世界の裏側

あおい たまき

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六章・バイバイ和冴

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「ひかちゃーん、ひーかちゃん」
 和冴は長い足ですぐに隣にやってきた。私は、無視を決め込んで、歩み続けた。それでも和冴は、かまわずに私に語りかける。


「ねえ、ひかちゃん今日は、どこ行くか決めてある?俺さ行きたいところが……」
 いつも通りの粘りつくような、甘いしゃべり方に、苛立ちが頂点をこえた。私は、立ち止まる。そして、一歩遅れた和冴に、背を向けたまま怒鳴った。


「なんで気付かないの」
「え」
「私が苛ついてるのも、私が辛がってるのも、私が悔しいのも、私が苦しいのも、和冴は全然っ、気付いてないでしょ」
「どうして辛いの」
「何かって言えばすぐにどうして、どうして、って。いいかげん、察してよ!」
「……ごめん。もしかして怒ってる?でも俺、言われなきゃわからないよ」
 

 私はいつも、怒って声を荒立てる。私だけが泣きそうになるのを、必死に隠して感情をむき出す。
 和冴はいつも、いつも同じトーンでしか話さない。和冴の泣き顔も、困った顔も、怒った顔も私は知らない。私は、和冴の……笑顔しか、知らない。


 いつだって不安が付きまとってた。和冴が女の子と話すのも、楽しそうなのも私に感情を見せないのも、ずっと不満だった。わかってもらおうと、努力したつもりだった。


 でも、もう、無理。限界だ。
「バイバイ和冴」
 気がつけば口をついてとんでもない言葉を発していた。あとには引けない。いっそ、別れてしまった方が楽かもしれない。

 だけど、きょとんとした顔で、彼はまた笑う。
「今日のデートは無し?どうして?次はいつ会える?」
 かーっと頭に血がのぼった。涙が溢れる。



 どうしてこんなにも伝わらないんだろう。宇宙人と話しているようだ。和冴の世界には、言葉の裏側という概念が、ないのだろうか。私は怒り狂いそうな体で、力の限り怒鳴った。


「世界の裏側に行くの……っ。だからさよなら!バイバイ!」
 口から出任せのつもりだったのに、本気にした和冴は必死に私の肩にすがりついてきた。
「え、なんで。世界の裏側って何、日本の裏?チリのこと?どうしてそんな遠くに行くの?……ひかちゃん、俺も……っ、俺も行く」


 この期に及んでもまだそれか。


 私は呆れてため息をはき
「無理、和冴は置いていく」と、捨てぜりふを残して走った。
 涙に濡れた頬が熱い。耳もキーンと大きく鳴った。


「ひかちゃん置いてかないで!」


 和冴の悲鳴のような声が、耳の奥に届いた気がしたけれど……これはきっと幻聴だ。和冴は、笑顔しか作れない男なんだから。


 それから数日間、和冴からの電話が鳴りやむことはなかったけれど、私もまたそれを受けることはなかった。そして私は一週間、大学を休んだ。
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