25 / 211
1.
25.総家令 孔雀
しおりを挟む
梟が宮城に戻ると慌ただしく立ち働いていた雉鳩が兄弟子に礼をした。
デスクには、元老院や議会から上がってきた決定事項、官吏や女官長からの報告が山のように積み上がっていた。
壮年を過ぎて皇帝の座についた瑪瑙には即位してから城に上がった継室も公式寵姫も居なかった。
同じ年の妻である正室が一人。
王族は継室を持つ事も珍しくはないのに、やはりリベラルと言われた所以でもあろう。
遺された瑪瑙《めのう》帝の正室は相応しい邸宅に移り住むように手配し、すでに彼女は莫大な恩給と共に親しんだ数人の女官を伴ってすでに城を去っていた。
そろそろ一年になり、生活も落ち着いたそうだ。
「女官長様からは、後宮は全て現状のままでいいかと再三の問い合わせがありました」
「・・・いい。今更引越しなんぞ面倒だ」
翡翠には正室の他に、二妃、三妃と呼ばれる継室が二人いる。
正しくは、二妃は宮廷で亡くなった。
王族の結婚は通例で早婚だから、三十も半ばに差し掛かる翡翠には、すでに正室との間に二十歳に手が届く皇太子と、二妃との間に皇太子と同じ年の第二太子がいて、さらに三妃との間には五歳になる皇女がいる。
皇帝を継ぐ立場からすれば、多くも少なくもない、それぞれ元老院派、議会派、ギルド派から娶った政治的に実に整った婚姻だ。
雉鳩は梟にファイルを次々手渡す。
それを手早く確認し、梟は指輪に彫られた印鑑を押した。
雉鳩はそれを迅速にまとめた。
さすがこの弟弟子は城の様々な事に明るいし、実務に優れている。
彼の祖父は琥珀帝の父親の黒曜帝の総家令を務めた白雁であり、更には、祖母は黒曜帝の妹であった。
出自も資質も容色も申し分ない。
侍従として翡翠に長年仕えた川蝉を放逐した以上、翡翠には総家令に雉鳩を、と推すつもりであった。
リベラル派で議会擁であった瑪瑙帝が死去し、元老院が力を盛り返している今、自分の保身の為も勿論理由だが。
しかし。思わぬダークホースが躍り出た。しかもまだ登板もされていないような仔馬。
しかし、しかし。
調教は十分。
梟は覚悟を決めたように、ペンを走らせ、書類を書き付け、印を押した。
ファイルに挟み、雉鳩に渡す。
「・・・雉鳩、これを元老院へ持って行け」
雉鳩はいつもの洒落たレタリングを一読して、ぽかんとして兄弟子を見た。
この美青年がこんな面白い顔をするのか。
そりゃそうだよな。これじゃな。
と、梟もまたおかしくなった。
「・・・・梟兄上。止めた方がいいのではないですか?」
「俺もそう思う。・・・でも仕方ない。さっき翡翠様が決めたからな」
そう言われては、頷くより他はない。
戸惑ったまま書類を押し戴くと、雉鳩は部屋を出て行った。
ああ。仕事は下の世代におっつけて、城を離れてカンクンあたりでクルージング三昧のつもりだったのに。しばらく延期のようだ。
緋連雀め、とごちた。
自分の計画を察して、先手を打ちやがった。
宮廷育ちめ。
全く始末におえない、と梟はため息をついた。
初夏のうちに即位の儀典が執り行われた。
瑪瑙と、そして琥珀、二人の皇帝の崩御が伝えられたのは異例である。
更に異例であったのは、新任の総家令。
前任の梟に伴われて、他の宮廷家令を従わせ玉座の前に進み出たのは、まだ若い女家令であった。
その場にいる元老院も、議員達も、ギルドの面々も、女官も官吏も継室も見た事はない顔。
総家令とは、宮廷を取り仕切る宮宰。
家令は宮廷内だけではなく、今や軍事にも政治にも宗教にも需要な役割を与えられている。
代々の皇帝に仕え、中には宮中伯として爵位を与えられたり、皇帝の子供を産んだり皇帝に自身の子を産ませたりして、王夫人の地位を与えられた者もいる。
家令達が、足音も無く進んだ。
宮廷の鳥と呼ばれる特殊な集団は、それぞれに容色に優れている。
彼等が揃い踏みするのは圧巻でもある。
言ってみれば舞台映えがするのだ。
宮廷においては全員が漆黒の家令服をまとい、やはり黒の足音のしない靴を履く。
まだ愛らしい様子の総家令ですら、妙に独特な雰囲気を湛えているのだ。
総家令が彼らの前に進み出て、なんとも優雅な舞踏のような女家令の礼を尽くした。
「総家令を賜わりました孔雀が申し上げます。これより宮廷家令一同、陛下に真心を尽くしましてお仕え仕ります」
まろやかな声が響いた。
背後の他の家令達も孔雀に続いて礼を尽くした。
儀典で現れた家令達の中に、二妃の死に関して、断罪され城を追われた者達の姿があった。
それはあのまだ若い総家令が皇帝に、寂しいから兄弟姉妹弟子にご恩赦を、と言う口実でねだったらしいと噂は持ちきりだった。
それにしてもちょっと若すぎやしないか、よもや翡翠にはそういう嗜好でもあるのだろうか。
あの不思議に揺れる葡萄色の瞳、まるで熟れた桃の実のような頬、と些か偏向気味に評された孔雀の容姿も相まって、彼らの想像がスキャンダラスであればある程、孔雀《くじゃく》の存在に説得力が増す。
更に、現在白鷹のみとされていた神官長の地位もあり、儀典に次いで執り行われた祭礼でも見事な歌舞を披露した。
可憐な様子がまた興味を誘い、あれに翡翠は堕ちたのだと宮廷の口さがない面々に話題を随分提供した。
デスクには、元老院や議会から上がってきた決定事項、官吏や女官長からの報告が山のように積み上がっていた。
壮年を過ぎて皇帝の座についた瑪瑙には即位してから城に上がった継室も公式寵姫も居なかった。
同じ年の妻である正室が一人。
王族は継室を持つ事も珍しくはないのに、やはりリベラルと言われた所以でもあろう。
遺された瑪瑙《めのう》帝の正室は相応しい邸宅に移り住むように手配し、すでに彼女は莫大な恩給と共に親しんだ数人の女官を伴ってすでに城を去っていた。
そろそろ一年になり、生活も落ち着いたそうだ。
「女官長様からは、後宮は全て現状のままでいいかと再三の問い合わせがありました」
「・・・いい。今更引越しなんぞ面倒だ」
翡翠には正室の他に、二妃、三妃と呼ばれる継室が二人いる。
正しくは、二妃は宮廷で亡くなった。
王族の結婚は通例で早婚だから、三十も半ばに差し掛かる翡翠には、すでに正室との間に二十歳に手が届く皇太子と、二妃との間に皇太子と同じ年の第二太子がいて、さらに三妃との間には五歳になる皇女がいる。
皇帝を継ぐ立場からすれば、多くも少なくもない、それぞれ元老院派、議会派、ギルド派から娶った政治的に実に整った婚姻だ。
雉鳩は梟にファイルを次々手渡す。
それを手早く確認し、梟は指輪に彫られた印鑑を押した。
雉鳩はそれを迅速にまとめた。
さすがこの弟弟子は城の様々な事に明るいし、実務に優れている。
彼の祖父は琥珀帝の父親の黒曜帝の総家令を務めた白雁であり、更には、祖母は黒曜帝の妹であった。
出自も資質も容色も申し分ない。
侍従として翡翠に長年仕えた川蝉を放逐した以上、翡翠には総家令に雉鳩を、と推すつもりであった。
リベラル派で議会擁であった瑪瑙帝が死去し、元老院が力を盛り返している今、自分の保身の為も勿論理由だが。
しかし。思わぬダークホースが躍り出た。しかもまだ登板もされていないような仔馬。
しかし、しかし。
調教は十分。
梟は覚悟を決めたように、ペンを走らせ、書類を書き付け、印を押した。
ファイルに挟み、雉鳩に渡す。
「・・・雉鳩、これを元老院へ持って行け」
雉鳩はいつもの洒落たレタリングを一読して、ぽかんとして兄弟子を見た。
この美青年がこんな面白い顔をするのか。
そりゃそうだよな。これじゃな。
と、梟もまたおかしくなった。
「・・・・梟兄上。止めた方がいいのではないですか?」
「俺もそう思う。・・・でも仕方ない。さっき翡翠様が決めたからな」
そう言われては、頷くより他はない。
戸惑ったまま書類を押し戴くと、雉鳩は部屋を出て行った。
ああ。仕事は下の世代におっつけて、城を離れてカンクンあたりでクルージング三昧のつもりだったのに。しばらく延期のようだ。
緋連雀め、とごちた。
自分の計画を察して、先手を打ちやがった。
宮廷育ちめ。
全く始末におえない、と梟はため息をついた。
初夏のうちに即位の儀典が執り行われた。
瑪瑙と、そして琥珀、二人の皇帝の崩御が伝えられたのは異例である。
更に異例であったのは、新任の総家令。
前任の梟に伴われて、他の宮廷家令を従わせ玉座の前に進み出たのは、まだ若い女家令であった。
その場にいる元老院も、議員達も、ギルドの面々も、女官も官吏も継室も見た事はない顔。
総家令とは、宮廷を取り仕切る宮宰。
家令は宮廷内だけではなく、今や軍事にも政治にも宗教にも需要な役割を与えられている。
代々の皇帝に仕え、中には宮中伯として爵位を与えられたり、皇帝の子供を産んだり皇帝に自身の子を産ませたりして、王夫人の地位を与えられた者もいる。
家令達が、足音も無く進んだ。
宮廷の鳥と呼ばれる特殊な集団は、それぞれに容色に優れている。
彼等が揃い踏みするのは圧巻でもある。
言ってみれば舞台映えがするのだ。
宮廷においては全員が漆黒の家令服をまとい、やはり黒の足音のしない靴を履く。
まだ愛らしい様子の総家令ですら、妙に独特な雰囲気を湛えているのだ。
総家令が彼らの前に進み出て、なんとも優雅な舞踏のような女家令の礼を尽くした。
「総家令を賜わりました孔雀が申し上げます。これより宮廷家令一同、陛下に真心を尽くしましてお仕え仕ります」
まろやかな声が響いた。
背後の他の家令達も孔雀に続いて礼を尽くした。
儀典で現れた家令達の中に、二妃の死に関して、断罪され城を追われた者達の姿があった。
それはあのまだ若い総家令が皇帝に、寂しいから兄弟姉妹弟子にご恩赦を、と言う口実でねだったらしいと噂は持ちきりだった。
それにしてもちょっと若すぎやしないか、よもや翡翠にはそういう嗜好でもあるのだろうか。
あの不思議に揺れる葡萄色の瞳、まるで熟れた桃の実のような頬、と些か偏向気味に評された孔雀の容姿も相まって、彼らの想像がスキャンダラスであればある程、孔雀《くじゃく》の存在に説得力が増す。
更に、現在白鷹のみとされていた神官長の地位もあり、儀典に次いで執り行われた祭礼でも見事な歌舞を披露した。
可憐な様子がまた興味を誘い、あれに翡翠は堕ちたのだと宮廷の口さがない面々に話題を随分提供した。
2
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
【完】経理部の女王様が落ちた先には
Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング4位
高級なスーツ、高級な腕時計を身に付け
ピンヒールの音を響かせ歩く
“経理部の女王様”
そんな女王様が落ちた先にいたのは
虫1匹も殺せないような男だった・・・。
ベリーズカフェ総合ランキング4位
2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位
2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位
関連物語
『ソレは、脱がさないで』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高4位
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高2位
『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位
『初めてのベッドの上で珈琲を』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高9位
『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位
私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。
伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。
物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる