ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

文字の大きさ
47 / 211
2.

47.鹿の園

しおりを挟む
 ふくろうがある日、孔雀くじゃくに書類を渡した。
ソファで猫を胸に抱きながらパソコンに向かっていた孔雀くじゃくは簡単にファイルに挟まれただけの紙の束と、猫を交換した。
ふくろうは猫を膝に置くと、テーブルのボンボン入れの中のビスケットを掴み、少し砕いてやって食わせた。
「・・・名簿と出納帳ですか?これ、何の?」
今時手書き、きれいな濃紺のインク、と孔雀くじゃくは好感を持った。
几帳面な洒落たレタリングはふくろうのもの。

書類を見ながら、ふくろうにコーヒーを淹れる為に立ち上がってミニキッチンに向かった。
「・・・帳簿なのに見積書も請求書も納品書も領収書もないのね。何?これ?」
もっと不思議なのは名簿の他に生年月日や身辺調査の様な項目の備考欄。
この兄弟子の調査能力と情報網の手堅さと剣呑さはお墨付きではあるが。
ふくろうお兄様・・・」
思い当たった孔雀ふくろうがさっと顔色を変えて兄弟子を見上げた。
皇太子時代からの翡翠の交友録。
特殊な業務ではあるが。

「・・・鹿の園があったというわけね」
それは昔、さる国の艶色家の王の為に集められた娘達が居住していた場所の名前だ。
多忙と病弱の為に王の夜の相手をお役御免と成った公式寵姫が、自らの保身と王の為に用意した安全の保障された嗜みの場。
「お前にぴったりだろう」
「悪趣味よ」
孔雀くじゃくは言いながらも、名簿と身辺調査を興味深くじっくり眺めていた。

ふくろうは妹弟子が出したコーヒーを啜った。
この妹弟子が城に上がって以来、厨房から持って来させなくとも簡単な食事や茶の類は出てくるので誠に使い勝手が良い。
そのおかげか皇帝の偏食も矯正されつつある。
「・・・これを、何で私に見せたんですか?」
「ああ、都合よく使えば良いと思って」
「は?」
孔雀はポカンとして兄弟子を見た。

にぶい。にぶいな、だからお前は。・・・いいか。対外的には寵姫だ稚児だと言われてるが、実際はそうではない以上、いつ飽きられるか疎まれるものか。そもそも翡翠様あの男は執着心が薄い・・・しかし今更我々は皇帝の一番近くに侍る鳥としての立場を失うわけにはいかない。だからほら、その何某なにがしかとかいう寵姫の様に、うまく使えば良いだろう」
「・・・平く言うと、おどすなり強請ゆするなり、またはアレンジして陛下に媚びろってこと?」
ふくろうは、お前も分かってきたじゃないか、と満足気だ。
信じがたいが、これはこの兄弟子からのはなむけなのだ。
「・・・つまり、これはふくろうお兄様から私へのナイスなサーブだと?」
「おうよ」
胸を張って彼は答えた。

「本当、デリカシーがないわね。だからダメなのよ」
「家令が何をデリカシーなんぞと。デリカシーで飯が食えるか。酒が飲めるか、甘いもんが出てくるか」
「飯を食う前に、ふくろうお兄様は刺されますよ」
ふくろうは肩を竦めた。
難しい年頃か、この妹弟子はおかしなことを言う。

じつの所、翡翠ひすい様から、その名簿と実際関わった人間の後始末を賜った。お前には言わない約束で。・・・信じられるか、あの男は、お前の為に身辺整理を始めたんだよ」
孔雀くじゃくは吹き出した。
「それで、どうしてそれを私に見せてしまうのよ?」
内密の意味がないではないか。
「そんなの。我々家令の相手は王族でもこういう人間だという事をお前に教えなければならない。内密になんぞされてたまるか。妹弟子を誠実面した男にくれてやれというのか。面白くもない」
不思議とこの妹弟子にはついそのまま話をしてしまう。
まだ幼い孔雀くじゃくを家にまで押しかけて連れて来たという事もあり責任は感じている。
こうなったら娘をおかしな男にくれてやる葛藤の様な気持ちもあるのだ。
この死神と言われたふくろうがだよ、とおかしくて仕方ない。

「それから、これをお前がどうするのか知りたかったしな」
「・・・お兄様。それをね、優しさというのよ。ちょっと歪んでいるけど。ありがとうございます」
孔雀くじゃくは嬉しそうに微笑んだ。
優しさ、と言われて、ふくろうは戸惑った。
「さて、どうするかなぁ。・・・そうねぇ」
「そんなもの。面倒だからちょっと口止めしてそれぞれ放り出してもいいし、何かに利用できるなら後で使えばいいだろう」
孔雀くじゃくが自分もビスケットをつまんで頬張った。
素朴で甘い風味のとうもろこしの粉で焼いたビスケットだ。
何かしら作ってボンボン入れに入れておくと家令がよく食べるが、このビスケットは好評のようですぐに無くなる。
鳥だからやっぱりとうもろこしが好きなのかな、と言うと、女家令なんか肉食獣ばっかりだとふくろうが言った。
「恐竜も実は鳥じゃないかって最近言われてるらしいですもんね」
「やっぱりなあ。白鷹はくたか姉上なんか恐竜だけど、他の恐竜食ってそうだもんな」
姉弟子に聞かれたら、茶碗どころかテーブルも吹っ飛んできそうだ。

孔雀くじゃくは興味深そうに名簿の備考欄を眺めていた。
「・・・ねえ、お兄様。貴族筋の方や、あまりお若い方がいらっしゃらないのはどうして?」
「ああ、後腐れないように」
「それは翡翠ひすい様のご意向?」
「あの男はそんなのお構いなしだよ。もちろんこの俺の適切な判断だ」
「企画はふくろうお兄様というわけね。でも演出のたぐいは、さすが男の方・・・」
一体、この年度ごとの名簿の人間達は、今どうしているのだろう。
翡翠ひすいのお気に入りから外れた人間はこの名簿からどんどん抜けていくと言う事だ。
「我々の立場も明かしていないから、大して揉めもせずに関係が解消できて尚いい」
なるほど、安上がりで合理的。

孔雀くじゃくは顔を上げた。
「・・・この中で、王夫人の条件の方はいますか?」
皇帝との間に子供はいるのか、という事だ。
「いない。不始末はしないさ」
「では、公式寵姫になれる方は?」
「・・・いないな。公式寵姫にするならば、良い弾除けにならなくてはならんだろう」
まあ確かに、公式寵姫がいた方がこの妹弟子の立場上、都合がいいけれど。
「昔ならば、黄鶲きびたきをと思っていたけれど。今ならば緋連雀ひれんじゃくあたりが適任だろう」
ふくろうは、自分の適切な診断に恐れ入ったかと得意気に言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

処理中です...