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十二章 瀬尾と海平
血が欲しい
しおりを挟むただでさえひどかった雪は、とてつもない吹雪になり、風はごうごうと力を増した。それは祠に向かう二人に向かい風となって襲う。
大人に近づいた二人も飛ばされそうな勢いだ。細かな枝は突風と共に飛んでは肌を傷つけた。振り返って望んだ海原は、ひどく時化ている。
まるで、祠に来るなと言われているようだった。五感が、幹太の胸をざわつかせる。行かない方がいいのか、そう思わせる。
しかし、紗英は止まらない。前へ突き進む。異常性を感じた。
「紗英ぇ、おーい、紗英大丈夫か」
振り向かず一心不乱に歩み続ける。先ほど、指をうまそうに食んでいた紗英が脳裏を過り、幹太は首を振って、懸命に紗英の後を追った。
「はっ、はあ、は」
呼吸する度に肺が凍りつくのではないかと思うほど全身が冷えていく。冷たい風を吸い込んで、喉は言い様のない痛みに襲われた頃、木々の間に、小さく赤い鳥居が現れた。
「こんなとこさ、ほんとに」
身体は凍てつく寸でだというのに、額には玉の汗が浮く。紗英はそれを拭いながら、血の様に赤い鳥居を見つめていた。幹太が追い付く。息をあげながら恐る恐る紗英に語りかけた。
「紗英……、大丈夫か」
「うん。かんちゃんもう少し頑張って……。さっきまでが嘘みたいに、私、視える。一歩ここに近づく度に力が増してくる。もうすぐ、終わるよ……」
「終わる?」
「うん、終わる」
紗英は言い切る。
幹太にはそれを問い直す勇気がなかった。
幹太は、頭上の暗雲を見上げる。降りしきる雪で、漆黒の空はまるで見えなかった。空が云う。この世の終わりだと。幹太は、思わず喉を鳴らした。
紗英は幹太より先に鳥居をくぐり、石造りの祠の前に膝をつく。降り積もった雪が紗英のふくらはぎを覆って、千切れそうな痛みが襲った。
それでも紗英は声をあげるでも、膝をつき直すでもなく正座をすると、氏神の御神体の入った木箱を膝の上に置いた。そして、祠に向かい手を合わせながら、幹太の名を呟く。
「かんちゃん……」
「なんした」
「まだ、手えから血、出てる?」
「え」
紗英の問いかけに体がこわばる。そんな幹太の心を解すように紗英は再び口を開いた。
「もうあんなことはしねえよかんちゃん。恐がらせてごめんね……もう充分だから」
「んだらば、なして」
「血が欲しいの……」
紗英はそこではじめて幹太を振り返り
「かんちゃんの血が欲しい」
と、まっすぐな眼差しで見つめた。
幹太のこめかみから汗が流れ落ちる。しばし、紗英を見つめた。射抜くような。見透かすような。強い視線を紗英は幹太に送っていた。
この瞳……信じられないわけではない。だが、どうしても我を失った紗英の姿が頭を離れない。あの瞬間、本当に死ぬかと思ったのだ。命の危機に戦いた。紗英は、上目で幹太を見上げて、口を開く。
「かんちゃんお願い……信じてほしい」
紗英は懇願する。その目は次第に潤んでいく。幹太ははっとした。
これは、紗英だ……。
幼い頃から、優柔不断で泣き虫で、幹太の一歩後ろをついてきた。幹太が何かに夢中になると、相手にしてもらえずにいつも拗ねていた。構ってやると、嬉しそうに笑った。
幹太が風邪をひけば、熱をあげて臥せった布団の隣にちょこんと正座をして、「死なないで」などと縁起でもないことを言い、瞳いっぱいの涙を堪えていた。
今も何も変わらない。何を怯える必要があるというのだろう。紗英は、こんなに小さく頼りないというのに。この体で必死に感じ、考えている。氏神の呪いを終える方法を。
幹太はうつむいて、自嘲した。
「……俺は何してんだ」
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