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十一章 脱出
声
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*こいなぐして……こんな風に
「だめだかんちゃん、無理しちゃだめ。少し休もう」
紗英は、心配のあまり幹太に語りかける。しかし幹太は首を振り、紗英をまっすぐに見つめた。
「いんや紗英、休んだらいけねえわ」
「なんでさっ、かんちゃんこれ以上は無理よ」
「ここの岩盤……こんなん脆くってよ、今までこいなぐしてあったのが不思議なぐらいだっちゃ。いつ崩れてもおかしくね。したらばオレも紗英も生き埋めんなっちまう」
短く息を継ぎながら、幹太は懸命に伝える。痛みで朦朧としているのか、呂律もうまくまわらないようだった。
「掘らねっけ、紗英が自由に生きる道がなくなるっ」
拳を握った幹太の手のひらから、血が垂れた。紗英の心臓は縮みあがり、涙すらにじんだ。
「かんちゃんわかった、私が。私が掘り続けっから、かんちゃん少し休んで」
「んなわけにいか……」
精神的にも肉体的にも限界だった。幹太は全てを伝え終える前に意識を手放す。紗英の腕にもたれかかるように倒れた幹太を、紗英はやっとのことで石の細かな洞窟の角に運んだ。
汗を拭いながら、今まで一生懸命掘っていた場所を省みる。一体、何時間ここを掘っていたのだろう。遠くから客観的に覗けば、そこにはわずかな窪みがあるだけだった。
「これじゃ……」
紗英は、意識を手放して尚、苦しそうに唸る幹太を見つめて、大粒の汗を垂らす。
このままでは、体力を消耗した幹太が持たない。
もしか、芳郎に頬を殴られたとき、頭を打ったのだとしたら、事は一刻を争うはずだ。紗英もいつまた、暴走するかわからない。そうなれば、この二人きりの空間で、止めるものは誰もいない。おつるのように、幹太を食み尽くしてしまうのか。
着実に近づく死の足音。
「どうしたら、いいの」
不吉な予感に紗英はどうすることも出来ず、首を振りながら両手で顔を覆った。そのときだった。
「え、なに」
さっとどこからか優しい風が吹いたかと思うと、紗英の耳にかすかな声が届いた。聴こえるというよりも、頭の中に直接響く。
何を伝えたいのかわからない。蚊が鳴くより小さな音だった。
紗英は静かに目を閉じる。冷たい足と寒さを感じる体と精神を切り離し、空気の淀みを感じる嗅覚を忘れ、深く息をついた。頭の上から足の指の先まで、一本の竹に貫かれたかのようにまっすぐと立つ。五感のすべてを無にする。
本来それは、とても難しいことなのかもしれない。しかし、紗英は誰に教えられるでもなく、何かに突き動かされる。やがて、紗英の頭の芯に響いてくる声は、聞き覚えのあるものだった。
「紗英、よしんば後世で、何か窮することがあれば、私の穴蔵をさがせ」
それは、忘れもしない、イチのものだ。
「イチ…」
蘇る記憶。確かにイチと逢瀬た最後の瞬間、イチは言っていた。何か困ったことがあれば、自分が住む洞窟をと。
「大事なことなのに……私すっかり忘れてた」
紗英は辺りをぐるりと見渡した。
「だめだかんちゃん、無理しちゃだめ。少し休もう」
紗英は、心配のあまり幹太に語りかける。しかし幹太は首を振り、紗英をまっすぐに見つめた。
「いんや紗英、休んだらいけねえわ」
「なんでさっ、かんちゃんこれ以上は無理よ」
「ここの岩盤……こんなん脆くってよ、今までこいなぐしてあったのが不思議なぐらいだっちゃ。いつ崩れてもおかしくね。したらばオレも紗英も生き埋めんなっちまう」
短く息を継ぎながら、幹太は懸命に伝える。痛みで朦朧としているのか、呂律もうまくまわらないようだった。
「掘らねっけ、紗英が自由に生きる道がなくなるっ」
拳を握った幹太の手のひらから、血が垂れた。紗英の心臓は縮みあがり、涙すらにじんだ。
「かんちゃんわかった、私が。私が掘り続けっから、かんちゃん少し休んで」
「んなわけにいか……」
精神的にも肉体的にも限界だった。幹太は全てを伝え終える前に意識を手放す。紗英の腕にもたれかかるように倒れた幹太を、紗英はやっとのことで石の細かな洞窟の角に運んだ。
汗を拭いながら、今まで一生懸命掘っていた場所を省みる。一体、何時間ここを掘っていたのだろう。遠くから客観的に覗けば、そこにはわずかな窪みがあるだけだった。
「これじゃ……」
紗英は、意識を手放して尚、苦しそうに唸る幹太を見つめて、大粒の汗を垂らす。
このままでは、体力を消耗した幹太が持たない。
もしか、芳郎に頬を殴られたとき、頭を打ったのだとしたら、事は一刻を争うはずだ。紗英もいつまた、暴走するかわからない。そうなれば、この二人きりの空間で、止めるものは誰もいない。おつるのように、幹太を食み尽くしてしまうのか。
着実に近づく死の足音。
「どうしたら、いいの」
不吉な予感に紗英はどうすることも出来ず、首を振りながら両手で顔を覆った。そのときだった。
「え、なに」
さっとどこからか優しい風が吹いたかと思うと、紗英の耳にかすかな声が届いた。聴こえるというよりも、頭の中に直接響く。
何を伝えたいのかわからない。蚊が鳴くより小さな音だった。
紗英は静かに目を閉じる。冷たい足と寒さを感じる体と精神を切り離し、空気の淀みを感じる嗅覚を忘れ、深く息をついた。頭の上から足の指の先まで、一本の竹に貫かれたかのようにまっすぐと立つ。五感のすべてを無にする。
本来それは、とても難しいことなのかもしれない。しかし、紗英は誰に教えられるでもなく、何かに突き動かされる。やがて、紗英の頭の芯に響いてくる声は、聞き覚えのあるものだった。
「紗英、よしんば後世で、何か窮することがあれば、私の穴蔵をさがせ」
それは、忘れもしない、イチのものだ。
「イチ…」
蘇る記憶。確かにイチと逢瀬た最後の瞬間、イチは言っていた。何か困ったことがあれば、自分が住む洞窟をと。
「大事なことなのに……私すっかり忘れてた」
紗英は辺りをぐるりと見渡した。
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