―海神様伝説―

あおい たまき

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十一章 脱出

前進

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 紗英は辺りを見回し、イチの手紙を今一度、読んだ。それこそ、穴が開くほど見つめた。

 ……昇り竜の鼻面
 鼻面という書き方が先ほどからどうも気になっていた。イチと外に出たこの出口を指すのなら、階段を登った先なのだから、竜を昇れ。紗英ならばそう書く。

 イチは何故、わざわざこんな表現を使ったのだろう。そこには、単なる時代や言葉遣いの違いとは言いがたい、裏があるように思えた。竜の鼻面ならば、一等先につく部分だ。紗英はそんな仮説を立てて、行き止まりになった岩の前に膝をついて、道を探し始めた。


 上の男衆に知られないようにゆっくり、慎重に辺りをぺたぺたと探る。幹太もそれに倣って辺りを触った。やがて、地面近くの岩を探っていた紗英の手のひらに、質感の違う岩が触れた。


「あ……」
 この辺りの岩盤は、先ほど紗英が掘っていた柔らかいものとは違うのに、そこだけが柔らかい。


 しかも、さっき掘っていた岩よりもさらさらと粉のような質感だ。紗英は思い立って、幹太にそこで待つように告げると、祭壇のあった広間まで竜の背を一気にかけ降りていった。



 あがる呼吸を整えながら、無造作に投げ出された木箱に近づく。それはイチの巻物や御神体の木箱が入れられていたものだ。それにしては大きく、そして頑丈で、軽い……。


「イチ……この箱にも意味があったんだね」
 紗英は、木箱を抱えると洞窟の入り口となっていた一番下へと急いだ。


 外の音が聴こえる。ざざん、ざざん。潮騒の音だ。音と共に、洞窟内部にも海水が入ってきては、岩の向こうへ消えて行く。紗英は海水が入り込むタイミングを見計らって、イチの木箱でそれを並々と掬った。水は木箱に溜まったまま、滲み出してはいかない。


「やっぱりっ」
その様を、嬉々として見つめると紗英はきびすを返して、急ぎ幹太の元へと戻った。

「おい紗英……何しさ行ったんだよ」
 幹太は小声で紗英に耳打つ。紗英は、抱えた木箱を指差して、幹太に中を見るよう合図した。幹太が紗英の手元を覗けば、水が入っている。幹太は首を捻った。


「これ何さすんだわ」
「こんな気がすんだわ私……見てて」
 紗英は質感の違う砂のような岩盤に、わずかずつ海水を注いでいく。するとどうだろう。


 砂のような岩盤は、溶けるように形を無くし、崩れていく。まるで幼い頃砂浜で幹太と作った棒倒しの砂山が、波にさらわれていく様に。



 さらさら。もろもろ、と。



 音もなく崩れ落ちた後に残されたのは、大人一人、屈んでやっと通れるほどの穴だった。


「これが……昇り竜の」
「鼻面の道……」
 二人は顔を見合わせ、喉を鳴らして生唾を飲み込んだ。

 もう体力がわずかばかりの幹太に変わって、紗英は松明の明かりを借り、暗い闇の続く穴の中に目をこらした。


 目に見える限り、通れないような箇所は見受けられない。真っ直ぐに続いている。どこに繋がっているのかはわからない。


 だが、きっと。イチならば紗英が自由を掴むための道を残したはずだ。信じよう、紗英は心を決める。

「この道行ってみよう……かんちゃん、行けそう?」
「なんも問題ねえよ。行くっきゃねえべ」


 二人は四つん這いで連なるように奥へ、奥へと入っていく。ひとつ進む度、幹太の包帯の手は、まるで刃を押し付けているかのように痛む。

 狭い空間だった。空気もより薄くなり、息苦しくなってゆく。


「かんちゃん、大丈夫?」
 後ろを振り返るだけのスペースも余されていない。紗英は時おり、幹太を気遣った。
「大丈夫だ。紗英こそちゃあんと前見て進めよ」
 幹太も不器用ながら、紗英に心を配る。

 前へ。前へ。ひたすら奥へ。
 膝は擦りきれ血が滲む。洋服は汚れの限りを尽くし、ところどころ破けた。紗英の指先のマニキュアも、その色を無くしていた。


 それでも、前へ進む。


 どれ程の距離を進んだろうか。二人の若い腰にも痛みが走るようになった頃だ。ひんやりとした風が紗英の頬を撫でる。皿のようにして目をこらせば、青白い光が見えた。


 出口だ。やっと、やっと出られる。
 その歓喜も口に出せないほど二人は疲れきって、無言のまま外へ這いずり出た。


 外界はもう、夜だった。十二時間ほど、洞窟の中にいたらしい。


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