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1.小説家もカフェにいる
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芳賀さんに依頼されたので昨日に引き続き愛理ちゃんの尾行を行うのだが、心配の種が一つ。
「……大丈夫ですか八神さん」
姉特製の栄養満点ドリンクが入ったマグボトルをちまちまと飲む八神さんの顔色が、昨日よりもだいぶ悪いのだ。おそらく昨日の疲労が残っているのだろう。体力ほとんどないからな、この人。
「うん、全然平気。大丈夫」
八神さんは画用紙のような顔色で力なく笑みを浮かべる。……うん、まったく説得力がない。ドリンクを飲み終えた八神さんはマスクをしっかりと付け直すと、不審者三種の神器でもある帽子を深く被った。
「無理はしないで下さいね。ヤバイと思ったらすぐ俺に言う事」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
大丈夫という言葉がこれほど頼りなく聞こえる事があるのだろうか。ああ、八神さんのこと気を付けて見てなきゃなぁと思っていると、グレーのミニバックにチェックのスカートをはいた愛理ちゃんが出てきた。俺たちは尾行を開始する。八神さんもふらふらしながら歩き出した。
愛理ちゃんは昨日と同じ道を通り、緑ヶ丘図書館へと歩いて行く。西側の入り口から図書館に入ると、やはり五分もしないうちに出て来た。その後ろには……居た。ベージュのトレンチコートに帽子、ボストン型のサングラスを掛けたいかにも怪しい細身の男。昨日のアイツだ。
愛理ちゃんの手にはミニバック以外の荷物はないので、図書館には本を借りに来たわけでも返しに来たわけでもなさそうだ。と、なると……やはりあの不審者と待ち合わせのために図書館に来ているのだろうか。でも、なんでわざわざこんな所で待ち合わせなんかしてるんだろう。
影からじっと見ていると、二人は手を繋いで歩き出す。その姿は誘拐犯と被害者にしか見えないのに、愛理ちゃんはニコニコと楽しそうだ。しかしまぁ、愛理ちゃんと仲が良く、桜子さんとも親しげなあの不審な男は一体何者なのだろう。何せ家に行くほどの仲だ。その答えを知る事はパンドラの箱を開ける事になりそうでなんだか怖い。
今日はスーパーに寄らないのか真っ直ぐマンションの方向へと歩いていく。赤信号で立ち止まると、愛理ちゃんがトレンチコートの裾をクイッと引っ張った。不審者が愛理ちゃんの背丈に合わせて屈むと、愛理ちゃんはコソコソと耳打ちを始める。……なんだ? もしかして尾行がバレた? 潜めていた物陰から少し顔を覗かせる。二人の様子に気を取られ過ぎたのがいけなかったのだろう。
「……ケント、く、ん」
後ろから苦しそうに俺を呼ぶ声が聞こえ、ハッとした。
「……ごめ、ん」と荒い息遣いと共に八神さんの細い身体がカクンと膝から崩れ落ちる。
「八神さんっ!?」
あ……あっぶねー、ギリギリ。なんとか反射的に右腕を掴んだので、コンクリートと激しい顔面キスという最悪な事態は免れた。膝が地面についてるのでもしかしたら血が出てるかもしれないが、それはまぁ仕方ない。とりあえず、邪魔でしかない不審者三種の神器を全て外し、鞄を枕にして八神さんを寝かせる。八神さんの息は浅くて早い。このままだと過呼吸を起こしてしまう可能性があるので、俺はポケットからビニール袋を取り出して八神さんの口に当てた。
「いいですか! ゆっくり呼吸して下さい。落ち着いて。吸ってー、吐いてー」
八神さんを落ち着かせていると慌ただしい足音が聞こえ顔を上げた。
「あの、大丈夫ですか!?」
血相を変えて駆け寄ってきたのは、あのトレンチコートの不審者と愛理ちゃんだった。
「叫び声が聞こえたので駆け付けたんですけど、あの、救急車呼びますか!?」
動揺しながらスマホを取り出す彼をやんわりと制す。
「あ、いえ。大丈夫です」
「え、で、でも! その人すごく顔色が悪いですよ!?」
「それはそうなんですけど……実は彼、貧血を起こしやすくて倒れる事もしょっちゅうで。薬を飲んで安静にしてれば大丈夫なので救急車はいらないんです、すみません」
俺たちのやりとりを聞いていた愛理ちゃんと目が合う。不安げに揺れる瞳をはっと開くと、ぽつりと言った。
「……お兄さん、もしかしてカサブランカの人?」
どうやら覚えていてくれたらしい。俺がこくりと頷くと、不審者は愛理ちゃんに向かって言った。
「愛理ちゃん、この人たちと知り合いかい?」
「うん。パパが毎日行ってる喫茶店のお兄さんと、その上に住んでる探偵さんよ」
「探偵?」
彼は掛けていた丸いサングラスをずらし、俺と八神さんを大きな目でまじまじと見つめる。
「ねぇ青葉くん、探偵さん苦しそうだわ。助けてあげられないの?」
「そうだね。あの……とりあえず俺の家に行きませんか? すぐそこなんですよ」
「え、でも」
「愛理ちゃんもこう言ってるし。硬いコンクリートに寝かせておくよりはいいでしょう?」
迷っている暇はない。ここは遠慮なく彼のお言葉に甘える事にした。
「すみませんがお願いします」
「いえいえ。困った時はお互い様ですから」
ニコリと笑った彼は八神さんをひょいと抱き抱えた。所謂お姫様抱っこである。不審者が不審者を姫抱きして歩くというシュールすぎる光景に今すぐツッコミを入れたいのを我慢して、俺たちは彼の住むマンションへと急いだ。
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