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残ったのは好きという気持ちだけ

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 いくら素敵な男性に好意を寄せられていたとしても、叶わぬレナートへの恋心を長いこと育て続けてきたアリッサだ。今更、他の貴族令息になびくことなどあるはずはないのだ。
だが、幼い頃より英才教育を受けて来た彼らの頭脳はとても魅力的で、家庭教師などつけてもらうことができなかったアリッサには、充分な利用価値があった。

その中でも、アランド第一王子殿下の知識量は素晴らしく、彼に勉強を教えてもらう代わりに、どんなに嫌だと思っていても、多少の馴れ馴れしさには目を瞑るしかなかった。
そのせいで、エステルダを始め、たくさんの令嬢達から嫌がらせを受けて来た。だが、間違っても彼女達の言うように、自分の桃色の髪を餌に、殿下や高位貴族の令息に色目など使った覚えはない。けれど、言い寄って来る者達を利用して知識を得ていたのは事実だった。

アリッサは、彼女達の言い分を決して認めた訳ではなかったが、だからと言って強く否定することもできないのが現状だった。
何も言い返さないことによって変に悪目立ちをしていたことも知っている。過去には、エステルダを心配するレナートからの冷たい視線に晒されたこともあり、心に深い傷を負ったことも一度や二度ではなかった。だが、どんなに嫌な思いをしたとしても、自分達に残された僅かな時間を計算すれば、くだらないことに構っている暇など、どこにもないことが直ぐに分かるのだった。

(いくらでも噂すればいい。いくらでも嫌えばいい。この桃色の髪に好きなだけ恋をして、好きなだけ愛を囁けばいい。どうせそのうち自分は貴族ではなくなるのだから。どうせ平民に落ちた自分などと一緒になれる貴族男性などいないのだから。なにもかも、勝手にやっていればいい。)

そんなアリッサであったが、不思議なことにレナートへの恋心だけは決して消えることがなかった。
しかし、言葉を変えると、レナートが好きという気持ちしか残らなかったのだ。だから、この恋は決して先へは進まない。アリッサはレナートが好きなだけで、何も求めてはいない。
アリッサは、レナートのことをとっくの昔に諦めているのだから。



「アリッサ?」

ガチガチに固まっていたアリッサの体からフッと力が抜けた事に気付いたレナートが、腕の力を抜いてアリッサの顔を見下ろすと、なぜかアリッサの瞳は暗く曇って見えた。
それは、アリッサが他の令息の前で作り笑いをしている時の目だった。慌てたレナートはもう一度アリッサの名前を呼んだ。

「アリッサ、どうしたのですか!? 大丈夫ですか?どこか、痛かったですか?」

しかし、アリッサは何も答えなかった。するりとレナートの腕から抜け出したアリッサは、レナートの方も見ずに、ドアに向かって歩くとカチャリと鍵を開けた。
何も言わずにドアを開けて出て行こうとするアリッサに、レナートは慌てて駆け寄った。アリッサの手を取ると、力任せに自分の方へ振り向かせた。

「アリッサ、一体どうしたのです!!何か気に障ることがあったのなら謝りますから、どうか何も言わずに居なくなるのはやめてください!」

「・・・・・・。」

「アリッサ、お願いです。今、何を考えているのか教えてください。なぜ、私にまでそんな寂しい顔をするのですか?アリッサ、答えて!!」

絶対に離さないと、アリッサの手を両手でしっかり握りしめたレナートの、あまりにも真剣な表情も、心を貝のように閉ざしてしまったアリッサに届くことはなかった。

「アリッサ!! 私を見て!!」

レナートの大きな声が、頭にビリビリと伝わるようだった。そして、視線を合わせないまま、アリッサは言ったのだ。

「大好きでした。今まで、ありがとうございました。」

「え・・・?」

何を言われたのか、理解できなかったレナートは、強く握っていた手から、一瞬力が抜けてしまった。あっと思った時にはアリッサの手がスルリと抜け出てしまい、アリッサは振り返ることなく足早にドアから出て行ってしまうのだった。

急いでドアに向かったレナートが、アリッサの去って行く後ろ姿に向かって何度も名前を呼んだが、アリッサが振り返ることはなかった。
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