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87.皇帝のお願い
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でもやって来たのは、真鶴。
あの姉弟子だもの。私が皇帝になったら、あんたらどうせ皆殺しよ、くらい言ったろう。
そして、青鷺は来なかった。
「・・・家令なんて気ままなものだもの。もし青鷺お姉様が本気で藍玉様を皇帝にと望んでいたら。猩々朱鷺お姉様だって、黄鶲お姉様だって、木ノ葉梟お姉様だって乗ったかもしれない。・・・真鶴お姉様が言い出したなら、私たち皆、言う通りにしちゃうように・・・」
真鶴が自分が皇帝になると言いだしたら、|金糸雀も白鴎も雉鳩《きじばと》も緋連雀も自分も、喜んで飛び出したろうから。
「私もずっと真鶴お姉様を待ってたけど。・・・白鷹お姉様が、真鶴がどうなったのか知りたいなら、翡翠様に気に入られろと言ったの」
どんな時代だろうがどんな状況だろうが、家令が皇帝の一番近くにいなきゃダメなんだよ。
そりゃあ、私らのトクになるからもあるけどさ。・・・でも、今まで、元老院や禁軍や女官さえもが皇帝の一番側に侍っていた時代はあったんだよ。
でもその度に諍いばかりが起きてきた。
家令同士だって本気出したら戦争だけど、それは家令だけで済む話。
そうじゃないなら、国が滅ぶよ。
・・・あの気分屋でろくでなしの王族だよ。
私らに見限られちゃ、破滅だよ。
私らが居なきゃ、あの人達、だめになっちゃうんだよ。
魔族の一種とまで囁かれる姉弟子の、まるで娘のような言い草に、孔雀は可笑《おか》しくなってしまったのだ。
きっとこの人はそうやって、琥珀に尽くしてきたのだろうと慮られて。
青鷺はその話を聞いて、妙な、本当に妙な顔をしてから、首を振った。
「・・・お前、騙されてるのよ」
青鷺が言いたいのは結局これに尽きる。
「結局、白鷹お姉様にも翡翠にも。お前、いいように騙されてるんだよ・・・。なんてことだろう。家令のどうしようもなさったら・・・」
孔雀はしげしげと姉弟子を見た。
こうなりゃお前は生贄。
アンタが翡翠様の世話してくれりゃ仕事やりやすくていい事。
いいか、何がなんでもたらしこめ。
泣き落としでも、脅しでも、やれることはなんでもやんなさいよ。
そう言うばかりの兄弟子姉弟子の中で、彼女だけが、今、人道的な事を言う。
それが常識だと言うのに、今の自分は、まるでそれが間違っているようにすら感じるのだ。
骨の髄まで女家令になるように、そう白鷹に言われてきたけれど。
悪い感染症がどんどん回って、今やすっかり家令という病気になってしまったようだ。
孔雀がため息をついた。
「・・・青鷺お姉様・・・。だから藍玉様はお姉様を愛されたのね。きっといつもお姉様だけが正しい事をあの方に言って励ましたのよ。・・・でも私、翡翠様にー騙《だま》されてはいないの。・・・お願いされたの」
お願い。頼むから。
自分より一回りも上の、皇帝になる男が、命令でもなく、お願いだと言う。
今思い出しても恥じいるばかりだが、あの初夜の失敗の後日、翡翠は、緋連雀から孔雀が一番食べてみたい物と言っていたと聞き、飴がけのシュークリームの山を調達して来た。
絵本で見たクロカンブッシュというの食べてみたいと言っていたのを姉弟子が覚えていたのだ。
そして、まだ戸惑いから抜け出せない孔雀に、彼はどうか頼むからと言った。
食い物で釣られる以上に、必死さとちぐはぐさが何だかおかしくて。
それで孔雀は、頷いたのだ。
困ったように孔雀が言うのに、青鷺が吹き出した。
確かに、あの女神のような真鶴は誰をも引きつけて、相手が自分を好ましく思わないなど考えもしないだろう。
自信があるとか、自己評価が高いとか、そういうものではない。
純粋に傲慢と言えばいいか。
誰かに懇願などしそうにない。
青鷺は妹弟子を改めて眺めてからため息をついた。
「・・・もう。あんたって、ダメ男にひっかかりそうよね・・・。まあ、色男好きではないけど、優男好きよね」
「もう、なにそれ・・・」
青鷺は気の毒になりながらも、眉を寄せて「不満です」という顔をしている妹弟子の頬を突っついた。
「・・・失礼します。雉鳩が天河様をお連れ致しました」
兄弟子の声がして、ぱっと孔雀が立ち上がった。
雉鳩が天河を促した。
「天河様、ご無事でしたか!」
孔雀にそう言われて、幽霊でも見るかのように天河が奇妙な顔をした。
「・・・何で居るんだよ」
孔雀はリュックから、紙の束を取り出した。
「天河様が、おハガキの一つも翡翠様に出して下さらないからです。だから、私、葉書持ってきたんです。ほらこれ、表書きはもう書いてありますから。これに一日一行でも、お夕飯のメニューでも、その日のお天気でも、丸かバツかでもいいから書いてその日のうちに投函してください」
とりあえず三百六十五枚買ってきた、と天河に手渡す。
「まあ、これクジつきですことよ?およろしかったですねぇ、天河様。何か当たるかも」
全くお上品な声色で青鷺が茶化したのに、天河が舌打ちした。
「・・・当たるの出した先じゃないか」
孔雀はさらにあれもこれもとテーブルに出した。
「天河様、カステラお好きでしょ。あと、特殊冷蔵保存のデコポンと、いろんなジャムと、温泉の素。それとこれが缶詰です」
孔雀の勢いに圧倒されて天河が引き気味に頷いた。
「・・・・ど、どうもね・・・」
「・・・お前、田舎の母ちゃんみたいだな。あ、このみかん、高いやつ」
「デコポンよ!雉鳩お兄様、勝手に食べないで!」
青鷺がお茶でもいれましょうかね、と自分はいそいそと貰ったビールを手にキャビネットに向かった。
あの姉弟子だもの。私が皇帝になったら、あんたらどうせ皆殺しよ、くらい言ったろう。
そして、青鷺は来なかった。
「・・・家令なんて気ままなものだもの。もし青鷺お姉様が本気で藍玉様を皇帝にと望んでいたら。猩々朱鷺お姉様だって、黄鶲お姉様だって、木ノ葉梟お姉様だって乗ったかもしれない。・・・真鶴お姉様が言い出したなら、私たち皆、言う通りにしちゃうように・・・」
真鶴が自分が皇帝になると言いだしたら、|金糸雀も白鴎も雉鳩《きじばと》も緋連雀も自分も、喜んで飛び出したろうから。
「私もずっと真鶴お姉様を待ってたけど。・・・白鷹お姉様が、真鶴がどうなったのか知りたいなら、翡翠様に気に入られろと言ったの」
どんな時代だろうがどんな状況だろうが、家令が皇帝の一番近くにいなきゃダメなんだよ。
そりゃあ、私らのトクになるからもあるけどさ。・・・でも、今まで、元老院や禁軍や女官さえもが皇帝の一番側に侍っていた時代はあったんだよ。
でもその度に諍いばかりが起きてきた。
家令同士だって本気出したら戦争だけど、それは家令だけで済む話。
そうじゃないなら、国が滅ぶよ。
・・・あの気分屋でろくでなしの王族だよ。
私らに見限られちゃ、破滅だよ。
私らが居なきゃ、あの人達、だめになっちゃうんだよ。
魔族の一種とまで囁かれる姉弟子の、まるで娘のような言い草に、孔雀は可笑《おか》しくなってしまったのだ。
きっとこの人はそうやって、琥珀に尽くしてきたのだろうと慮られて。
青鷺はその話を聞いて、妙な、本当に妙な顔をしてから、首を振った。
「・・・お前、騙されてるのよ」
青鷺が言いたいのは結局これに尽きる。
「結局、白鷹お姉様にも翡翠にも。お前、いいように騙されてるんだよ・・・。なんてことだろう。家令のどうしようもなさったら・・・」
孔雀はしげしげと姉弟子を見た。
こうなりゃお前は生贄。
アンタが翡翠様の世話してくれりゃ仕事やりやすくていい事。
いいか、何がなんでもたらしこめ。
泣き落としでも、脅しでも、やれることはなんでもやんなさいよ。
そう言うばかりの兄弟子姉弟子の中で、彼女だけが、今、人道的な事を言う。
それが常識だと言うのに、今の自分は、まるでそれが間違っているようにすら感じるのだ。
骨の髄まで女家令になるように、そう白鷹に言われてきたけれど。
悪い感染症がどんどん回って、今やすっかり家令という病気になってしまったようだ。
孔雀がため息をついた。
「・・・青鷺お姉様・・・。だから藍玉様はお姉様を愛されたのね。きっといつもお姉様だけが正しい事をあの方に言って励ましたのよ。・・・でも私、翡翠様にー騙《だま》されてはいないの。・・・お願いされたの」
お願い。頼むから。
自分より一回りも上の、皇帝になる男が、命令でもなく、お願いだと言う。
今思い出しても恥じいるばかりだが、あの初夜の失敗の後日、翡翠は、緋連雀から孔雀が一番食べてみたい物と言っていたと聞き、飴がけのシュークリームの山を調達して来た。
絵本で見たクロカンブッシュというの食べてみたいと言っていたのを姉弟子が覚えていたのだ。
そして、まだ戸惑いから抜け出せない孔雀に、彼はどうか頼むからと言った。
食い物で釣られる以上に、必死さとちぐはぐさが何だかおかしくて。
それで孔雀は、頷いたのだ。
困ったように孔雀が言うのに、青鷺が吹き出した。
確かに、あの女神のような真鶴は誰をも引きつけて、相手が自分を好ましく思わないなど考えもしないだろう。
自信があるとか、自己評価が高いとか、そういうものではない。
純粋に傲慢と言えばいいか。
誰かに懇願などしそうにない。
青鷺は妹弟子を改めて眺めてからため息をついた。
「・・・もう。あんたって、ダメ男にひっかかりそうよね・・・。まあ、色男好きではないけど、優男好きよね」
「もう、なにそれ・・・」
青鷺は気の毒になりながらも、眉を寄せて「不満です」という顔をしている妹弟子の頬を突っついた。
「・・・失礼します。雉鳩が天河様をお連れ致しました」
兄弟子の声がして、ぱっと孔雀が立ち上がった。
雉鳩が天河を促した。
「天河様、ご無事でしたか!」
孔雀にそう言われて、幽霊でも見るかのように天河が奇妙な顔をした。
「・・・何で居るんだよ」
孔雀はリュックから、紙の束を取り出した。
「天河様が、おハガキの一つも翡翠様に出して下さらないからです。だから、私、葉書持ってきたんです。ほらこれ、表書きはもう書いてありますから。これに一日一行でも、お夕飯のメニューでも、その日のお天気でも、丸かバツかでもいいから書いてその日のうちに投函してください」
とりあえず三百六十五枚買ってきた、と天河に手渡す。
「まあ、これクジつきですことよ?およろしかったですねぇ、天河様。何か当たるかも」
全くお上品な声色で青鷺が茶化したのに、天河が舌打ちした。
「・・・当たるの出した先じゃないか」
孔雀はさらにあれもこれもとテーブルに出した。
「天河様、カステラお好きでしょ。あと、特殊冷蔵保存のデコポンと、いろんなジャムと、温泉の素。それとこれが缶詰です」
孔雀の勢いに圧倒されて天河が引き気味に頷いた。
「・・・・ど、どうもね・・・」
「・・・お前、田舎の母ちゃんみたいだな。あ、このみかん、高いやつ」
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