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第三章
35、第二王女、ナタリーの恋人
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「おい、ナタリー!」
俺とオーティスはナタリーの前に回り込んで彼女を止めた。
「一度冷静になった方がいいぞ」
「私は冷静よ。元々王女の地位から退くつもりだったし、お母様とは離れた方がいいの。それにオーティスとは本当に何もないから安心して」
三つ年上の姉ナタリーは昔から目立たない子供だった。
母親やその他の妃・兄弟たちの後ろに隠れていた姿しか思い出せない。率先して虐めてくることはなかったが、虐めを止めることもなく泣いている俺をじっと見ていた。
自分の意見のない奴だ。そう思っていたけど今は目に力が宿っている。俺が知らないだけで、芯のある女性へと変わっていたようだ。
気位ばかりが高い奴らの中で、素直に非を認め謝罪した彼女の勇気を蔑ろにはできそうにない。今までのことが無くなるわけじゃないけど、少しは彼女の手助けをしてやってもいいと思う……はぁ、やっぱり俺ってお人好しすぎる。
「そうだ、セガール兄上は?」
「お兄様は東部の視察中よ」
「とりあえず兄上に報告しよう。それからナタリーの相手がどこの誰なのか知らないけど、このデマを本気にしたらまずい。誤解を解きに行くぞ」
「……フィルも一緒に?」
「お前たち二人で行ったら余計話が拗れるかもしれないだろう? 疑われたらオーティスには俺がいるって証明すればいい」
「そうね、その方が話が早いわ。貴方が一緒に来てくれるなら心強い、ありがとう」
優しく微笑むナタリーにはまだ慣れない。けど、昔の彼女よりずっと今の方がいい。
「セガール様のいらっしゃる東部の通信部と連絡を取って、現状をご報告してまいります。ナタリー様のご準備が整いましたらすぐに出発しましょう」
オーティスが王宮の通信部へ向かっている間に、ナタリーは必要最低限の物だけをトランクに詰め込んで部屋から出てきた。
彼女の急な旅立ちに、幼い頃から世話をしてきた侍女たちは皆泣いている。
そして「ごめんなさい、今までありがとう」と声を詰まらせるナタリーの目からも大粒の涙がこぼれ落ちていた。
彼女の幸せを心から願い、今別れを惜しんで抱き合っているのが『母親ではない』ということに、俺はなんとも切ない気持ちになったのだった。
――さて、皆の準備は整った。ナタリーはこれから幸せになるんだ、門出にしんみりなんかしていられないぞ。
それにもしも彼女の恋人が色々と勘違いしていたら、俺とオーティスのラブラブな姿を目一杯見せつけてらなきゃ。さぁ、出発だ!!
◇◇◇
「もう着いたのか?」
やっぱりオーティスの瞬間移動は凄い。あっという間に知らない場所に飛んでいた。
木々に囲まれた細道。少し離れた場所に大きな山も見える。相当田舎のようだ。王都からもかなり遠そうだし、急いで来る必要もなかったかもしれない。
「あっちよ」
ナタリーに袖を引かれ振り向くと、数十メートル先には高い冊に囲まれた立派な屋敷があった。
「ここは西部の鉱山地帯。あれはジェローム・ラグベル侯爵の屋敷よ」
――ジェローム・ラグベル侯爵。
いわゆる鉱山王の彼は数年前に妻を亡くしている。それ以降社交界に顔を出すことが極端に減ったため、現在夜会などで彼を見かけることは滅多にないそうだ。
「一年前、この地を訪れた時にラグベル侯爵邸で数日お世話になったの。その時、寂しそうに一人で遊んでいるアナスタシアと……貴方が重なってとても胸が苦しくなった――」
侯爵の七歳になる一人娘アナスタシア。彼女に俺の面影を見たナタリーは、自分の罪悪感を軽くしたくてできる限りの愛情を持って接したらしい。すると人見知りの激しい彼女が少しずつナタリーに心を開き、帰る頃にはべったりくっついて離れなくなっていた。
初めこそ自分のためにアナスタシアに優しく接していたナタリーも、別れ際に「行かないで」と大泣きする彼女を本当に愛しいと感じたようで。それ以降何度か足を運ぶうちにラグベル侯爵とも心通わせるようになったそうだ。
オーティスはナタリーから相談を持ちかけられた時、涙を流すアナスタシアに幼き日の俺を。そしてその姿に心揺さぶられるナタリーに自分を重ねたはずだ。だからこそ、この場所に行き来する彼女の手助けをすると決めたのだろう。
変な噂が耳に入って侯爵親子を悲しませるわけにはいかないな。
「ナタリー、オーティス。早く行こう」
立ち話を切り上げて俺たちは侯爵邸の門を叩いた。出てきた執事の話では、今朝王都でばら撒かれた号外と同じ物が侯爵邸の門内に投げ込まれていたようで、やはりすぐに会いに来て正解だった。
――そして結果から言おう。
ラグベル侯爵はまったくもって、これっぽっちも誤解も動揺もしていなかった……。(ナタリーの腫れた頬に関しては大憤慨してたけどね)
「ナタリー、君のことを愛してる」
「ジェローム……私も愛してる。あっ、みんなの前でキスはダメだって……」
むしろ二人の熱々ぶりを見せつけられただけだった。固まる俺の横でオーティスはぼーっと遠くを見ている。
(何この二人、人目も憚らずイチャイチャと……。俺が来る意味なかったじゃん!!)
自分たちのイチャコラを見せつけようとしていた俺は肩透かしを食らったのだった。
俺とオーティスはナタリーの前に回り込んで彼女を止めた。
「一度冷静になった方がいいぞ」
「私は冷静よ。元々王女の地位から退くつもりだったし、お母様とは離れた方がいいの。それにオーティスとは本当に何もないから安心して」
三つ年上の姉ナタリーは昔から目立たない子供だった。
母親やその他の妃・兄弟たちの後ろに隠れていた姿しか思い出せない。率先して虐めてくることはなかったが、虐めを止めることもなく泣いている俺をじっと見ていた。
自分の意見のない奴だ。そう思っていたけど今は目に力が宿っている。俺が知らないだけで、芯のある女性へと変わっていたようだ。
気位ばかりが高い奴らの中で、素直に非を認め謝罪した彼女の勇気を蔑ろにはできそうにない。今までのことが無くなるわけじゃないけど、少しは彼女の手助けをしてやってもいいと思う……はぁ、やっぱり俺ってお人好しすぎる。
「そうだ、セガール兄上は?」
「お兄様は東部の視察中よ」
「とりあえず兄上に報告しよう。それからナタリーの相手がどこの誰なのか知らないけど、このデマを本気にしたらまずい。誤解を解きに行くぞ」
「……フィルも一緒に?」
「お前たち二人で行ったら余計話が拗れるかもしれないだろう? 疑われたらオーティスには俺がいるって証明すればいい」
「そうね、その方が話が早いわ。貴方が一緒に来てくれるなら心強い、ありがとう」
優しく微笑むナタリーにはまだ慣れない。けど、昔の彼女よりずっと今の方がいい。
「セガール様のいらっしゃる東部の通信部と連絡を取って、現状をご報告してまいります。ナタリー様のご準備が整いましたらすぐに出発しましょう」
オーティスが王宮の通信部へ向かっている間に、ナタリーは必要最低限の物だけをトランクに詰め込んで部屋から出てきた。
彼女の急な旅立ちに、幼い頃から世話をしてきた侍女たちは皆泣いている。
そして「ごめんなさい、今までありがとう」と声を詰まらせるナタリーの目からも大粒の涙がこぼれ落ちていた。
彼女の幸せを心から願い、今別れを惜しんで抱き合っているのが『母親ではない』ということに、俺はなんとも切ない気持ちになったのだった。
――さて、皆の準備は整った。ナタリーはこれから幸せになるんだ、門出にしんみりなんかしていられないぞ。
それにもしも彼女の恋人が色々と勘違いしていたら、俺とオーティスのラブラブな姿を目一杯見せつけてらなきゃ。さぁ、出発だ!!
◇◇◇
「もう着いたのか?」
やっぱりオーティスの瞬間移動は凄い。あっという間に知らない場所に飛んでいた。
木々に囲まれた細道。少し離れた場所に大きな山も見える。相当田舎のようだ。王都からもかなり遠そうだし、急いで来る必要もなかったかもしれない。
「あっちよ」
ナタリーに袖を引かれ振り向くと、数十メートル先には高い冊に囲まれた立派な屋敷があった。
「ここは西部の鉱山地帯。あれはジェローム・ラグベル侯爵の屋敷よ」
――ジェローム・ラグベル侯爵。
いわゆる鉱山王の彼は数年前に妻を亡くしている。それ以降社交界に顔を出すことが極端に減ったため、現在夜会などで彼を見かけることは滅多にないそうだ。
「一年前、この地を訪れた時にラグベル侯爵邸で数日お世話になったの。その時、寂しそうに一人で遊んでいるアナスタシアと……貴方が重なってとても胸が苦しくなった――」
侯爵の七歳になる一人娘アナスタシア。彼女に俺の面影を見たナタリーは、自分の罪悪感を軽くしたくてできる限りの愛情を持って接したらしい。すると人見知りの激しい彼女が少しずつナタリーに心を開き、帰る頃にはべったりくっついて離れなくなっていた。
初めこそ自分のためにアナスタシアに優しく接していたナタリーも、別れ際に「行かないで」と大泣きする彼女を本当に愛しいと感じたようで。それ以降何度か足を運ぶうちにラグベル侯爵とも心通わせるようになったそうだ。
オーティスはナタリーから相談を持ちかけられた時、涙を流すアナスタシアに幼き日の俺を。そしてその姿に心揺さぶられるナタリーに自分を重ねたはずだ。だからこそ、この場所に行き来する彼女の手助けをすると決めたのだろう。
変な噂が耳に入って侯爵親子を悲しませるわけにはいかないな。
「ナタリー、オーティス。早く行こう」
立ち話を切り上げて俺たちは侯爵邸の門を叩いた。出てきた執事の話では、今朝王都でばら撒かれた号外と同じ物が侯爵邸の門内に投げ込まれていたようで、やはりすぐに会いに来て正解だった。
――そして結果から言おう。
ラグベル侯爵はまったくもって、これっぽっちも誤解も動揺もしていなかった……。(ナタリーの腫れた頬に関しては大憤慨してたけどね)
「ナタリー、君のことを愛してる」
「ジェローム……私も愛してる。あっ、みんなの前でキスはダメだって……」
むしろ二人の熱々ぶりを見せつけられただけだった。固まる俺の横でオーティスはぼーっと遠くを見ている。
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