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第三章
33、「陛下」改め「クソ親父」
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ランデル以外の学生とも打ち合い練習をするようになって、俺は益々剣術が好きになった。ちなみに医務室に連れていったジェイソンや他の学生たちとも、嬉しいことに少しずつ会話が増えてきている。
学生たちは日々訓練に励んでいるのだが、なにしろ季節は冬目前。日の入りが早くなったせいで早めの帰宅を余儀なくされている。
「フィルー、今日はここまでにしよっか」
「そうだな」
「やっと大魔法師の監視が緩くなったんじゃない? あの人って、ほんっとやきもち焼きよな」
ランデルはタオルで汗を拭きながら、オーティスの姿がないことを確認して「はぁ」と安堵の息をついた。
数日前。騎士科の学生たちと仲良くなったことを報告すると、オーティスはとても喜んでくれた。そしてやきもちとは言わないまでも、早めに迎えに来ては夕刻の自主練風景を悪魔のような形相で見学していたのだ。
『あの生徒は何という名前ですか?』
『あの彼は美形ですね』
とかいらない心配ばかりしてさ。オーティスは自分がどれほど魅力的なのか全然分かっていない。
『フィル様』
目を閉じれば少し低めの声が聞こえて……
「フィル王~子~!!」
聞き慣れない低くてこもった声が、脳内再生中のオーティスの声を掻き消した。
少しムッとして訝しげに目を凝らせば、練武場の向こう端でぼよんぼよん動いている男を発見。でっぷりした男が弾ける笑顔で手を振っているのだ。
「なんだあれ……」
同じように向こうを見ていたランデルが、男から俺を隠すように立ち塞がって「チャス・レイモン伯爵だ」と小声で告げた。
――『チャス・レイモン』
もちろん覚えてる!
あんな癖強男忘れるわけない。
以前ランデルと王都のパティスリーハノンに行った時、こいつが子供に対してヒステリックに怒鳴るのを目撃した。下がり眉につぶらな瞳、一見害のなさそうなこの男の豹変ぶりに俺は大いに驚いたんだ。
しかも恋いする乙女のように、俺のことをじっと見てたんだよねぇ。
(わぁ、思い出したら鳥肌が……)
近付くレイモン伯爵に向けて「止まれ」と手のひらを見せると、彼は恭しく「チャス・レイモンです」と頭を下げた。そして両手の拳を胸の前で揃え、
「フィル王子をお迎えに参りましたっ♡」
キャピっとウインクをぶちかました。
◇◇◇
「う゛ぇ……」
十代男子どもが顔を歪めて呻き声を上げた。
目撃してしまった学生たちは、別の場所に視線を移してパチパチしたり険しい顔で眉間を揉み始める。
(いや、まじで見たくなかった)
「ランデル……悪いけど教員室に行って誰か呼んできてくれ」
「お、おう、分かった。みんなフィルを頼む」
みんな大ダメージを食らった身だというのに、ランデルの一言で俺を取り囲んでくれる。
(何この胸熱展開、俺泣いちゃいそう)
しかし、睨みを利かす俺たちを前にしてもレイモン伯爵は臆することはなかった。「ふふん、ふふん」と鼻歌を歌って距離を詰めてくる。その距離が残り数メートルになった時、目の前で真っ白なローブが靡きレイモン伯爵の表情が僅かに曇った。
「フィル様、お迎えに参りました」
瞬間移動で現れたオーティスに学生たちの表情が「ぱぁ」と輝く。この中の何人かは彼のファンになったな。
「大魔法師、ナイスタイミング」
だだっ広い練武場の端まできたランデルは猛ダッシュで駆けていき、オーティスはすぐに練武場の張り詰めた空気を察してレイモン伯爵を隙のない目で見据えた。
騎士科の仲間たちに「もう大丈夫、ありがとう」と微笑んでみせたものの、レイモン伯爵の言った「婚約者」が気にかかる。
自信に満ち溢れた伯爵の目。なんの根拠もなく、こんなにも大勢の前で俺のことを婚約者と呼ぶだろうか。
「チャス・レイモンが俺を婚約者って言ったんだ」
「はい?」
オーティスの額に青筋が浮かぶ。やっぱりこういう輩には俺からハッキリ言った方がいいな。
「レイモン伯爵、俺はサンドリッチ卿と結婚の約束をしてる。これ以上俺のことを婚約者と呼ぶのなら、今ここでお前を捕えてもいい」
ただオーティスとの婚約は口約束で正式なものじゃない……一抹の不安を感じる。忠告を受けた伯爵は、ニタリと下品な笑みを浮かべてパチンと指を鳴らした。
「フィル様ご覧ください。婚約の証明書です」
レイモン伯爵の従者が突き出した一枚の紙。そこに記された文字を一字一句見落とさないよう目に焼き付けた。
「なんだこれ……」
「本物ですよ、この王印が証拠です」
信じられない。
陛下が許可した?
オーティスとの婚約でさえ保留状態なのに?
(おいおいおいおい、やってくれるじゃん。あっのクッッソ親父!! 俺からの申し出も無視しといて酷くない? これはさすがにダメでしょ)
もうあの人が何を考えているのか謎すぎる。政略結婚ってこんな感じで決められちゃうものなのか?
「――ああそうだ。サンドリッチ卿もご婚約おめでとうございます」
「私? いったいなんの話を」
「隠さなくてもよろしいのに。王都はその話題で持ちきりですよっ」
レイモン伯爵は「どうぞ」と一枚の号外を笑顔で手渡してきた。ドクンドクンと心音が脳に響く。震える手が掴んだ号外には、読み違えができぬほど大きな活字でこう書かれていた。
『ナタリー第二王女。オーティス・サンドリッチ大魔法師とご婚約』と。
これはもう行くしかないよね……。逃げようがとっ捕まえてきっちり説明してもらうからな!!
学生たちは日々訓練に励んでいるのだが、なにしろ季節は冬目前。日の入りが早くなったせいで早めの帰宅を余儀なくされている。
「フィルー、今日はここまでにしよっか」
「そうだな」
「やっと大魔法師の監視が緩くなったんじゃない? あの人って、ほんっとやきもち焼きよな」
ランデルはタオルで汗を拭きながら、オーティスの姿がないことを確認して「はぁ」と安堵の息をついた。
数日前。騎士科の学生たちと仲良くなったことを報告すると、オーティスはとても喜んでくれた。そしてやきもちとは言わないまでも、早めに迎えに来ては夕刻の自主練風景を悪魔のような形相で見学していたのだ。
『あの生徒は何という名前ですか?』
『あの彼は美形ですね』
とかいらない心配ばかりしてさ。オーティスは自分がどれほど魅力的なのか全然分かっていない。
『フィル様』
目を閉じれば少し低めの声が聞こえて……
「フィル王~子~!!」
聞き慣れない低くてこもった声が、脳内再生中のオーティスの声を掻き消した。
少しムッとして訝しげに目を凝らせば、練武場の向こう端でぼよんぼよん動いている男を発見。でっぷりした男が弾ける笑顔で手を振っているのだ。
「なんだあれ……」
同じように向こうを見ていたランデルが、男から俺を隠すように立ち塞がって「チャス・レイモン伯爵だ」と小声で告げた。
――『チャス・レイモン』
もちろん覚えてる!
あんな癖強男忘れるわけない。
以前ランデルと王都のパティスリーハノンに行った時、こいつが子供に対してヒステリックに怒鳴るのを目撃した。下がり眉につぶらな瞳、一見害のなさそうなこの男の豹変ぶりに俺は大いに驚いたんだ。
しかも恋いする乙女のように、俺のことをじっと見てたんだよねぇ。
(わぁ、思い出したら鳥肌が……)
近付くレイモン伯爵に向けて「止まれ」と手のひらを見せると、彼は恭しく「チャス・レイモンです」と頭を下げた。そして両手の拳を胸の前で揃え、
「フィル王子をお迎えに参りましたっ♡」
キャピっとウインクをぶちかました。
◇◇◇
「う゛ぇ……」
十代男子どもが顔を歪めて呻き声を上げた。
目撃してしまった学生たちは、別の場所に視線を移してパチパチしたり険しい顔で眉間を揉み始める。
(いや、まじで見たくなかった)
「ランデル……悪いけど教員室に行って誰か呼んできてくれ」
「お、おう、分かった。みんなフィルを頼む」
みんな大ダメージを食らった身だというのに、ランデルの一言で俺を取り囲んでくれる。
(何この胸熱展開、俺泣いちゃいそう)
しかし、睨みを利かす俺たちを前にしてもレイモン伯爵は臆することはなかった。「ふふん、ふふん」と鼻歌を歌って距離を詰めてくる。その距離が残り数メートルになった時、目の前で真っ白なローブが靡きレイモン伯爵の表情が僅かに曇った。
「フィル様、お迎えに参りました」
瞬間移動で現れたオーティスに学生たちの表情が「ぱぁ」と輝く。この中の何人かは彼のファンになったな。
「大魔法師、ナイスタイミング」
だだっ広い練武場の端まできたランデルは猛ダッシュで駆けていき、オーティスはすぐに練武場の張り詰めた空気を察してレイモン伯爵を隙のない目で見据えた。
騎士科の仲間たちに「もう大丈夫、ありがとう」と微笑んでみせたものの、レイモン伯爵の言った「婚約者」が気にかかる。
自信に満ち溢れた伯爵の目。なんの根拠もなく、こんなにも大勢の前で俺のことを婚約者と呼ぶだろうか。
「チャス・レイモンが俺を婚約者って言ったんだ」
「はい?」
オーティスの額に青筋が浮かぶ。やっぱりこういう輩には俺からハッキリ言った方がいいな。
「レイモン伯爵、俺はサンドリッチ卿と結婚の約束をしてる。これ以上俺のことを婚約者と呼ぶのなら、今ここでお前を捕えてもいい」
ただオーティスとの婚約は口約束で正式なものじゃない……一抹の不安を感じる。忠告を受けた伯爵は、ニタリと下品な笑みを浮かべてパチンと指を鳴らした。
「フィル様ご覧ください。婚約の証明書です」
レイモン伯爵の従者が突き出した一枚の紙。そこに記された文字を一字一句見落とさないよう目に焼き付けた。
「なんだこれ……」
「本物ですよ、この王印が証拠です」
信じられない。
陛下が許可した?
オーティスとの婚約でさえ保留状態なのに?
(おいおいおいおい、やってくれるじゃん。あっのクッッソ親父!! 俺からの申し出も無視しといて酷くない? これはさすがにダメでしょ)
もうあの人が何を考えているのか謎すぎる。政略結婚ってこんな感じで決められちゃうものなのか?
「――ああそうだ。サンドリッチ卿もご婚約おめでとうございます」
「私? いったいなんの話を」
「隠さなくてもよろしいのに。王都はその話題で持ちきりですよっ」
レイモン伯爵は「どうぞ」と一枚の号外を笑顔で手渡してきた。ドクンドクンと心音が脳に響く。震える手が掴んだ号外には、読み違えができぬほど大きな活字でこう書かれていた。
『ナタリー第二王女。オーティス・サンドリッチ大魔法師とご婚約』と。
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