ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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45.罪を賜る子ども

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 孔雀への定期的な試薬の投薬が始まって半年後、瑠璃鶲るりびたきが体調を崩しがちになった。
呪いを解こうとする人間に災いがもたらされてるようだね。ほらピラミッドの呪いみたいのあるじゃない。まったくあのお姫様、とんでもないことよ。と、老女家令は冗談めかして笑うが、その表情は力がなく、顔色も悪い。
徐々に体力が落ち、意識もくらく溶けて行くようであった。
昏倒こんとうする事もしばしばで、その都度、孔雀くじゃくがヘリで宮城から駆けつけた。
王族の最後を司祭が看取るように、家令の最後は総家令が看取る事になっている。
その度に孔雀くじやくが、夜中だろうと早朝だろうと宮城からゃって来る。
ついに今回は心配した翡翠ひすいまでも付いて来てしまった。
さすがに、黄鶲きびたき瑠璃鶲るりびたきも恐縮を通り越して呆れてしまった程だ。

私は家令が戦場でもなく病院で死ぬなんてそれだけでも恥ずかしい世代、退院する。という瑠璃鶲るりびたきの希望が叶い、アカデミー付属のホスピタルから、彼女の自宅に戻ってきていた。
黄鶲きびたきが日に一度は訪れていたし、孔雀くじゃくがほぼ付き添っていた。
ベッドで身を起こした瑠璃鶲るりびたきは孔雀に差し出された梨をつまんだ。
驚いた事にこの妹弟子は飯炊きが出来るらしい。
更にりんごだ梨だと器用に剥き始めたのだ。
家令にしては珍しいスペックの持ち主。
瑠璃鶲るりびたきも一世紀近く生きてきて、銃機や凶器は握っても、包丁は握った事もない。
およそ家令に求められない能力だから、炊事どころか掃除洗濯の類は一切やってこなかった。
「・・・翡翠ひすい様には申し訳ない事をしたね」
今日が峠、と言われて何度も持ち直した瑠璃鶲るりびたきが笑った。
同伴して来た翡翠ひすいだけ先に宮城に戻り、孔雀くじゃくは残る事になった。
週末は夕食を一緒にと翡翠ひすい孔雀くじゃくに言って、迎えに来た雉鳩きじばとのヘリに護送されて行った。

つまり彼の見立てでは、来週までは保つまいという事だろう。
あれでもこのアカデミーで医師免許を取得している。
琥珀こはく帝が何かあれば翡翠ひすいを戦場に軍医として派遣する為、それは最悪の場合彼ならば戦死してもいいからという心算こころづもりと、翡翠ひすい自身が卒業までに長くかかり宮城を離れていられる期間が長いからという理由で進学しただけだから、本人に崇高な目的などは一切皆無なのは師事した自分がよく知っている。
手段の為に目的を選んだだけだから、その後は宝の持ち腐れ。まあ、せっかくだから役立てて欲しいものだ。
翡翠ひすいは、あまり丈夫ではない孔雀くじゃくの様子がおかしいとなると、まるで獣医のように末の妹弟子の下まぶたや耳を引っ張ったりしながら診察しているそうだから。
黄鶲きびたきは膝にかけた鮮やかな黄色の柔らかなショールに触れた。
ウールで出来た軽くて保温に優れたもので、羊毛から作ったのだと妹弟子は言った。
またしても驚くべき事に、彼女が作ったらしいのだ。
「去年、大嘴おおはしお兄様と猩々朱鷺しょうじょうときお姉様が二人で羊一頭食べちゃったんです。ウールは勿体ないから取っておいたの。お役に立って良かったわ」
ふちがフリンジにしてあったり、編み込みにしてあったりとなかなか凝ったデザイン。
何色が好きですかと尋ねられて、黄色、金運にいいらしいから、と答えると、このショールを持って来た訳だ。確認してみると、鬱金ターメリックで色まで染めて来たらしい。
家令なんぞにならなくても、生きていけそうではないか。
というより、やはりならない方が良かったのではないかと、静かに梨を剥くのに集中している妹弟子を見た。

「・・・・ちょっとあんた、すごいわね・・・」
姉弟子に言われて、はっとしたように孔雀が顔を上げた。
白鳥だのライオンのような飾り切りが出来上がっていた。
「まあ、器用だこと・・・」
ちょっと度を越しているが。
孔雀くじゃくは照れたように笑うと、まるで動物園のように皿に盛り付け始めた。
「私、こういうこちゃこちゃした事好きなんです。鳥達の庭園ガーデンでは、お兄様もお姉様も軍属で居ないし、帰ってきても皆夜遊びに行っちゃうでしょう?その間、私、ジグソーパズルとか折り紙とか、石鹸彫ったりして一人でずっと遊んでいたから」
「・・・お前、カニ食べる時、自分で剥くだけ剥いて、あいつらに全部取られるでしょう?」
どうしてわかるの、と孔雀は目を丸くした。
やっぱりねえ、と瑠璃鶲《るりびたき》はため息をついた。
本当ならばもう少し見守りたかったけれど。仕方ない。

瑠璃鶲るりびたきはもう一つ梨をつまむ。
「・・・翡翠様がお食事を召し上がるようになったと白鴎が喜んでいたそうね」
彼は子供の時から偏食家だった。
侍従だった川蝉かわせみが、頭をかかえる程に。
孔雀くじゃくが頷いた。
白鴎はくおうが厨房に入った時は孔雀《くじゃく》の好きなものを食事に作ってくれるのだが、それを見ていた翡翠ひすいが同じものを所望するようになったらしい。
「そうなんです。翡翠ひすい様って、召し上がった事がないものがいっぱいあるみたい」
「・・・あの人、何食べるの?」
不思議でしょうがない。
「今の所なんでも召し上がるようですよ。瑠璃鶲るりびたきお姉様、カエルマークのパーラーレストラン知ってる?」
孔雀の実家が経営している一部門の飲食店だ。三店舗あり、老舗洋食屋としても人気がある。
「ええ。私、あそこのエビフライ乗ったカレーが好きなのよ」
「私は、カニクリームコロッケ。翡翠ひすい様はグラタン」
実家からメニューを持ってきた孔雀《くじゃく》が白鴎はくおうと二人で作っているらしい。
もともとがプロのシェフでもある白鴎はくおうにとったらお手の物だろうが。
あの翡翠ひすいがねえ、と瑠璃鶲るりびたきが笑った。
「・・・では、お待たせできないわね。大丈夫。そう時間はかからないわ」

自分でもわかる。もう間もなくだ。
それはどうしようもない事だし。
今、死に向かっている自分は正しい事をしているという妙な使命感すらある。
孔雀は困ってしまったようでちょっと俯いた。
瑠璃鶲るりびたきの居室は、宮城が借り上げている物件でもなく、アカデミーに在籍する家令達が身を置く止まり木と呼ばれる邸宅でもなく、アカデミーの人間に与えられるロフトであった。
総家令代理も務めアカデミー長でもあった彼女にしては、だいぶ質素な暮らしぶりだが、そもそも彼女はそれほど身を飾ったり、住まいに凝ったりする事に興味がないのだろう。
その昔、黒曜こくよう帝の総家令であった白雁はくがんが亡くなり、アカデミーから急遽きゅうきょ呼び出されて総家令代理を拝命した後も、白雁はくがんの居室をそのまま使っていたそうだ。
そもそも家令筋ではなく、優秀なのを当時の総家令である鶚《みさご》に認められて家令になったらしい。
「・・・みさごお兄様が日記に書いているかどうかはわからないけれど。私の親は罪人でね」
孔雀が驚いて顔を上げた。
「おや、書いてなかったのね。母が女官だったの。金緑きんりょく帝様の前の前の緑柱りょくちゅう帝様の時代のね。悲しい事だけれど、動乱が多くて、家令同士で争った時代だった。当時、女官だった母もそのあおりをくって、断罪されたの」
「・・・・そんな。女官方もですか。本当に何か罪に問われるような事をしていたんですか?」
「戦争と一緒、いえ、それ以上よね。そういう時に、真偽なんて関係なくなっちゃう。結局、罪が問われて父も、両親のどちらの実家も断罪になったそうよ」

当時の総家令であったのは火喰鳥ひくいどり
史上最も権力と実績がある呪われた総家令だったと言われている。
最強で最悪、今でもそう伝わる女家令だ。
彼女は、度重なる動乱や反乱を力で退けてきた。
「・・・私はまだほんの子供。いわゆる罪人の子。罪を賜る子。みさごお兄様の実兄にいすかお兄様という方がいてね。とっても優秀な方だった。金緑きんりょく女皇帝様の先生だったくらいにね。アカデミー長を務めた方だったの。私はその方のおかげで命を救われたの。だから私は彼になった事で、賜った罪を濯《そそ》いだ事になるね」
孔雀くじゃくは頷いて聞いていた。
「そもそもは、いすかお兄様は金緑きんりょく様に総家令にと望まれたけれど、宮廷の煩わしい事が嫌でお断りになって、アカデミーにいらしたの。戦後は外交官として派遣されたQ国でお亡くなりになったそうよ」
瑠璃鶲るりびたきが少し苦しそうに眉を寄せた。
孔雀くじゃくは、横になった方がいいと言って、姉弟子の薄い背中からそっとクッションを外した。
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