蝋燭

悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。 それは、祝福の鐘だ。 今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。 カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。 彼女は勇者の恋人だった。 あの日、勇者が記憶を失うまでは……

妹の身代わりに殺戮の王太子に嫁がされた忌み子王女、実は妖精の愛し子でした。嫁ぎ先でじゃがいもを育てていたら、殿下の溺愛が始まりました・長編版

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるアリアベルタは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンやまふ腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしアリアベルタはそれでもなんとか暮らしていた。  アリアベルタの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はアリアベルタに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたアリアベルタは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。 ※中編を大幅に改稿し、長編化しました。2025年1月20日 ※長編版と差し替えました。2025年7月2日 ※コミカライズ化が決定しました。商業化した際はアルファポリス版は非公開に致します。

処理中です...