意地悪な姉は 「お花畑のお姫様」

岬 空弥

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計算された美しさ

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 レイサスは、その日もフローレンスの教室に向かっていた。しかし廊下の隅で、フローレンスの婚約者のジルドナが、例の男爵令嬢を冷たく突き放している姿が目に入った。レイサスは、歩く足を止めると、そちらに目と耳を傾ける。すると、二人が激しく言い争う声が聞こえて来た。

フローレンスとジルドナの婚約が白紙に戻ることは、本人も含め周知の事実のはずだった。ジルドナと男爵令嬢は、周りが認識するほど、常にいちゃついていた。フローレンスともしばらく会話すらしていないと聞いている。しかし、実際は未だ二人は婚約者同士のままだ。男爵令嬢に対し嫌悪感を露骨に表している今のジルドナを見て、レイサスに一抹の不安がよぎった。それからのレイサスは、フローレンスに婚約解消を早めるように伝え、ジルドナの動向にも注意を払うよう努めた。


「もう俺に近づくな!!離してくれ!! 誰がお前なんかを好きだと言った!?」

「ジル様・・・酷い。ついこの前まであんなに優しくしてくださっていましたわ。」

ジルドナがルミリアの腕を振り払うと、ルミリアの大きな瞳からは大粒の涙が零れた。

「何を勘違いしているのか知らないが、俺の婚約者はフローレンスだ。男爵令嬢のお前なんかが、彼女を悪く言う資格なんてどこにもない。」

「ですが、ジル様だっておっしゃっていましたわ。あいつにばかり構っていられないと。そして、いつもわたくしと一緒にいてくれたではありませんか。」

「それは・・・、それは、お前がしつこく纏わりついてくるからだろう!俺は何度も離れろと言ったはずだ。」

「離れろと言いながらも、毎日一緒に過ごしてくれたではありませんか。お昼だって、私と一緒に過ごすようになってから、フローレンス様の所には一度も行かなかったではありませんか。」

大きなリボンを二つも付けて、未だ幼女のような髪形で縋り付いてくるルミリアを忌々しそうに見下ろしたジルドナが大きな舌打ちをした。

(気持ち悪い女・・・。最悪な性格をひた隠しにし、常に潤ませた上目遣いに、計算されたあざとい仕草で男を騙す。男が好む庇護欲ばかりを気にしているくせに、わざとらしく自分の体を擦り付けてきたりして、男の性欲までも意識している・・・。こうやって在学中になんとかして高位貴族を落とす作戦なんだろう。しかし、いくら頑張っても所詮は田舎の男爵令嬢だ。高位の令嬢に比べれば、あらゆる面でその差は歴然だ。)

学園に入り、ルミリアと同じクラスになると、ジルドナに婚約者がいると知っていながらも、やたらとジルドナに接触してきた。自分の可愛らしさを前面にアピールしながら必死に媚びを売る姿をジルドナは、いつもフローレンスと比べながら冷めた目で見下していた。

(馬鹿な女・・・。俺が無理やり婚約させられたって本気で思ってるのか?単純で純粋なフローレンスと比べると、本当に汚らわしく感じるな・・・。こんなに何もかも計算しやがって、そんなものが俺に通用するとでも思ってるのか?)

知識も教養もない女が、恥も外聞もなく自分の唯一である外見だけを頼りに男に擦り寄っている姿にジルドナは寒気すら感じるのだった。

 そんなルミリアを構う暇などなく、ジルドナは毎日フローレンスとの時間を大切にしていた。フローレンスとの仲を深める為、日に日に綺麗になっていく婚約者を誰にも奪われないように他の人間を牽制して歩いた。

 フローレンスの悪評が効いていた最初のうちはまだ良かった。悪いイメージのある彼女に話しかける者などいなかった。しかし、「シオンの為」がなくなってしまったフローレンスは外見から何から、あまりに隙だらけだった。そもそもフローレンスは擦れていないのだ。幼少期から親に構われていなかったようだし、友人もいないと聞いた。そうやって過ごして来たフローレンスの相手はいつだって本だけだった。侯爵家に入って、そこにシオンが加わったとしても、既に完成しているフローレンスの人格は、もうほとんど変わることはなかったのだ。つまり、純粋すぎるのだ。自分の価値をあまりに底辺に置いているところは、親の影響だったり、シオンを護る為に悪い演技をし続けた結果だったりするのだろうが、この本人が全く気付いていない美点に、周りが気付いてしまったなら、、男女問わず魅了された者達が、きっとフローレンスを離さなくなることだろう。

「まあ、なんて汚らしい!!そんな物、今すぐ、私の目の前から持ち去りなさい!!」

この、馬鹿者!!と、変なポーズを決めるフローレンスの演技に、ジルドナは涙を浮かべて笑った。子供の時はこれで通用したのだろう。しかし、もう無理だ。これに騙される大人はどこにもいない。彼女が本から得たであろう悪女のイメージは、まるで一昔前のおとぎ話のようだ。得意気に演じているフローレンスには悪いが、どの角度から見ても下手くそな昔の演劇を見ているようだった。

(フローレンス! お前、可愛すぎだろう!!こんなの他の奴には絶対見せれないぞ。)

「酷い!!もう!なんでそんなに笑うの? ねえ、ジル!!」

眉を吊り上げて、鼻の穴を膨らませて怒った顔に、ジルドナは更に笑った。

「くくくっ、もう、本当、お前、最高!! ふはは、もう、お前は絶対誰にも渡さない!!あははっ・・・いいか!ははっ、俺のものにするからなっ!!・・・くくくっ」

 責任感の強いジルドナにとって、しっかりしているようでどこか抜けているフローレンスは、可愛くて仕方がなかった。こんなに強そうな外見のくせに、実際は気弱で、涙もろいのだ。口では偉そうに大人ぶったことを言っていても、その美しい青い瞳からはすぐに涙が零れる。何より、虫も殺せないほど心根の優しいフローレンスは、身内のシオンだけじゃなくルーベルトや他の者にも平等に愛情を注ぐ。ジルドナは、何物にも代えられぬ宝物のようにフローレンスを大切に思ってきた。

 しかし、あの日見たフローレンスの顔に、ジルドナは強い衝撃をうけた。それは、長い付き合いの中、ジルドナが初めて見た、嫉妬の表情だった。

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