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第一章
6、来てくれたんだね
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陛下の執務室から退室後、軽快な足取りで離宮に戻った俺はトランクに少ない私物を詰め込んだ。
(サンドリッチ邸でお世話になったら、寝起きのオーティスとか見れちゃうのかな)
「ふふっ……」
さっきから笑いが止まらない。気を抜けばふにゃふにゃ~と顔が緩んでしまう。姿見に映った自分の顔を不意に見てしまった。
(キモ!)
ちょっと強めに頬を叩く。しかし一呼吸置けば再び顔が緩んだ。
(どれくらいの期間、侯爵邸でお世話になれるだろう)
一月、さすがに二月は無理か。どうであれ侯爵邸でお世話になった後、二度と王宮に戻るつもりはない。
アカデミー卒業まで約半年。侯爵邸での滞在期間を差し引いてもたった数ヶ月なら、無駄遣いせずにこつこつ貯蓄してきた分で十分凌げる。卒業後は騎士団の宿舎に入所するつもりだから、寝泊まりのことはそれほど心配しなくてもいいだろう。
(この寂れたおんぼろ離宮ともやっとおさらばか……)
王宮の敷地内に建つ離宮の中で、最も小さく老朽化の進んだこの離宮。ガランとした部屋の中にぽつんと立ちぐるりと見渡した。
「色々あったな」
ふと巡る昔の記憶――。
母を亡くしたばかりの幼心。無視、嫌がらせ、言葉の暴力、理不尽に虐められた日々。「次はいつ会えるだろう」……寂しさに耐えきれずベッドで小さく丸まった。
窓の外を眺めれば、花一輪咲かない存在理由のない庭園は夕陽に染まり、真っ赤な太陽が目に沁みた。
――『私が必ずここから連れ出します。約束します』
オーティスは遠い昔の約束を今でも覚えているだろうか。
突然鳴り響いた離宮の呼び鈴に顔を上げ荒っぽく目をこすった。
(やめろやめろ。つまらない思い出なんかに浸るな)
ここに使用人は常駐していない。
俺を蔑ろにしてきたメイドたちが成長した俺に色目を使い始めたのがきっかけだけど、大体の事は一人でできるから大して困ったりはしない。
そういえば、昨夜生霊に触られてもメイドたちの時みたいに激しい拒絶反応は出なかったな。
(なんでだろう……)
生きてる女性より生霊の方が格上!? いやいやそれはない。単純にメイド=嫌悪感が染み付いてるだけだ。でも、なんとなく思い当たる理由は――。
「オーティスが見てたからかな……」
扉を開けて来訪者を見た途端、心臓が飛び跳ねた。
「私がどうかしましたか?」
「え゛!? オ、オオオーティス!?」
妄想じゃなくて本物!?
圧倒的オーラに若干尻込みする。しかも無意識に声を出していたことに今更気付いて恥ずかしさで逃げ出したくなる。オーティスは眉をピクリと動かすと、俺の顔を真顔で覗き込んできた。
「大丈夫ですか?」
「な、何が?」
心の中を覗かれそうで慌て顔を背ける。オーティスは少し焦った様子で俺の頬に手を添え、自分の方に無理矢理向かせた。
「……泣いていましたか? 目が赤くなっています。それから頬も」
頬に添えられた手のひらから温もりが伝わる。俺を心底心配する目。親指の腹でそっと瞼を撫でられると、昔と変わらない彼の優しさに引っ込んだはずの涙がじわりと滲んだ。
「大丈夫だよ、凄く元気! それよりどうしてここに……? まだ勤務中だろ?」
もしかしてセガール兄上から伝書、もしくは陛下から書状を受け取って「考え直してほしい」と断りにきたのだろうか。恐る恐る尋ねる俺にオーティスは礼儀正しく頭を下げた。
「仕事は早退しました。フィル様をお迎えに参りました」
たとえそれが『王命だったから』でもいい。オーティス本人が迎えに来てくれたことが嬉しい……。嬉しいんだ! すっっっごく嬉しい!!
「ありがとうオーティス!!」
オーティスは紫の双眸を見開いたままほんの僅かな間黙ってこちらを見ていたが、笑顔の俺に応えるように目元を緩めて「はい」と微笑んだ。
◇◇◇
屋敷までの移動は馬車ではなくオーティスの瞬間移動だった。
「到着しましたよ」
(速!!)
俺のように魔力の無い者は移動中に離れたらどこに飛ばされるか分からないと言って、オーティスは俺の腰を力強く引き寄せた。その後は一瞬。瞬く間にここまで来てしまった。
「魔法って本当に凄いな。俺も使えたら良かったのに。……あれ? ここ侯爵邸じゃない」
駄々を捏ねて一度だけサンドリッチ侯爵邸にお邪魔したことがあるのだが、ここは知らない屋敷だ。
「もしかして……王都?」
周りを見渡せば貴族のタウンハウスがずらりと立ち並んでいる。
「仰るとおり、王都の外れです」
「そっか……」
(俺のこと別の奴に押し付けたんだ。なんだ、期待して損した……)
みるみる気持ちが沈んでいく。下を向いた俺を気遣ってくれたのか、オーティスは焦り気味に話を続けた。
「あまり大きくはないですが、今年完成した私の屋敷です」
「……オーティスの?」
「そうです。暗くなる前に中に入りましょう」
オーティスは俺の荷物を持って自ら扉を開けた。
「ご主人様のおかえりだぁぁーい!!」
「お待ちしてましたぁ!!」
「ご主人様~!!」
すっ飛んできた物体に目を見張る。丸くて白くてぽよぽよしてて宙を浮いてる……!?
「ちょ、ちょっとオーティス! これってお化けじゃーーん!!」
(サンドリッチ邸でお世話になったら、寝起きのオーティスとか見れちゃうのかな)
「ふふっ……」
さっきから笑いが止まらない。気を抜けばふにゃふにゃ~と顔が緩んでしまう。姿見に映った自分の顔を不意に見てしまった。
(キモ!)
ちょっと強めに頬を叩く。しかし一呼吸置けば再び顔が緩んだ。
(どれくらいの期間、侯爵邸でお世話になれるだろう)
一月、さすがに二月は無理か。どうであれ侯爵邸でお世話になった後、二度と王宮に戻るつもりはない。
アカデミー卒業まで約半年。侯爵邸での滞在期間を差し引いてもたった数ヶ月なら、無駄遣いせずにこつこつ貯蓄してきた分で十分凌げる。卒業後は騎士団の宿舎に入所するつもりだから、寝泊まりのことはそれほど心配しなくてもいいだろう。
(この寂れたおんぼろ離宮ともやっとおさらばか……)
王宮の敷地内に建つ離宮の中で、最も小さく老朽化の進んだこの離宮。ガランとした部屋の中にぽつんと立ちぐるりと見渡した。
「色々あったな」
ふと巡る昔の記憶――。
母を亡くしたばかりの幼心。無視、嫌がらせ、言葉の暴力、理不尽に虐められた日々。「次はいつ会えるだろう」……寂しさに耐えきれずベッドで小さく丸まった。
窓の外を眺めれば、花一輪咲かない存在理由のない庭園は夕陽に染まり、真っ赤な太陽が目に沁みた。
――『私が必ずここから連れ出します。約束します』
オーティスは遠い昔の約束を今でも覚えているだろうか。
突然鳴り響いた離宮の呼び鈴に顔を上げ荒っぽく目をこすった。
(やめろやめろ。つまらない思い出なんかに浸るな)
ここに使用人は常駐していない。
俺を蔑ろにしてきたメイドたちが成長した俺に色目を使い始めたのがきっかけだけど、大体の事は一人でできるから大して困ったりはしない。
そういえば、昨夜生霊に触られてもメイドたちの時みたいに激しい拒絶反応は出なかったな。
(なんでだろう……)
生きてる女性より生霊の方が格上!? いやいやそれはない。単純にメイド=嫌悪感が染み付いてるだけだ。でも、なんとなく思い当たる理由は――。
「オーティスが見てたからかな……」
扉を開けて来訪者を見た途端、心臓が飛び跳ねた。
「私がどうかしましたか?」
「え゛!? オ、オオオーティス!?」
妄想じゃなくて本物!?
圧倒的オーラに若干尻込みする。しかも無意識に声を出していたことに今更気付いて恥ずかしさで逃げ出したくなる。オーティスは眉をピクリと動かすと、俺の顔を真顔で覗き込んできた。
「大丈夫ですか?」
「な、何が?」
心の中を覗かれそうで慌て顔を背ける。オーティスは少し焦った様子で俺の頬に手を添え、自分の方に無理矢理向かせた。
「……泣いていましたか? 目が赤くなっています。それから頬も」
頬に添えられた手のひらから温もりが伝わる。俺を心底心配する目。親指の腹でそっと瞼を撫でられると、昔と変わらない彼の優しさに引っ込んだはずの涙がじわりと滲んだ。
「大丈夫だよ、凄く元気! それよりどうしてここに……? まだ勤務中だろ?」
もしかしてセガール兄上から伝書、もしくは陛下から書状を受け取って「考え直してほしい」と断りにきたのだろうか。恐る恐る尋ねる俺にオーティスは礼儀正しく頭を下げた。
「仕事は早退しました。フィル様をお迎えに参りました」
たとえそれが『王命だったから』でもいい。オーティス本人が迎えに来てくれたことが嬉しい……。嬉しいんだ! すっっっごく嬉しい!!
「ありがとうオーティス!!」
オーティスは紫の双眸を見開いたままほんの僅かな間黙ってこちらを見ていたが、笑顔の俺に応えるように目元を緩めて「はい」と微笑んだ。
◇◇◇
屋敷までの移動は馬車ではなくオーティスの瞬間移動だった。
「到着しましたよ」
(速!!)
俺のように魔力の無い者は移動中に離れたらどこに飛ばされるか分からないと言って、オーティスは俺の腰を力強く引き寄せた。その後は一瞬。瞬く間にここまで来てしまった。
「魔法って本当に凄いな。俺も使えたら良かったのに。……あれ? ここ侯爵邸じゃない」
駄々を捏ねて一度だけサンドリッチ侯爵邸にお邪魔したことがあるのだが、ここは知らない屋敷だ。
「もしかして……王都?」
周りを見渡せば貴族のタウンハウスがずらりと立ち並んでいる。
「仰るとおり、王都の外れです」
「そっか……」
(俺のこと別の奴に押し付けたんだ。なんだ、期待して損した……)
みるみる気持ちが沈んでいく。下を向いた俺を気遣ってくれたのか、オーティスは焦り気味に話を続けた。
「あまり大きくはないですが、今年完成した私の屋敷です」
「……オーティスの?」
「そうです。暗くなる前に中に入りましょう」
オーティスは俺の荷物を持って自ら扉を開けた。
「ご主人様のおかえりだぁぁーい!!」
「お待ちしてましたぁ!!」
「ご主人様~!!」
すっ飛んできた物体に目を見張る。丸くて白くてぽよぽよしてて宙を浮いてる……!?
「ちょ、ちょっとオーティス! これってお化けじゃーーん!!」
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