意地悪な姉は 「お花畑のお姫様」

岬 空弥

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王命

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 なんの前触れもなく、それは突然やって来た。フーバート侯爵家から呼び出されたシオンは、父親の執務室のドアをノックしていた。

「すまないが、フローレンスの婚約が決まった。」

「なっ!? 何故ですか!? どうしてそんなことに!!」

取り乱して大声を上げるシオンに、父親のフーバート侯爵は目を見開いてシオンを見つめたが、その目を直ぐに逸らすと、申し訳なさそうに言った。

「これ以上、断ることができなかった・・・。フローレンスが婚約に同意したんだ。」

「っ!! 姉さん・・・。」

「シオン、すまない。」

「ですからっ!!早く僕との婚約を進めたいと言っていたのに!!父上と継母上が少し待ってくれと言うから!! その間は、誰とも婚約させないと約束してくれたではありませんか!!」

シオンの顔は怒りで歪み、その敵意を剝き出しにした眼差しに、さすがの侯爵もたじろいだ。

 ジルドナとの婚約が解消になってすぐ、姉のフローレンスと婚約を結びたいと、シオンに言われていた。二人がいつの間にそこまで仲を深めたのかは知らないが、シオンの言う通り、評判の悪い後妻の娘が、婚約解消で更に傷物になった。この先、フローレンスが、良い条件で嫁ぐことは難しくなるだろう。

実際、フローレンスに届く釣書の大半が、どこぞの次男だの三男だのと、あわよくば侯爵家に入り込もうと企んでいることが容易に想像できた。それに、シオンとの会話の中でチラチラ見え隠れしているものは、引退後の妻との生活に暗い影を落としていた。

チクリチクリと脅しをかけてきていることに気付いてはいたが・・・、そもそも、シオンに対して妻はやり過ぎたのだ。それを何も言わず黙って見ていた自分も同罪だが、シオンが侯爵家の跡継ぎと決まった今、今後、自分達の手綱をシオンが握っているのは確かなのだ。フローレンスに継がせようと都合よく考えていた妻も、今や自分の愚かさに気付いたようだ。フローレンスにはっきりと、跡継ぎはシオンにしてくれと、とどめを刺されたのもあって、シオンとフローレンスの婚約を誰よりも後押ししたのは彼女だった。娘なら自分を悪いようにはしないだろうと考えてのことだろうが、どうやらシオンもそこに付け込んでいたようだ。

(しかし・・・、シオンがフローレンスにここまで執着していたとは・・・。)

「仕方がなかったんだ。相手は公爵家だ。本人達だけではなくクレイズ公爵と夫人までもがフローレンスを受け入れてくれているんだ。それでも何度も断っていたんだが、ここに来てフローレンス本人が進めてほしいと言い出したものだから、これ以上はどうすることも出来なかった・・・。」

「くっ!!」

シオンは半身を引き裂かれるような胸の痛みを必死でこらえ、爪が食い込むほど拳を握り締めると、そのまま何も言わずに父親の執務室を出て行った。
背後で「待ちなさい!」と、父親の慌てた声が聞こえたが、シオンが振り返ることはなかった。

 その晩、シオンはフローレンスの部屋に行かなかった。

(姉さんが・・・居なくなってしまう・・・。今度は・・・、もう二度と戻ってこない・・・。なぜ、僕じゃ駄目だったの?姉さん・・・。どうして僕より、あいつの方がいいの?好きでもない僕に、どうしてあんなに優しくしたの?ねぇ、姉さん・・・。)
シオンは声を殺して涙を流した。

思い出すのは、「シオン!」と嬉しそうに笑った顔。思い出すのは、「シオン!」と、口を尖らせて注意する顔。緊張した顔。怒った顔。ふて腐れて、大口開けて笑い、にっこり微笑み、大粒の涙を零す。いつもいつもシオン、シオンって、僕の心配ばかりして・・・。

「姉さん・・・。姉さん・・・。どこにも行かないで・・・。」




「酷い顔ですね・・・。」

 次の日、一睡もできなかったシオンがロナウド殿下を迎えに行くと、目を腫らし、具合の悪そうな青白い顔のシオンを見たロナウド殿下が、首をすくめてやれやれと首を振った。
それには返事もせず、何事もなかったかのように前を歩くシオンに向かい、ロナウド殿下は言った。

「王宮で止めています。」

シオンはその言葉に、ピタッと立ち止まると、静かに振り返り何も言わずにロナウド殿下を見た。

「向こうも、すぐに動き出すでしょう。この意味がわかりますね? シオン、私は貴方に期待しています。」

この瞬間、シオンは最も大切な物を得るために、ロナウド殿下に対し生涯の忠誠を誓ったのだった。


数日後、隣国の王女アリーナとレイサス・クレイズの婚約が王命により通達された。
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