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47.鹿の園
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梟がある日、孔雀に書類を渡した。
ソファで猫を胸に抱きながらパソコンに向かっていた孔雀は簡単にファイルに挟まれただけの紙の束と、猫を交換した。
梟は猫を膝に置くと、テーブルのボンボン入れの中のビスケットを掴み、少し砕いてやって食わせた。
「・・・名簿と出納帳ですか?これ、何の?」
今時手書き、きれいな濃紺のインク、と孔雀は好感を持った。
几帳面な洒落たレタリングは梟のもの。
書類を見ながら、梟にコーヒーを淹れる為に立ち上がってミニキッチンに向かった。
「・・・帳簿なのに見積書も請求書も納品書も領収書もないのね。何?これ?」
もっと不思議なのは名簿の他に生年月日や身辺調査の様な項目の備考欄。
この兄弟子の調査能力と情報網の手堅さと剣呑さはお墨付きではあるが。
「梟お兄様・・・」
思い当たった孔雀がさっと顔色を変えて兄弟子を見上げた。
皇太子時代からの翡翠の交友録。
特殊な業務ではあるが。
「・・・鹿の園があったというわけね」
それは昔、さる国の艶色家の王の為に集められた娘達が居住していた場所の名前だ。
多忙と病弱の為に王の夜の相手をお役御免と成った公式寵姫が、自らの保身と王の為に用意した安全の保障された嗜みの場。
「お前にぴったりだろう」
「悪趣味よ」
孔雀は言いながらも、名簿と身辺調査を興味深くじっくり眺めていた。
梟は妹弟子が出したコーヒーを啜った。
この妹弟子が城に上がって以来、厨房から持って来させなくとも簡単な食事や茶の類は出てくるので誠に使い勝手が良い。
そのおかげか皇帝の偏食も矯正されつつある。
「・・・これを、何で私に見せたんですか?」
「ああ、都合よく使えば良いと思って」
「は?」
孔雀はポカンとして兄弟子を見た。
「鈍い。鈍いな、だからお前は。・・・いいか。対外的には寵姫だ稚児だと言われてるが、実際はそうではない以上、いつ飽きられるか疎まれるものか。そもそも翡翠様は執着心が薄い・・・しかし今更我々は皇帝の一番近くに侍る鳥としての立場を失うわけにはいかない。だからほら、その何某かとかいう寵姫の様に、うまく使えば良いだろう」
「・・・平く言うと、脅すなり強請るなり、またはアレンジして陛下に媚びろってこと?」
梟は、お前も分かってきたじゃないか、と満足気だ。
信じがたいが、これはこの兄弟子からの餞なのだ。
「・・・つまり、これは梟お兄様から私へのナイスなサーブだと?」
「おうよ」
胸を張って彼は答えた。
「本当、デリカシーがないわね。だからダメなのよ」
「家令が何をデリカシーなんぞと。デリカシーで飯が食えるか。酒が飲めるか、甘いもんが出てくるか」
「飯を食う前に、梟お兄様は刺されますよ」
梟は肩を竦めた。
難しい年頃か、この妹弟子はおかしなことを言う。
「実の所、翡翠様から、その名簿と実際関わった人間の後始末を賜った。お前には言わない約束で。・・・信じられるか、あの男は、お前の為に身辺整理を始めたんだよ」
孔雀は吹き出した。
「それで、どうしてそれを私に見せてしまうのよ?」
内密の意味がないではないか。
「そんなの。我々家令の相手は王族でもこういう人間だという事をお前に教えなければならない。内密になんぞされてたまるか。妹弟子を誠実面した男にくれてやれというのか。面白くもない」
不思議とこの妹弟子にはついそのまま話をしてしまう。
まだ幼い孔雀を家にまで押しかけて連れて来たという事もあり責任は感じている。
こうなったら娘をおかしな男にくれてやる葛藤の様な気持ちもあるのだ。
この死神と言われた梟がだよ、とおかしくて仕方ない。
「それから、これをお前がどうするのか知りたかったしな」
「・・・お兄様。それをね、優しさというのよ。ちょっと歪んでいるけど。ありがとうございます」
孔雀は嬉しそうに微笑んだ。
優しさ、と言われて、梟は戸惑った。
「さて、どうするかなぁ。・・・そうねぇ」
「そんなもの。面倒だからちょっと口止めしてそれぞれ放り出してもいいし、何かに利用できるなら後で使えばいいだろう」
孔雀が自分もビスケットを摘んで頬張った。
素朴で甘い風味のとうもろこしの粉で焼いたビスケットだ。
何かしら作ってボンボン入れに入れておくと家令がよく食べるが、このビスケットは好評のようですぐに無くなる。
鳥だからやっぱりとうもろこしが好きなのかな、と言うと、女家令なんか肉食獣ばっかりだと梟が言った。
「恐竜も実は鳥じゃないかって最近言われてるらしいですもんね」
「やっぱりなあ。白鷹姉上なんか恐竜だけど、他の恐竜食ってそうだもんな」
姉弟子に聞かれたら、茶碗どころかテーブルも吹っ飛んできそうだ。
孔雀は興味深そうに名簿の備考欄を眺めていた。
「・・・ねえ、お兄様。貴族筋の方や、あまりお若い方がいらっしゃらないのはどうして?」
「ああ、後腐れないように」
「それは翡翠様のご意向?」
「あの男はそんなのお構いなしだよ。もちろんこの俺の適切な判断だ」
「企画は梟お兄様というわけね。でも演出の類は、さすが男の方・・・」
一体、この年度ごとの名簿の人間達は、今どうしているのだろう。
翡翠のお気に入りから外れた人間はこの名簿からどんどん抜けていくと言う事だ。
「我々の立場も明かしていないから、大して揉めもせずに関係が解消できて尚いい」
なるほど、安上がりで合理的。
孔雀は顔を上げた。
「・・・この中で、王夫人の条件の方はいますか?」
皇帝との間に子供はいるのか、という事だ。
「いない。不始末はしないさ」
「では、公式寵姫になれる方は?」
「・・・いないな。公式寵姫にするならば、良い弾除けにならなくてはならんだろう」
まあ確かに、公式寵姫がいた方がこの妹弟子の立場上、都合がいいけれど。
「昔ならば、黄鶲をと思っていたけれど。今ならば緋連雀あたりが適任だろう」
梟は、自分の適切な診断に恐れ入ったかと得意気に言った。
ソファで猫を胸に抱きながらパソコンに向かっていた孔雀は簡単にファイルに挟まれただけの紙の束と、猫を交換した。
梟は猫を膝に置くと、テーブルのボンボン入れの中のビスケットを掴み、少し砕いてやって食わせた。
「・・・名簿と出納帳ですか?これ、何の?」
今時手書き、きれいな濃紺のインク、と孔雀は好感を持った。
几帳面な洒落たレタリングは梟のもの。
書類を見ながら、梟にコーヒーを淹れる為に立ち上がってミニキッチンに向かった。
「・・・帳簿なのに見積書も請求書も納品書も領収書もないのね。何?これ?」
もっと不思議なのは名簿の他に生年月日や身辺調査の様な項目の備考欄。
この兄弟子の調査能力と情報網の手堅さと剣呑さはお墨付きではあるが。
「梟お兄様・・・」
思い当たった孔雀がさっと顔色を変えて兄弟子を見上げた。
皇太子時代からの翡翠の交友録。
特殊な業務ではあるが。
「・・・鹿の園があったというわけね」
それは昔、さる国の艶色家の王の為に集められた娘達が居住していた場所の名前だ。
多忙と病弱の為に王の夜の相手をお役御免と成った公式寵姫が、自らの保身と王の為に用意した安全の保障された嗜みの場。
「お前にぴったりだろう」
「悪趣味よ」
孔雀は言いながらも、名簿と身辺調査を興味深くじっくり眺めていた。
梟は妹弟子が出したコーヒーを啜った。
この妹弟子が城に上がって以来、厨房から持って来させなくとも簡単な食事や茶の類は出てくるので誠に使い勝手が良い。
そのおかげか皇帝の偏食も矯正されつつある。
「・・・これを、何で私に見せたんですか?」
「ああ、都合よく使えば良いと思って」
「は?」
孔雀はポカンとして兄弟子を見た。
「鈍い。鈍いな、だからお前は。・・・いいか。対外的には寵姫だ稚児だと言われてるが、実際はそうではない以上、いつ飽きられるか疎まれるものか。そもそも翡翠様は執着心が薄い・・・しかし今更我々は皇帝の一番近くに侍る鳥としての立場を失うわけにはいかない。だからほら、その何某かとかいう寵姫の様に、うまく使えば良いだろう」
「・・・平く言うと、脅すなり強請るなり、またはアレンジして陛下に媚びろってこと?」
梟は、お前も分かってきたじゃないか、と満足気だ。
信じがたいが、これはこの兄弟子からの餞なのだ。
「・・・つまり、これは梟お兄様から私へのナイスなサーブだと?」
「おうよ」
胸を張って彼は答えた。
「本当、デリカシーがないわね。だからダメなのよ」
「家令が何をデリカシーなんぞと。デリカシーで飯が食えるか。酒が飲めるか、甘いもんが出てくるか」
「飯を食う前に、梟お兄様は刺されますよ」
梟は肩を竦めた。
難しい年頃か、この妹弟子はおかしなことを言う。
「実の所、翡翠様から、その名簿と実際関わった人間の後始末を賜った。お前には言わない約束で。・・・信じられるか、あの男は、お前の為に身辺整理を始めたんだよ」
孔雀は吹き出した。
「それで、どうしてそれを私に見せてしまうのよ?」
内密の意味がないではないか。
「そんなの。我々家令の相手は王族でもこういう人間だという事をお前に教えなければならない。内密になんぞされてたまるか。妹弟子を誠実面した男にくれてやれというのか。面白くもない」
不思議とこの妹弟子にはついそのまま話をしてしまう。
まだ幼い孔雀を家にまで押しかけて連れて来たという事もあり責任は感じている。
こうなったら娘をおかしな男にくれてやる葛藤の様な気持ちもあるのだ。
この死神と言われた梟がだよ、とおかしくて仕方ない。
「それから、これをお前がどうするのか知りたかったしな」
「・・・お兄様。それをね、優しさというのよ。ちょっと歪んでいるけど。ありがとうございます」
孔雀は嬉しそうに微笑んだ。
優しさ、と言われて、梟は戸惑った。
「さて、どうするかなぁ。・・・そうねぇ」
「そんなもの。面倒だからちょっと口止めしてそれぞれ放り出してもいいし、何かに利用できるなら後で使えばいいだろう」
孔雀が自分もビスケットを摘んで頬張った。
素朴で甘い風味のとうもろこしの粉で焼いたビスケットだ。
何かしら作ってボンボン入れに入れておくと家令がよく食べるが、このビスケットは好評のようですぐに無くなる。
鳥だからやっぱりとうもろこしが好きなのかな、と言うと、女家令なんか肉食獣ばっかりだと梟が言った。
「恐竜も実は鳥じゃないかって最近言われてるらしいですもんね」
「やっぱりなあ。白鷹姉上なんか恐竜だけど、他の恐竜食ってそうだもんな」
姉弟子に聞かれたら、茶碗どころかテーブルも吹っ飛んできそうだ。
孔雀は興味深そうに名簿の備考欄を眺めていた。
「・・・ねえ、お兄様。貴族筋の方や、あまりお若い方がいらっしゃらないのはどうして?」
「ああ、後腐れないように」
「それは翡翠様のご意向?」
「あの男はそんなのお構いなしだよ。もちろんこの俺の適切な判断だ」
「企画は梟お兄様というわけね。でも演出の類は、さすが男の方・・・」
一体、この年度ごとの名簿の人間達は、今どうしているのだろう。
翡翠のお気に入りから外れた人間はこの名簿からどんどん抜けていくと言う事だ。
「我々の立場も明かしていないから、大して揉めもせずに関係が解消できて尚いい」
なるほど、安上がりで合理的。
孔雀は顔を上げた。
「・・・この中で、王夫人の条件の方はいますか?」
皇帝との間に子供はいるのか、という事だ。
「いない。不始末はしないさ」
「では、公式寵姫になれる方は?」
「・・・いないな。公式寵姫にするならば、良い弾除けにならなくてはならんだろう」
まあ確かに、公式寵姫がいた方がこの妹弟子の立場上、都合がいいけれど。
「昔ならば、黄鶲をと思っていたけれど。今ならば緋連雀あたりが適任だろう」
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