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十一章 脱出
幹太を信じて
しおりを挟む「それより、ここはどこだや」
幹太はゆっくりと体を起こしながら、辺りを見回す。
「がんがら崖の中だわ」
「ここが例の洞窟だっつーわけか」
「じっちゃは、ここで……かんちゃんを食えって言うんだね」
芳郎の裏切り。静香の日記で見た、禎子とかぶる。
紗英が見てきた芳郎は、喧嘩っ早くはあったが、真っ黒に日に焼けた笑顔が素敵で、ユーモアのある祖父だった。その祖父がギラギラと狂気に満ちた目をするほど、あんな怒鳴り声をあげて人を殴るほど、人を執着させる海神の化身……それこそが呪いのようにも感じられる。心の底から恐ろしいと紗英は思った。
悲しげな紗英の姿に、幹太は堪らず、手のひらをぎゅっと握る。
「紗英、大丈夫だ。紗英がそんな顔してどうすんだや」
「かんちゃん……」
「ん」
二人は見つめ合う。紗英の心に湧き出る悲しみは、幹太の眼差しに照らされて溶けていく。紗英と幹太が繋いだ手から互いを想う愛が伝播した。
「さあ、これからどうすんべ」
幹太は、洞窟の高い天井を見上げて、言う。
「じっちゃんは紗英がオレを食い殺すなり、オレが自分から死ぬなりしねえ限り、こっから出す気はねえよなあ」
「かんちゃんっ」
紗英は、幹太がまた自分を犠牲にしている気がして、声を大にした。幹太は、面食らったような顔つきをしたが、紗英の心を理解して、笑った。
「大丈夫だ、もう紗英の許可なくあんなこたあしねえよ」
そう前置いて、幹太は再び口を開いた。
「なあ紗英、おめえここに来たことあんだべ」
紗英が頷くと、幹太は、出口はないのかと聞く。とにかく、一度ここを出てからこれからのことを考えようという腹だった。
紗英は考える。イチと階段を登って外に出た先……あれは恐らく紗英が洞窟内に閉じ込められたところだろう。外には集落の人たちが集まっているかもしれない。あの場所から洞窟の外に出ることは不可能だろう。
「……昔はがんがら崖の方に洞窟の入り口があったけど、外から見た感じ、そんなもんなかったよね」
「んでも、行ってみりゃ何かわかっかも」
「……でも」
「ここで手こまねいてたってしゃねべ。やれるこたあするっ」
ためらう紗英に、幹太は力強く言い、「さあ行くべ」包帯の手を、差し伸べる。幹太はいつもそうだった。
「いつもの、かんちゃんだ」
「ん?」
「……ううん、なんでもない」
紗英は、微笑んだ。
小さい頃、森で迷子になってしまったときも、泣きじゃくる紗英に手を差し伸べ、紗英を大きな木の下で待たせて、幹太は森を歩き回って帰路を探した。
小学三年のときに紗英が足を怪我したとき、治っても、また痛くなることに怯えて全力で走れなかった紗英を、毎日練習に誘ったのも幹太だった。その時は、出来ることがあるのに諦めるな、そう言った。
問題児の多いクラスに在籍していた中学の頃は、まともに合唱コンクールの練習が出来なかった。生徒たちの士気は下がり、諦めムードが漂う中で、声をあげたのが幹太だ。
このクラスでの思い出をひとつくらい残そうと。出来ることがあるのに、諦めたくない、と。
普段から元気で、馬鹿ばかりしている幹太は、いざとなると持ち前の負けん気で立ち向かう強さがあった。紗英は幹太を見てきた。きっと誰より近くで。
幹太の男気を感じるとき、紗英はどんなに不安でも、どんなに悲しくても、心強く想う。幹太がいてさえくれたら、どんな困難にも打ち勝つことができるのではないか。不思議とそう、信じられたものだ。
そして、今も、その気持ちはわずかも変わらない。
「かんちゃん……っ行こう」
紗英は笑顔で、幹太の手を優しくとり、歩み出した。
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