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65.皇子と妃のたくらみ
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翡翠は孔雀が執務室に戻ってきたのを迎えるとその様子が少し違うのに気づいて立ち上がった。
孔雀は翡翠の前で優雅に礼をした。
「・・・陛下。先程、鳥が一羽飛び立ちましたので御報告申し上げます」
翡翠は、川蝉の死を悟ると、孔雀を自分の傍に座らせた。
瑠璃鶲の死の際の悲しみっぷりを見ていたから心配していたが、落ついている様子にほっとした。
辛い最後であったのは予想がつく。
長年ペーパードライバーであるがこれでもドクターだ。
川蝉は最後は肺に水が溜まっていき、呼吸が不可能になり、地上で溺死するほどの苦しみだ。
「翡翠様。川蝉お兄様をお迎えに、木蓮様がいらしたんです」
孔雀はにこやかにそう言った。
面識はないけれど、映像資料でも写真でも見たことがある。
天河に似た榛色の瞳。
翡翠はちょっと驚いたが、興味深そうに孔雀の話を聞いていた。
「早くと急かして、川蝉《かわせみ》お兄様と一緒に行かれました」
ああ、と翡翠は笑った。
「せっかちだったからね」
そうでしたか、と孔雀も微笑んだ。
翡翠は木蓮と川蝉の事を知っていたのだろうとは思っていたが。
どこまで・・・いや、知らぬ方が、聞かぬ方が良いか、と孔雀はちょっと眉を寄せた。
「本当は、川蝉に木蓮をあげるつもりだったんだよ」
驚いて孔雀は翡翠を見上げた。
「木蓮とその計画をしていた、というか」
「まあ・・・ご継室やご寵姫を下賜する例は確かにございますが・・・」
前例がある、とは言ってもここ百年は無いが。
「いつからそんなご計画をされていたのですか?」
家令の誰かが嗅ぎつけなかったのだろうか。
「梟《ふくろう》は知っていたかもしれないけど。・・・木蓮が第二子を妊娠したって言ってきたあたり。誰の子だろうが構わないけど、産むのかと聞いたらひっぱたかれた」
それは、と孔雀もさすがに閉口した。
「家令相手ではございませんよ。木蓮様もお怒りになったでしょう」
「怒るのなんのって。・・・で、考えたわけだ。下賜出来るってね。でもまさか妊娠したままでは体裁が悪いから。産んでから数年後、という形にしようと落としどころを決めてね。・・・待ってさえくれれば良かったんだけど」
間に合わず、彼女はこの城で殺された。
いかに後悔した事か。
「川蝉お兄様はご存知だったんですか?」
「知らないよ」
翡翠が笑った。
「木蓮と、びっくりさせたいから黙っていようって決めたから」
翡翠と木蓮の関係は良好、姉弟のように仲が良かったと梟が言っていた事があったけれど。
「お二人でそんな悪巧みをされていたのね」
翡翠がそう、とまた笑い、木蓮と呼ばれた二妃の事を思った。
「・・・そうか。彼女が迎えに来たのなら。もう迷わないな」
翡翠はさっぱりした顔でそう言うと、孔雀を抱き寄せた。
「翡翠《ひすい》様。この度、木蓮様がいらしたのは驚きましたけれど。・・・私、今までの総家令のお兄様やお姉様方の日記を読んで、お迎えが誰かしら来る事になっているようだ、という記述がいくつかあったんです。だからちょっと楽しみにしていて」
瑠璃鶲の時も、不安ながら、その時を待っていたのだ。
彼女はついに正式に総家令の任は受けず、琥珀が黒曜帝及び長兄から王位を簒奪すると同時に、総家令代理の職務から離れ、白鷹にその任を譲ったわけだが。だから、彼女もまた白鷹にその地位を奪われたのだと周囲からは思われている。
「・・・瑠璃鶲お姉様はお若い時からとても優秀な方だったそうです。金緑《きんりょく》帝様が、まだ十代前半の瑠璃鶲《るりびたき》お姉様に、アカデミーに一生を捧げる事をお許しになったくらいに」
医学、天文学、地質学、物理学、不思議なところでは美術史にも通じていた。
「抜群に優秀だよ。・・・現在であっても・・・翠玉か、彼女か、という程だと思う」
確かに、アカデミーに保存されているナンバリングと呼ばれる、後世に渡って影響を及ぼすほどの素晴らしい研究資料、と認定されたものは直近ではあの二人の実績が一番多いだろう。
自分の才知と努力で、家令としてそれに報いるために生きてきたのが瑠璃鶲だと思う。
弟弟子妹弟子の面倒もよく見たし、アカデミーでも沢山の教え子に慕われた。
群を抜いて優秀。
そこを鶚は心配であると日記に書き残していたのが印象的で覚えていた。
彼女の本質は、多分、孤高というものだ。
「それでも家令ですから。兄弟姉妹がいますでしょう。だから私、日記に書いてあったお姉様かお兄様のどなたが来るのだろうと、ちょっと楽しみにしていたんです」
でも。誰も姿を現さなかったのだ。
「・・・・それが私どうしても悲しくて。瑠璃鶲お姉様は、泣いている私の頭を撫でてくださって。おひとりで旅発って行かれたんです」
それで、孔雀は長く落ち込んでいたのか。
「誰かを理解しようと思う時。その方が誰を愛して誰を愛さなかったかというのは重要だと思うんです。誰かと愛し合う難しさというか。誰かを好ましいな、と思う感情とか。・・・でも、瑠璃鶲お姉様にそういう特定の感情は無かったんです。その気持ちのまま、大変な時期に宮廷にいらしたというのは、どれだけお辛かったのか・・・」
何より、彼女が旅立って行く姿は、ちっとも楽になっていないようで。
さらに辛い死出の旅路を予感させるような、そんな様子で。
まだ子供の孔雀には、堪えたのだ。
何より、書き残すという義務のある日記に、瑠璃鶲の死の事柄と、その様子を書いた時。辛くて仕方なかった。
姉弟子はひとりで旅発った、とそう書いた時。
何か、違う方法が無かったのか、ではどこから何か出来たのか、と偏執的なまでに、過去の日記を読み起こしたものだ。でも、結局何も見つから無かったけれど。
瑠璃鶲は、正式に総家令になったわけではないから、日記も書き残してはいない。ただ、次の総家令達にと、資料をいくつか遺して行った。
それはどれも貴重なものだ。フィールドワークを厭わない彼女が、自分の目で見て、考え、手で書き残したもの。きっと、これは私たちを救うものだ、と信じて遺したもの。
彼女は何か報われただろうか。
そればかりが心残りであった。
孔雀は翡翠の前で優雅に礼をした。
「・・・陛下。先程、鳥が一羽飛び立ちましたので御報告申し上げます」
翡翠は、川蝉の死を悟ると、孔雀を自分の傍に座らせた。
瑠璃鶲の死の際の悲しみっぷりを見ていたから心配していたが、落ついている様子にほっとした。
辛い最後であったのは予想がつく。
長年ペーパードライバーであるがこれでもドクターだ。
川蝉は最後は肺に水が溜まっていき、呼吸が不可能になり、地上で溺死するほどの苦しみだ。
「翡翠様。川蝉お兄様をお迎えに、木蓮様がいらしたんです」
孔雀はにこやかにそう言った。
面識はないけれど、映像資料でも写真でも見たことがある。
天河に似た榛色の瞳。
翡翠はちょっと驚いたが、興味深そうに孔雀の話を聞いていた。
「早くと急かして、川蝉《かわせみ》お兄様と一緒に行かれました」
ああ、と翡翠は笑った。
「せっかちだったからね」
そうでしたか、と孔雀も微笑んだ。
翡翠は木蓮と川蝉の事を知っていたのだろうとは思っていたが。
どこまで・・・いや、知らぬ方が、聞かぬ方が良いか、と孔雀はちょっと眉を寄せた。
「本当は、川蝉に木蓮をあげるつもりだったんだよ」
驚いて孔雀は翡翠を見上げた。
「木蓮とその計画をしていた、というか」
「まあ・・・ご継室やご寵姫を下賜する例は確かにございますが・・・」
前例がある、とは言ってもここ百年は無いが。
「いつからそんなご計画をされていたのですか?」
家令の誰かが嗅ぎつけなかったのだろうか。
「梟《ふくろう》は知っていたかもしれないけど。・・・木蓮が第二子を妊娠したって言ってきたあたり。誰の子だろうが構わないけど、産むのかと聞いたらひっぱたかれた」
それは、と孔雀もさすがに閉口した。
「家令相手ではございませんよ。木蓮様もお怒りになったでしょう」
「怒るのなんのって。・・・で、考えたわけだ。下賜出来るってね。でもまさか妊娠したままでは体裁が悪いから。産んでから数年後、という形にしようと落としどころを決めてね。・・・待ってさえくれれば良かったんだけど」
間に合わず、彼女はこの城で殺された。
いかに後悔した事か。
「川蝉お兄様はご存知だったんですか?」
「知らないよ」
翡翠が笑った。
「木蓮と、びっくりさせたいから黙っていようって決めたから」
翡翠と木蓮の関係は良好、姉弟のように仲が良かったと梟が言っていた事があったけれど。
「お二人でそんな悪巧みをされていたのね」
翡翠がそう、とまた笑い、木蓮と呼ばれた二妃の事を思った。
「・・・そうか。彼女が迎えに来たのなら。もう迷わないな」
翡翠はさっぱりした顔でそう言うと、孔雀を抱き寄せた。
「翡翠《ひすい》様。この度、木蓮様がいらしたのは驚きましたけれど。・・・私、今までの総家令のお兄様やお姉様方の日記を読んで、お迎えが誰かしら来る事になっているようだ、という記述がいくつかあったんです。だからちょっと楽しみにしていて」
瑠璃鶲の時も、不安ながら、その時を待っていたのだ。
彼女はついに正式に総家令の任は受けず、琥珀が黒曜帝及び長兄から王位を簒奪すると同時に、総家令代理の職務から離れ、白鷹にその任を譲ったわけだが。だから、彼女もまた白鷹にその地位を奪われたのだと周囲からは思われている。
「・・・瑠璃鶲お姉様はお若い時からとても優秀な方だったそうです。金緑《きんりょく》帝様が、まだ十代前半の瑠璃鶲《るりびたき》お姉様に、アカデミーに一生を捧げる事をお許しになったくらいに」
医学、天文学、地質学、物理学、不思議なところでは美術史にも通じていた。
「抜群に優秀だよ。・・・現在であっても・・・翠玉か、彼女か、という程だと思う」
確かに、アカデミーに保存されているナンバリングと呼ばれる、後世に渡って影響を及ぼすほどの素晴らしい研究資料、と認定されたものは直近ではあの二人の実績が一番多いだろう。
自分の才知と努力で、家令としてそれに報いるために生きてきたのが瑠璃鶲だと思う。
弟弟子妹弟子の面倒もよく見たし、アカデミーでも沢山の教え子に慕われた。
群を抜いて優秀。
そこを鶚は心配であると日記に書き残していたのが印象的で覚えていた。
彼女の本質は、多分、孤高というものだ。
「それでも家令ですから。兄弟姉妹がいますでしょう。だから私、日記に書いてあったお姉様かお兄様のどなたが来るのだろうと、ちょっと楽しみにしていたんです」
でも。誰も姿を現さなかったのだ。
「・・・・それが私どうしても悲しくて。瑠璃鶲お姉様は、泣いている私の頭を撫でてくださって。おひとりで旅発って行かれたんです」
それで、孔雀は長く落ち込んでいたのか。
「誰かを理解しようと思う時。その方が誰を愛して誰を愛さなかったかというのは重要だと思うんです。誰かと愛し合う難しさというか。誰かを好ましいな、と思う感情とか。・・・でも、瑠璃鶲お姉様にそういう特定の感情は無かったんです。その気持ちのまま、大変な時期に宮廷にいらしたというのは、どれだけお辛かったのか・・・」
何より、彼女が旅立って行く姿は、ちっとも楽になっていないようで。
さらに辛い死出の旅路を予感させるような、そんな様子で。
まだ子供の孔雀には、堪えたのだ。
何より、書き残すという義務のある日記に、瑠璃鶲の死の事柄と、その様子を書いた時。辛くて仕方なかった。
姉弟子はひとりで旅発った、とそう書いた時。
何か、違う方法が無かったのか、ではどこから何か出来たのか、と偏執的なまでに、過去の日記を読み起こしたものだ。でも、結局何も見つから無かったけれど。
瑠璃鶲は、正式に総家令になったわけではないから、日記も書き残してはいない。ただ、次の総家令達にと、資料をいくつか遺して行った。
それはどれも貴重なものだ。フィールドワークを厭わない彼女が、自分の目で見て、考え、手で書き残したもの。きっと、これは私たちを救うものだ、と信じて遺したもの。
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そればかりが心残りであった。
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