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六章 因果の始まり
身投げ
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*おがいん……おきなさい
*おめらい……お前の家
*けれ……くれ
「御神体が割れたってが。そりゃあどうしたもんか」
屋敷についた又六は、割れた御神体を見せつつ、全てを藤左衛門に語った。
すると、藤左衛門は一度大きく唸り、履き物をはいて土間を出ていく。又六が、藤左衛門を追いかけると、藤左衛門が見つめていたのは、空だった。
先ほどまで暗黒に覆われていた空は、嘘のように晴天となっている。海の時化も、あの一瞬のことのように、凪いでいた。
「穏やかだっちゃなあ、又六」
藤左衛門は、笑顔を浮かべた。
この非常事態だというのに、笑える神経が知れないと又六は表情を固くした。又六の胃はねじ切れそうなほど、きりきりと痛む。
「と、藤左衛門殿……おら、どうしたらいいべか。なんでも山二つのとこさ、腕のたつ神主殿が」
又六が言いかけた時だった。
「又六、氏神様は海神様のお子がこの土地さ来っこど知って、還られたっちゃよ、天さ、な」
藤左衛門は笑うのだ……
「その証拠に、ほれ、あんなに空が青いんだわ」
と。
そればかりか
「又六、よくやった。今日の礼をあとでおめらいのまで届けさせっぺ」そう、がはがはと大笑いし、又六の背を叩く。
藤左衛門のあっけらかんとした様子を見ていると、又六の心はわずかばかり救われた気がした。
だが、手元にはまだ割れた氏神の御神体がある。
「藤左衛門殿、氏神様はどうすりゃいいべか。割れちまったけんども、がんがら崖さお祀りすっかいの」
すると、藤左衛門は、パンパンと大きく手を打ち
「おい誰か」家の者を呼ぶ。
すると、女中が足を擦り擦り、やってきて膝をついた。
「へい、なんでございましょうか旦那様」
深々と頭を下げる女中に、藤左衛門は蓄えた髭をなでながら言いつけた。
「こいづを、捨てておがいん」
「捨て……っ、藤左衛門殿!」
さすがに、又六は声を大きくした。割れてしまったとはいえ、御神体だ。粗末に扱えば必ず、罰は下る。
藤左衛門は、又六をキッと睨むと、不思議そうな顔をする女中に、不自然なほどの笑顔を作り、又六の持つ木箱を持っていくようにアゴで合図をした。女中は言われた通り、又六の前に、手のひらを差し出した。
「又六さん、お箱こっちゃけれ」
又六は動けない。箱を握る手には力がこもり、小刻みに震えた。額には汗、顔面蒼白。
首をかしげた女中も、藤左衛門には逆らえない。悩んだあげく、無理矢理に小箱を奪うと、さっさと屋敷の奥へと入っていった。
女中が、がんがら崖から身を投げて死んだのは、その夜のことだった。
*おめらい……お前の家
*けれ……くれ
「御神体が割れたってが。そりゃあどうしたもんか」
屋敷についた又六は、割れた御神体を見せつつ、全てを藤左衛門に語った。
すると、藤左衛門は一度大きく唸り、履き物をはいて土間を出ていく。又六が、藤左衛門を追いかけると、藤左衛門が見つめていたのは、空だった。
先ほどまで暗黒に覆われていた空は、嘘のように晴天となっている。海の時化も、あの一瞬のことのように、凪いでいた。
「穏やかだっちゃなあ、又六」
藤左衛門は、笑顔を浮かべた。
この非常事態だというのに、笑える神経が知れないと又六は表情を固くした。又六の胃はねじ切れそうなほど、きりきりと痛む。
「と、藤左衛門殿……おら、どうしたらいいべか。なんでも山二つのとこさ、腕のたつ神主殿が」
又六が言いかけた時だった。
「又六、氏神様は海神様のお子がこの土地さ来っこど知って、還られたっちゃよ、天さ、な」
藤左衛門は笑うのだ……
「その証拠に、ほれ、あんなに空が青いんだわ」
と。
そればかりか
「又六、よくやった。今日の礼をあとでおめらいのまで届けさせっぺ」そう、がはがはと大笑いし、又六の背を叩く。
藤左衛門のあっけらかんとした様子を見ていると、又六の心はわずかばかり救われた気がした。
だが、手元にはまだ割れた氏神の御神体がある。
「藤左衛門殿、氏神様はどうすりゃいいべか。割れちまったけんども、がんがら崖さお祀りすっかいの」
すると、藤左衛門は、パンパンと大きく手を打ち
「おい誰か」家の者を呼ぶ。
すると、女中が足を擦り擦り、やってきて膝をついた。
「へい、なんでございましょうか旦那様」
深々と頭を下げる女中に、藤左衛門は蓄えた髭をなでながら言いつけた。
「こいづを、捨てておがいん」
「捨て……っ、藤左衛門殿!」
さすがに、又六は声を大きくした。割れてしまったとはいえ、御神体だ。粗末に扱えば必ず、罰は下る。
藤左衛門は、又六をキッと睨むと、不思議そうな顔をする女中に、不自然なほどの笑顔を作り、又六の持つ木箱を持っていくようにアゴで合図をした。女中は言われた通り、又六の前に、手のひらを差し出した。
「又六さん、お箱こっちゃけれ」
又六は動けない。箱を握る手には力がこもり、小刻みに震えた。額には汗、顔面蒼白。
首をかしげた女中も、藤左衛門には逆らえない。悩んだあげく、無理矢理に小箱を奪うと、さっさと屋敷の奥へと入っていった。
女中が、がんがら崖から身を投げて死んだのは、その夜のことだった。
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