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68.遅れて来た新人
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藍晶が三週間の冬の休暇を八代理沙と国外のリゾート地で過ごすという事になり、孔雀は象牙宮の修繕管理の為に下見をしていた。
皇太子として正式に宮を賜った時に、一度全て改装しているのだが、藍晶が好みのデザイナーを連れてきて改修したのだが、実際必要な設備自体はあちこち傷んでいたり不備があったり。
デザイナーは水道だの空調やら電気設備は丸無視だもの、と猩々朱鷺が呆れて言っていた。
その姉弟子に画像と図面を送ってチェックしてもらう事になっている。
孔雀は図面を見ては、露出の水道管を辿っていた。
「こっちが送り管ね・・・。それにしてもあちこち配管剥き出しで・・・内装はこれからなのかしら・・・」
いわゆるそれが特徴の洒落たデザインなのだが、孔雀には見当もつかない。
女官達が挨拶はするが、遠巻きにそれを見ていた。
緋連雀は軍、雉鳩は最近予算案にかかりきりで象牙宮での職務はしばらく無し、その上、象牙宮の住人である皇太子は恋人と休暇では女官達も気が抜けるのだろう。
まあ、水道管だの配電盤の事を彼女達が把握しているわけもないので、孔雀としては放っておいてもらえていいのだが。
人の気配に孔雀は顔を上げた。
若手の議員らしき人間が四人、こちらへやって来ていた。
皇太子が不在の宮に、何用なのか。
女官が呼び止めるが、かまわず向かってくる。
孔雀は図面を閉じて、彼らに向き直った。
「・・・総家令の孔雀でございます。議員の皆様でございますね。ごきげんよう」
優雅に礼をすると、彼等は驚いたように顔を見合わせた。
総家令は、元老院、議員、ギルドのそれぞれ三役としか直接顔を合わせないし、階級で言うと中級以下であり、議会棟にしか入る事ができない彼らとは初対面となる。
それがどうして内廷である皇太子宮に入れるのか。
「あいにく、皇太子殿下はご不在でございます。私がご要件を申しつかりましょうか」
「・・・総家令、皇太子殿下に関わります事で、内密にお耳にいれたい事があります。どうぞ、人払を」
年嵩の者がそう言った。
孔雀はそっと頷くと、近くの部屋の扉を開けた。
その様子を見ていた女官の一人が、女官長の揚羽に伝えたそうだ。
皇太子宮に議員が無断で入るなど、言語道断。
その上、家令と何か密談でもしているとなったら、女官の名折れだ。
「・・・殿下がいらっしゃらないのに、何用だというの・・・。そもそも議員は総家令には正式な書類がなければ会う事はできない身分のはずよ」
身分、つまり官位がない。
女官や官吏、元老院には官位がある。
宮廷では何をするにもそれが全てだ。
ギルドと議員にはそもそも官位がない。
女官長の揚羽が女官達を従えて、閉ざされたドアをノックした。
「総家令。女官長の揚羽でございます。よろしいでしょうか」
しばらくすると、少しドアが開いて孔雀が顔をちょっとだけ覗かせた。
見覚えのある葡萄飴のような菫色の目が不安気に揺れていた。
「・・・更紗様」
孔雀は、そう小声で囁いた。
更紗というのは三代続く女官長の職を賜ってきたこの女の本名で、彼女は家令の鸚鵡の実姉でもあった。
異変を感じて、女官長の揚羽は「お前達はここで待ちなさい」と部下達に伝えて、ドアに体を滑り込ませた。
「・・・・孔雀ちゃん・・・これは、どうしたの・・・」
更紗は部屋の有様に絶句した。
調度類がいくつか破損し、倒れている四人の議員。
血の一滴も出ていないが、肩や足を押さえて嗚咽を漏らしている。
更紗は宮廷軍閥の家の出だ。何が起きたのかは察した。
この不届き者達が、孔雀を襲って、逆に返り討ちにされたのだ。
肩や股関節が一つづつ外してあるのだろう。
戦争をさせたら緋連雀が一番、喧嘩させたら金糸雀が一番、殺し合いさせたら孔雀が一番よ。
そう自慢気に言っていたのは幼馴染の皇女だったか。
腕に覚えのある更紗も、他の家令達同様、孔雀によるこの迷いない暴力にはお見事と言うよりも罪悪感を覚える程。
「・・・大事にならないようにしたいの・・・」
申し訳ない様に言う孔雀に、更紗はため息をついた。
「貴女、もうこれ、大惨事ですよ・・・」
その日の内に、議員が女官に手を出し懲戒処分になったという話が宮廷を駆け巡った。
総家令への非礼では懲戒では済まない。
「本来はお取り潰しか、処刑ですよ?」
この女官長もなかなか物騒な事を言う。
女官が襲われたという話にしたのは揚羽だ。
当然、真実は翡翠の知るところとなり、間も無く議会が解体された。
何か事がある度に議員達は解散させられるが、今回は皇帝自らの決定ということで異例な不祥事となった。
厳しい取り調べで、その指示をしていたのが、八代理沙であるということがわかった。
彼女は、二度と政治活動を行わないことと、登城を許されなくなった。
藍晶は珍しく反省し、これを機会に元老院派から正室を入宮させるという話を了承した。
孔雀は更紗にお茶を勧めた。
蜂蜜とラムの香りのする紅茶は、翡翠の好物でもある。
孔雀の隣に当然のように座っている翡翠は、うまそうに孔雀の入れた茶を飲んだ。
「皇太子宮にあのような人物が出入りするというのがもう不敬でしょう。皇太子様は身辺整理をされるべきです」
女官長ともなると当然のように王族の私生活にも口を出す、のではなく。
更紗は翡翠とも子供の時から懇意にしているのだ。
最近、弟である鸚鵡の長い登城禁止を解かれ、翡翠と孔雀には感謝していた。
自分よりも両親が、何より心配していたから。
「藍晶様もショックだったと思いますけれど・・・」
信頼して個人的な出資までしていた恋人がそんな所業に出るなど。
「今だけだ。あの別れ下手。いつも最後は孔雀に押し付ける」
「・・・付き合う女性全て孔雀ちゃんに紹介していたのはそういうわけだったの・・・。私、藍晶様はきちんとされてるって感心していたのに・・・」
呆れて更紗はため息をついた。
「とにかく関わった者全員免職。今後一切の登城は禁じる。藍の婚姻は年内に決めるよ。孔雀はしばらくひとりで出歩かないように」
翡翠が珍しく厳しく言った。
孔雀《くじゃく》の行動を制限することなどまずないのに。
「・・あの、翡翠様、新しく家令になる者がおりまして・・・。女官長様にもご紹介をさせて頂きたいんです」
「まあ、珍しい!新人さん?家令になんてなったらまともに結婚もできないのに。・・・孔雀ちゃんもかわいそうよねえ・・・」
ちょっと責める口調なのは翡翠にあてつけだ。
孔雀はドアまで行くと、まだ慣れない様子の家令服姿の青年を連れてきた。
「新任家令の仏法僧です」
嬉しそうに紹介する。
更紗は驚いて目を見開いた。
「・・・・あなた・・・!」
処罰された議員の一人だった。
彼は肩身が狭い様子で礼をした。
皇太子として正式に宮を賜った時に、一度全て改装しているのだが、藍晶が好みのデザイナーを連れてきて改修したのだが、実際必要な設備自体はあちこち傷んでいたり不備があったり。
デザイナーは水道だの空調やら電気設備は丸無視だもの、と猩々朱鷺が呆れて言っていた。
その姉弟子に画像と図面を送ってチェックしてもらう事になっている。
孔雀は図面を見ては、露出の水道管を辿っていた。
「こっちが送り管ね・・・。それにしてもあちこち配管剥き出しで・・・内装はこれからなのかしら・・・」
いわゆるそれが特徴の洒落たデザインなのだが、孔雀には見当もつかない。
女官達が挨拶はするが、遠巻きにそれを見ていた。
緋連雀は軍、雉鳩は最近予算案にかかりきりで象牙宮での職務はしばらく無し、その上、象牙宮の住人である皇太子は恋人と休暇では女官達も気が抜けるのだろう。
まあ、水道管だの配電盤の事を彼女達が把握しているわけもないので、孔雀としては放っておいてもらえていいのだが。
人の気配に孔雀は顔を上げた。
若手の議員らしき人間が四人、こちらへやって来ていた。
皇太子が不在の宮に、何用なのか。
女官が呼び止めるが、かまわず向かってくる。
孔雀は図面を閉じて、彼らに向き直った。
「・・・総家令の孔雀でございます。議員の皆様でございますね。ごきげんよう」
優雅に礼をすると、彼等は驚いたように顔を見合わせた。
総家令は、元老院、議員、ギルドのそれぞれ三役としか直接顔を合わせないし、階級で言うと中級以下であり、議会棟にしか入る事ができない彼らとは初対面となる。
それがどうして内廷である皇太子宮に入れるのか。
「あいにく、皇太子殿下はご不在でございます。私がご要件を申しつかりましょうか」
「・・・総家令、皇太子殿下に関わります事で、内密にお耳にいれたい事があります。どうぞ、人払を」
年嵩の者がそう言った。
孔雀はそっと頷くと、近くの部屋の扉を開けた。
その様子を見ていた女官の一人が、女官長の揚羽に伝えたそうだ。
皇太子宮に議員が無断で入るなど、言語道断。
その上、家令と何か密談でもしているとなったら、女官の名折れだ。
「・・・殿下がいらっしゃらないのに、何用だというの・・・。そもそも議員は総家令には正式な書類がなければ会う事はできない身分のはずよ」
身分、つまり官位がない。
女官や官吏、元老院には官位がある。
宮廷では何をするにもそれが全てだ。
ギルドと議員にはそもそも官位がない。
女官長の揚羽が女官達を従えて、閉ざされたドアをノックした。
「総家令。女官長の揚羽でございます。よろしいでしょうか」
しばらくすると、少しドアが開いて孔雀が顔をちょっとだけ覗かせた。
見覚えのある葡萄飴のような菫色の目が不安気に揺れていた。
「・・・更紗様」
孔雀は、そう小声で囁いた。
更紗というのは三代続く女官長の職を賜ってきたこの女の本名で、彼女は家令の鸚鵡の実姉でもあった。
異変を感じて、女官長の揚羽は「お前達はここで待ちなさい」と部下達に伝えて、ドアに体を滑り込ませた。
「・・・・孔雀ちゃん・・・これは、どうしたの・・・」
更紗は部屋の有様に絶句した。
調度類がいくつか破損し、倒れている四人の議員。
血の一滴も出ていないが、肩や足を押さえて嗚咽を漏らしている。
更紗は宮廷軍閥の家の出だ。何が起きたのかは察した。
この不届き者達が、孔雀を襲って、逆に返り討ちにされたのだ。
肩や股関節が一つづつ外してあるのだろう。
戦争をさせたら緋連雀が一番、喧嘩させたら金糸雀が一番、殺し合いさせたら孔雀が一番よ。
そう自慢気に言っていたのは幼馴染の皇女だったか。
腕に覚えのある更紗も、他の家令達同様、孔雀によるこの迷いない暴力にはお見事と言うよりも罪悪感を覚える程。
「・・・大事にならないようにしたいの・・・」
申し訳ない様に言う孔雀に、更紗はため息をついた。
「貴女、もうこれ、大惨事ですよ・・・」
その日の内に、議員が女官に手を出し懲戒処分になったという話が宮廷を駆け巡った。
総家令への非礼では懲戒では済まない。
「本来はお取り潰しか、処刑ですよ?」
この女官長もなかなか物騒な事を言う。
女官が襲われたという話にしたのは揚羽だ。
当然、真実は翡翠の知るところとなり、間も無く議会が解体された。
何か事がある度に議員達は解散させられるが、今回は皇帝自らの決定ということで異例な不祥事となった。
厳しい取り調べで、その指示をしていたのが、八代理沙であるということがわかった。
彼女は、二度と政治活動を行わないことと、登城を許されなくなった。
藍晶は珍しく反省し、これを機会に元老院派から正室を入宮させるという話を了承した。
孔雀は更紗にお茶を勧めた。
蜂蜜とラムの香りのする紅茶は、翡翠の好物でもある。
孔雀の隣に当然のように座っている翡翠は、うまそうに孔雀の入れた茶を飲んだ。
「皇太子宮にあのような人物が出入りするというのがもう不敬でしょう。皇太子様は身辺整理をされるべきです」
女官長ともなると当然のように王族の私生活にも口を出す、のではなく。
更紗は翡翠とも子供の時から懇意にしているのだ。
最近、弟である鸚鵡の長い登城禁止を解かれ、翡翠と孔雀には感謝していた。
自分よりも両親が、何より心配していたから。
「藍晶様もショックだったと思いますけれど・・・」
信頼して個人的な出資までしていた恋人がそんな所業に出るなど。
「今だけだ。あの別れ下手。いつも最後は孔雀に押し付ける」
「・・・付き合う女性全て孔雀ちゃんに紹介していたのはそういうわけだったの・・・。私、藍晶様はきちんとされてるって感心していたのに・・・」
呆れて更紗はため息をついた。
「とにかく関わった者全員免職。今後一切の登城は禁じる。藍の婚姻は年内に決めるよ。孔雀はしばらくひとりで出歩かないように」
翡翠が珍しく厳しく言った。
孔雀《くじゃく》の行動を制限することなどまずないのに。
「・・あの、翡翠様、新しく家令になる者がおりまして・・・。女官長様にもご紹介をさせて頂きたいんです」
「まあ、珍しい!新人さん?家令になんてなったらまともに結婚もできないのに。・・・孔雀ちゃんもかわいそうよねえ・・・」
ちょっと責める口調なのは翡翠にあてつけだ。
孔雀はドアまで行くと、まだ慣れない様子の家令服姿の青年を連れてきた。
「新任家令の仏法僧です」
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