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第34話 兄と妹
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牢獄を訪れたその人物を見て、私は思わず目を見開きました。
黒髪を短く整え、メイド服に身を包んだ女性。
思い出の中より、ずっと大きく成長した姿。
「お久しぶりです、兄さん」
「リン……」
数年ぶりの兄妹の再会が、鉄格子越しというのは何とも皮肉なものです。
とはいえ、予感が全くなかったわけでもありませんでした。
グラマン塔の監視役をリンが務めていると耳にしていましたから。
「……久しぶりだね。見違えたよ」
ぎこちない挨拶に、リンは眉一つ動かさず、淡々と言葉を返します。
「牢屋の居心地はいかがですか?」
「悪くはないよ。隣の人のいびきが耳障りなことを除けば」
途端に、隣の牢から甲高い声が飛んできました。
「ちょっと、ヤンさん! ウソ言わないでよ! この超絶美少女ロキシィちゃんが、いびきなんてかくわけないでしょーが!」
すると、さらにその隣の牢獄から、疲れ切ったアイギスさんの声が響きます。
「本当だ……昨日はロキシィ殿のいびきで一睡もできなかったのだ……」
「アーアー幻聴! それは幻聴でーす! ってか、ヤンさん妹いたの? やだ、結構かわいいじゃん! なんでメイドの格好してんの? 趣味?」
リンの眉間にしわが寄りました。
「……うるさい生き物ですね。その舌、刺していいですか?」
「ハアァ!? 何こいつ感じ悪い! やる気!? やる気なの!?」
「お願いだ……大きな声を出さないでくれ……寝不足の私に効く……」
私は額に手を当て、深いため息をつきました。
「……すみません。収拾がつかなくなるので、静かにしていただけますか?」
ガルルル、というロキシィさんのうなり声とリンの氷の視線が交錯しましたが、どうにか場は静まりました。
リンが静かに話を再開します。
「ゲルネス監査官を告発したそうですね」
「うん。今ごろ監査局は大わらわだろうね」
賄賂や着服、公費の乱用。
彼のやってきた不正の数々の証拠を、私たちは数ヶ月前から調べていました。
タクミさんたちを監禁したことも王家の判断ではなく、ゲルネスの独断でした。
正当な手続きも踏んでいませんでしたから、このままうまく行けば監禁の正当性は失われます。
私たちの行動もお咎めなしになる、まではないとしても、罰は大幅に軽減されるでしょう。
比較的待遇のよい牢屋に入れられているのが、その証拠です。
「そんな切り札があるのに、なぜ脱獄の手引きなどという無謀な真似を?」
「まだ告発が成功する確証がなかったんだ。それに、うまくいってもゲルネスに処分が下るまでは時間がかかる。その間にタクミさんを処刑されたら手遅れだからね。実際には賭けだったよ」
リンは目を伏せました。
「相変わらずですね、兄さんは。心の内を周りには決して悟らせず、何もかも一人で決めてしまう。心底――虫唾が走ります」
やはり妹は私を恨んでいました。
覚悟していたとはいえ――心が沈みます。
ふと、リンの頬にうっすらと青い痣があることに気づきました。
「その顔の傷は?」
「兄さんには関係ありません」
「関係なくはない。兄妹なんだから」
彼女は深くため息をつき続けます。
「ゲルネス監査官に殴られました。黒の書の男を逃がしたことを咎められて」
「……そうか」
「与えられた任務を果たせなかったのです。当然の報いです」
「追放された?」
「ええ。『お前のような役立たずはいらない』と」
ゲルネスは処分が下るまではまだ監査局の長。
不正を暴露され、脱獄まで許した焦りと苛立ちが、リンへの暴力となったのでしょう。
私は慎重に言葉を選びながら問いかけました。
「リン、私たちのギルドに来ないか」
リンは鋭く睨みつけ、冷たく切り捨てます。
「冗談でしょう。死んだほうがマシです」
「なら、これからどうする?」
「それを尋ねるために、今日、見たくもない兄さんの顔を見に来ました」
彼女の目に燃えるのは、深く昏い炎でした。
「タクミ・ホシノ。あの男はどこに行ったのですか?」
「それを聞いてどうする?」
リンは答えませんでしたが、その胸の内は明白でした。
「リン。もし、自分の失敗を帳消しにするためにタクミさんを始末しようなどと考えているのなら、考え直したほうがいい」
「………」
「そんなことをしても、監査局には戻れない。自分でもよく分かっているだろう? そもそもあの場所は、君にとって決して居心地の良い場所では――」
「黙ってください」
リンの冷たい声が私の言葉を断ち切りました。
「居心地? そんなもの、最初から求めていません。生きるため、生き延びるためだけに私はあそこにいた。全てを犠牲にして」
「リン………」
「兄さんに私の気持ちは分からない。自分の『居心地』のために、私を捨てた貴方には」
彼女の拳は強く握られていました。
「タクミ・ホシノ。あの男を逃がしたせいで、私はすべてを失った。絶対に許さない。あの男も、自分自身も。地の果てまで追いかけて、必ず息の根を止める。それが、私の贖罪です」
リンの瞳は深い憎しみに染まっていました。
しかし、それだけではない何かも、かすかに宿っているようでした。
それが何なのか、不出来な兄の私には判別できません。
私は深く息を吐き、諦めにも似た感情で告げました。
「君には、できないよ」
「力が足りないから? 馬鹿にしないで。刺し違えてでもやってみせます」
リンは踵を返しました。
「さようなら、兄さん。もう二度と会うことはありません」
牢獄から去ってゆくその背中に、私は小さく声をかけました。
「……そういう意味じゃないよ」
しかしその言葉は、もう彼女には届きませんでした。
――タクミさん。ジュンさん。
きっと彼女は貴方たちの元にたどり着いてしまうでしょう。
こんなことをお願いするのは、お門違いなのは承知しています。
それでもどうか。
どうか、妹を。
救ってあげてください――。
黒髪を短く整え、メイド服に身を包んだ女性。
思い出の中より、ずっと大きく成長した姿。
「お久しぶりです、兄さん」
「リン……」
数年ぶりの兄妹の再会が、鉄格子越しというのは何とも皮肉なものです。
とはいえ、予感が全くなかったわけでもありませんでした。
グラマン塔の監視役をリンが務めていると耳にしていましたから。
「……久しぶりだね。見違えたよ」
ぎこちない挨拶に、リンは眉一つ動かさず、淡々と言葉を返します。
「牢屋の居心地はいかがですか?」
「悪くはないよ。隣の人のいびきが耳障りなことを除けば」
途端に、隣の牢から甲高い声が飛んできました。
「ちょっと、ヤンさん! ウソ言わないでよ! この超絶美少女ロキシィちゃんが、いびきなんてかくわけないでしょーが!」
すると、さらにその隣の牢獄から、疲れ切ったアイギスさんの声が響きます。
「本当だ……昨日はロキシィ殿のいびきで一睡もできなかったのだ……」
「アーアー幻聴! それは幻聴でーす! ってか、ヤンさん妹いたの? やだ、結構かわいいじゃん! なんでメイドの格好してんの? 趣味?」
リンの眉間にしわが寄りました。
「……うるさい生き物ですね。その舌、刺していいですか?」
「ハアァ!? 何こいつ感じ悪い! やる気!? やる気なの!?」
「お願いだ……大きな声を出さないでくれ……寝不足の私に効く……」
私は額に手を当て、深いため息をつきました。
「……すみません。収拾がつかなくなるので、静かにしていただけますか?」
ガルルル、というロキシィさんのうなり声とリンの氷の視線が交錯しましたが、どうにか場は静まりました。
リンが静かに話を再開します。
「ゲルネス監査官を告発したそうですね」
「うん。今ごろ監査局は大わらわだろうね」
賄賂や着服、公費の乱用。
彼のやってきた不正の数々の証拠を、私たちは数ヶ月前から調べていました。
タクミさんたちを監禁したことも王家の判断ではなく、ゲルネスの独断でした。
正当な手続きも踏んでいませんでしたから、このままうまく行けば監禁の正当性は失われます。
私たちの行動もお咎めなしになる、まではないとしても、罰は大幅に軽減されるでしょう。
比較的待遇のよい牢屋に入れられているのが、その証拠です。
「そんな切り札があるのに、なぜ脱獄の手引きなどという無謀な真似を?」
「まだ告発が成功する確証がなかったんだ。それに、うまくいってもゲルネスに処分が下るまでは時間がかかる。その間にタクミさんを処刑されたら手遅れだからね。実際には賭けだったよ」
リンは目を伏せました。
「相変わらずですね、兄さんは。心の内を周りには決して悟らせず、何もかも一人で決めてしまう。心底――虫唾が走ります」
やはり妹は私を恨んでいました。
覚悟していたとはいえ――心が沈みます。
ふと、リンの頬にうっすらと青い痣があることに気づきました。
「その顔の傷は?」
「兄さんには関係ありません」
「関係なくはない。兄妹なんだから」
彼女は深くため息をつき続けます。
「ゲルネス監査官に殴られました。黒の書の男を逃がしたことを咎められて」
「……そうか」
「与えられた任務を果たせなかったのです。当然の報いです」
「追放された?」
「ええ。『お前のような役立たずはいらない』と」
ゲルネスは処分が下るまではまだ監査局の長。
不正を暴露され、脱獄まで許した焦りと苛立ちが、リンへの暴力となったのでしょう。
私は慎重に言葉を選びながら問いかけました。
「リン、私たちのギルドに来ないか」
リンは鋭く睨みつけ、冷たく切り捨てます。
「冗談でしょう。死んだほうがマシです」
「なら、これからどうする?」
「それを尋ねるために、今日、見たくもない兄さんの顔を見に来ました」
彼女の目に燃えるのは、深く昏い炎でした。
「タクミ・ホシノ。あの男はどこに行ったのですか?」
「それを聞いてどうする?」
リンは答えませんでしたが、その胸の内は明白でした。
「リン。もし、自分の失敗を帳消しにするためにタクミさんを始末しようなどと考えているのなら、考え直したほうがいい」
「………」
「そんなことをしても、監査局には戻れない。自分でもよく分かっているだろう? そもそもあの場所は、君にとって決して居心地の良い場所では――」
「黙ってください」
リンの冷たい声が私の言葉を断ち切りました。
「居心地? そんなもの、最初から求めていません。生きるため、生き延びるためだけに私はあそこにいた。全てを犠牲にして」
「リン………」
「兄さんに私の気持ちは分からない。自分の『居心地』のために、私を捨てた貴方には」
彼女の拳は強く握られていました。
「タクミ・ホシノ。あの男を逃がしたせいで、私はすべてを失った。絶対に許さない。あの男も、自分自身も。地の果てまで追いかけて、必ず息の根を止める。それが、私の贖罪です」
リンの瞳は深い憎しみに染まっていました。
しかし、それだけではない何かも、かすかに宿っているようでした。
それが何なのか、不出来な兄の私には判別できません。
私は深く息を吐き、諦めにも似た感情で告げました。
「君には、できないよ」
「力が足りないから? 馬鹿にしないで。刺し違えてでもやってみせます」
リンは踵を返しました。
「さようなら、兄さん。もう二度と会うことはありません」
牢獄から去ってゆくその背中に、私は小さく声をかけました。
「……そういう意味じゃないよ」
しかしその言葉は、もう彼女には届きませんでした。
――タクミさん。ジュンさん。
きっと彼女は貴方たちの元にたどり着いてしまうでしょう。
こんなことをお願いするのは、お門違いなのは承知しています。
それでもどうか。
どうか、妹を。
救ってあげてください――。
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