奥州あおば学園~戦だ!祭りだ!色恋だ!~

あおい たまき

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三章 片倉小十郎景綱

第ニ話 剣道部主将

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***
「えいっ、たあっ」
 まだ始業まではかなり時間があるだろう。小十郎は、ひとり、無心に竹刀を振るっていた。


 今朝は政宗まさむね成実しげざねと登校するはずだった。しかし小十郎はどうしても登校を共にする気がしなかった。どうせそのうち、のけ者になる。


 大鳥理子おおとりりこと政宗、理子の双子の妹麻美と、成実が交際をはじめたからだ。


 大切なものをなくした時のように、落ち着かない。何かしていないと落ち着かない。そわそわとして、居ても立ってもいられない。そして小十郎の足は、自然と学園の道場に向いた。



 小十郎は剣道部の主将だった。

 防具をつけ、余計な視覚の一切を遮断する。
前しか見えない。おのが擦る足音。己の振り抜く刀の音。それしか聴こえない。感覚が研ぎ澄まされていく。この瞬間、小十郎は妙に落ち着く。剣道はたまらなく好きだった。



「ふー……」
 だだっ広い道場の木の床は、春といえど冷たい。
そこへした小十郎は、大きく息を吐きながら、防具をとった。汗がしたたる。
心頭しんとう滅却滅却めっきゃくせば火もまた涼し……まだまだだな」
 ぽつんと独言を口にした。



「今日は早いね」
 その声に振り返れば、女子剣道部の主将、馬田目まだのめ楓花ふうかが立っていた。


「馬田目こそ、どうしたんだ、今日は朝稽古ないだろ」
「渡り廊下から道場を見たら片倉くんがいたから、足が向いちゃったのよ」
 一瞬驚いて小十郎が楓花の顔を見やる。小十郎は楓花にじっと見つめられていた。まっすぐなまなざしに困り果てた頃、楓花は堪えきれないというように、クスクスと笑い出す。


「本気にした?」
「……いや、胴着を着てる。どう見ても突発的に現れたようには見えないな」
「なあんだ、ばれてたの」

 楓花はひとしきり笑うと道場内に入り、両手を天井にかかげてくるくると回った。長い黒髪が、さらりと踊る。濃紺のうこんはかまがひらりとなびいた。


「私、ここが好きなの」
「ここが?」
「そ、道場が」
 整った顔で笑う。どこか姉の喜多と似ている楓花に、ため息をついて小十郎は眉をひそめた。


「変わった女だな」
「変わった女になったのは家業のせいかもね」
「家業?」
「うち、おじいちゃんの代から道場やっているの」
「それなら、馬田目が道場を好きなのは、必然だな」
 小十郎が独言のように呟くと、楓花は目をきらめかせた。
「あ、その言い方好きよ私」
 好きよと言われて不意にときめきを覚える。好きでもない女相手に、何を。小十郎が心底自分を嫌悪したその時だった。



「あっ!やっぱりここかよ、おーい小十郎ーっ」
 威勢のいい声が耳を貫いた。聞き慣れた周波数。政宗のそれだった。そちらを見ると、政宗と理子。成実と麻美の四人が立っていた。


 案の定か……もうカップル登校が始まったらしい。小十郎は怪訝そうに眉をしかめて、道場の入り口へと歩み寄る。


「どうしたんですか、四人揃って」
 汗はもうひいているというのに、汗をぬぐう振りをするのは何故だろう。今しがたまで朝稽古をしていたと思わせたいからだ。


「どうしたんだ、じゃないでしょう、片倉さん。梵のこの顔見てくださいよ、片倉さんが来ないとほんと機嫌すげー悪いんすから」
 呆れたように政宗を眺める成実が、語尾を強める。促されて政宗の顔に視線を送れば、膨れっ面で拗ねているようだった。


「申し訳……ありません」
「別に謝ってほしいわけじゃない。でもなんで先行っちゃうんだよっ小十郎」
「……今朝の朝稽古をすっかり忘れていました」

 そんな嘘が口から飛び出てしまってから、小十郎はハッとした。すぐ後ろでは楓花が控えて話を聞いている。楓花に本当のことを言われては厄介だ。小十郎は慌てて続けた。


「えっと、何か用でもありますか」
 すると、政宗はさっと目を輝かせて学園指定の通学鞄の中から、何かを放った。小十郎が反射的にそれをキャッチすると、綺麗にラッピングをほどこされた手のひらサイズの紙袋だった。


「これ……は」
「理子が小十郎にって。手作りクッキー。な、理子」
「う、ううううう、うん」
「何故、俺に」
 きょとんと理子に視線を落として聞けば、今度は成実が教える。

「付き合いを認めてもらったお礼、らしいですよ」
「私はそんなのいらないって言ったんだけどね」
 意地悪く麻美が笑いながら理子を小突く。理子は小十郎を上目で見やると、照れくさそうに言った。

「わ、わわわわ私なんかの手作り……いらないだろうとも思ったけど、ま、政宗くんも、麻美ちゃんたちも、もももちろん私も、片倉先輩に認めてもらえて良かったって嬉しいって、お、思ってるので、何かお礼の気持ち表したくて」

 小十郎は、目を見開いて、手作りクッキーが入った袋をじっと見つめる。ずいぶん長いこともくした小十郎に四人は首をかしげた。業を煮やしたのは成実だった。


「かーたーくーらさん、どうしたってんですか」
 その声で我に返った小十郎は、袋を理子に突き返して告げる。
「これは政宗に……食わせてやってくれ」
「え、あ、あの」
 物言いたげな理子の頭を撫でて、助け船を出したのは政宗だ。
「俺も実はもらっちゃってんだ」
 へへっと照れくさそうに笑う政宗に続いて、成実も麻美から手作りクッキーをもらったと言う。


 なんだ、結局のところ、ついでか。
小十郎は苦笑した。


「わかった……これは有り難く」
「はい、良かったですっ」
 嬉しそうに微笑む理子を尻目に、片倉は愛想なく言う。
「それでは、朝稽古の続きがありますので」
あんに帰ってくれと言わんばかりの小十郎に首を傾げながらも政宗たちは帰っていく。


 小十郎はようやく息をついて、振り返った。視線の先には楓花が、物言いたげな表情で立っていた。
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