―海神様伝説―

あおい たまき

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九章 静香の日記

曾子

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 *曾子……曾孫 



 紗英は胸が潰れそうな思いで、静香の日記を読み続けた。そこには、静香の若かりし頃からの苦悩が克明に記されてある。時折、競り上がる切なさをどうすることもできず、紗英は静香を思い、しゃくりあげて泣いた。


そうして読み進めるうち、見つけた。紗英が生まれる前の年の、六月の日記を。階段から身重の恵子を、突き落とした頃のものだった。





 平成十二年六月十四日
 とうとう、孫の宏の嫁、恵子が身籠みごもった。おらには視える。あの子は女子だ。おらの後を継ぐ子だ。

 海平の家はもう廃れたけんども、あん家の血引く娘も身籠った。近頃こん辺りにこどもはめっきり少ねえ。歳が同じくれえなら間違えなく仲いぐなる。清三とおらみてえに。 おらは、ばば様のようにはなりたくねえ。

 幸せになるために生まれさくる曾子ひこにあんな思いさせてなるものか。そいづはなんねえ。あっちゃなんねえ。おらの代で化身を終わらせるいい方法はねえもんか。

 んだども、力さ継がせねえで、おらが死んだとしても集落に迷惑がかかるではいけねえ。集落のもんさ迷惑がかかれば、必ずその矛先はあん子に行く。

 化身として生きる事は容易たやすくはねえ。海視一つ間違えば、集落中からどいなく見られっかわかんねえ。曾子さ、そんなもん背負わせたくはねえ。おらは、どうしたらいいべ。


 ……今ならいっそカカの腹ん中で死んだ方が幸せか





 平成十二年八月二十日
 恵子を階段から落とした。曾子は腹ん中で無事だ。殺そうと思ってやった事だのに、ほっとしてるおらがいる。恵子、痛え思いさして堪忍な。


 平成十二年十月三日
 無事に生まれてほしい。殺さねばなんねえ。二つの気持ちがおらの中でひしめき合ってる。思ったよりも、苦しいもんだ。

 だけんども、おらはやるしかねえ。どうしても忘れらんねえだ。あん時、おらの為に死んだ清三のことも、一緒に幸せになるはずだった勇さんのことも。

 恵子を今日も突き落とした。だけんども、またも失敗。腹の曾子、元気。


 平成十二年十一月十五日
 恵子が階段から落ちて出血。今日こそはと思ったが、曾子助かる。


 ……いがった。おらはなんと罪深え。勘弁してけろ。いんや、許さねえでけろ。




 平成十二年十二月一日
 恵子が警戒。最近二階さ登ってこねくなった。
どうすっぺどうすっぺと焦りもあるが安堵の方がでけえ。嗚呼、おら、ほんぬは、曾子の顔が見てえだな。


 平成十三年二月二十三日
 恵子が産気付いた。
 恵子気張れ。曾子気張れ。



 平成十三年二月二十四日
 曾子生まれた。恵子よくやった。曾子、よくやった。曾子の名、紗英。紗英よく生まれてござしゃった。有り難う紗英。紗英、紗英。

 曾子さえ守れねで何が化身だ。出来るだけ自然に出来るだけ普通に、化身の力を移す方法さ考えればいい。

 おらに出来んのは、こん子を殺すことではねえ。なあ清三、んだよな。おら、間違ってねえべ

 勇さん夜叉になりかけたおらを許してけろ。これからはあんたが好きな優しいおらでいっから







 その筆にはところどころ、滲む文字があった。紗英は、静香の日記をぎゅっと抱き締めた。


「おばば……」
 紗英は、愛されていた。静香は好き好んで、紗英に化身の力を与えようとした訳ではなかった。胎児であった紗英が憎くて、殺そうとしたわけではなかった。


 悩んで、悔やんで、苦しんで、いくつもの過ちを経て、気付いたのだ。腹の底から生まれくる、紗英への愛情に。だからこそ、紗英と共に、生きることを決心したのだ。


 紗英にくれた優しさ。紗英と繋いだ手の温もり。穏やかな声、しわくちゃの笑顔。作り物ではなかった。あれは、本物の愛情だった。

「おばば……大好きいっ」
  紗英は泣いた。愛を呟きながら、泣いた。心の中で静香にこぼれる感謝をもて余す。

 伝えたいのに、伝えられない。紗英は、人の命の短さに嘆いた。どうして気づけなかったのだろう。どうして伝えなかったのだろう。どうして、もっと一緒にいなかったのだろう。



 喉が擦りきれるまで泣いたのは、静香が亡くなってから、はじめてのことだった。



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