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49.太子の醜聞
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孔雀が城に上がり四年が経っていた。
やっと十九歳。
皇帝と総家令は、仲睦まじい様子であると宮廷中に知れ渡っていた。
その宮廷は慣例通りにすっかり全面改装されていた。
梟が好んだ落ち着いた深紫色から、明度様々の緑色のカーテンや壁紙へと、何よりどの部屋も光が燦々と入るようにと改装されていた。
元来皇帝の執務室と総家令の執務室は隣同士であったが、行き来が面倒であると翡翠が壁に扉をつけるように指示した。
お互いの執務室の隣が私室である。
なんともご寵愛だと誰もが噂し、この頃から孔雀は寵姫宰相と呼ばれるようになった。
宰相寵姫、と呼ばないのには、やはり家令としての能力が高かった故だ。
三国が睨み合う前線で何度も起こる小競り合いに家令達と出向いては何度でも納めてきた。
国の要であるエネルギー産業のキルンと呼ばれる溶鉱炉の天然ガスの採掘量を増やしてさらにキルン自体の性能を三割上げ、新しく燃料電池の開発に着手して実用の軌道に乗せた。
外交の問題は勿論いくつかあるが、概ね翡翠の治世は今の所、盤石。
「翡翠様、お夜食は何召し上がりますか」
孔雀が総家令執務室に改装して取り付けたミニキッチンの前で尋ねた。
「うーん、これにしよう」
と、メニュー表のグラタンの文字を見て指差し、微笑み合う。
まるで新婚のような様子に今更ながら家令達も呆れる有様だ。
そもそも、度を超えた偏食家であった翡翠が、この数年で何でも食べるようになった。
皇帝執務室どころか、孔雀の執務室に入り浸りで、自分の部屋で仕事している事の方が少ない。
これじゃ、扉つけるんじゃ無くて、壁抜けば良かったなぁと、冗談でもない様子で言う。
孔雀が冷蔵庫を覗き込み、材料を探してあるものでいけると確認する。
翡翠は上機嫌でこれまた孔雀が焼いたカヌレを手に取った。
そろそろ夏が近い。
避暑として二週間程離宮で過ごす予定である。
孔雀が夏の離宮を改装してから、今年初めて訪れる予定だった。
普段、なかなか一緒に過ごす時間のない翡翠からするとそれもまた楽しみである。
家令は軍歴が必要であり、一年のうち三ヶ月は軍属に入り、半年に一度オリュンポスで神事を務める孔雀はとにかく忙しい。
「翡翠様、元老院から、藍晶様のご婚姻について要望が上がってきておりますけれど・・・」
遠慮がちに孔雀が口を開いた。
今年二十五歳になる皇太子の周囲は最近騒がしい。
確実に皇帝になる彼の正室にまたは継室にと、あちこちから縁談が上がってきていた。
家令の婚姻は人事。王族の結婚は政治である。
王族の結婚は早く、本来なら通例通り、二十代までに婚姻が完了しているはずだった。
二十歳を越えても結婚に気の進まない様子の皇太子に元老院や議会から不満が出た。
それこそ自覚に欠けるだの、人格に問題があるだの、果ては肉体的に何か問題が、とまでも。
それに孔雀が異論を唱えたのだ。
「そもそも十代前半で結婚の話が外野から持ち上がって十代半ばで結婚なんて。自分が望むなら不良、望まないなら虐待じゃないですか。ご本人に確認してはいかがでしょうか」
と元老院三役に言ったものだから、いやいや今更本人の意向とか関係ないとも言えず、彼らが皇太子に意向を尋ねたところ嫌だと言われてそのまま持ち越しとなっていた。
本来、元老院はローマ帝国風にセナトゥスと称されているのだが、彼等自身は貴族院とか上院という言い方を好む。
元々王族に近い貴族筋の出身であるという自意識の高さがある為である。
王族、特に皇帝、皇太子の婚姻に関しては元老院の意思が動くものだ。
そこにまだ若い家令如きが口を出して、政治の問題を非常に軽薄な感覚の問題にして、更にそれを皇帝と皇太子が肯定したというのが許しがたい事であった。
同時に、王族の早すぎる婚姻と秘匿性に関して、随分前から議会で問題になってはいたのだ。
それを歯牙にもかけない、精査もせず、下々とは違う、という態度に、彼らの言う下院の人間達、ギルド派、議員派達は少なからず反感を持っていたのだ。
開かれた宮廷をと求める彼らに、元老院は、宮廷を王族を下々の興味や娯楽の餌食にするつもりか、と嫌った。
こんなものはお互い納得する答えが出るわけもない。
それで孔雀は皇太子の藍晶と相談し、しばらくクールダウンむしろチルドしておこう、という事に成ったのだ。
そして、その問題がそろそろ解凍する時期になった、という事だ。
「藍の婚姻ねえ。・・・まあ、いいかもね」
彼のいいかもねにはその前に大抵、どうでも、がつくのだが。それに気づかないのは孔雀だけで。
「今はどこのお嬢さんとおつきあいしてるって?」
「ええと。女優さんです。私あまり詳しくないんですけど、刑事ドラマで話題になった方だとか。おきれいな方ですよ」
「なるほど。女刑事役ね」
「あ、違います。犯人役だそうです。ええと、連続脅迫爆弾犯」
「・・・なかなかだねえ」
孔雀が翡翠に蜂蜜の風味の紅茶を差し出した。
なんとも魅惑的な甘い香りが鼻腔をかすめた。
「ま、正室には元老院派の貴族筋から選出される慣しだしね」
「・・・そうですね。ご継室も、マスコミ、宗教、金融、遊興系は本来ご法度なんですけれど」
だからギルド筋でもギルド長も務めるほどの銀行家の家柄の白鴎の実家も継室候補群には数えられていない。
「・・・このご時世ですから。継室候補群以外からもご継室を上げる事もあるかもしれませんし・・・」
「公式寵姫なんか時代遅れと言われればそうだけどねえ。まあ、でも、別れると思うよ」
藍晶は確かにモテるタイプというやつなのだ。
これまでも数多の女性と浮名を流してきた。
その度にマスコミから問い合わせがあり、報道官の金糸雀が矢面に立ってきたけれど。
「・・・モテるというのも大変ですね」
孔雀がため息をついた。
やっと十九歳。
皇帝と総家令は、仲睦まじい様子であると宮廷中に知れ渡っていた。
その宮廷は慣例通りにすっかり全面改装されていた。
梟が好んだ落ち着いた深紫色から、明度様々の緑色のカーテンや壁紙へと、何よりどの部屋も光が燦々と入るようにと改装されていた。
元来皇帝の執務室と総家令の執務室は隣同士であったが、行き来が面倒であると翡翠が壁に扉をつけるように指示した。
お互いの執務室の隣が私室である。
なんともご寵愛だと誰もが噂し、この頃から孔雀は寵姫宰相と呼ばれるようになった。
宰相寵姫、と呼ばないのには、やはり家令としての能力が高かった故だ。
三国が睨み合う前線で何度も起こる小競り合いに家令達と出向いては何度でも納めてきた。
国の要であるエネルギー産業のキルンと呼ばれる溶鉱炉の天然ガスの採掘量を増やしてさらにキルン自体の性能を三割上げ、新しく燃料電池の開発に着手して実用の軌道に乗せた。
外交の問題は勿論いくつかあるが、概ね翡翠の治世は今の所、盤石。
「翡翠様、お夜食は何召し上がりますか」
孔雀が総家令執務室に改装して取り付けたミニキッチンの前で尋ねた。
「うーん、これにしよう」
と、メニュー表のグラタンの文字を見て指差し、微笑み合う。
まるで新婚のような様子に今更ながら家令達も呆れる有様だ。
そもそも、度を超えた偏食家であった翡翠が、この数年で何でも食べるようになった。
皇帝執務室どころか、孔雀の執務室に入り浸りで、自分の部屋で仕事している事の方が少ない。
これじゃ、扉つけるんじゃ無くて、壁抜けば良かったなぁと、冗談でもない様子で言う。
孔雀が冷蔵庫を覗き込み、材料を探してあるものでいけると確認する。
翡翠は上機嫌でこれまた孔雀が焼いたカヌレを手に取った。
そろそろ夏が近い。
避暑として二週間程離宮で過ごす予定である。
孔雀が夏の離宮を改装してから、今年初めて訪れる予定だった。
普段、なかなか一緒に過ごす時間のない翡翠からするとそれもまた楽しみである。
家令は軍歴が必要であり、一年のうち三ヶ月は軍属に入り、半年に一度オリュンポスで神事を務める孔雀はとにかく忙しい。
「翡翠様、元老院から、藍晶様のご婚姻について要望が上がってきておりますけれど・・・」
遠慮がちに孔雀が口を開いた。
今年二十五歳になる皇太子の周囲は最近騒がしい。
確実に皇帝になる彼の正室にまたは継室にと、あちこちから縁談が上がってきていた。
家令の婚姻は人事。王族の結婚は政治である。
王族の結婚は早く、本来なら通例通り、二十代までに婚姻が完了しているはずだった。
二十歳を越えても結婚に気の進まない様子の皇太子に元老院や議会から不満が出た。
それこそ自覚に欠けるだの、人格に問題があるだの、果ては肉体的に何か問題が、とまでも。
それに孔雀が異論を唱えたのだ。
「そもそも十代前半で結婚の話が外野から持ち上がって十代半ばで結婚なんて。自分が望むなら不良、望まないなら虐待じゃないですか。ご本人に確認してはいかがでしょうか」
と元老院三役に言ったものだから、いやいや今更本人の意向とか関係ないとも言えず、彼らが皇太子に意向を尋ねたところ嫌だと言われてそのまま持ち越しとなっていた。
本来、元老院はローマ帝国風にセナトゥスと称されているのだが、彼等自身は貴族院とか上院という言い方を好む。
元々王族に近い貴族筋の出身であるという自意識の高さがある為である。
王族、特に皇帝、皇太子の婚姻に関しては元老院の意思が動くものだ。
そこにまだ若い家令如きが口を出して、政治の問題を非常に軽薄な感覚の問題にして、更にそれを皇帝と皇太子が肯定したというのが許しがたい事であった。
同時に、王族の早すぎる婚姻と秘匿性に関して、随分前から議会で問題になってはいたのだ。
それを歯牙にもかけない、精査もせず、下々とは違う、という態度に、彼らの言う下院の人間達、ギルド派、議員派達は少なからず反感を持っていたのだ。
開かれた宮廷をと求める彼らに、元老院は、宮廷を王族を下々の興味や娯楽の餌食にするつもりか、と嫌った。
こんなものはお互い納得する答えが出るわけもない。
それで孔雀は皇太子の藍晶と相談し、しばらくクールダウンむしろチルドしておこう、という事に成ったのだ。
そして、その問題がそろそろ解凍する時期になった、という事だ。
「藍の婚姻ねえ。・・・まあ、いいかもね」
彼のいいかもねにはその前に大抵、どうでも、がつくのだが。それに気づかないのは孔雀だけで。
「今はどこのお嬢さんとおつきあいしてるって?」
「ええと。女優さんです。私あまり詳しくないんですけど、刑事ドラマで話題になった方だとか。おきれいな方ですよ」
「なるほど。女刑事役ね」
「あ、違います。犯人役だそうです。ええと、連続脅迫爆弾犯」
「・・・なかなかだねえ」
孔雀が翡翠に蜂蜜の風味の紅茶を差し出した。
なんとも魅惑的な甘い香りが鼻腔をかすめた。
「ま、正室には元老院派の貴族筋から選出される慣しだしね」
「・・・そうですね。ご継室も、マスコミ、宗教、金融、遊興系は本来ご法度なんですけれど」
だからギルド筋でもギルド長も務めるほどの銀行家の家柄の白鴎の実家も継室候補群には数えられていない。
「・・・このご時世ですから。継室候補群以外からもご継室を上げる事もあるかもしれませんし・・・」
「公式寵姫なんか時代遅れと言われればそうだけどねえ。まあ、でも、別れると思うよ」
藍晶は確かにモテるタイプというやつなのだ。
これまでも数多の女性と浮名を流してきた。
その度にマスコミから問い合わせがあり、報道官の金糸雀が矢面に立ってきたけれど。
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