ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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142.太子の望み

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「それ嫌味?・・・で、なんで三十なわけ?」

白鷹はくたかが決めた孔雀の人生設計のタイムスケジュールの事だ。

「ああ、それはですねえ。お姉様方が言うには、人間は、大抵三十前後に最初の結婚ブームが来るんですって。そのタイミングでいいんじゃないのって話らしいです」

それらしい適当な事を言われて信じているらしい。
孔雀の身の振り方等、兄弟子姉弟子からは賭博や娯楽の対象ぐらいでしかないのは知ってはいたが。

雉鳩きじばと大嘴おおはしって言う人選の理由は?」
「それは、大した理由なんてありませんでしょう。知らない人より、知ってる人のほうがね、という事ですよね?」

と明るく言う孔雀くじゃくに、天河くじゃくは愕然と顔を上げた。

「・・・・ひとには知らない人次々押し付けるくせに・・・?」

えっと孔雀くじゃくは小さく声を上げた。
真顔で言われて、孔雀くじゃくははっとしたように天河てんがを見つめた。
結構、恨まれているのではないか、と察した。

「・・・でも、天河てんが様は王族でいらっしゃいますし。正室候補や継室候補群の方とはお小さい頃から親交もおありのはずですもの。・・・知らないって、全然ご存知ないわけじゃないでしょう?」
この度の縁談に当たって紹介された女性達とは園遊会で何度か顔を合わせたことがあるはずだ。
「それを、親交とは言わないんじゃない、普通・・・」
「でも、例えば富久縞ふくしま様のお嬢様とはお話されたことあるでしょう?梟《ふくろう》お兄様が、何年か前に園遊会でお二人がお食事物の事話されてたって言ってましたもの」
「・・・誰の話?」

心当たりがない。

「・・・以前、お食事御一緒されましたよね。私がセッティングして。・・・なぜかお土産の苺大福を天河てんが様が召し上がっていた」

思い出しても釈然とせず、孔雀《くじゃく》はつい恨み言になる。
ああ、そっか。と天河てんがは思い当たった。

「それは分かったけど。それ以前に食い物の話なんか会話した記憶なんてないけど?グルメ情報かなんか?」
「そんなわけありません。天河てんが様、失礼とは存じますけど、ちょっと薄情じゃございませんか。ちゃんとふくろうお兄様が言ってましたもの。富久縞ふくしま様の御令嬢が園遊会でのお料理をご覧になって、これは何かしらって。天河てんが様が、イカですねって仰ったって。・・・あら、でも、イカって珍しい?大抵普通そういう時ってエビかしら・・・」

どうでもいい事がひっかかるようだ。

「・・・あのさあ。そんな醤油取ってくらいの。それ会話ですか」
「まあ、天河てんが様・・・」

孔雀が珍しく険しい顔をした。

天河てんが様、これはもう大変なことなんです」
「どこが。イカが?」
「ええ、イカだろうが、タコだろうが。別になんでもいいんです。お言葉を交わすキッカケとして。いづれかのお姫様が、太子様とお声を交わした、これがもう実績なんです。出会いなんです」

心得を説かれて天河が頭を抱えた。

「本気でそういうレベルが決め手であのやらせのセッティングしてたわけかい。本当に、なんていうか、ショックだわ」

はっきりと拒絶されて、孔雀くじゃくが少々口籠った。

「・・・それだけじゃ、もちろんありません。お家柄ですとか、翡翠ひすい様のご推薦とか・・・」

「ご推薦て。どうせ、どれでもいいんじゃないのとか、どうでもいいんじゃないのとか、なんでもいいんじゃないのくらいだろうが。ああもう、本当に、どうかしてる。もう嫌だ。付き合ってらんないわ」

そんなに嫌だったの、と孔雀くじゃくは戸惑いつつ天河を見た。
この第二太子は皇太子よりはスマートなタイプではないが、宮廷で苦労した分とても優しい部分がある。
だから言いたい事は言うが、本当に言いたい事は言わないタイプだ。
それがこうとは大分立腹していると言う事だ。

孔雀くじゃくは戸惑った。

「・・・だって。そんな。天河てんが様。今、おつきあいされている方居ないって仰ってたし・・・」

再三しつこいくらいに確認したのだ。
次から次へと新しい花へと蝶のように飛び回り、飽きると別れ話を孔雀くじゃくに押し付ける皇太子と比べると、天河は別れ上手で揉めないのがいいところだ。
後腐れもないと言うのが実に助かるのだが、孔雀くじゃくとしては困るのだ。材料がテーブルにも乗らない以上、どこをどうやって手をつけたらいいか分からない。

今までも天河てんがのあまりにもさらりとした破局話を嬉々として話す大嘴《おおはし》や猩々朱鷺しょうじょうときのその内容に心痛めていたものだが。

孔雀くじゃくは、アルバムをそっと片付け始めた。
自分は、もしかしてまた明後日どころか明明後日の方向の努力をしていたのかもしれない。
更には、そもそも天河てんがは、最初から拒否していたのかもしれない。

天河てんが様、あの・・・、長い間、ご不快な思いをさせて申し訳ありません・・・。この件は、また、後日にお時間賜りたく存じます」

今更多大なるショックを受けた孔雀くじゃくがアルバムや身上書を床に落っことしたり散らばしたりしながらやっと集めた。

「元老院にまた文句言われるんじゃないのか」
「・・・別に、それで済むならそれで大丈夫です。私はその為におりますから。・・・天河てんが様、私は王族の皆様・・・ことさら天河様にお幸せになって頂きたい」

だとしたら自分の責任で持って新たに仕切り直さねばならない。
孔雀はアルバムやら資料を後生大事に抱えて立ち上がった。

「・・・それでは、失礼させて頂きます。私、出直して参ります。今度こそ、必ずや天河てんが様にご満足頂けるご提案をお持ち致します」

不撓不屈ふとうふくつの心意気を見せて立ち上がって礼をした孔雀くじゃくから、天河てんがが資料を取り上げた。

「ご勘弁くださいまし。それは私の宝物・・・」

おかしな事を言い、返せと手を伸ばした。

「宝物ぉ?」

どこがだよ、と天河てんがが不審な顔をした。

「この方のどなたかが天河てんが様の奥方様になってくださるかも知れないんですよ?だったら、宝物で間違いないです」

孔雀くじゃくがアルバムを取り返したが、取り落としまたも床に散らばった。
もたもたと悲しそうに拾い集めているのに、見兼ねた天河てんがは手早く掻き集めるとオレンジの植木の近くにあった紐でアルバムをぐるぐる巻きにして括り、輪っかに持ち手を作って、ほらよと雑にテーブルに乗せた。

「こんな荒縄で・・レースやシルクの装丁が傷んじゃう・・・こ、こんな廃品回収の新聞みたいに・・・」

孔雀くじゃくは改めてショックを受けてしょぼくれた。

孔雀くじゃく
「・・・はい・・・」

呼ばれて、悲しい気持ちのまま顔を上げた孔雀くじゃく天河てんがの怖いくらい熱を帯びた視線とぶつかって、しばらく見つめてから、はっとした。
違和感が、孔雀くじゃくの中でやっとひとつの答えに繋がった。

「・・・いけません」

天河てんがは、本当に、今、初めて気づいたのかと軽く絶望感を味わったが。

「いけません。天河てんが様。私は翡翠ひすい様の総家令です」
「だから何。そんなの理由にならないのは、自分が一番わかるはず」
「・・・それはそうなんですけれど・・・。いわゆる、ふ、不適切な関係・・・」

総家令とは別に皇帝に操を立てて添い遂げる存在ではない。
しかし、天河てんがの要望には、応えられないだろう。

「私は・・・ちょっと向いていないと思う・・・」

何とも間抜けな理由だが。

「向き不向きの問題か」
「・・・それでもと仰るなら。天河てんが様、私も家令です。お望みであればいかようにもお仕え致します。・・・でも天河てんが様、ご存知ですよね。私、アレルゲンみたいなものですから。免疫がないまま、あのう・・・濃厚接触するとお命に関わります。お時間頂く事になりますので、今の今は無理でございますので・・・」
「・・・時間が問題なわけ?どのくらい」
「え・・あの・・・」

問われて孔雀くじゃくは言葉に詰まった。

「じゃあいいやとでも言うと思ったか?」
「はい」
「・・・具体的な期間は?」

孔雀くじゃくは首を傾げた。
参考になるのは、孔雀くじゃく翡翠ひすいが、瑠璃鶲るりびたきが遺し黄鶲きびたきが免疫治療を施し、茉莉まつりが処方した内服薬を服用した長い時間。

「・・・ええと・・・五年弱、ですかね?」
天河てんがは呆れた。

「お仕えなんかしなくていい」
「・・・だめですって。天河てんが様、本当に死んじゃいますよ。・・・本当に、嘘じゃないんですって・・・」

孔雀くじゃくが首を振った。
その確信があるのか。何をしたものだかと天河てんがは舌打ちした。
天河てんが孔雀くじゃくの腕を引っ張って抱き寄せた。

「・・・・それでもいい。だから。お願い」
「お願いって・・・」

追い詰められた孔雀くじゃくが顔を覆った。
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