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第5話 ギルド入団試験(仮)
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ということで、ギルド本部についた。
本部はちょっとした城のようで、たしかに最初の街にあった、ちんまりしたギルドとは規模が違った。
受付で支店長からの紹介状を見せると、上役だという男がやって来た。
「なるほど、あなたたちが黒の書の……すでに報告は受けていますよ」
「あんたがギルド長さんっスか?」
「いえ、私はギルド長の秘書を務めております、ヤンと申します」
20代後半くらいの男は、淡々とした声で自己紹介した。
中肉中背でのっぺりとした顔。
少し日本人っぽく見えなくもない。
「たしかに、この本部には古代の文献が数多く保管されています。黒の書の解呪に役立つものがあるかもしれません」
ふむふむ。
「ただ、誰にでも見せるわけにはいきません。ギルドのメンバーにだけ解放されている本もあります」
「つまり、ギルドに入団しろってことですか? 入団試験とかがあったり?」
「よくお分かりで。ですが、黒の書の持ち主であれば実力不足ということはありえませんから、試験はパスでしょう。まずはギルド長にお会いください」
おお、すばらしいスピード感。
あんた分かってるね、と安心していたら、
「おう! ちょっと待ってもらおうか!」
背後からダミ声が飛んできた。
おーい、なんだよ。いいテンポで進んでたのに。
げんなり振り向くと、荒っぽい感じの若い男が、頭一つ高いところから俺を見下ろしていた。
クセのある茶髪に吊り上がった眉。三白眼に憎々しげな色を宿らせて、ギラリとガンをつけてくる。
こわっ。てか誰?
「何ですか、バッシュ君」
「ヤンさん。そのガキども、マジで入団させるつもりっスか」
「決めるのは私ではありませんよ。ギルド長です」
「こんな得体のしれない連中を、ギルド長に会わせるんスか?」
「得体は知れていますよ。彼らは黒の書の使い手で――」
「それはオレも知ってますよ! オレが言ってんのは、黒の書を使うからって試験なしで入団なんて許されねぇってことスよ!」
バッシュとかいう男が、がなり声を立てる。
続いてその背後から、ひょっこり小物っぽい男たちが現れ、合いの手を入れた。
「そうだそうだ! バッシュのアニキの言うとおりだ!」
「ひいき反対! 試験は平等に!」
取り巻きかな。
こういう人たちって、なんか群れたがるよね。
「アニキがこのギルドに入るのに、どれだけ苦労したと思ってんだ!」
「彼女にフラれ、親にスネかじりと言われ続け、ご近所さんから後ろ指さされながら受験すること4回目、ようやく試験に合格したんだぞ!」
「てめぇら、いらんこと言うんじゃねぇ!」
三流コントですか?
「バッシュ君。言うまでもないですが、試験は年に1回しか開催されません。しかし今回は事情が特別です。だからこそギルド長に判断いただいて――」
「だったら! ホントにコイツらが入団するだけの力があるか、ギルド長の代わりにオレが試してやりますよ! いいですよね、ヤンさん!」
ヤンさんはちらりと俺に視線を向け、ふぅ、とため息をついた。
「ま、いいでしょう」
マジか~……。
「ええと……つまりどういうこと? 星野君」
お前は少しは話についてこい。
※※※
ということで、俺たちは中庭に移動した。
建物の中心部にある庭はけっこう目立つようで、何かが始まる雰囲気につられて、なんだなんだ、と人が集まってきた。
「えっ、アレが黒の書の契約者?」「女の子じゃん、しかもめっちゃ可愛い!」「でも、あんな子が本当に強いのぉ?」
ざわつく人垣の中央で対峙するのは、バッシュと太刀川だ。
「ルールを決めとくぜ。フィールドは今立ってるこの石畳の上。制限時間は3分。その間にオレを倒せたら、お前の勝ちだ」
――おいおい。
俺は人垣の中に引っ込みながら、心中でツッコミを入れた。
フィールドだという石畳は、10メートル四方もない。
こいつ、こんな逃げ場のないところでウチの最強チート様とやるつもりか?
3分どころか3秒ももたねぇぞ。
「太刀川! 殺しちゃダメだぞ!」
「ちょ、物騒なこと言わないでよ~……」
当の太刀川はあんまり気乗りしてない様子だ。
まぁ、進んで戦うってタイプじゃないしな。
そんならそれで、早めに終わらせておくれ。
「では、この時計で3分を計測します。準備はいいですか?」
ヤンさんが二人の脇に立ち、懐中時計を見せる。二人がうなずく。
「では――はじめ」
合図とともに、人垣からワッと歓声が上がった。
太刀川が静かに半身の構えをとる。左手を前に、右手を腰にためた空手の型だ。
対するバッシュは特に構えをとらず、棒立ちで太刀川を見下ろすのみ。
「来いよ、嬢ちゃん」
「……」
「オラ、どうした? 黒の書の力、見せてくれよ。それともニセモノか? ん?」
なんでコイツはこんな自信ありげなんだ。
負けフラグしか立ってねぇぞ。
太刀川は何も答えず、スゥ、と小さく息を吸った。
そして、
「ふっ!」
踏み込んだ。
そのスピードに、バッシュの三白眼が「えっ?」と大きく見開く。
そのときにはもう、太刀川はヤツの顔面めがけて右正拳を放っていた。
ドンッ!!
「うわっ!」「おおっ!」
砲弾を放ったとしか思えない音が中庭に響く。
拳圧で、観衆の髪がいっせいに逆立つ。
しかし。
「えっ……」
今度は太刀川が、そして俺が目を見開く番だった。
「へっへへ……」
バッシュは冷や汗を垂らしながら、それでも笑っていた。
当たってない。
一撃必殺の右拳は、バッシュがわずかに傾けた頭の横を通り抜けていた。
――か、かわした……?
あの弾丸みたいなスピードのパンチを?
太刀川が後ろに下がって間合いをとる。
バッシュがもう一度ニヤリと笑って鼻の下をこする。
「へっへっ……ニセモノだってのは取り消すぜ。とんでもねぇなぁ。当たってたら一発であの世行きだ。――当たってたらな」
まぐれか。
それとも太刀川が油断しただけなのか。
太刀川はぐっと唇を引き絞った。
「せやああっ!」
左回し蹴り!
ヴァッ! と風が逆巻き、石畳が剥がれるほどの凄まじい威力。
だが。
「へっへっ……当たらねぇなぁ」
バッシュはまたも無傷だ。
わずかに上体をそらして避けやがった。
こいつ……
「ハッハー! 見たか、アニキの実力を!」
「これがアニキの『見切り』スキルだぜ!」
取り巻きの小物どもが、人垣の中から歓声を上げた。
見切りスキルぅ?
「打撃ならどんな技でも見切ってかわす、防御特化スキルよ!」
「アニキはこれを身につけて、地獄のよーな浪人生活を抜け出したんだ! ちなみに彼女とのヨリは戻ってません!」
「だーかーら! いらんこと言うんじゃねえって!」
――そういうことか。
この世界じゃ、スキルの効果はステータスより優先されるってことだ。
パワーやスピードなら、太刀川のほうがはるかに上。
だが、「打撃を見切る」スキルの前には、その差は意味をなさない。
「くっ!」
太刀川は続けてパンチを、さらに蹴りを繰り出すが、バッシュにはまるで当たらない。
打撃を使う限り、ヤツはとらえられない。
「どしたどしたァ? その程度でウチのギルドに入ろうなんて、笑わせんじゃねぇぞ、嬢ちゃんよォ!」
バッシュは一切反撃してこない。
ひたすら太刀川の攻撃を避けることに専念している。
ようやくヤツの狙いが分かった。
この試合、3分以内にヤツを倒せなければ太刀川の負け。
つまりあの三白眼ヤローは、ハナから太刀川を倒す気なんてなく、避けまくってタイムオーバーを狙うつもりだったんだ。
「おいおい、ぜんぜん当たらないじゃん」
「勢いはすごいけどさ。あれじゃ意味ないよな」
「ちょっと拍子抜けした……黒の書の使い手って言っても、たいしたことないのね」
あちこちから漏れ始める失望の声。
観客たちの熱気が少しずつしぼみ、代わりに嘲笑の色を帯びてゆく。
「あと10秒です」
と、ヤンさんの冷徹な声が響いた。
「9! 8! 7!」
取り巻きどもが肩を組み、勝ち誇ったようにカウントダウンの合唱をはじめた。
調子にのった一部の観客までが、それに同調する。
この場所に、誰もアイツの味方などいないような空気。
「6! 5!」
胸の奥がざらりと痛んだ。
なんだ、そりゃおい。
ふざけんな。まだアイツは戦ってんだぞ。
まだあきらめてなんかいねぇんだぞ。
それを、お前らが笑うんじゃねぇ。
「4!」
気づけば、叫んでいた。
「がんばれ! 太刀川ァ――!」
アドバイスでも何でもない。
何の役にも立ちはしないことは分かってる。
けど、それでも――。
「3!」
太刀川がぴたりと動きを止めた。
その場でふぅ、と息をつき、
――あ。
目つきが変わった。
何かにスイッチを押されたように、その瞳に鋭さが宿る。
「2!」
ぐっ、と足元に力を込めて。
「1!」
ダン! と地を蹴り、一瞬でバッシュに肉薄した。
渾身の右正拳が風を裂く。
「バカの一つ覚えが――」
バッシュがまたも嘲笑いながら、余裕の表情で頭を傾ける。
拳はその横を、むなしく通り抜け――
ガシッ!
「え?」
バッシュの顔が驚愕にゆがんだ。
太刀川の右手がヤツの奥襟をつかんでいた。
よけられた瞬間、拳を広げ、つかみに切り替えたのだ。
すべては一瞬だった。
太刀川が勢いよく身をひるがえし、バッシュを背負う。
背負い投げなんて上品なもんじゃない。
つかんだ襟を引っ張り、ただ力任せに容赦なく――
ズガァァァンッ!!
――叩きつけた。
激しい地響きとともに石畳が砕け、土煙が高々と吹き上がった。
巻き上がる砂煙の奥に、ぽっかりと空いた巨大なクレーター。
その中心で、バッシュはあお向けのまま白目をむき、ピクリとも動かない。
誰もが声を失っていた。
取り巻きたちは口を開けたまま、石像のように固まっていた。
煙の中から、太刀川がゆっくりと立ち上がる。
肩に垂れたポニーテールを手の甲でさらりと払い、足元の敗者を見下ろしながら、ひと言。
「――ゼロ」
うおお――――――――っ!! と、歓声が爆ぜた。
「すっっげぇぇ! 今の見たか?」「いや、速すぎて見えなかったって!」「一瞬だよ一瞬! 最後の1秒で決めちまった!」
さっきまで冷ややかだった観衆は、手のひら返しで興奮の渦へ。
取り巻きたちですら悔しがるどころか、
「カ、カッケぇ……」「惚れた……俺、惚れた……」
うん、わかる。
クレーターから出てきた太刀川が、俺に向かって歩いてくる。
歓声とともに駆け寄る群衆には、目もくれない。
例のイケメンすぎる笑顔とともに、拳の先で俺の胸をトン、と突き、
「届いたよ、声」
「……は、はい」
乙女みたいな返事しかできなかった俺を、一体誰が責められよう。
アカン、この人ヤバすぎる……。
そのときだった。
ぱち、ぱち、ぱち――
中庭に、拍手が響き渡った。
人垣が割れ、一人の人影がゆっくりと歩み出てくる。
ヤンさんが低くつぶやいた。
「……ギルド長」
え? この人が……ギルド長?
本部はちょっとした城のようで、たしかに最初の街にあった、ちんまりしたギルドとは規模が違った。
受付で支店長からの紹介状を見せると、上役だという男がやって来た。
「なるほど、あなたたちが黒の書の……すでに報告は受けていますよ」
「あんたがギルド長さんっスか?」
「いえ、私はギルド長の秘書を務めております、ヤンと申します」
20代後半くらいの男は、淡々とした声で自己紹介した。
中肉中背でのっぺりとした顔。
少し日本人っぽく見えなくもない。
「たしかに、この本部には古代の文献が数多く保管されています。黒の書の解呪に役立つものがあるかもしれません」
ふむふむ。
「ただ、誰にでも見せるわけにはいきません。ギルドのメンバーにだけ解放されている本もあります」
「つまり、ギルドに入団しろってことですか? 入団試験とかがあったり?」
「よくお分かりで。ですが、黒の書の持ち主であれば実力不足ということはありえませんから、試験はパスでしょう。まずはギルド長にお会いください」
おお、すばらしいスピード感。
あんた分かってるね、と安心していたら、
「おう! ちょっと待ってもらおうか!」
背後からダミ声が飛んできた。
おーい、なんだよ。いいテンポで進んでたのに。
げんなり振り向くと、荒っぽい感じの若い男が、頭一つ高いところから俺を見下ろしていた。
クセのある茶髪に吊り上がった眉。三白眼に憎々しげな色を宿らせて、ギラリとガンをつけてくる。
こわっ。てか誰?
「何ですか、バッシュ君」
「ヤンさん。そのガキども、マジで入団させるつもりっスか」
「決めるのは私ではありませんよ。ギルド長です」
「こんな得体のしれない連中を、ギルド長に会わせるんスか?」
「得体は知れていますよ。彼らは黒の書の使い手で――」
「それはオレも知ってますよ! オレが言ってんのは、黒の書を使うからって試験なしで入団なんて許されねぇってことスよ!」
バッシュとかいう男が、がなり声を立てる。
続いてその背後から、ひょっこり小物っぽい男たちが現れ、合いの手を入れた。
「そうだそうだ! バッシュのアニキの言うとおりだ!」
「ひいき反対! 試験は平等に!」
取り巻きかな。
こういう人たちって、なんか群れたがるよね。
「アニキがこのギルドに入るのに、どれだけ苦労したと思ってんだ!」
「彼女にフラれ、親にスネかじりと言われ続け、ご近所さんから後ろ指さされながら受験すること4回目、ようやく試験に合格したんだぞ!」
「てめぇら、いらんこと言うんじゃねぇ!」
三流コントですか?
「バッシュ君。言うまでもないですが、試験は年に1回しか開催されません。しかし今回は事情が特別です。だからこそギルド長に判断いただいて――」
「だったら! ホントにコイツらが入団するだけの力があるか、ギルド長の代わりにオレが試してやりますよ! いいですよね、ヤンさん!」
ヤンさんはちらりと俺に視線を向け、ふぅ、とため息をついた。
「ま、いいでしょう」
マジか~……。
「ええと……つまりどういうこと? 星野君」
お前は少しは話についてこい。
※※※
ということで、俺たちは中庭に移動した。
建物の中心部にある庭はけっこう目立つようで、何かが始まる雰囲気につられて、なんだなんだ、と人が集まってきた。
「えっ、アレが黒の書の契約者?」「女の子じゃん、しかもめっちゃ可愛い!」「でも、あんな子が本当に強いのぉ?」
ざわつく人垣の中央で対峙するのは、バッシュと太刀川だ。
「ルールを決めとくぜ。フィールドは今立ってるこの石畳の上。制限時間は3分。その間にオレを倒せたら、お前の勝ちだ」
――おいおい。
俺は人垣の中に引っ込みながら、心中でツッコミを入れた。
フィールドだという石畳は、10メートル四方もない。
こいつ、こんな逃げ場のないところでウチの最強チート様とやるつもりか?
3分どころか3秒ももたねぇぞ。
「太刀川! 殺しちゃダメだぞ!」
「ちょ、物騒なこと言わないでよ~……」
当の太刀川はあんまり気乗りしてない様子だ。
まぁ、進んで戦うってタイプじゃないしな。
そんならそれで、早めに終わらせておくれ。
「では、この時計で3分を計測します。準備はいいですか?」
ヤンさんが二人の脇に立ち、懐中時計を見せる。二人がうなずく。
「では――はじめ」
合図とともに、人垣からワッと歓声が上がった。
太刀川が静かに半身の構えをとる。左手を前に、右手を腰にためた空手の型だ。
対するバッシュは特に構えをとらず、棒立ちで太刀川を見下ろすのみ。
「来いよ、嬢ちゃん」
「……」
「オラ、どうした? 黒の書の力、見せてくれよ。それともニセモノか? ん?」
なんでコイツはこんな自信ありげなんだ。
負けフラグしか立ってねぇぞ。
太刀川は何も答えず、スゥ、と小さく息を吸った。
そして、
「ふっ!」
踏み込んだ。
そのスピードに、バッシュの三白眼が「えっ?」と大きく見開く。
そのときにはもう、太刀川はヤツの顔面めがけて右正拳を放っていた。
ドンッ!!
「うわっ!」「おおっ!」
砲弾を放ったとしか思えない音が中庭に響く。
拳圧で、観衆の髪がいっせいに逆立つ。
しかし。
「えっ……」
今度は太刀川が、そして俺が目を見開く番だった。
「へっへへ……」
バッシュは冷や汗を垂らしながら、それでも笑っていた。
当たってない。
一撃必殺の右拳は、バッシュがわずかに傾けた頭の横を通り抜けていた。
――か、かわした……?
あの弾丸みたいなスピードのパンチを?
太刀川が後ろに下がって間合いをとる。
バッシュがもう一度ニヤリと笑って鼻の下をこする。
「へっへっ……ニセモノだってのは取り消すぜ。とんでもねぇなぁ。当たってたら一発であの世行きだ。――当たってたらな」
まぐれか。
それとも太刀川が油断しただけなのか。
太刀川はぐっと唇を引き絞った。
「せやああっ!」
左回し蹴り!
ヴァッ! と風が逆巻き、石畳が剥がれるほどの凄まじい威力。
だが。
「へっへっ……当たらねぇなぁ」
バッシュはまたも無傷だ。
わずかに上体をそらして避けやがった。
こいつ……
「ハッハー! 見たか、アニキの実力を!」
「これがアニキの『見切り』スキルだぜ!」
取り巻きの小物どもが、人垣の中から歓声を上げた。
見切りスキルぅ?
「打撃ならどんな技でも見切ってかわす、防御特化スキルよ!」
「アニキはこれを身につけて、地獄のよーな浪人生活を抜け出したんだ! ちなみに彼女とのヨリは戻ってません!」
「だーかーら! いらんこと言うんじゃねえって!」
――そういうことか。
この世界じゃ、スキルの効果はステータスより優先されるってことだ。
パワーやスピードなら、太刀川のほうがはるかに上。
だが、「打撃を見切る」スキルの前には、その差は意味をなさない。
「くっ!」
太刀川は続けてパンチを、さらに蹴りを繰り出すが、バッシュにはまるで当たらない。
打撃を使う限り、ヤツはとらえられない。
「どしたどしたァ? その程度でウチのギルドに入ろうなんて、笑わせんじゃねぇぞ、嬢ちゃんよォ!」
バッシュは一切反撃してこない。
ひたすら太刀川の攻撃を避けることに専念している。
ようやくヤツの狙いが分かった。
この試合、3分以内にヤツを倒せなければ太刀川の負け。
つまりあの三白眼ヤローは、ハナから太刀川を倒す気なんてなく、避けまくってタイムオーバーを狙うつもりだったんだ。
「おいおい、ぜんぜん当たらないじゃん」
「勢いはすごいけどさ。あれじゃ意味ないよな」
「ちょっと拍子抜けした……黒の書の使い手って言っても、たいしたことないのね」
あちこちから漏れ始める失望の声。
観客たちの熱気が少しずつしぼみ、代わりに嘲笑の色を帯びてゆく。
「あと10秒です」
と、ヤンさんの冷徹な声が響いた。
「9! 8! 7!」
取り巻きどもが肩を組み、勝ち誇ったようにカウントダウンの合唱をはじめた。
調子にのった一部の観客までが、それに同調する。
この場所に、誰もアイツの味方などいないような空気。
「6! 5!」
胸の奥がざらりと痛んだ。
なんだ、そりゃおい。
ふざけんな。まだアイツは戦ってんだぞ。
まだあきらめてなんかいねぇんだぞ。
それを、お前らが笑うんじゃねぇ。
「4!」
気づけば、叫んでいた。
「がんばれ! 太刀川ァ――!」
アドバイスでも何でもない。
何の役にも立ちはしないことは分かってる。
けど、それでも――。
「3!」
太刀川がぴたりと動きを止めた。
その場でふぅ、と息をつき、
――あ。
目つきが変わった。
何かにスイッチを押されたように、その瞳に鋭さが宿る。
「2!」
ぐっ、と足元に力を込めて。
「1!」
ダン! と地を蹴り、一瞬でバッシュに肉薄した。
渾身の右正拳が風を裂く。
「バカの一つ覚えが――」
バッシュがまたも嘲笑いながら、余裕の表情で頭を傾ける。
拳はその横を、むなしく通り抜け――
ガシッ!
「え?」
バッシュの顔が驚愕にゆがんだ。
太刀川の右手がヤツの奥襟をつかんでいた。
よけられた瞬間、拳を広げ、つかみに切り替えたのだ。
すべては一瞬だった。
太刀川が勢いよく身をひるがえし、バッシュを背負う。
背負い投げなんて上品なもんじゃない。
つかんだ襟を引っ張り、ただ力任せに容赦なく――
ズガァァァンッ!!
――叩きつけた。
激しい地響きとともに石畳が砕け、土煙が高々と吹き上がった。
巻き上がる砂煙の奥に、ぽっかりと空いた巨大なクレーター。
その中心で、バッシュはあお向けのまま白目をむき、ピクリとも動かない。
誰もが声を失っていた。
取り巻きたちは口を開けたまま、石像のように固まっていた。
煙の中から、太刀川がゆっくりと立ち上がる。
肩に垂れたポニーテールを手の甲でさらりと払い、足元の敗者を見下ろしながら、ひと言。
「――ゼロ」
うおお――――――――っ!! と、歓声が爆ぜた。
「すっっげぇぇ! 今の見たか?」「いや、速すぎて見えなかったって!」「一瞬だよ一瞬! 最後の1秒で決めちまった!」
さっきまで冷ややかだった観衆は、手のひら返しで興奮の渦へ。
取り巻きたちですら悔しがるどころか、
「カ、カッケぇ……」「惚れた……俺、惚れた……」
うん、わかる。
クレーターから出てきた太刀川が、俺に向かって歩いてくる。
歓声とともに駆け寄る群衆には、目もくれない。
例のイケメンすぎる笑顔とともに、拳の先で俺の胸をトン、と突き、
「届いたよ、声」
「……は、はい」
乙女みたいな返事しかできなかった俺を、一体誰が責められよう。
アカン、この人ヤバすぎる……。
そのときだった。
ぱち、ぱち、ぱち――
中庭に、拍手が響き渡った。
人垣が割れ、一人の人影がゆっくりと歩み出てくる。
ヤンさんが低くつぶやいた。
「……ギルド長」
え? この人が……ギルド長?
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