意地悪な姉は 「お花畑のお姫様」

岬 空弥

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姉の婚約と弟の苛立ち

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「なんでそんなことっ!!」

 その夜遅く、静まり返った邸の中。 シオンの部屋からは、彼の大きな声が響いた。

「シオン、しー!! 声が大きい!!」

 フローレンスは、いつものようにシオンの部屋に入るなり、開口一番シオンに向かって 「私、婚約するわ!」 と、報告した。これから確実に良くなっていくシオンの生活を思うとフローレンスの顔は、喜びを隠しきれなかった。

 驚きに顔を引き攣らせているシオンに、フローレンスは今日の話を詳しく話して聞かせた。きっとシオンも喜んでくれるものと疑いもしていなかったが、話を続けるほどに、なぜかシオンの表情は強張っていった。大きな緑色の瞳がどんどん鋭くなり、いつもの優しいシオンの瞳が、今やフローレンスを射貫く勢いになっている。それに伴い、心なしか周りの空気も冷え冷えとしてきたのは気のせいだろうか・・・。眉根を寄せて、あからさまな不機嫌を顔に出していたシオンは、フローレンスの話を聞き終わるなり大声を出したのだ。

 咄嗟に、静かにしろと注意したフローレンスだったが、本当はかなり驚いており、心臓が大きな音を立てていた。シオンがこれほど怒りをあらわにした姿をフローレンスは見たことがなかったのだ。

「でもね、シオン・・・・。これはきっとあなたの為になるわ。彼とは、ちゃんと話し合って分かってもらえたし、今、迷惑をかける分、大人になったら二人で恩返ししましょう?ちゃんと恩返しできる大人になる為に、彼の力を借りるのよ。決して一方的な施しを受ける訳ではないのよ。これは、私達姉弟と彼との契約だから。ね? わかって、シオン・・・。」

「僕は、それでも姉さんにそんな婚約をさせたくはなかった。そんな、好きでもない奴と!!」

「どのみち、お母様からは逃げられないわ。考えてみて?これはシオンの為だけではないの。今、婚約を結べば、私にとっても時間稼ぎになるわ。彼は伯爵家の嫡男、私が伯爵家に入ると思わせることが出来れば、うちの両親の考えも変わるわ。上手くいけばシオンの待遇も良くなるかもしれないし、私は、その辺の次男坊三男坊と無理やり婚約させられることもない。このまま逃げ続けていても、どうせ近いうちに好きでもない相手と婚約させられていたわ。そんなことより、これをチャンスと捉えましょう? 今は彼に甘えて、早くシオンが当主になれるように力を身に付けましょう。私も頑張ってシオンを助けられるように努力するわ。そうすれば、私の嫁ぎ先だって自分達で考えることができる!・・・・って、考えるのは・・・・どうかしら・・・・駄目かな?」

 フローレンスが、いくら一生懸命説明してもシオンの気持ちは治まらないようで、今だその瞳は鋭いままだった。ジルドナと話している時に自分が感じた、情けなさや惨めさをシオンも感じていて、嫌な思いをしているのだろうと思ったが、こんなにも苛立ちながらいつもの優しい表情を崩し、次々とフローレンスに質問を浴びせていくシオンに対し、フローレンスは少し違和感を覚えて首を傾げた。

「だから、姉さんはその人のことどう思ったの?」

「どうって・・・・・・、弟に優しくて責任感の強い人だな、と―――」

「外見は? 好みだったの?」

「うーん・・・・、サラサラの黒髪で、黒い瞳で・・・・・。まあ、色が白くて綺麗な顔立ちだったけど、いや・・・・・・好みかどうかは・・・・・・・。だって、シオンは、私の好みを知っているでしょう? 私の好みの人なんて、そうそういないわよ?」

「・・・・・・うん。でも、相手が姉さんを気に入ってしまうことだって!」

「あはっ、もー、シオン!そんなのあるわけないでしょう?この外見よ?しかもこの性格!嫌われることは簡単だけど、好かれるのは難しいわ。」

「婚約解消にならなかったらどうするの?そのまま結婚させられるんだよ!?姉さん、僕とずっと一緒に居てくれるって言ったじゃない!! 僕のこと見捨てるの!?」

(ああ、そうか、だからシオンは・・・・・・・・。)

「私は本当に無神経ね・・・・・。ごめんシオン、そんな風にあなたを不安にさせてしまうなんて、姉失格ね・・・・・。大丈夫よ。私はシオンの傍にいるわ。約束したじゃない。大人になったら私のこと養ってくれるんでしょう? 決してシオンに寂しい思いはさせないわ。シオンが、もういいと言うまで傍に居させて? もう!シオンったら・・・・・、私のことをそんな風に頼ってくれるのなんて、後にも先にも貴方しかいないわね。シオンには悪いけど、姉さん、ちょっと嬉しいわ。」

 するとシオンは抱きつくようにフローレンスの首に腕を回した。

「そうだよ。姉さんは誰からも必要となんてされないよ。姉さんが居なくて困るのは僕だけなんだから。だから、僕から離れないで。僕を一人にしないで。姉さんが居なくなってしまったら、僕は本当に独りぼっちになってしまう・・・・・・。」

「うん。そうだね。」

 フローレンスが、シオンの背中に両手を回すと、シオンの腕には、更に力が入った。

「姉さん、僕のこと見捨てない?」

「うん。」

「そいつのこと好きになんてならない?」

「うん。」

「これからも僕を一番好きでいてくれる?」

「うん。」

「じゃあ、姉さん、僕に証拠を見せて。」

 そう言うと、シオンは片手をフローレンスの頭に持って行き、髪の間に指を滑り込ませフローレンスの頭を押さえた。

「証拠? どうやって? 私はシオンにだけは嘘つかないよ?」

 目をぱちくりさせ、不思議そうに首を傾げるフローレンスに向かい、シオンは言った。

「僕に口づけして?」

「え? ああ・・・・・ふふっ、いいよ。」

 いつものやつね!と、フローレンスが、少し離れてシオンの頬に手を当てると、シオンはその手を掴んでそのままフローレンスの唇に自分の唇を重ねた。驚いたフローレンスが、目を大きく見開いてシオンを見ると、すぐに唇を離したシオンが頬を赤らめて、にっこり微笑んだ。

「頬じゃないよ。姉さん。」

「シオンっ、そういうのは姉さんなんかとじゃなく、シオンの大切な人と・・・・・・・・。ちょっと、シオン、聞いてる?」

 フローレンスが、口元を手で隠し真っ赤な顔で文句を言うと、まるで悪戯が成功した幼い子供みたいにシオンは笑った。

「挨拶みたいなものだよ。それに、僕が、今一番大切な人は姉さんだから。」

「もう・・・・・・・・・、これで、安心できたの?」

「うん。」

 そう返事をしたシオンは、既にいつもの優しいシオンに戻っていたので、フローレンスは安心して自分の部屋に戻った。しかし、フローレンスが出て行ったドアを睨みつけたシオンは、体中から湧き上がる真っ黒な苛立ちをどうすることもできずに、拳を強く握り締め体を震わせていた。

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