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39.皇后の毒杯
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皇后の私室は、謁見室同様に美しく誂えてあった。
が、どこか違和感を感じ、不思議に思った。
孔雀は窓の美しい鎧戸を見て合点がいった。
「開かないのよ、その窓」
嵌め殺しになっているのだ。
「・・・そう。ここは冷宮よ。私は、出ないのではなく出れないの」
公式行事にのみ姿を現す美しい皇后の実は幽閉。
二妃の死に際して、白鷹は激怒し、梟は自分と青鷺を引き裂いて、自分をこの牢獄に閉じ込めた。
「・・・だから私、ずっと待っていたの。青鷺が私を女皇帝にする為にやってくるのをね」
私と孔雀以外は皆殺しね、とそう言った翠玉をどれだけ妬ましく思ったか。
自分が青鷺にそう言われたかった。
後ろ盾である元老院長の義父に皇妹に謀反の意ありと知らせて、すぐに義兄が動いた。
彼はその功を認められて翡翠から元老院次席の職を与えられた。
皇帝が崩御してそれが伏せられる間は何があってもおかしくない期間。
ある者は身に降りかかる断罪に震え、ある者は爪を研ぎ、ある者は立ち上がる。
「こんなに可愛い総家令が来てくれるのだったら、私ももう少し待てたかもしれないのに。・・・全く。青鷺に振られてしまったわ」
青鷺は、孔雀に自分が与えた指輪を預け返して寄越すことで、皇位も自分の事ももう諦めろと言ってきたのだ。
その裁可は、この妹弟子に。どうするかはこの子が決めるでしょう、と言う身勝手さで。
家令らしい。
彼女は若い女官を呼び寄せた。
可憐なスノードロップが描かれた美しい小さなシェリーグラスを捧げ持っていた。
「この子はあなたと同じ年なの。見習い女官でね」
緊張した様子で彼女は会釈をした。ぎこちないのはまだ日が浅いからか、緊張からか。
そのどちらもだろう。
「女官方は十八歳から見習いと伺っていましたけれど・・・」
家令は十五で一端、女官は十八で見習い、というのが宮廷の常識だ。
女官登用試験資格が十八歳からという規定があるからだが。
孔雀が尋ねた。
「そうなの。この子は先ほどの浅葱の孫娘なのよ。その縁で特別に私の元に呼んだの。お前が来るって聞いたから」
孔雀は意味を計りかねて皇后を見上げた。
「青鷺に聞いたことがあるの。今では形式上の事だけれど。昔、白鷹は琥珀帝の正室に毒を賜って、正室につき返して女官に飲ませて、その女官は亡くなったそうね。それから真珠《しんじゅ》帝の総家令の大鷲はそのまま毒杯を飲んで死にかけたそうよ」
総家令は就任すると正室から毒を賜る。
それをどうするかは各々の裁量であり、昔からの習慣だが今では儀礼的な習わしでしかない。
実際は、宝石や、何かの権利を賜る例が多く、梟は瑪瑙帝の正室から、貴重なワインを賜ったと言っていた。
孔雀は少し黙ってから、少しだけ悲しそうに口を開いた。
「・・・私には、白鷹お姉様や大鷲お兄様程の根性もございませんし・・・。大変不敬とは存じますが、私は翡翠様に、あの姉弟子や兄弟子の様にそこまでの感情があるかと言ったらあるわけもなくて・・・」
あまりにも素直に答えられて芙蓉はそこで初めてこの若い女家令を少し気の毒に思った。
自分の息子よりも年下のこの家令は元は継室候補群の娘。
それが何がどうなったのか、ここでこうしているのだ。
宮廷とはおかしなことが起きる舞台であると心底思う。
それは自分が一番知っている。
孔雀は、年相応、もしかしたらそれより幼い表情をした。
「白鷹お姉様に、きっとお前は毒を賜るよ。どうするかはお前次第。好きにしなって言われました」
「・・・まあ、無責任だこと」
仕方なさそうに芙蓉はそう呟いた。
「・・・さあ、ならば。可愛い総家令。どうしましょうね。毒じゃないかもしれないし。毒かもしれないし。お前が飲んでもいいし。この子にあげてもいいわよ。それとも私にでもいい。・・・私はもうどちらでもいいの」
白鷹の話を聞いてから、顔色を無くしていた若い女官見習いの手が震えていた。
会ったこともない鬼のように恐ろしいその元総家令をなぞるならば、毒杯は自分に回ってくるはずだ。
家令とは恐ろしいのよ、と、美しく優しい皇后に折に触れて聞かされていた。
自分より年下のこの総家令の地位についた少女から飲めと渡されたのなら、自分はこの小さなグラスを煽らなければいけないのだ。
困惑と恐怖と憎しみで、若い女官の胸は潰れそうだった。
孔雀はそっと小さな花の器を手にとって手の中の器を見てから、飲み干した。
それが、覚悟してとか平然と、ではなく、全く普通にいただきますと飲む物だから、見習い女官は呆気に取られた。
「・・・私もどっちでもいいです・・・」
正直な気持ちだった。
皇后は意外そうに微笑んだ。
女官見習いは、ほっと息を吐いたが、心配そうに孔雀を見ていた。
「・・・皇后様。どうぞもうしばらく青鷺をお待ち頂けたら我々嬉しく存じます。・・・それでは、輝かしき華のお方。しばしの鳥の侍りをお許し頂き感謝申し上げます」
孔雀は、皇后を讃える言葉と感謝を述べて、また優雅な女家令をして、部屋を退出した。
が、どこか違和感を感じ、不思議に思った。
孔雀は窓の美しい鎧戸を見て合点がいった。
「開かないのよ、その窓」
嵌め殺しになっているのだ。
「・・・そう。ここは冷宮よ。私は、出ないのではなく出れないの」
公式行事にのみ姿を現す美しい皇后の実は幽閉。
二妃の死に際して、白鷹は激怒し、梟は自分と青鷺を引き裂いて、自分をこの牢獄に閉じ込めた。
「・・・だから私、ずっと待っていたの。青鷺が私を女皇帝にする為にやってくるのをね」
私と孔雀以外は皆殺しね、とそう言った翠玉をどれだけ妬ましく思ったか。
自分が青鷺にそう言われたかった。
後ろ盾である元老院長の義父に皇妹に謀反の意ありと知らせて、すぐに義兄が動いた。
彼はその功を認められて翡翠から元老院次席の職を与えられた。
皇帝が崩御してそれが伏せられる間は何があってもおかしくない期間。
ある者は身に降りかかる断罪に震え、ある者は爪を研ぎ、ある者は立ち上がる。
「こんなに可愛い総家令が来てくれるのだったら、私ももう少し待てたかもしれないのに。・・・全く。青鷺に振られてしまったわ」
青鷺は、孔雀に自分が与えた指輪を預け返して寄越すことで、皇位も自分の事ももう諦めろと言ってきたのだ。
その裁可は、この妹弟子に。どうするかはこの子が決めるでしょう、と言う身勝手さで。
家令らしい。
彼女は若い女官を呼び寄せた。
可憐なスノードロップが描かれた美しい小さなシェリーグラスを捧げ持っていた。
「この子はあなたと同じ年なの。見習い女官でね」
緊張した様子で彼女は会釈をした。ぎこちないのはまだ日が浅いからか、緊張からか。
そのどちらもだろう。
「女官方は十八歳から見習いと伺っていましたけれど・・・」
家令は十五で一端、女官は十八で見習い、というのが宮廷の常識だ。
女官登用試験資格が十八歳からという規定があるからだが。
孔雀が尋ねた。
「そうなの。この子は先ほどの浅葱の孫娘なのよ。その縁で特別に私の元に呼んだの。お前が来るって聞いたから」
孔雀は意味を計りかねて皇后を見上げた。
「青鷺に聞いたことがあるの。今では形式上の事だけれど。昔、白鷹は琥珀帝の正室に毒を賜って、正室につき返して女官に飲ませて、その女官は亡くなったそうね。それから真珠《しんじゅ》帝の総家令の大鷲はそのまま毒杯を飲んで死にかけたそうよ」
総家令は就任すると正室から毒を賜る。
それをどうするかは各々の裁量であり、昔からの習慣だが今では儀礼的な習わしでしかない。
実際は、宝石や、何かの権利を賜る例が多く、梟は瑪瑙帝の正室から、貴重なワインを賜ったと言っていた。
孔雀は少し黙ってから、少しだけ悲しそうに口を開いた。
「・・・私には、白鷹お姉様や大鷲お兄様程の根性もございませんし・・・。大変不敬とは存じますが、私は翡翠様に、あの姉弟子や兄弟子の様にそこまでの感情があるかと言ったらあるわけもなくて・・・」
あまりにも素直に答えられて芙蓉はそこで初めてこの若い女家令を少し気の毒に思った。
自分の息子よりも年下のこの家令は元は継室候補群の娘。
それが何がどうなったのか、ここでこうしているのだ。
宮廷とはおかしなことが起きる舞台であると心底思う。
それは自分が一番知っている。
孔雀は、年相応、もしかしたらそれより幼い表情をした。
「白鷹お姉様に、きっとお前は毒を賜るよ。どうするかはお前次第。好きにしなって言われました」
「・・・まあ、無責任だこと」
仕方なさそうに芙蓉はそう呟いた。
「・・・さあ、ならば。可愛い総家令。どうしましょうね。毒じゃないかもしれないし。毒かもしれないし。お前が飲んでもいいし。この子にあげてもいいわよ。それとも私にでもいい。・・・私はもうどちらでもいいの」
白鷹の話を聞いてから、顔色を無くしていた若い女官見習いの手が震えていた。
会ったこともない鬼のように恐ろしいその元総家令をなぞるならば、毒杯は自分に回ってくるはずだ。
家令とは恐ろしいのよ、と、美しく優しい皇后に折に触れて聞かされていた。
自分より年下のこの総家令の地位についた少女から飲めと渡されたのなら、自分はこの小さなグラスを煽らなければいけないのだ。
困惑と恐怖と憎しみで、若い女官の胸は潰れそうだった。
孔雀はそっと小さな花の器を手にとって手の中の器を見てから、飲み干した。
それが、覚悟してとか平然と、ではなく、全く普通にいただきますと飲む物だから、見習い女官は呆気に取られた。
「・・・私もどっちでもいいです・・・」
正直な気持ちだった。
皇后は意外そうに微笑んだ。
女官見習いは、ほっと息を吐いたが、心配そうに孔雀を見ていた。
「・・・皇后様。どうぞもうしばらく青鷺をお待ち頂けたら我々嬉しく存じます。・・・それでは、輝かしき華のお方。しばしの鳥の侍りをお許し頂き感謝申し上げます」
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