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第三章
48、婚約
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チャス・レイモンが世間を騒がせてから、一月が経過した。
レイモン伯爵の取り調べは、洗脳能力を使わないという誓約魔法をかけられた上で慎重に進められた。今後は被害者救済のために伯爵邸の捜査も徹底的に行われるという。
正式な判決はまだだが、これだけ罪を重ねてきたのだ。極刑が下されるだろう。
そして一月前にランデルから打ち明けられた彼の秘密について。俺はこの先誰にも知られないよう黙っているつもりだった。
しかしランデルは自分の能力と俺にかけた催眠術について、セガール兄上に正直に話してしまったのである。
『王宮の恥晒し』……そんな不名誉な二つ名を持っていても俺は一応王子。彼にどんな罰が与えられるのか、告げられるまで正直生きた心地がしなかった。
――が、結果を言うとランデルは罪に問われなかった。その代わり、自身の能力を伏せた上で『被害者たちの洗脳を解く』という重大な役目を与えられたのだった。レイモン伯爵の洗脳能力に比べてランデルの催眠能力は遥かに弱く少しずつしか解除できない。全ての被害者たちを救済し終わるまでには時間がかかるだろう。
それでも、罪もない被害者たちを国王陛下の時のように思い切り平手打ちしなくて済むと思うとホッとした。あっ、でも護衛に失敗した騎士団は洗脳が解けるまで全員平手打ちを食らったそうだ。
そしてついに、待ちに待った俺とオーティスの婚約が結ばれた。
◇◇◇
婚約証明書を受け取った後、俺とオーティスは陛下から「庭園を散歩しないか」と誘われた。侍従を連れずたった三人で。俺たちは陛下の後ろを無言のまま付いていく。
案内された庭園は王宮にある他所の庭に比べてかなり狭いものだった。華やかというより緑が多く、苔の生えた煉瓦の石畳。素朴なベンチやガゼボはどこか懐かしい田舎を彷彿とさせる。
陛下は一本の木に手を置き、落葉の季節を迎え寂しくなってしまったその木を静かに撫でた。
「二人共、婚約おめでとう。そういえば……お前の母親について話したことがなかったな」
「……はい」
突然始まった会話。しかも母さんのことらしい。今まで話題にしなかったのは当然だと思う。国王の子を身籠ったシスター。それはもはやタブーだったから。
「マルメロの木を覚えているか? お前が住んでいた小屋の横にも生えていた。実は……この木の下に彼女が眠っている」
「――!?」
衝撃だった。意味不明すぎて(え?)と何度も自問自答を繰り返す。陛下はそんな俺を暫く見つめ、黙って頷き話を続けた。
「お前に伝えてあるあの墓はダミーなのだ。彼女を良く思っていない者が墓を荒らそうとしたため、密かにここに移していた。真実を今まで伝えず悪かった」
母の遺体を守るために、あえて王宮の庭園内に埋葬していたとは誰が想像できただろう。この事実を知ったら妃たちは大憤慨するに違いない。
「いえ……」
「お前の母は、おっとりして柔らかな人だった。ふとした時にあの人の面影がお前と重なる。私が引き取ったこと怒っているだろう。彼女が望んだようにそっとしておくべきだった。だが、彼女が見られなかったお前の成長をそばで見たい……そう欲が出てしまったのだ。良い父ではなかったな、わしのわがままに付き合わせてすまなかった」
陛下が俺に対して謝罪した。洗脳されていた時、似たようなことをごにょごにょ言っていたけど、改めて真面目な顔で言われると戸惑う。
そして驚きの連続はまだ終わらなかった。抱き締められたのだ。遠慮がちにではない。ずっとこうしたかった……そう思わせるような力強さ。初めて会ったあの日以来の抱擁だった。
「オーティス。フィルを頼む。わしは二人の幸せを心から願う」
俺の人生を狂わせた張本人。身勝手で女好き。あれほどこの人に対して思う事があったのに、驚くことに恨み言の一つも出てこなかった。
それはきっと、俺が今とても幸せだからなのかもしれない。
オーティスにぽよぽよズ、サンドリッチ侯爵家の皆さん。セガール兄上、ランデル、ジェイソンや騎士科の仲間たち。まさか打ち解けることになるとは思わなかったナタリー、そのご縁で繋がったラグベル侯爵親子。温かい人たちに恵まれた。
この人生、山あり谷ありだけど俺は好きだよ。
◇◇◇
屋敷の正面扉前。いつもよりそわそわしたポックスが俺たちを待っていた。
「ご主人様、フィル様おかえりなさいませ」
「ただいま」
「どうぞお入りください」
ポックスが扉を開くと、目の前に赤・黄・緑・青、カラフルな紙吹雪が舞った。
「ご婚約おめでとうございまぁす!!」
ぽよぽよズの声が揃う。ポルたちはふぁさ~ふぁさ~と紙吹雪を天井に向かって高く投げ上げ、ひらひらと落ちる様子はまるで風に運ばれる花びらのようだ。
「あ、あの……後で片付けますので……」
棒立ちの俺とオーティスを見て、怒られると思ったのだろうか。執事ポックスが申し訳なさそうに小声で告げる。ポミィ、ポル、ポム、ポニも静かになって落ちた紙吹雪をさささーっと集めだした。
「みんな……」
ぽよぽよズの動きがピタリと止まる。そして彼らは控えめに俺を見た。
「ありがとう……すっげぇ嬉しい! ごめんな。感動してすぐに声が出なかった。なっ、オーティス!」
「ええ。みんなありがとう」
ぽよぽよズの顔にぱぁ~と明るさが戻る。
「では遠慮無くもう一度! おめでとうございまーす!!」
もう一度紙吹雪が舞い上がった。
「フィル様……」
「何?」
オーティスは僅かに視線を彷徨わせた後、恥ずかしそうに上着から小さなケースを取り出して蓋を開けた。
(オーティスのご家族に挨拶に行った日、王都の宝飾店で注文したペアリングじゃん!)
「指輪! 一人で取りに行ったのか? 誘ってくれたらよかったのに」
「すみません、驚かせたくて」
むくれる俺に申し訳なさそうに眉を下げる。オーティスは指輪を一つ手に取って腰を下ろそうとした。
「ちょっと待って! オーティスは立ってて。そっちの指輪もらってもいい?」
咄嗟に彼の両肩を掴み、しっかり立たせてから俺はもう片方の指輪を手に取って跪いた。
「フィル様?」
きょとんとしちゃって本当可愛い。
オーティスは子供の頃にプロポーズしてくれたけど、俺はご挨拶の時に公開プロポーズっぽくなってしまってまだ一対一でちゃんと言ったことがない。
「今度は俺がする番。オーティス、俺と結婚してくれ」
切長の目が大きく見開いた。潤んだ紫の双眸が俺を真剣に見つめている。ニッと笑いかけると、オーティスは一瞬目を伏せて口元に弧を描いた。そしてふわりと跪いた。
「はい、私たち結婚しましょう」
ドッと湧き上がる拍手喝采。またしても紙吹雪が舞い上がる。ぴょんぴょん飛び跳ねたり全身全霊で俺たち祝福してくれる可愛いぽよぽよズに、クスクスッと俺とオーティスの笑い声が重なった。
レイモン伯爵の取り調べは、洗脳能力を使わないという誓約魔法をかけられた上で慎重に進められた。今後は被害者救済のために伯爵邸の捜査も徹底的に行われるという。
正式な判決はまだだが、これだけ罪を重ねてきたのだ。極刑が下されるだろう。
そして一月前にランデルから打ち明けられた彼の秘密について。俺はこの先誰にも知られないよう黙っているつもりだった。
しかしランデルは自分の能力と俺にかけた催眠術について、セガール兄上に正直に話してしまったのである。
『王宮の恥晒し』……そんな不名誉な二つ名を持っていても俺は一応王子。彼にどんな罰が与えられるのか、告げられるまで正直生きた心地がしなかった。
――が、結果を言うとランデルは罪に問われなかった。その代わり、自身の能力を伏せた上で『被害者たちの洗脳を解く』という重大な役目を与えられたのだった。レイモン伯爵の洗脳能力に比べてランデルの催眠能力は遥かに弱く少しずつしか解除できない。全ての被害者たちを救済し終わるまでには時間がかかるだろう。
それでも、罪もない被害者たちを国王陛下の時のように思い切り平手打ちしなくて済むと思うとホッとした。あっ、でも護衛に失敗した騎士団は洗脳が解けるまで全員平手打ちを食らったそうだ。
そしてついに、待ちに待った俺とオーティスの婚約が結ばれた。
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婚約証明書を受け取った後、俺とオーティスは陛下から「庭園を散歩しないか」と誘われた。侍従を連れずたった三人で。俺たちは陛下の後ろを無言のまま付いていく。
案内された庭園は王宮にある他所の庭に比べてかなり狭いものだった。華やかというより緑が多く、苔の生えた煉瓦の石畳。素朴なベンチやガゼボはどこか懐かしい田舎を彷彿とさせる。
陛下は一本の木に手を置き、落葉の季節を迎え寂しくなってしまったその木を静かに撫でた。
「二人共、婚約おめでとう。そういえば……お前の母親について話したことがなかったな」
「……はい」
突然始まった会話。しかも母さんのことらしい。今まで話題にしなかったのは当然だと思う。国王の子を身籠ったシスター。それはもはやタブーだったから。
「マルメロの木を覚えているか? お前が住んでいた小屋の横にも生えていた。実は……この木の下に彼女が眠っている」
「――!?」
衝撃だった。意味不明すぎて(え?)と何度も自問自答を繰り返す。陛下はそんな俺を暫く見つめ、黙って頷き話を続けた。
「お前に伝えてあるあの墓はダミーなのだ。彼女を良く思っていない者が墓を荒らそうとしたため、密かにここに移していた。真実を今まで伝えず悪かった」
母の遺体を守るために、あえて王宮の庭園内に埋葬していたとは誰が想像できただろう。この事実を知ったら妃たちは大憤慨するに違いない。
「いえ……」
「お前の母は、おっとりして柔らかな人だった。ふとした時にあの人の面影がお前と重なる。私が引き取ったこと怒っているだろう。彼女が望んだようにそっとしておくべきだった。だが、彼女が見られなかったお前の成長をそばで見たい……そう欲が出てしまったのだ。良い父ではなかったな、わしのわがままに付き合わせてすまなかった」
陛下が俺に対して謝罪した。洗脳されていた時、似たようなことをごにょごにょ言っていたけど、改めて真面目な顔で言われると戸惑う。
そして驚きの連続はまだ終わらなかった。抱き締められたのだ。遠慮がちにではない。ずっとこうしたかった……そう思わせるような力強さ。初めて会ったあの日以来の抱擁だった。
「オーティス。フィルを頼む。わしは二人の幸せを心から願う」
俺の人生を狂わせた張本人。身勝手で女好き。あれほどこの人に対して思う事があったのに、驚くことに恨み言の一つも出てこなかった。
それはきっと、俺が今とても幸せだからなのかもしれない。
オーティスにぽよぽよズ、サンドリッチ侯爵家の皆さん。セガール兄上、ランデル、ジェイソンや騎士科の仲間たち。まさか打ち解けることになるとは思わなかったナタリー、そのご縁で繋がったラグベル侯爵親子。温かい人たちに恵まれた。
この人生、山あり谷ありだけど俺は好きだよ。
◇◇◇
屋敷の正面扉前。いつもよりそわそわしたポックスが俺たちを待っていた。
「ご主人様、フィル様おかえりなさいませ」
「ただいま」
「どうぞお入りください」
ポックスが扉を開くと、目の前に赤・黄・緑・青、カラフルな紙吹雪が舞った。
「ご婚約おめでとうございまぁす!!」
ぽよぽよズの声が揃う。ポルたちはふぁさ~ふぁさ~と紙吹雪を天井に向かって高く投げ上げ、ひらひらと落ちる様子はまるで風に運ばれる花びらのようだ。
「あ、あの……後で片付けますので……」
棒立ちの俺とオーティスを見て、怒られると思ったのだろうか。執事ポックスが申し訳なさそうに小声で告げる。ポミィ、ポル、ポム、ポニも静かになって落ちた紙吹雪をさささーっと集めだした。
「みんな……」
ぽよぽよズの動きがピタリと止まる。そして彼らは控えめに俺を見た。
「ありがとう……すっげぇ嬉しい! ごめんな。感動してすぐに声が出なかった。なっ、オーティス!」
「ええ。みんなありがとう」
ぽよぽよズの顔にぱぁ~と明るさが戻る。
「では遠慮無くもう一度! おめでとうございまーす!!」
もう一度紙吹雪が舞い上がった。
「フィル様……」
「何?」
オーティスは僅かに視線を彷徨わせた後、恥ずかしそうに上着から小さなケースを取り出して蓋を開けた。
(オーティスのご家族に挨拶に行った日、王都の宝飾店で注文したペアリングじゃん!)
「指輪! 一人で取りに行ったのか? 誘ってくれたらよかったのに」
「すみません、驚かせたくて」
むくれる俺に申し訳なさそうに眉を下げる。オーティスは指輪を一つ手に取って腰を下ろそうとした。
「ちょっと待って! オーティスは立ってて。そっちの指輪もらってもいい?」
咄嗟に彼の両肩を掴み、しっかり立たせてから俺はもう片方の指輪を手に取って跪いた。
「フィル様?」
きょとんとしちゃって本当可愛い。
オーティスは子供の頃にプロポーズしてくれたけど、俺はご挨拶の時に公開プロポーズっぽくなってしまってまだ一対一でちゃんと言ったことがない。
「今度は俺がする番。オーティス、俺と結婚してくれ」
切長の目が大きく見開いた。潤んだ紫の双眸が俺を真剣に見つめている。ニッと笑いかけると、オーティスは一瞬目を伏せて口元に弧を描いた。そしてふわりと跪いた。
「はい、私たち結婚しましょう」
ドッと湧き上がる拍手喝采。またしても紙吹雪が舞い上がる。ぴょんぴょん飛び跳ねたり全身全霊で俺たち祝福してくれる可愛いぽよぽよズに、クスクスッと俺とオーティスの笑い声が重なった。
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