ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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170.首を持つサロメ

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 早朝、金糸雀カナリアつばめと朝食を運んできた。
白鴎はくおうが夕食、孔雀くじゃくが朝食と分担し、孔雀くじゃくは夜勤後朝食を用意して一時間程前に寝たと金糸雀が言った。
別に宮城にいるわけじゃないんだから、普通に寝ればいいのにと言うのだが、ここは離宮ではないのでと孔雀は言って、あいわらず宮城にいる時のように仮眠を繰り返す生活。
部屋に入って、金糸雀カナリアが顔を輝かせた。

「カーテンが違うと随分印象が違いますね。よろしいですこと」

部屋が暖かみのある明るいものになった。
いいだろう、と天河《てんが》も上機嫌だ。
つばめはテーブルに皿を並べた。
朝から、助六寿司やら、茶碗蒸し、冬だというのに桜餅まである。
天河が好きなメニューばかり姉弟子が作っていたのだ。
こっちまで甘やかされ始めた、とつばめは苦笑した。

金糸雀カナリア、先日、孔雀《くじゃく》が言ってた・・・」

金糸雀カナリアが聞かれるだとろうと予想していたもので、頷いた。

「首が、という件ですね。・・・正式に文書が残っている訳ではもちろんありません」

金糸雀カナリアが微笑んだ。
確かに、金糸雀カナリア雉鳩きじばとは絵画的な美しさだ。
二人とも、画面映えがする。
だからこそ報道官としての職務もこなす。
更に彼女は宮廷の中も外も心得たものなので後宮でも金糸雀《カナリア》が勤務につく際は人気だ。

「・・・孔雀くじゃくが総家令になりまして間もなく程の事です。私の部隊が前線で二手に分かれて活動をしていたのですけれど。副官の部隊が捕まりましてね。援護に回った私共まで・・・。全て私の未熟ゆえの失態でございます」

陸軍の金糸雀の率いる部隊は十二羽の五色鶸トゥエルブ・ゴールドフィンチ隊という通り名でなかなか有名だ。
戦場の切り込み隊長と呼ばれる海兵隊も真っ青の、陸軍の精鋭の突撃部隊。

「それで、私共の救出活動に集められたのが、当時一番近くで演習していた海軍。その時、調度鷂お姉様と孔雀が軍役についていましてね。まあ、軍は縦社会ですから、部隊を指揮したのは軍中央セントラルの茉莉様、千鳥お兄様でした」

妥当な人事だが、天河てんがはちょっと、と手で制した。

「・・・孔雀くじゃくは、十八まで前線にも実戦にも出てはならぬと皇帝命令がでなかったか」

間違いないはずだ。あの過保護な翡翠ひすいが決めたはずだ。
「・・・ですから、蜜教みつおしえなわけです。実戦にも前線にも出ない総家令なんかいるかと梟《ふくろう》お兄様が言いましてね。だったら孔雀くじゃくという名称を名簿にあげなきゃいい、というわけです」

天河てんががあまりなことにため息をついた。
孔雀くじゃく蜜教みつおしえという名前で軍役についていたという記録文書は目を通したが、どのような勤務内容だったのかは知らない。

孔雀くじゃく真鶴まづるお姉様について十二から軍に入っています。あの子は、一通りなんでもこなしますし、見えない飛行機ステルス乗りです。飛ぶものは得意ですよ。どちらかと言ったらコントロールの方が得意ですけれど。機器がなくとも、ジェット機だって降ろす程」

冗談だろうと天河てんが金糸雀カナリアを見つめた。

「本当ですよ。ほら、天河てんが様。以前ご帰国の際、ハイジャックされたでしょう。あの時、私と大嘴おおはしがご一緒させて頂きましたが」

確かに、母が死に、宮廷を一時出て大嘴おおはしと海外の祖父母の元で数年を過ごした。
時期が来て、また宮廷に戻るという時に、当然のようにお迎えにあがりましたと現れたのはこの美しい女家令だった。
宮廷の専用機をとのふくろうの申し出を祖母が退け、ギルドで所有している飛行機を使ったのだが。
そのスタッフに、テロリストとされる人物が紛れ込んでいたわけだ。
しかし家令が二人も乗っていたのが彼らにとって運の尽きだった。
襲撃を受け負傷したパイロットは運転できず、金糸雀カナリアが着陸の操縦桿を握ったわけだ。

こうなっては騒ぎになると踏んだふくろうが、国内の一番近くの空港に着陸させる事にしたのだが、不運というのは重なるもので、当時、超大型台風の来襲真っ最中で近隣空港が停電した。
戻るほどの燃料もなかった。
復旧作業に猩々朱鷺しょうじょうときが電線持って空港を走り回っていたが、時間がないと判断し、この状態で飛んでるものを降ろせるのは真鶴まづる孔雀くじゃくだけだと金糸雀カナリアふくろうに伝えたのだ。

「あの時、ふくろうお兄様がガーデンから孔雀くじゃくを連れ出して来たんですよ、ドーナツ一箱で。あの子ったら急げと急かされて、おさげとワンピースとつっかけサンダルのまま」

思い出して金糸雀カナリアは楽し気に笑った。
機長、副機長共にハイジャック犯に暴行されて、代わりに操縦桿をに握り、機体を地上に降ろしたのは金糸雀カナリアだった。
インカムの向こうで、風速や方向の情報が流れ、次々と孔雀の指示でいくつもの機体が交差し、降ろされ、飛び上がって行く様子は、正直興奮した。

地方都市の小さな空港のレストランのベランダでおさげ姿でぴょんぴょん跳ねながら手を振っていた妹弟子を思い出すと未だにおかしい。
孔雀くじゃくは、自分のいるベランダと操縦席とをぴったり向かい合わせに着陸させたのだ。
ベランダに売店で買ってきたらしいレジャーシートを敷き、その上に直接油性ペンとダーマトグラフで、びっしりと航空図と計算式を書いていた。
足元にドーナツの箱とジュースが置いてあった。
その場に陣取り、姉弟子を迎えるためにずっと待っていたのだ。

「あの時、国の半分の制空権が、一時的にですが、全て孔雀くじゃくに委ねられたわけです。ふくろうお兄様が小狡い手をあれこれあちこちに使って、殿下の搭乗されている機体を軌道に乗せて着陸させるまでに許されたのは十八分。その間に同時に他の軍用機とカーゴも含む民間機、ドクターヘリも含めて、百十一機。全て、あの子がそれぞれの空港や病院に降ろしたんですよ」

つばめは改めて驚いた。
そういえば、そんなことがあった。
突然、ふくろうがヘリでやって来て、ドーナツを孔雀くじゃくに手渡して、ガーデンから連れ出したのだ。
つばめ、これで私達一年間は梅干しに困らないわね、と嬉しそうな姉弟子と、天日に干す梅干しの土用干しを手伝っていた時だ。
姉弟子は、その翌日遅くに、ついでに実家に寄ってきたと言って山のような菓子を抱えて帰ってきた。
何してきたのかと聞くと、ふくろうお兄様にドーナツ買って貰って、金糸雀カナリアお姉様を空港に迎えに行ってレストランで海鮮丼食べてきて、一緒に実家に寄った、と答えたから、てっきりそうなんだとばかり思っていた。

天河てんがが、ちょっと青ざめながらそれはわかった、言った。

「・・・それで」
「ああ、話が脱線しました。失礼しました。・・・それで。その時、私、捕まりましてね。まあ、戦場で。しかも前線。女が、しかも女家令が捕まりましたらどうなるかなんて」

まるで他人事のようにそう言うが、思い当たってつばめは息を飲んだ。

「・・・国際条例があるだろう」
「弁護士資格のある私が言うのは問題があると存じますが、それは天河てんが様・・・」

バカじゃないの、という顔をされて天河てんがはさらに不安になった。

「救出は早かったのでね。回復も早かったんですよ。ただ孔雀くじゃくが泣いてどうしようもなくて」

それはそうだろう。大事な姉弟子が凄惨な目にあったとしたら。

傷んだ体と心の金糸雀カナリアのベッドサイドで泣き出した孔雀くじゃく
「真鶴まづるお姉様がいたらこんなことにはならなかったのに」と孔雀くじゃくは言ったが。
きっと、真鶴まづるは救出になど来たかどうか。
彼女は常に自分を基準に物事を考える。
自分中心、自己中心というと何とも人間的なコミュニケーションスキルに問題があると思われるが、そうではない。
自分と、自分以外、というくくりなのだ。
そこに、例えば、孔雀くじゃく淡雪あわゆきがぽっかりと存在していることが驚きなのだ。

不思議なことにあの姉弟子は家令という立場を割と気に入っていた。
だが、やはり、彼女は王族に他ならないと思う。
だって、多分、彼女なら、家令が何やってんだよ。まあ後は、得意なんだから裁判にでも引きずり出してやんなさいとでも言っただろう。

孔雀くじゃくは、わんわん泣いた後、すぐにA国と政治取引を始めたのだ。
前線は一旦退く。その代わり、金糸雀カナリアを捕えた部隊の長を出せ、と言った。
勿論、いつものように優雅ではあったが。
裁判かと渋る大統領に、彼女は、いいえ、この件に関しては一切の裁判も交渉も今後拒否致しますと言った。

「どんな政治的交渉があったかなんて、これは孔雀くじゃく翡翠ひすい様しかご存じないけれど。悪名高きチーム蜜教みつおしえと言ったところでしょう。とっ捕まえてきたわけです。・・・体が回復しましてから、孔雀くじゃくに連れられて行った場所に、あの男がおりましたよ」

自分の手を取って、お姉様来てと、孔雀くじゃくはまるで楽しみな買い物や食事にでも誘うようににこやかに言った。
宮城のかつて牢であった地下室の一室に、家令達が何人か居て、はいたか金糸雀カナリアにまるで三日月のような形の刀を投げてよこした。

「・・・昔の刀だってさ。孔雀くじゃくが見つけてきた。凶器だよ、こんなの」

と言う彼女も、妹弟子を辱められて怒っていた。

「二晩かかって研ぎ直したのよ」

しかし、それ以上に孔雀くじゃくは怒っていたのだ。

「・・・先週、貴方は戦死なさいまして。英雄として手厚く葬られたそうです。良かったですこと。国からご家族に褒賞が与えられたそうです。もう心配ありませんね。・・・それから、今朝方、部下の皆さんは、皆さん激症型のインフルエンザでお亡くなりになったそうですよ」

そんわけあるか、とはいたかが苦笑していた。
蜜教みつおしえの命を受けた家令達の仕業だろう。

孔雀くじゃくは身動きのできない男に優しく語りかけた。
金糸雀カナリアは一瞬体をこわばらせた。
自らも、そして部下にも自分を与えた男だとすぐに分かった。
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