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二章 伊達政宗
第一○話 勇気を出して
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「理子、準備できたあ?」
玄関先から麻美が大声で洗面所の理子に問う。
「ごごごごごめん麻美ちゃんまだあ」
あれから一週間が経った。
政宗が教室を尋ねてくることは、とんとなくなってしまった。きっと片倉が理子だけでなく、政宗にも諦めるように言ったのだろう。それでもきちんと話がしたくて、理子から訪ねるものの、政宗は毎度教室にはいない。
居留守を使っている。その事は「今いなくて……」と告げる誰かの顔をしげしげ見れば、手にとるようだった。
それでも理子は諦めない。いつか話が出来るはずだと信じて、政宗のクラスへ通い詰める学園生活を続けていた。
しかし、心にぽっかりと空いてしまった穴は、空いたまま。穴の縁からもろもろと崩れて、ひと回り、ふた回りと大きくなっていく。
壊れかけた心を抱いて、いつも通りの暮らしなど、出来るわけもなく、眠れない夜が続いた理子はほとほと疲れていた。寝不足が一週間も続けば、判断力もにぶり、毎朝の行動はおのずと遅くなっていく。
学校に行かなければいけない時間だというのに、髪の毛をポニーテールに結ぶことが出来ない。とうとう、理子は泣き声をあげた。
「麻美ちゃあん、だめだ。先行ってえええ」
「え、いいの?」
「だだだだだって、麻美ちゃん今日日直でしょ」
「あ、忘れてた。わ、やば。ごめん理子、先行って待ってるね」
麻美はそう言い残すと、家を駆け出していく。
結局理子が、母に髪を結ってもらい、家を出たのは、麻美が出発してから二十分後の事だった。
電車を降りて河川敷の土手を登る。いつもは登らない階段を駆け上がったのは、高いところからなら、先に学園へ向かった麻美の姿がもしか、見つけられると思ったからだ。しかし、その視線の先に麻美の姿はなかった。
「やっぱり、いないかあ」
左腕につけた腕時計を見やる。どうやら遅刻はしないで済みそうだ。
土手の下の川沿い。学園の草野球場には、まだ野球部員が声を出し、ボールを追いかけていた。
目に映る世界はいつもと何ら変わらない。
土手の下には、新緑をたずさえた並木が立ち並んでいるし、遥か向こうには、うっすらと残雪する奥羽山脈が聳える。
土手からはキラキラと輝く川が河口目指して悠々と流れているのが見える。その向こうにはレトロな赤電車が走っていた。
春の日差し。
暖かな風。
ひらひらと飛ぶ蝶のダンス。
まるで政宗の笑顔を見たときのように、心は弾んだ。思わず笑顔がこぼれる。理子は政宗を思い、学園に向けて足を送った。
「あ」
ふいに、理子は足を止めた。視線の先には、土手から川岸へ続く石階段に、ぽつんと座る政宗の姿があったからだ。
会いたくて、会いたくてたまらなかった政宗を見つけて、理子の心は踊った。遠くから声をかけようとしてはたと思い出す。
「貴女には受け止められない」
片倉の険しい表情が浮かび、足は蝋で塗りかためられたように動かなくなった。
ただ、熱く、政宗を見つめる……。告白前よりずっと熱く。
政宗は川の方を眺めていた。そちらを見れば、年端もいかない男の子と、母親が散歩をしている。
後ろ向きで走っていた男の子が転ぶと、母親は駆け寄って、ズボンについた土埃をほろった。泣きじゃくる男の子の頭に優しく手のひらを置いて、母親が微笑むと、やがて男の子の泣き顔も満面の笑みが咲く。
政宗はその光景を見つめ、実に寂しそうに笑った。そして抱えた膝に、ぎゅっと力を込めると、顔を埋める。理子からは政宗の表情がまるで見えなくなった。
きゅっと、心臓が搾られる。
そういえば。
理子が政宗をはじめて意識した日も、政宗はこんな顔をしていた。
この河川敷の葦が生い茂る辺りで、捨て犬と無邪気に遊んでいた政宗が、突然、大の字に寝転がった。その腕には子犬を抱いたまま、とても切なそうに、とても悲しそうに。毛むくじゃらな犬に顔を埋めた。あの時、理子は、思ったのだ。
政宗にこんな顔は二度とさせたくないと。出来ることなら、私が、笑わせてあげたい、と。
「だ、だだだだだ伊達くんっ」
あの日を思い起こした理子は、思わず政宗に呼び掛けていた。政宗は驚いたように辺りを見回して、やがて理子に気が付いた。
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