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28.風の便り
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友達からの手紙の返信が増えた。
祖母、叔父や叔母、少し年上の従姉妹がいて、皆日本のお菓子が大好きだと伝えると、時間もお金もかかるのに皆、雑貨やお菓子を送ってくれた。
原発事故のあった日本の品物は敬遠され、高級スーパーではあんなに目立つ場所にあった日本のいちご等の果物はもちろん、小松菜も、もやしすらないのよ、とキティが憮然としていた。
好食、好味、好好味。
美味しいもの。やっぱりいちごよ、あのいちごの味は忘れられない。
失恋のことはすっかり頭から消えたくせに、と母親にからかわれ、キティは、だって仕方ないわ、あんな恋なんかよりとっても甘くて魅力的、だなんて芝居がかったことを言う。
香港人は皆、老若男女、食い意地が張っている。
化粧も途中で、頭になんてまるでドーナツのようなカーラーがくっついてるのに、早朝、店のテレビのニュースを見ながら必死にサンドイッチをパクついているOLや、この店のではない、あの店のパンを買ってこいと言っただろうと本気で嘆いているおじいさんがそこかしこにいる。
どこかの国には食べるものも食べないで美しい宝石を集める人々もいれば、ここにはランニング一枚にビーチサンダルで高級フカヒレに舌鼓を打つ人々もいる。
人間て、不思議なものだ、とおかしくなる。
原発事故のあった県から来た自分。そこから送られてきた品物。もちろん友人の好意のプレゼントだ。香港の人も応援してくれたことをテレビで見て、謝礼の気持ちもある。ただ、難しい時期だから、もしよかったら、嫌そうじゃなかったら差し上げて、と手紙には書いてあった。
見舞いに訪れた県外の親戚が、手渡された銘菓を捨てていくという真偽のほどが怪しい報道が横行していたのは桜も知っている。
困らせるようなことはしたくない。途方にくれる、という気分を味わっていた時、キティがひょいと桜の手からお菓子の箱を取り上げた。
「かわいい!」
いかにも若い女の子が好みそうなキャラクターの描いてある雑貨や、色とりどりのお菓子。少し気取った焼き菓子。
「チェリーのお友達が送ってくれたの?・・・私たちに?・・・なんてすごいの!」
感動したように彼女は言った。
家族、友達。それがどんなに大切なことかとキティは言った。
「チェリー。あなた、とっても愛されているわね」
愛されている、だなんて聞いたことも言われたこともない単語を使われて、どぎまぎした。
「そんな、大げさな・・・」
「もう。謙遜は美徳だけど。不思議なことはないわよ。だって、チェリーもそのお友達を大切に思っているからでしょう?」
当たり前のように彼女はいうが、改めて考えてみると気恥ずかしい。
確かに、彼女たちを大切に思って、愛しているのだ。だから、彼女たちもそう。自分たちだって不安な渦の中で戦っている。それなのに安全圏にいる自分がどうしているかとただ心配して手紙やお菓子を送ってくれるのだ。
そのままキティはリビングにお菓子や手紙を持って行って、まるで自分のもののように自慢した。
レイモンドとグレースも、歓声をあげて、なんていい子達だろうとよくわからないだろう手紙の内容を、知っている漢字から読み解こうとしたり、早くお菓子を開けようよ、なんて話していた。
震災から三カ月が経っていた。
桜が咲く頃には帰るつもりだったのに、随分と長逗留してしまった。
さすがに学校から、どうするのかと連絡が来るようになったらしい。
母がどうすべきかと電話をかけてきた。
本格的に雨季に入った香港は、毎日突然にものすごいスコールに襲われたり、かと思うといきなり晴れたり忙しい。
局地的豪雨が時間差でどんどんやってくる感じだ。
雲がものすごい勢いで生まれて、雨を降らせているのだろう。
「お母さん!」
桜は空港の出口から出てくる母に手を振った。
随分久しぶりな気がする。
今にも泣き出さんばかりの母が桜に駆け寄った。
「桜ちゃん!・・・元気だったの?・・・レイは?ママは?」
「うん。家で待ってる。みんないいひとね!」
「そう。そうなの。よかった・・・」
母親がおんおん泣き出してしまいそうで、桜は慌てて話題を変えた。
「皆はおうちで待ってもらってるの。電車の方が早いから、電車で行こう」
「そう。そうね。じゃあ、そうしましょうか」
振り返った先に、信じられないが見知った顔があった。
「サトばあちゃん・・・華子おばちゃんも!?」
近所に住む遠縁に当たる二人だ。
車椅子の老婦人とその娘が、早速マンゴージュースを飲んだりアイスクリームを舐めたりしていた。
「桜ちゃん、久しぶり。元気そうで良かったあ。ねえ、これ美味しいのよ」
「まあつやつやぷくぷくして安心した。やっぱりまずはおいしいもの食べることね」
こちらの母娘はなんとも呑気な様子だが、桜は心配になった。
「連れてきちゃったの?そんなに状況が悪いの?」
心配で親戚も一緒に避難させる気だろうか。
「違うのよ。だいぶ復旧したんだから。大丈夫。ごめんね、桜ちゃん。お母さんどうしても行くって言うから」
華子がすまなそうに言った。
車椅子の老婆は鮮やかなマンゴージュースを旨そうに飲み干していた。
「ああ、沁み渡るね!桜ちゃん、元気そうでよかった。どう、香港は?」
楽しげにそう言って、暑い、と上着を脱いで娘に渡す。
「最初はひとがいっぱいで、街もチカチカで目が回りそうだったけど。でも今は楽しいよ。おいしいものもいっぱい」
彼女は笑った。
「そう。いいこと!ああ、じゃあ、まずは半島酒店でお茶を頂こうか。私ね、あそこのフルーツケーキが大好きなのよ」
どこかで聞いたようなセリフに桜は顔を上げた。
祖母、叔父や叔母、少し年上の従姉妹がいて、皆日本のお菓子が大好きだと伝えると、時間もお金もかかるのに皆、雑貨やお菓子を送ってくれた。
原発事故のあった日本の品物は敬遠され、高級スーパーではあんなに目立つ場所にあった日本のいちご等の果物はもちろん、小松菜も、もやしすらないのよ、とキティが憮然としていた。
好食、好味、好好味。
美味しいもの。やっぱりいちごよ、あのいちごの味は忘れられない。
失恋のことはすっかり頭から消えたくせに、と母親にからかわれ、キティは、だって仕方ないわ、あんな恋なんかよりとっても甘くて魅力的、だなんて芝居がかったことを言う。
香港人は皆、老若男女、食い意地が張っている。
化粧も途中で、頭になんてまるでドーナツのようなカーラーがくっついてるのに、早朝、店のテレビのニュースを見ながら必死にサンドイッチをパクついているOLや、この店のではない、あの店のパンを買ってこいと言っただろうと本気で嘆いているおじいさんがそこかしこにいる。
どこかの国には食べるものも食べないで美しい宝石を集める人々もいれば、ここにはランニング一枚にビーチサンダルで高級フカヒレに舌鼓を打つ人々もいる。
人間て、不思議なものだ、とおかしくなる。
原発事故のあった県から来た自分。そこから送られてきた品物。もちろん友人の好意のプレゼントだ。香港の人も応援してくれたことをテレビで見て、謝礼の気持ちもある。ただ、難しい時期だから、もしよかったら、嫌そうじゃなかったら差し上げて、と手紙には書いてあった。
見舞いに訪れた県外の親戚が、手渡された銘菓を捨てていくという真偽のほどが怪しい報道が横行していたのは桜も知っている。
困らせるようなことはしたくない。途方にくれる、という気分を味わっていた時、キティがひょいと桜の手からお菓子の箱を取り上げた。
「かわいい!」
いかにも若い女の子が好みそうなキャラクターの描いてある雑貨や、色とりどりのお菓子。少し気取った焼き菓子。
「チェリーのお友達が送ってくれたの?・・・私たちに?・・・なんてすごいの!」
感動したように彼女は言った。
家族、友達。それがどんなに大切なことかとキティは言った。
「チェリー。あなた、とっても愛されているわね」
愛されている、だなんて聞いたことも言われたこともない単語を使われて、どぎまぎした。
「そんな、大げさな・・・」
「もう。謙遜は美徳だけど。不思議なことはないわよ。だって、チェリーもそのお友達を大切に思っているからでしょう?」
当たり前のように彼女はいうが、改めて考えてみると気恥ずかしい。
確かに、彼女たちを大切に思って、愛しているのだ。だから、彼女たちもそう。自分たちだって不安な渦の中で戦っている。それなのに安全圏にいる自分がどうしているかとただ心配して手紙やお菓子を送ってくれるのだ。
そのままキティはリビングにお菓子や手紙を持って行って、まるで自分のもののように自慢した。
レイモンドとグレースも、歓声をあげて、なんていい子達だろうとよくわからないだろう手紙の内容を、知っている漢字から読み解こうとしたり、早くお菓子を開けようよ、なんて話していた。
震災から三カ月が経っていた。
桜が咲く頃には帰るつもりだったのに、随分と長逗留してしまった。
さすがに学校から、どうするのかと連絡が来るようになったらしい。
母がどうすべきかと電話をかけてきた。
本格的に雨季に入った香港は、毎日突然にものすごいスコールに襲われたり、かと思うといきなり晴れたり忙しい。
局地的豪雨が時間差でどんどんやってくる感じだ。
雲がものすごい勢いで生まれて、雨を降らせているのだろう。
「お母さん!」
桜は空港の出口から出てくる母に手を振った。
随分久しぶりな気がする。
今にも泣き出さんばかりの母が桜に駆け寄った。
「桜ちゃん!・・・元気だったの?・・・レイは?ママは?」
「うん。家で待ってる。みんないいひとね!」
「そう。そうなの。よかった・・・」
母親がおんおん泣き出してしまいそうで、桜は慌てて話題を変えた。
「皆はおうちで待ってもらってるの。電車の方が早いから、電車で行こう」
「そう。そうね。じゃあ、そうしましょうか」
振り返った先に、信じられないが見知った顔があった。
「サトばあちゃん・・・華子おばちゃんも!?」
近所に住む遠縁に当たる二人だ。
車椅子の老婦人とその娘が、早速マンゴージュースを飲んだりアイスクリームを舐めたりしていた。
「桜ちゃん、久しぶり。元気そうで良かったあ。ねえ、これ美味しいのよ」
「まあつやつやぷくぷくして安心した。やっぱりまずはおいしいもの食べることね」
こちらの母娘はなんとも呑気な様子だが、桜は心配になった。
「連れてきちゃったの?そんなに状況が悪いの?」
心配で親戚も一緒に避難させる気だろうか。
「違うのよ。だいぶ復旧したんだから。大丈夫。ごめんね、桜ちゃん。お母さんどうしても行くって言うから」
華子がすまなそうに言った。
車椅子の老婆は鮮やかなマンゴージュースを旨そうに飲み干していた。
「ああ、沁み渡るね!桜ちゃん、元気そうでよかった。どう、香港は?」
楽しげにそう言って、暑い、と上着を脱いで娘に渡す。
「最初はひとがいっぱいで、街もチカチカで目が回りそうだったけど。でも今は楽しいよ。おいしいものもいっぱい」
彼女は笑った。
「そう。いいこと!ああ、じゃあ、まずは半島酒店でお茶を頂こうか。私ね、あそこのフルーツケーキが大好きなのよ」
どこかで聞いたようなセリフに桜は顔を上げた。
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