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六章 因果の始まり
例え罰当たろうとも
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*子の二つ時……ここでは零時のこと
それから数週間後のことだった。リュウグウノツカイが文を噛んで、浜に打ち上げられたのは。
その文は当然のことながら、集落長の藤左衛門の元に届けられ、彼によって男衆に召集命令が下された。屋敷の座敷に粗末な法被を着こんだ男や、褌で前を隠した男がぎゅうぎゅうとひしめきあっていた。
藤左衛門は、さっそく文を皆に見せびらかせた。そこには「我、海神(わだつみ)成。我の第一子、陸奥国の守護神とす」と書いてある。
「皆、喜びんしゃい。おらいの海さ、海神様のお子が来なさるど」
藤左衛門は興奮したように鼻息を荒くして、そう前置いた。そして続ける。
「ついては、おらいの海を守ってけてる氏神様の祠さ、海神様のお子を祀りてえ」
ひしめき合う男衆の中にいた又六は、首を捻る。あの日藤左衛門は、祠を増やせばいいと言ったのだ。話が違う。
「んでは、藤左衛門殿、同じ祠に二神を祀り立てるということがい」
男衆の中から、声があがった。藤左衛門は、一笑すると捨てるように言葉をはく。
「氏神様など、海神様のお子とは雲泥の差。氏神様はもう、引退だや」
「い引退てぇと」
「氏神様はどうするんだべか」
「その辺さ捨て置くわけにもいかねべ」
男衆は、動揺を隠せない。至るところで顔を見合せ、耳打ちをした。藤左衛門は、捨て置くつもりだったのだろうが、男衆の反応を見るなり、ふむと唸って言い分をかえた。
「んでは、がんがら崖に穴でも掘れ」
「が、がんがら崖さ?」
「んだ。あっこならもろもろ崩れやすい。穴堀りも捗いくべ。掘れたら氏神様をそこさ移せ。したれば一刻も早く、海神様のお子をお迎えすっこどが出来っちゃの」
~いいことを思い付いた、とでも言わんばかりに、満面の笑みで、蓄えた髭を撫でる。大きな体を小さくして男衆は、ばつの悪い表情を浮かべたが、藤左衛門には逆らえない。頷くことしか出来なかった。
その時、生まれたばかりの藤左衛門の孫が、一際、高く泣く。男衆には藤左衛門の孫の泣き声が不気味に聴こえてならなかった。
***
「なしてあんたが、そんなことしねっけなんねのさ」
不満そうに声をあげたのは、又六の嫁のおたけだった。その腕には、二歳になる二人の子が抱かれている。先日、がんがら崖に横穴が完成した。集落中の男衆が夜を返上して、掘り進めたのだった。
そして、又六は藤左衛門の命令で、明日、氏神を横穴の中へ移さなくてはならない。
「んなこと言ったって……藤左衛門殿の言うことには逆らえねえべさ」
「どう考えたって罰当たりでねえか、祠を移すなんて。そんなことあんたに頼むくれえなら藤左衛門が自分でやればいいべさ」
気の強いおたけは、そう言って息巻く。おたけが抱く我が子を又六は抱き直し、たかいたかいと持ち上げながら、おたけをなだめる。
又六は笑顔を作った。
「まあまあ、そう言いすな」
「あんただら、都合のわりい事は全部笑って済まそうとすんだから」
おたけは、やれやれとため息をついてから、また言った。
「二つ山さ越えたとこに神主様がおるって隣のおまつちゃんが言いしたで、せめてそっちさ相談してからに出来ねえべか」
「明後日、子の二つ時には、海神様のお子がこっちさお着きになるそうだ、時間がねえ。やるしかあんめえ」
おたけの胸に、一抹の不安がよぎる。
「ねえ、あんた」
子を抱いた又六の腕にすがる。ぎゅっとすがる。又六がふと、おたけを見ると目には涙すら浮かんでいるようだ。こんなおたけは、はじめて見るかもしれない。
「どうしたんだや」
又六はくしゃりとおたけの髪を撫でて、笑う。
「あんたさ、本当に大丈夫なんだべね」
不安そうなおたけの目が、又六の心に突き刺さる。不安がないはずはない。神の家を移すのだ。しかも今よりずっと暗く狭い場所に。そして元々の祠を外の神に与えるのだ。
罰あたりなことだ。又六もそう思う。
しかし、藤左衛門に目をつけられたのが運の尽きだ。逆らっては生きてはいけない。
ふうと息つき又六は、笑みを浮かべたまま
「大丈夫だんべ、あまり気にしすな。腹の子が泣くでよ」と、優しくおたけに語りかけた。
おたけは第二子を身籠っている。おたけを励ましながら又六は、己をも言い聞かせていた。例え罰が当たったとしても、死ぬわけにはいかない。その決意を、心にしっかりと刻み込んだ。
それから数週間後のことだった。リュウグウノツカイが文を噛んで、浜に打ち上げられたのは。
その文は当然のことながら、集落長の藤左衛門の元に届けられ、彼によって男衆に召集命令が下された。屋敷の座敷に粗末な法被を着こんだ男や、褌で前を隠した男がぎゅうぎゅうとひしめきあっていた。
藤左衛門は、さっそく文を皆に見せびらかせた。そこには「我、海神(わだつみ)成。我の第一子、陸奥国の守護神とす」と書いてある。
「皆、喜びんしゃい。おらいの海さ、海神様のお子が来なさるど」
藤左衛門は興奮したように鼻息を荒くして、そう前置いた。そして続ける。
「ついては、おらいの海を守ってけてる氏神様の祠さ、海神様のお子を祀りてえ」
ひしめき合う男衆の中にいた又六は、首を捻る。あの日藤左衛門は、祠を増やせばいいと言ったのだ。話が違う。
「んでは、藤左衛門殿、同じ祠に二神を祀り立てるということがい」
男衆の中から、声があがった。藤左衛門は、一笑すると捨てるように言葉をはく。
「氏神様など、海神様のお子とは雲泥の差。氏神様はもう、引退だや」
「い引退てぇと」
「氏神様はどうするんだべか」
「その辺さ捨て置くわけにもいかねべ」
男衆は、動揺を隠せない。至るところで顔を見合せ、耳打ちをした。藤左衛門は、捨て置くつもりだったのだろうが、男衆の反応を見るなり、ふむと唸って言い分をかえた。
「んでは、がんがら崖に穴でも掘れ」
「が、がんがら崖さ?」
「んだ。あっこならもろもろ崩れやすい。穴堀りも捗いくべ。掘れたら氏神様をそこさ移せ。したれば一刻も早く、海神様のお子をお迎えすっこどが出来っちゃの」
~いいことを思い付いた、とでも言わんばかりに、満面の笑みで、蓄えた髭を撫でる。大きな体を小さくして男衆は、ばつの悪い表情を浮かべたが、藤左衛門には逆らえない。頷くことしか出来なかった。
その時、生まれたばかりの藤左衛門の孫が、一際、高く泣く。男衆には藤左衛門の孫の泣き声が不気味に聴こえてならなかった。
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「なしてあんたが、そんなことしねっけなんねのさ」
不満そうに声をあげたのは、又六の嫁のおたけだった。その腕には、二歳になる二人の子が抱かれている。先日、がんがら崖に横穴が完成した。集落中の男衆が夜を返上して、掘り進めたのだった。
そして、又六は藤左衛門の命令で、明日、氏神を横穴の中へ移さなくてはならない。
「んなこと言ったって……藤左衛門殿の言うことには逆らえねえべさ」
「どう考えたって罰当たりでねえか、祠を移すなんて。そんなことあんたに頼むくれえなら藤左衛門が自分でやればいいべさ」
気の強いおたけは、そう言って息巻く。おたけが抱く我が子を又六は抱き直し、たかいたかいと持ち上げながら、おたけをなだめる。
又六は笑顔を作った。
「まあまあ、そう言いすな」
「あんただら、都合のわりい事は全部笑って済まそうとすんだから」
おたけは、やれやれとため息をついてから、また言った。
「二つ山さ越えたとこに神主様がおるって隣のおまつちゃんが言いしたで、せめてそっちさ相談してからに出来ねえべか」
「明後日、子の二つ時には、海神様のお子がこっちさお着きになるそうだ、時間がねえ。やるしかあんめえ」
おたけの胸に、一抹の不安がよぎる。
「ねえ、あんた」
子を抱いた又六の腕にすがる。ぎゅっとすがる。又六がふと、おたけを見ると目には涙すら浮かんでいるようだ。こんなおたけは、はじめて見るかもしれない。
「どうしたんだや」
又六はくしゃりとおたけの髪を撫でて、笑う。
「あんたさ、本当に大丈夫なんだべね」
不安そうなおたけの目が、又六の心に突き刺さる。不安がないはずはない。神の家を移すのだ。しかも今よりずっと暗く狭い場所に。そして元々の祠を外の神に与えるのだ。
罰あたりなことだ。又六もそう思う。
しかし、藤左衛門に目をつけられたのが運の尽きだ。逆らっては生きてはいけない。
ふうと息つき又六は、笑みを浮かべたまま
「大丈夫だんべ、あまり気にしすな。腹の子が泣くでよ」と、優しくおたけに語りかけた。
おたけは第二子を身籠っている。おたけを励ましながら又六は、己をも言い聞かせていた。例え罰が当たったとしても、死ぬわけにはいかない。その決意を、心にしっかりと刻み込んだ。
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