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安堵の溜息
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それから二週間後、フローレンスとジルドナの婚約が正式に交わされることとなった。義父はともかく、娘に侯爵家を継がせようと考えていた母親を説得するのは難しく、彼の家柄だけではなく、いかにジルドナが素敵な人間か、自分がどれほどジルドナに好意を寄せているのか、時には癇癪を起こし、時には泣き落とし、フローレンスは、自分でも嫌になるほどの熱演を繰り返した。
両家との初めての顔合わせの時も、フローレンスはジルドナに対し、常時微笑みを絶やさず、甲斐甲斐しく世話を焼いた。あからさまな一方通行の好意を周囲に知らしめる間、ジルドナは困ったように苦笑いを浮かべていたが、両家の親達は、我儘で自分勝手なフローレンスが、ジルドナの為にここまで素直になり、これほどの愛情を注ぐことのできる可愛らしい少女だったことを知ると、婚約を決めて良かったとお互い顔を見合わせて頷いていた。
二人きりになると、フローレンスはそれまでジルドナの腕に絡みつけていた自分の手をぱっと離し、その場に立ち止まると深々と頭を下げた。
「気持ち悪くベタベタ触ってしまい、申し訳ありませんでした。」
二人で侯爵家の庭園を散歩している途中だった。にこにこと笑顔で話続けていたフローレンスは、人気がなくなったことを確認すると、すっと笑顔を消した。
「今回のお話、受けていただいて、本当にありがとうございました。」
「いっ、いや。でも、こんなにいきなり態度が変わると驚くな・・・・・。」
「驚かせてすみません。ですが、こうして私は人を騙して生きてきました。これからは、あなたにも嘘をつかせてしまいます。ですが、わかってください。それは全て私のせいなのです。あなたが罪悪感を感じることはありません。悪いのは私です。あなたは私達姉弟を助ける為に嘘をつくのです。あなたの嘘は、私達を護るための正義の嘘です。どうか、そのことを決して忘れないでください。ジルドナ様が責める相手は、私です。」
ジルドナは、フローレンスの言ったことに返事はせず、少し考えてから同じことを返した。
「・・・・・君だって、弟を護るための正義の嘘なんだろう?」
それに対して、フローレンスも返事はしなかった。ただ、ジルドナに美しく微笑んだだけだった。
にっこり微笑むフローレンスに目を奪われていると、不意に上の方から強い視線を感じた。顔を上げ視線の相手を探すと、邸の窓から一人の少年がこちらをじっと見ていた。ジルドナの様子に気付いたフローレンスが、不思議に思い同じ方向に顔を向けると、そこには姉を心配したシオンの顔が見えた。
「弟のシオンです。頼りない姉ですから、また心配させてしまったのでしょう。 弟は私と違って優しいですから。」
フローレンスが窓に向かい大きく手を振ると、先ほどまでとは、まるで別人のような優しい顔の少年が元気に手を振り返していた。
ジルドナは、その時のシオンの様子とフローレンスの言葉を聞いて、何か引っかかるものを感じたが、それが一体何なのか、まだ若いジルドナには気付くことができなかった。
それからジルドナは、時間を見つけてはフローレンスに会いにフーバート家を訪問した。初めてシオンに会った時は、目の前の光景が信じられなかった。フローレンスは、何一つ嘘を言っていなかったのだ。
シオンに会いに行くには、まず何人もの人間に嘘をつくことから始めるのだ。その日は、ジルドナと二人きりで過ごしたいから、誰も部屋に近づいてはいけない。と、フローレンスが数名のメイドに支持を出した。フーバート家の使用人たちは、フローレンスの我儘に慣れているようで、お茶の用意をすると、すぐに部屋から出て行った。すると、クローゼットの中から大きなバスケットを取り出したフローレンスが、用意されたお茶菓子を次々に詰めてゆく、最後に本を一冊入れると、バスケットをジルドナに持たせ、自分はお湯の入ったポットを手に持った。
「ここからは、音を立てないようにお願いします。いいですか?行きますよ!」
そっとドアを開けると、辺りの様子を伺いながら、慣れた様子で進んで行く。
「コンコココン。」
フローレンスが、小さな音でリズミカルにノックすると、中からはジルドナと同じくらいの背丈の少年が姿を現した。
「弟のシオンです。」
紹介された弟は、薄い茶色の髪に、優しそうな緑の瞳が印象的だった。何年も外に出ていないらしく、肌は透き通るように白かった。背丈はジルドナと同じくらいだが、栄養状態のせいか、かなりの細身だ。フローレンスが言った通り、シオンの身に付けている物は、どれもこれも小さく、すでに限界が来ていた。ボタンの全部閉まらない服はとても窮屈そうだし、ズボンの丈もかなり短い。なにより驚いたのは、彼は靴を履いていなかった。
「シオン、彼がジルドナ様よ。」
ジルドナを紹介しながら、フローレンスが慣れた様子でバスケットの中身を出してゆく。シオンは、その様子をチラッと見ると、ジルドナに手を差し出し握手を求めた。
「フローレンスの弟のシオンです。僕のせいで、ジルドナ様にまでご迷惑をかけることになってしまい、なんてお詫びを申し上げたらよいのか・・・・・。御恩は必ずお返しできるよう頑張りますので、どうかそれまで僕達の我儘にお付き合いいただけると助かります。」
「初めましてシオン君。お姉さんから大体の話は聞いているよ。たいした役には立てないが、出来る限り協力したいと思っている。これから宜しく頼むよ。」
用意の終わったフローレンスが、二人の変に大人臭い、似合わないやり取りを面白そうに見ていた。
その後は、三人でお茶を飲みながら、シオンの勉強の話をした。スコット伯爵家の令息だけあって、勉強の面でジルドナはとても優秀だった。フローレンスが、いくら家庭教師に聞いてきても上手く説明出来ずに困っていたいくつかの問題も、ジルドナは簡単に解いて、シオンが解るように丁寧に説明してくれた。一度の説明で理解したシオンを見て、フローレンスは感嘆の声をもらした。
「さすがだわ・・・・。こんなにシオンの理解が早いなんて・・・・。頭の悪い私がいくら説明した所でやっぱり駄目だったのね・・・・。本当にシオンには申し訳ないことをしたわ・・・・。それなのに、全然理解出来ていない私を責めることもせずに・・・・。でも、良かった・・・・。ジルドナ様に来ていただいて本当に良かったわ・・・・。」
感極まって涙ぐむフローレンスの言葉は、最後の方はくぐもってあまり聞き取れなかったが、近くに居た二人はなんとなく気恥ずかしい気がして、お互い聞こえていない振りをしてやり過ごした。
両家との初めての顔合わせの時も、フローレンスはジルドナに対し、常時微笑みを絶やさず、甲斐甲斐しく世話を焼いた。あからさまな一方通行の好意を周囲に知らしめる間、ジルドナは困ったように苦笑いを浮かべていたが、両家の親達は、我儘で自分勝手なフローレンスが、ジルドナの為にここまで素直になり、これほどの愛情を注ぐことのできる可愛らしい少女だったことを知ると、婚約を決めて良かったとお互い顔を見合わせて頷いていた。
二人きりになると、フローレンスはそれまでジルドナの腕に絡みつけていた自分の手をぱっと離し、その場に立ち止まると深々と頭を下げた。
「気持ち悪くベタベタ触ってしまい、申し訳ありませんでした。」
二人で侯爵家の庭園を散歩している途中だった。にこにこと笑顔で話続けていたフローレンスは、人気がなくなったことを確認すると、すっと笑顔を消した。
「今回のお話、受けていただいて、本当にありがとうございました。」
「いっ、いや。でも、こんなにいきなり態度が変わると驚くな・・・・・。」
「驚かせてすみません。ですが、こうして私は人を騙して生きてきました。これからは、あなたにも嘘をつかせてしまいます。ですが、わかってください。それは全て私のせいなのです。あなたが罪悪感を感じることはありません。悪いのは私です。あなたは私達姉弟を助ける為に嘘をつくのです。あなたの嘘は、私達を護るための正義の嘘です。どうか、そのことを決して忘れないでください。ジルドナ様が責める相手は、私です。」
ジルドナは、フローレンスの言ったことに返事はせず、少し考えてから同じことを返した。
「・・・・・君だって、弟を護るための正義の嘘なんだろう?」
それに対して、フローレンスも返事はしなかった。ただ、ジルドナに美しく微笑んだだけだった。
にっこり微笑むフローレンスに目を奪われていると、不意に上の方から強い視線を感じた。顔を上げ視線の相手を探すと、邸の窓から一人の少年がこちらをじっと見ていた。ジルドナの様子に気付いたフローレンスが、不思議に思い同じ方向に顔を向けると、そこには姉を心配したシオンの顔が見えた。
「弟のシオンです。頼りない姉ですから、また心配させてしまったのでしょう。 弟は私と違って優しいですから。」
フローレンスが窓に向かい大きく手を振ると、先ほどまでとは、まるで別人のような優しい顔の少年が元気に手を振り返していた。
ジルドナは、その時のシオンの様子とフローレンスの言葉を聞いて、何か引っかかるものを感じたが、それが一体何なのか、まだ若いジルドナには気付くことができなかった。
それからジルドナは、時間を見つけてはフローレンスに会いにフーバート家を訪問した。初めてシオンに会った時は、目の前の光景が信じられなかった。フローレンスは、何一つ嘘を言っていなかったのだ。
シオンに会いに行くには、まず何人もの人間に嘘をつくことから始めるのだ。その日は、ジルドナと二人きりで過ごしたいから、誰も部屋に近づいてはいけない。と、フローレンスが数名のメイドに支持を出した。フーバート家の使用人たちは、フローレンスの我儘に慣れているようで、お茶の用意をすると、すぐに部屋から出て行った。すると、クローゼットの中から大きなバスケットを取り出したフローレンスが、用意されたお茶菓子を次々に詰めてゆく、最後に本を一冊入れると、バスケットをジルドナに持たせ、自分はお湯の入ったポットを手に持った。
「ここからは、音を立てないようにお願いします。いいですか?行きますよ!」
そっとドアを開けると、辺りの様子を伺いながら、慣れた様子で進んで行く。
「コンコココン。」
フローレンスが、小さな音でリズミカルにノックすると、中からはジルドナと同じくらいの背丈の少年が姿を現した。
「弟のシオンです。」
紹介された弟は、薄い茶色の髪に、優しそうな緑の瞳が印象的だった。何年も外に出ていないらしく、肌は透き通るように白かった。背丈はジルドナと同じくらいだが、栄養状態のせいか、かなりの細身だ。フローレンスが言った通り、シオンの身に付けている物は、どれもこれも小さく、すでに限界が来ていた。ボタンの全部閉まらない服はとても窮屈そうだし、ズボンの丈もかなり短い。なにより驚いたのは、彼は靴を履いていなかった。
「シオン、彼がジルドナ様よ。」
ジルドナを紹介しながら、フローレンスが慣れた様子でバスケットの中身を出してゆく。シオンは、その様子をチラッと見ると、ジルドナに手を差し出し握手を求めた。
「フローレンスの弟のシオンです。僕のせいで、ジルドナ様にまでご迷惑をかけることになってしまい、なんてお詫びを申し上げたらよいのか・・・・・。御恩は必ずお返しできるよう頑張りますので、どうかそれまで僕達の我儘にお付き合いいただけると助かります。」
「初めましてシオン君。お姉さんから大体の話は聞いているよ。たいした役には立てないが、出来る限り協力したいと思っている。これから宜しく頼むよ。」
用意の終わったフローレンスが、二人の変に大人臭い、似合わないやり取りを面白そうに見ていた。
その後は、三人でお茶を飲みながら、シオンの勉強の話をした。スコット伯爵家の令息だけあって、勉強の面でジルドナはとても優秀だった。フローレンスが、いくら家庭教師に聞いてきても上手く説明出来ずに困っていたいくつかの問題も、ジルドナは簡単に解いて、シオンが解るように丁寧に説明してくれた。一度の説明で理解したシオンを見て、フローレンスは感嘆の声をもらした。
「さすがだわ・・・・。こんなにシオンの理解が早いなんて・・・・。頭の悪い私がいくら説明した所でやっぱり駄目だったのね・・・・。本当にシオンには申し訳ないことをしたわ・・・・。それなのに、全然理解出来ていない私を責めることもせずに・・・・。でも、良かった・・・・。ジルドナ様に来ていただいて本当に良かったわ・・・・。」
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