41 / 53
第三章
38、変わらない温もり
しおりを挟む
今なら数倍にしてやり返すこともできるけれど、当時の俺は弱虫でただ泣くことしかできなかった。傷付けられるのは当たり前で、やられっぱなしの俺を守ってくれたのは……オーティスだった。
「おやめください! フィル様大丈夫ですか!?」
駆け付けた彼は取り囲む王子たちの輪を乱して、見たことのない勇ましい顔で彼らの前に立ちはだかった。
王子たちに歯向かうことの意味も分かっていただろうに。俺を守ってくれたあの後ろ姿は、まるで世界を救った英雄のようだった。
それから……なぜかあの場にセガール兄上の母であるヴィルダ王妃が現れて、王子たちは蜘蛛の子を散らすように走り去っていったっけ。王妃を前にしても堂々と挨拶をするオーティスとは反対に、彼の後ろで身を隠すように縮こまって震える俺は酷く情けなかった。
「誰かの後ろに隠れるのは止めなさい。セガールやそこにいる彼にこの先もずっと守ってもらうつもりですか? ここで暮らしていくのなら強くなりなさい。我慢することが美徳だと教わりましたか? 時にはやり返すことも必要です。戦いなさい。貴方を守るのは他の誰でもない、貴方自身なのだから」
突き刺すような王妃の目と冷えた声は幼い俺には恐ろしすぎた。踵を返して王宮に戻っていくその後ろ姿が見えなくなるまでは我慢したんだ。でも見えなくなった途端、大声を上げて泣いたのを今でも覚えてる。
あの当時は幼くて自分の事しか考えられなかった。けど、王妃自身もそれはそれは大変な日々を送っていただろう。
王の隠し子が認知されて王宮にやってきただけじゃない。息子で王太子のセガール兄上が俺を可愛がるのだ。側妃や周りの者たちからどんな嫌味を言われたかくらい想像がつく。
同じようにセガール兄上も嫌味や陰口、忠告を受けただろう。しかし彼は俺との関わりを絶たなかった。人を出自で判断せず、今に至るまでずっと大切にしてくれている。
言うまでもなくセガールという人は心から尊敬する最高の兄となり、俺は将来国王の座に就いた彼を守る盾となるために騎士を目指すことにした。
受けた恩を返したい。その一心でここまでやってきたんだ。
(あー、でもレイモン伯爵の件でまた兄上に迷惑かけちゃうな……一人じゃ何も解決できない。昔と何も変わってない……俺は弱いままだ……)
「――ィル様?」
(あれ? 名前、呼ばれてる……?)
ぼんやりしながら薄く目を開けると、膝を付いたオーティスが俺の肩を揺すっていた。少しだけ目を閉じたつもりが、そのまま眠っていたようだ。
「オーティス……おかえり」
寝ぼけ眼でほわっと微笑む。
「こんな所で眠っていたのですか?」
「うん、昔の夢を見てた」
笑ったつもりだったけど、過去の寂しさが上手く隠せていなかったのかもしれない。俺を見るオーティスの瞳が揺れた。
(どうしてそんなに悲しそうな顔を……)
そう思った時には両手を広げた彼に力一杯抱き締められていた。突然のことで眠気が吹き飛ぶ。ぱちぱちと数回瞬きをした。
「ど、どうした?」
「すみません……寂しい思いをさせてすみません」
「前にも言ったことがあるけど、オーティスは俺のこと何歳だと思ってるのな? 大丈夫だよ」
「違います! 貴方に会いに来なかった数年間のことです。私は貴方と一緒になりたくて、大魔法師の肩書きを手に入れる……ただそのことで頭がいっぱいで、貴方のそばにいる時間を放棄しました」
腕の力が一層強くなった。
「そんなの仕方ないじゃん。全部俺のためなんだ。大魔法師の称号を手に入れてくれてありがとう。オーティスが謝ることないって」
「…………私が来なくなってからも、今のように小さく蹲ってずっと待っていたのでしょう? 貴方はきっと泣いていたはずです」
詰まる思いに目を見開いた。
彼の言う通り。オーティスが会いに来てくれるのをずっと待ち侘びていた。来なくなってからも毎日……。
「もう貴方に寂しい思いはさせません。ずっとそばにいます」
目の前が滲む。震える唇をぐっと引き結んだ。よそ事を考えようとして、空を見上げ必死に視線を往復させても、ほろりとこぼれ落ちる物は止められなかった。
『オーティスはどうして会いにきてくれないのかな』
『もしかして嫌われちゃったかな』
『忘れられたのかな』
湧き出る不安な思いは、
『卑しい自分がいけないんだ』
『どんな仕打ちを受けても仕方ない』
『平気……寂しくなんてない』
いつだって自分自身によって無理矢理丸め込まれる。誤魔化して放置し続けてきた傷口は今ではすっかり肌と馴染んでしまったけど、俺を抱き締めてくれるこの温もりがあればきっと大丈夫。
山あり谷ありな人生だけど、俺はこの先もっと自分自身を好きになれそうな気がした。
「――さっきさ、オーティスにおんぶしてもらった日のこと思い出してたんだ。あの日みたいにおぶってよ」
「分かりました」
俺から腕を解いたオーティスは、「ケーキを買ってきました」と横に置いたケーキ箱を手に取って目元を緩めた。
「パティスリーハノンのじゃん! ありがとう!」
今度は俺から抱き付いた。彼を想う気持ちの分だけ力を込める。
オーティスはポムを呼んでケーキを持っていかせると「どうぞ」と俺に背中を向けた。しっかり筋肉の付いた、今はもう小さな子供ではない俺をおぶって立ち上がる。ぎゅっと背中にしがみ付くとオーティスは僅かに後ろを振り向いた。
「あの日……フィル様をおぶってふらふらとよろけたのが恥ずかしくて、体を鍛え始めました」
意外な理由にふふっと笑みがこぼれる。
「そうだったんだ。今は余裕だな」
「リベンジできて本望です」
「……でもこの背中の安心感は、昔も今も変わらないよ」
オーティスの頭に自分の頭を寄せて、あの時のように温もりを胸の奥に流し込む。
「有難きお言葉です」
互いの顔を見ずとも自信がある。俺たちはきっと幸せな顔をしているだろう。
「おやめください! フィル様大丈夫ですか!?」
駆け付けた彼は取り囲む王子たちの輪を乱して、見たことのない勇ましい顔で彼らの前に立ちはだかった。
王子たちに歯向かうことの意味も分かっていただろうに。俺を守ってくれたあの後ろ姿は、まるで世界を救った英雄のようだった。
それから……なぜかあの場にセガール兄上の母であるヴィルダ王妃が現れて、王子たちは蜘蛛の子を散らすように走り去っていったっけ。王妃を前にしても堂々と挨拶をするオーティスとは反対に、彼の後ろで身を隠すように縮こまって震える俺は酷く情けなかった。
「誰かの後ろに隠れるのは止めなさい。セガールやそこにいる彼にこの先もずっと守ってもらうつもりですか? ここで暮らしていくのなら強くなりなさい。我慢することが美徳だと教わりましたか? 時にはやり返すことも必要です。戦いなさい。貴方を守るのは他の誰でもない、貴方自身なのだから」
突き刺すような王妃の目と冷えた声は幼い俺には恐ろしすぎた。踵を返して王宮に戻っていくその後ろ姿が見えなくなるまでは我慢したんだ。でも見えなくなった途端、大声を上げて泣いたのを今でも覚えてる。
あの当時は幼くて自分の事しか考えられなかった。けど、王妃自身もそれはそれは大変な日々を送っていただろう。
王の隠し子が認知されて王宮にやってきただけじゃない。息子で王太子のセガール兄上が俺を可愛がるのだ。側妃や周りの者たちからどんな嫌味を言われたかくらい想像がつく。
同じようにセガール兄上も嫌味や陰口、忠告を受けただろう。しかし彼は俺との関わりを絶たなかった。人を出自で判断せず、今に至るまでずっと大切にしてくれている。
言うまでもなくセガールという人は心から尊敬する最高の兄となり、俺は将来国王の座に就いた彼を守る盾となるために騎士を目指すことにした。
受けた恩を返したい。その一心でここまでやってきたんだ。
(あー、でもレイモン伯爵の件でまた兄上に迷惑かけちゃうな……一人じゃ何も解決できない。昔と何も変わってない……俺は弱いままだ……)
「――ィル様?」
(あれ? 名前、呼ばれてる……?)
ぼんやりしながら薄く目を開けると、膝を付いたオーティスが俺の肩を揺すっていた。少しだけ目を閉じたつもりが、そのまま眠っていたようだ。
「オーティス……おかえり」
寝ぼけ眼でほわっと微笑む。
「こんな所で眠っていたのですか?」
「うん、昔の夢を見てた」
笑ったつもりだったけど、過去の寂しさが上手く隠せていなかったのかもしれない。俺を見るオーティスの瞳が揺れた。
(どうしてそんなに悲しそうな顔を……)
そう思った時には両手を広げた彼に力一杯抱き締められていた。突然のことで眠気が吹き飛ぶ。ぱちぱちと数回瞬きをした。
「ど、どうした?」
「すみません……寂しい思いをさせてすみません」
「前にも言ったことがあるけど、オーティスは俺のこと何歳だと思ってるのな? 大丈夫だよ」
「違います! 貴方に会いに来なかった数年間のことです。私は貴方と一緒になりたくて、大魔法師の肩書きを手に入れる……ただそのことで頭がいっぱいで、貴方のそばにいる時間を放棄しました」
腕の力が一層強くなった。
「そんなの仕方ないじゃん。全部俺のためなんだ。大魔法師の称号を手に入れてくれてありがとう。オーティスが謝ることないって」
「…………私が来なくなってからも、今のように小さく蹲ってずっと待っていたのでしょう? 貴方はきっと泣いていたはずです」
詰まる思いに目を見開いた。
彼の言う通り。オーティスが会いに来てくれるのをずっと待ち侘びていた。来なくなってからも毎日……。
「もう貴方に寂しい思いはさせません。ずっとそばにいます」
目の前が滲む。震える唇をぐっと引き結んだ。よそ事を考えようとして、空を見上げ必死に視線を往復させても、ほろりとこぼれ落ちる物は止められなかった。
『オーティスはどうして会いにきてくれないのかな』
『もしかして嫌われちゃったかな』
『忘れられたのかな』
湧き出る不安な思いは、
『卑しい自分がいけないんだ』
『どんな仕打ちを受けても仕方ない』
『平気……寂しくなんてない』
いつだって自分自身によって無理矢理丸め込まれる。誤魔化して放置し続けてきた傷口は今ではすっかり肌と馴染んでしまったけど、俺を抱き締めてくれるこの温もりがあればきっと大丈夫。
山あり谷ありな人生だけど、俺はこの先もっと自分自身を好きになれそうな気がした。
「――さっきさ、オーティスにおんぶしてもらった日のこと思い出してたんだ。あの日みたいにおぶってよ」
「分かりました」
俺から腕を解いたオーティスは、「ケーキを買ってきました」と横に置いたケーキ箱を手に取って目元を緩めた。
「パティスリーハノンのじゃん! ありがとう!」
今度は俺から抱き付いた。彼を想う気持ちの分だけ力を込める。
オーティスはポムを呼んでケーキを持っていかせると「どうぞ」と俺に背中を向けた。しっかり筋肉の付いた、今はもう小さな子供ではない俺をおぶって立ち上がる。ぎゅっと背中にしがみ付くとオーティスは僅かに後ろを振り向いた。
「あの日……フィル様をおぶってふらふらとよろけたのが恥ずかしくて、体を鍛え始めました」
意外な理由にふふっと笑みがこぼれる。
「そうだったんだ。今は余裕だな」
「リベンジできて本望です」
「……でもこの背中の安心感は、昔も今も変わらないよ」
オーティスの頭に自分の頭を寄せて、あの時のように温もりを胸の奥に流し込む。
「有難きお言葉です」
互いの顔を見ずとも自信がある。俺たちはきっと幸せな顔をしているだろう。
131
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された俺の農業異世界生活
深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」
冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生!
庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。
そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。
皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。
(ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中)
(第四回fujossy小説大賞エントリー中)
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
ゲーム世界の貴族A(=俺)
猫宮乾
BL
妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。
憧れのスローライフは計画的に
朝顔
BL
2022/09/14
後日談追加しました。
BLゲームの世界の悪役令息に憑依してしまった俺。
役目を全うして、婚約破棄から追放エンドを迎えた。
全て計画通りで、憧れのスローライフを手に入れたはずだった。
誰にも邪魔されない田舎暮らしで、孤独に生きていこうとしていたが、謎の男との出会いが全てを変えていく……。
◇ハッピーエンドを迎えた世界で、悪役令息だった主人公のその後のお話。
◇謎のイケメン神父様×恋に後ろ向きな元悪役令息
◇他サイトで投稿あり。
完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?
七角
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。
その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー?
十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。
転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。
どんでん返しからの甘々ハピエンです。
BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います
雪
BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生!
しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!?
モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....?
ゆっくり更新です。
生まれ変わったら知ってるモブだった
マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。
貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。
毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。
この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。
その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。
その瞬間に思い出したんだ。
僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる