不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ

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第三章

38、変わらない温もり

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 今なら数倍にしてやり返すこともできるけれど、当時の俺は弱虫でただ泣くことしかできなかった。傷付けられるのは当たり前で、やられっぱなしの俺を守ってくれたのは……オーティスだった。

「おやめください! フィル様大丈夫ですか!?」

 駆け付けた彼は取り囲む王子たちの輪を乱して、見たことのない勇ましい顔で彼らの前に立ちはだかった。

 王子たちに歯向かうことの意味も分かっていただろうに。俺を守ってくれたあの後ろ姿は、まるで世界を救った英雄のようだった。

 それから……なぜかあの場にセガール兄上の母であるヴィルダ王妃が現れて、王子たちは蜘蛛の子を散らすように走り去っていったっけ。王妃を前にしても堂々と挨拶をするオーティスとは反対に、彼の後ろで身を隠すように縮こまって震える俺は酷く情けなかった。

「誰かの後ろに隠れるのは止めなさい。セガールやそこにいる彼にこの先もずっと守ってもらうつもりですか? ここで暮らしていくのなら強くなりなさい。我慢することが美徳だと教わりましたか? 時にはやり返すことも必要です。戦いなさい。貴方を守るのは他の誰でもない、貴方自身なのだから」

 突き刺すような王妃の目と冷えた声は幼い俺には恐ろしすぎた。踵を返して王宮に戻っていくその後ろ姿が見えなくなるまでは我慢したんだ。でも見えなくなった途端、大声を上げて泣いたのを今でも覚えてる。

 あの当時は幼くて自分の事しか考えられなかった。けど、王妃自身もそれはそれは大変な日々を送っていただろう。

 王の隠し子が認知されて王宮にやってきただけじゃない。息子で王太子のセガール兄上が俺を可愛がるのだ。側妃や周りの者たちからどんな嫌味を言われたかくらい想像がつく。

 同じようにセガール兄上も嫌味や陰口、忠告を受けただろう。しかし彼は俺との関わりを絶たなかった。人を出自で判断せず、今に至るまでずっと大切にしてくれている。

 言うまでもなくセガールという人は心から尊敬する最高の兄となり、俺は将来国王の座に就いた彼を守る盾となるために騎士を目指すことにした。

 受けた恩を返したい。その一心でここまでやってきたんだ。

(あー、でもレイモン伯爵の件でまた兄上に迷惑かけちゃうな……一人じゃ何も解決できない。昔と何も変わってない……俺は弱いままだ……)



「――ィル様?」

(あれ? 名前、呼ばれてる……?)

 ぼんやりしながら薄く目を開けると、膝を付いたオーティスが俺の肩を揺すっていた。少しだけ目を閉じたつもりが、そのまま眠っていたようだ。

「オーティス……おかえり」
 寝ぼけ眼でほわっと微笑む。

「こんな所で眠っていたのですか?」
「うん、昔の夢を見てた」

 笑ったつもりだったけど、過去の寂しさが上手く隠せていなかったのかもしれない。俺を見るオーティスの瞳が揺れた。

(どうしてそんなに悲しそうな顔を……)

 そう思った時には両手を広げた彼に力一杯抱き締められていた。突然のことで眠気が吹き飛ぶ。ぱちぱちと数回瞬きをした。

「ど、どうした?」

「すみません……寂しい思いをさせてすみません」

「前にも言ったことがあるけど、オーティスは俺のこと何歳だと思ってるのな? 大丈夫だよ」

「違います! 貴方に会いに来なかった数年間のことです。私は貴方と一緒になりたくて、大魔法師の肩書きを手に入れる……ただそのことで頭がいっぱいで、貴方のそばにいる時間を放棄しました」

 腕の力が一層強くなった。

「そんなの仕方ないじゃん。全部俺のためなんだ。大魔法師の称号を手に入れてくれてありがとう。オーティスが謝ることないって」

「…………私が来なくなってからも、今のように小さく蹲ってずっと待っていたのでしょう? 貴方はきっと泣いていたはずです」

 詰まる思いに目を見開いた。

 彼の言う通り。オーティスが会いに来てくれるのをずっと待ち侘びていた。来なくなってからも毎日……。

「もう貴方に寂しい思いはさせません。ずっとそばにいます」

 目の前が滲む。震える唇をぐっと引き結んだ。よそ事を考えようとして、空を見上げ必死に視線を往復させても、ほろりとこぼれ落ちる物は止められなかった。


『オーティスはどうして会いにきてくれないのかな』
『もしかして嫌われちゃったかな』
『忘れられたのかな』

 湧き出る不安な思いは、

『卑しい自分がいけないんだ』
『どんな仕打ちを受けても仕方ない』
『平気……寂しくなんてない』

 いつだって自分自身によって無理矢理丸め込まれる。誤魔化して放置し続けてきた傷口は今ではすっかり肌と馴染んでしまったけど、俺を抱き締めてくれるこの温もりがあればきっと大丈夫。

 山あり谷ありな人生だけど、俺はこの先もっと自分自身を好きになれそうな気がした。


「――さっきさ、オーティスにおんぶしてもらった日のこと思い出してたんだ。あの日みたいにおぶってよ」

「分かりました」

 俺から腕を解いたオーティスは、「ケーキを買ってきました」と横に置いたケーキ箱を手に取って目元を緩めた。

「パティスリーハノンのじゃん! ありがとう!」

 今度は俺から抱き付いた。彼を想う気持ちの分だけ力を込める。

 オーティスはポムを呼んでケーキを持っていかせると「どうぞ」と俺に背中を向けた。しっかり筋肉の付いた、今はもう小さな子供ではない俺をおぶって立ち上がる。ぎゅっと背中にしがみ付くとオーティスは僅かに後ろを振り向いた。

「あの日……フィル様をおぶってふらふらとよろけたのが恥ずかしくて、体を鍛え始めました」

 意外な理由にふふっと笑みがこぼれる。

「そうだったんだ。今は余裕だな」
「リベンジできて本望です」
「……でもこの背中の安心感は、昔も今も変わらないよ」
 オーティスの頭に自分の頭を寄せて、あの時のように温もりを胸の奥に流し込む。

「有難きお言葉です」

 互いの顔を見ずとも自信がある。俺たちはきっと幸せな顔同じ表情をしているだろう。
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