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泰山府君
しおりを挟む──泰山府君
冥府を司る神。
人の生死はこの神の意思に依ると言う。
地獄の閻魔大王と同一とされる。
「…………チッ」
この日、久々に出仕をした晴明はある顔を見るなり舌打ちをこれみよがしにした。
相手は言わずもがな、光栄である。
この男の何が気にくわないのかわからない。
ただ、嫌いなのである。
「……久しぶりに会って第一声がそれか」
「……お前もしかして今日、寺に呼ばれたりしてるか?」
晴明はこの上なく嫌そうな表情を浮かべながら尋ねた。
「だったらどうなんだ。
職務放棄でもするか?
あぁ、元々お前は真面目に仕事なんかしてないか」
鼻で笑うように光栄がニヤリと口角を上げた。
これだ。
きっと、この人を馬鹿にしくさったこの態度が気にくわないのだろう。
「……まだ道満の方が可愛いげがある」
「花山院の申し出をあんな青臭い陰陽師に任せていいのか?」
「……師貞様のご用なのか」
その名を聞いた途端にさっきまでのやる気のなさは息を潜め、晴明はひたと光栄を見た。
使いの者も初めから言えば良いものを。
「……お前とってのが気にくわないが仕方ないな。
では元慶寺に寄るべきか?」
「いや、それには及ばないだろ。
文が届いてる。
お前、本当に興味がないと何も話を聞いていないんだな」
光栄はハハッと笑い、文を出した。
晴明は引ったくるように奪い、目を通す。
懐かしい手跡。
そこには柔らかな文体でこう綴られていた。
“やぁ、晴明、健やかに日々を過ごしているか。
こちらは今萩が美しいよ。
毎日風にそよぐのを見るのが今の楽しみだ。
宮中ではあまり眺める暇もないんだろうか。
忙しいかと思うが一つ、頼みごとがあるんだ。
私と一緒に出家をしてくれた者の子が今、叡山にいるのだが、今座主が床に臥せっているらしい。
どんな祈祷を施しても容態は一向に良くはならないらしい。
もしかしたら君なら、と思ってお願いをする。
私の為に世を捨ててくれた者の子息に何かしてやりたいんだ。
よろしく頼むね”
全てを読み終え、晴明は苦笑した。
「……俺に丸投げか」
なんとも師貞らしい。
無邪気に頼む笑顔が浮かぶ。
「……って事だ。
今その座主の円珍様は園城寺にいるらしい。
勿論花山院に頼み込んだその僧もいるそうだ」
「全く、俺が何も出来なかったらどうするんだろうな」
文を懐にしまい、晴明はポリ、と頭を掻いた。
「その時は俺がなんとかしてやる」
光栄はフッと不敵に笑った。
「あぁ?
お前の出番なんか作らせるか」
先を歩く光栄を押し退けるように内裏の廊下を進む。
行き合ったのは久しく見てなかった顔。
「おぉ晴明、久しいな。
近頃内裏にあまりにも来ないから隠居でもしたかと思ったぞ」
少し顔に険が出ているものの、変わらぬ笑顔で兼家が笑う。
「特に用がないからな。
お前は随分忙しそうだな」
「あぁ、主上を支えてやらなければいけないからな。
これからどこかへ行くのか?」
「あぁ、師貞様の命でちょっとな」
兼家の顔が微かに強張る。
その細やかな歪みを見た晴明はクスリと笑った。
兼家は俯き、所在なさげに呟く。
「……そうか。
どうかよろしく伝えてくれ」
そうしてそそくさとその場を離れていった。
「……お前、性根が腐ってるよな」
兼家が去った後、光栄が呟いた。
「何がだ?
俺は質問に答えただけだ」
晴明は楽しそうに笑い声をあげ、廊下を進んでいく。
二人は一つの牛車に乗り、京の町を越え、南都の園城寺に向かった。
山門には今か今かと待ち構えていた衆徒が連なって立ち尽くしていた。
囲まれるようにして中に入る。
坊に通されると、魔除けのための香が深くたちこめる御簾の前で深々と頭を下げる若い僧がいた。
円延というその僧は、師貞に頼み込んだのは自分だと言った。
「晴明様、光栄様、わざわざご足労ありがとうございます。
この度は我等の功徳が足りぬばかりにお手を煩わせる事になってしまい申し訳ありません」
「いや、堅苦しいのはなしだ。
まだ治せると決まったわけじゃない」
晴明は屈み込み、円延の表を上げさせた。
御簾からもれる香に混じった死臭が鼻をつく。
魂の腐る臭い。
「どうやら時間が残り僅かなようです。
早速円珍様を診させて頂いても構いませんか?」
光栄が柔らかな口調で言う。
晴明が陰なら彼は陽。
その声色と笑顔は雰囲気を解きほぐし、大きな安心感を接する者に与える。
こういう時、晴明は保憲を思い出す。
「……猫被りめ」
普段はあんなに憎まれ口の絶えない、いけすかない男だというのに。
「は、はい。
どうぞよろしくお願いします」
円延は御簾をまくり上げ、臥せっている師に呼びかけた。
だが、呼びかけられた方は目をうつろに向けただけで、起き上がることも出来ない。
「円珍様、私は賀茂光栄と申します。
少しお体触らせて頂きますね」
光栄の声に、円珍は瞳を一回深く閉じ、答えた。
脈を計り、体の至るところに触れていく。
「……どうだ?」
後ろから見ていた晴明が尋ねる。
答えは聞かずとも、この横たわる老人に施すべき事は想像がつくのだが。
失礼、と小さく言い、光栄は人気のない所へ晴明を連れ出した。
「あの老人はもう駄目だろ?
もう半分以上冥府に足を踏み入れている」
言いにくい事をずばりと言った晴明に光栄は顔を歪める。
「だが、このまま帰る訳にはいかないだろう?
院の、いわば命令だ。
何としても救わなくてはいけない。
ましてや円珍様は天台座主(天台衆のトップ)だ、失ってしまっては多大な損失になる」
深いため息をつき思い悩む光栄を前に、晴明がクスクスと笑いをもらした。
「お前……不謹慎だぞ」
「俺に今更それを言うか?
お前が言いにくいなら、俺が言ってやる。
どうせこれ以外に術はないんだ。
後は衆徒に選ばせりゃいい」
光栄の背を叩き、場に戻った晴明は、衆徒を全員集めるよう、若い僧に言った。
広間に次々と集まってくる。
あまりの多さに部屋に収まりきらず、庭先にまで人が溢れ出した。
座に集まった、数えきれぬほどの僧を見渡して、晴明は声を上げた。
張り上げているわけではないのに、良く通る。
「……円珍殿の病は、既に予断を許さない状態にあります。
もはや祈祷などは気休めにしかならないでしょう。
残された方法は一つです」
重く、沈む。
皆一様に俯き、悲嘆の色を浮かべていた。
晴明の調子は変わらない。
淡々と、声色に意味を載せていく。
「我々陰陽師が執り行う祭祀の一つに、泰山府君祭というものがあります。
耳にしたことくらいはあるでしょう?」
「……捧げ物をする事で命を長らえたり、病を治すというやつですか?」
末座にいた円延が躊躇いがちに問う。
晴明はにこりと笑い、頷いた。
「それに見合った代償を払い、冥府の神と取引をするのです。
常ならば人形で事足りるのですが、今回ばかりはそうもいきません」
そこまで言うと、光栄が眉を寄せ、顔を上げた。
訝しげな表情を浮かべている。
「健やかな人の命を贄として捧げ、円珍殿をお救いするのです」
「おいっ、晴──……ッ!」
光栄が口を挟む前に晴明は指を口許に当てていた。
体は縛られているかのように動かず、声も出ない。
ゆるりと笑みを浮かべた晴明は光栄に目配せをする。
「さぁ、どなたが贄となりましょうぞ。
円珍殿は朝廷にとっても、天台宗においても失ってはならないお方。
贄となる方には仏もさぞや徳を見出だされる事かと思いますが?」
水を張ったかのように静かになる。
物音がするとすれば、必死に身を震わせ、晴明の呪を祓おうとする光栄の声にならぬもがきのみ。
僧達は辺りをちらりちらりと窺うが、誰も名乗り出ようとする者は現れない。
刻々と、時が過ぎていく。
「……誰も手を挙げないのか」
袖の端であくびを噛み殺した晴明が静かに言う。
縛りの解けた光栄も顔をしかめ、今は黙って座を見渡している。
一つ、小さくため息をついた後、晴明に耳打ちをした。
「心配することもなかったみたいだな。
……晴明、俺が祭祀を執り行う。
身を犠牲になんて誰もしねぇよ。
仏に仕えてても生への執着ってのは捨てられないもんだ。
皆様、贄よりは効果が劣り、確実ではないですが、人形で行う事にします。
皆様、今から回す人形に念を込めて下さい」
スッと立ち、人形を回した後、臥せっている円珍の方に向き直った。
閉じられた双眸からは一筋、伝っている。
込められている思いは無念か、憤りか、本人しかわからない。
光栄は気付かぬ振りをし、もう一つの円珍と筆で書かれた人形を円珍の上にひらりと乗せた。
光栄の唇が呪を結ぶかという時、奥から声が上がった。
「あっ、あの……ッ!」
皆が一斉に声に振り向く。
「なんだ?
お前がその若い身を差し出すか?」
晴明は口角をゆるりと上げ、尋ねた。
円延は肩を、指を、震わせながらも、しっかりと頷いた。
「ならこっちに来い。
残念だったな、光栄。
やっぱりお前に見せ場はやれん」
「……本当に贄にする気か?」
光栄が睨み据える。
いつも喧嘩をしている時のそれとは違う、軽蔑にも似た眼差し。
「俺はお前みたいにまどろっこしいのは嫌いなんだ。
多勢から少しずつ命を貰い、一つの命にするなんてな」
「……それの何が悪い。
寿命は縮まっても、一人の命も失う事はない」
「……私なら大丈夫です。
円珍様はなくてはならないお方。
その糧となれるのならば、本望です」
気丈に振る舞い、にこりと笑った。
「お前といい、お前の父といい、優れた心根だな。
極楽があるとすれば、必ず行けるだろうよ」
満足そうに笑い、庭先に降りる晴明。
そこにはいつの間にか、祭壇が組まれていた。
その中央に朱雀が膝まずき、頭を垂れている。
「……勝手にしろ」
光栄は一座の僧に回していた人型を破り捨て、円珍の上に置いていた人形を投げた。
それは吸い込まれるように祭壇に舞い落ちる。
「あの、私は何をすれば……?」
「極楽往生の経でも唱えてろ」
晴明は素っ気なく言い、朱雀に目配せをした。
朱雀が印を結ぶ。
そのまま小さく唸るような声を出し、僧の額に指先を当てた。
若い僧の唱えていた経がやむ。
ぐるりと白目を剥いたかと思うと崩れ落ち、ふわりと蛍のような光が一つ舞った。
「ご苦労。
その体は穢れてもいい場所に移しとけ」
朱雀は頷き、体を抱え、消えた。
「……ところで光栄、この僧の名はなんといったか?」
「……円延だ」
光栄は呆れたようにため息をつき、呟いた。
「助かる。
たまにはお前と行動するのもありだな」
「ふざけろ。
こっちはいい迷惑だ」
屈託なく晴明が笑い、漂う人魂を一撫ですると指先で名を刻んだ。
人形に姿を変えた魂は、円珍の人形と対をなし、祭壇に並ぶ。
祭壇の両端に組まれている篝火に息を吹き掛け、火を灯した。
晴れやかだった空はたちまち厚い雲に覆われ始める。
どこからか雷鳴も聞こえてきた。
まだ昼間だというのに辺りは暗くなり、篝火だけが燃え盛っている。
晴明は口許に指をあて、呪を唱えている。
彼には珍しく、長い文言。
どれほどの時が過ぎたのだろう。
ほんの少しのような気もするし、もう日暮れを迎えているような気もする。
未だ晴明の呪はやまない。
汗が白い頬を伝い、地面に吸い込まれた。
ぽたぽたり、重なるように空から降る雨。
見る間に雨は勢いを増し、
祭壇を、
人形を、
晴明を、
容赦なく打ち付ける。
不思議なことに篝火だけは変わらず爆ぜている。
不意に呪を唱える唇が、印を結ぶ手が止まった。
スッと手を居並ぶ人形に向け、静かに最後の呪を音にのせた。
空が、閃光を帯びる。
固唾をのんで見守っていた僧達は目映さのあまり固く目を閉じた。
耳をつんざく雷鳴と地唸り。
天地が裂けるかと思うほどの。
何が起こっているのかはわからない。
未だ目が眩んでいる。
ようやく目が慣れ、晴明を確認出来た時には、全てが元通りになっていた。
空は明るく日が射しており、雷が落ちた形跡も、雨が降った跡すらない。
まるで今さっきまでが夢であったかのように。
にこり、口角を引き上げて晴明が笑った。
「では、俺は帰る」
実にあっさりと晴明は言った。
唐突に儀式を始め、終わりもまた素っ気なく。
あまりの目まぐるしさに僧は化かされたような心持ちになる。
ついていけず、皆口をあんぐりと開け、言葉を忘れてしまったかのようだった。
そういえば、祭壇は、篝火は、どこにいったのだろう。
あんなに大仰なものを簡単に消すなど、到底考えられない。
この目の前の男に幻でも見させられたのだろうか。
狐だと噂のある男ならあるいは。
「あの……、これで終わりなのでしょうか」
疑いを晴らすように一人の僧が尋ねる。
その問いに晴明は不機嫌そうな顔をした。
「……疑うのなら御簾の内にいる円珍殿に聞けよ」
ふぅ、と息を吐き、一歩足を踏み出した。
足元がふらつく。
よろけた体を光栄が受け止めた。
その口許には皮肉めいた笑み。
「……らしくねぇな。
疲れんのは嫌いなんだろ?」
「黙れ。
天台に恩を売っとくのは悪くないだろ?」
光栄の手を振り払い、ニッと笑った。
「強がんなよ、お前実は立ってるのがやっとだろ?
どうしてもって言うなら手、貸してやる」
顔を歪ませた晴明とは対照的に光栄がゲラゲラと笑う。
悔しいが、当たっていた。
いつもなら呼吸をするくらい容易い式ですら、呼べない。
「お前の手を借りるくらいなら、ここで野垂れ死んだ方がましだ。
むしろお前が死ね」
おぼつかない足取りで縁に上がり、柱に身を預けた。
視線が空を流れる雲を追う。
白銀に溶け込む乳白色。
視界の端を過ぎるまでには、彼は微かな寝息をたてていた。
傍立つ僧が覗き込むが目を開ける素振りもない。
既に正体をなくしている。
「あの……、光栄様。
私達はどうすれば……?」
「ん?
円延殿に良くしてあげてください、残り僅かな現世を悔いのないように。
もう円珍様の心配はなさらなくとも結構ですから」
「それでは私の気が済みませぬ……。
なんなりと仰ってください。
絹の襲でも馬でも荘園でもなんでも差し上げますゆえ……」
弟子に手を引かれ、先程まで臥せっていた円珍が庭先にまでやって来ていた。
その言葉には嘘はなく、真に礼を尽くしたい、その気持ちが見てとれた。
少し困ったような顔をしていた光栄だったが、ふと口元に笑みを浮かべ、
「では何か花山院の望むものを差し上げてください。
一人、お寂しいでしょうから」
と言った。
そのまま軽く礼をし、晴明を肩に抱え園城寺を後にした。
そのまま晴明は眠り続けた。
身動ぎ一つせず、白い頬は血が通ってないのかと思うほどで、胸が上下するのを見て辛うじて命があるとわかるようなものだった。
小鳥のさえずりに混じる油蝉の声、葉擦れの音、涼しげな雫の音、
それらを耳にして、ようやくその白い瞼を開けたのは、三日も過ぎた頃だった。
体を起こし、辺りを見回すと常の屋敷ではない。
だが全く見覚えがないわけでもなかった。
「……ここは」
その場所を口に出そうと言う時、御簾が揺れ、にこやかな笑顔のその人が部屋の内に入ってきた。
「おはよう、晴明。
随分苦労をかけたみたいで悪かったね」
言葉とは対照的に、声の調子に悪びれた所はない。
あくまで朗らかに、天気のことなどを話しているかのようだった。
「……師貞様、どうして俺はここに?」
「光栄が置いていった。
家まで送るのは面倒くさかったみたいだね」
「……ここに連れてくるのも変わんないだろうが」
ポツリと一人ごちる。
「……白湯でも飲む?
今、持ってきたけど」
椀に注がれた白湯を渡され、素直に口に含む。
ちら、と目の前の師貞を見た。
言わなければいけない。
頼みは聞き入れたが、代償として師貞に頼み込んだ当の本人の命を奪ってしまったことを。
どのくらい眠りに落ちていたかはわからないが、もう既に僧の命はないだろう。
「あぁそうだ、君にはお礼を言わなくてはね。
もうすっかり円珍殿は元気になられて、弟子をしごいているみたいだ。
ありがとう」
「そのことなんですが……」
晴明の言葉を遮るように師貞は続ける。
「奇跡が起こったと、誉めそやしていたよ。
贄になったはずの円延まで救うとはさすが当代随一の陰陽師だとね」
飲み終えた椀を受け取り、にこりと笑った。
晴明は不思議そうな顔をしている。
「……あれ、その顔は君にも予想外だったみたいだね」
「……俺にはそこまでの力はありませんから」
精々、命を移し替えることくらいだ。
贄の命まで救うなんて、ありえない。
道理を越えている。
急に目の前の笑みを絶やさない、うら若い男にたばかられているような心持ちになった。
自分を気遣って、嘘をついているのではないか。
「……今、私が嘘をついていると思っているだろう?」
さすがに言葉にするのは憚られたが、視線で答えた。
師貞は苦笑し、奥の間に消えた。
しばらくして戻ってきた彼の後ろに控えていたのは紛れもなくあの時贄にしたはずの円延だった。
円延は晴明の前に侍り、恭しく頭を下げた。
「此度は言い尽くせないほどの恩義を感じております」
これでは立場が逆転している。
人をからかい、その呆けた顔を見るのを趣味としているのに。
晴明はバツが悪そうにポリ、と頭を掻いた。
目の前の円延は確かに肉体を持っているし、魂が妖に変化しているようにも見えない。
どうにも信じがたいが、実際目の当たりにしているのだから信じざるをえない。
「……どうやら泰山府君も気まぐれと見える」
晴明は困ったように笑った。
「でも、晴明でなければ円延は助からなかったかもしれないよ?」
ね、と師貞は円延に笑いかける。
同意を求められた円延は神妙に頷いた。
円延が言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「……私は確かに冥府の入口まで行ったのです」
暗闇にぽっかりと浮かぶ朱の門。
灯をくべている様子などどこにもないのに、冴えざえと光輝いていた。
そこに行かなければいけない気がしてくぐろうかという時、鈴の音のような声に呼び止められ振り向くと、白銀の髪が美しい、晴明によく似た面立ちの女性が柔らかに微笑んでいた。
彼女がひらりと指先を動かすと、光が一つ、どこからともなく現れた。
彼女と同じ、白銀色の艶やかな光。
誘われるようにふらふらとその光を追いかけると、大きな光の渦に飲み込まれた。
途端にざわざわと蝉の声が襲う。
焼けつくような日射しが肌をさした。
目を開けると、鳥辺野に一人佇んでいた。
「あれは鬼火だったのでしょうか……」
恐怖心ではなく、心底不思議そうに円延が呟いた。
「それは鬼火というより……」
晴明は言いかけてやめた。
どうやら母は、見知らぬところで色々としているらしい。
決して晴明の前には姿を見せないというのに。
「きっと、少しでも君が気に病まないようにってことだよね」
「……頼んだつもりもありませんが」
「まぁいいじゃないか。
終わり良ければ全て良し、ってね」
師貞はクスクスと笑い、廂に立ちゆるやかに伸びをした。
その肩越しに光が見えた気がした。
あまりに強い日射しに目が眩んだのかもしれない。
その後、土御門に戻った晴明の屋敷を訪れる者がいた。
差し出された文の中には一枚の絵。
描き手は、言わずもがな円延である。
「綺麗な方だな」
横から覗き込んでいた莉花がほぅ、と息をつく。
うっとりと見惚れていた。
「あの男、こんな才能があったのか」
晴明も目元を綻ばせ、見入る。
そこに描かれていたのは今にも抜け出してきそうなほど、匂いたつように美しい女性。
ありし日の母そのものの姿だった。
向けられている視線に気付き、晴明は咳払いをした。
「……何だ」
「随分嬉しそうだな。
顔が緩みきっているぞ?」
梨花はにんまりと笑った。
おちょくるわけでもなく、本当に嬉しそうに。
「……うるさいぞ」
晴明はまた一つ咳払いをし、顔を扇で隠してその場を立ち去ってしまった。
莉花は絵を手に取り、屋敷で一番日が当たり、賑やかな場所に飾った。
その絵がいつまでもそこにあったのは言うまでもない。
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