ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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8.

205.雛鳥

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 のすりはデッキへと出ると、風の心地よさにほっと溜息をついた。
真鶴まづると対面した後は、どうも疲れてしまう。
誰もがあの輝きに魅了されるらしいが、自分にはちょっと刺激が強すぎるのだろうか。

双子が芝の上でタブレットを覗き込んで、何か真剣に話していた。その後ろのラタンのチェアに雉鳩きじばとが座って何か書類を書いていた。
双子はこちらに気付くと、立ち上がり微笑む。
手振りでお菓子があるからこっちに来いと伝えてきた。
孔雀くじゃくの子の双子は二人ともお下げ髪をぴょんぴょん揺らしてとても可愛らしい。
のすりちゃん!」
真鶴まづるのところにいたの?」
妖精や森の動物のようにちょろちょろとまとわり付かれて、面白くなってくる。
「これ、のすりお姉様に、真鶴まづるお姉様、だ。双子、お前らは女家令の子なんだから」
双子がちょっと肩をすくめた。
雉鳩きじばとの指摘が入ったわ」
「細かい。天パパみたい」
「・・・雉鳩きじばとお兄様だっつうの。細かくない、普通です。あれと一緒にすんなや」
ああまた間違った!と雉鳩きじばとが書類を放り出した。
「双子といると気が散って絶対に字を間違う・・・。やり直しだ」
と、封筒からまた書類を出して、墨を擦り直して、また几帳面な美しい字を書き始めた。
のすりに座るように言い、山のように菓子の入った籠をさし出す。
心地いい炭酸水は、孔雀くじゃくが漬けた梅シロップで作ったらしく、売店でも売ってると雉鳩きじばとが笑った。

雉鳩きじばと、今時手書きなんて。しかも筆よ?データでいいじゃない」
「そうよ。雉鳩きじばと、手が疲れるよ」
「・・・こういうものは手書きが一番なの!」
なんだろうと兄弟子の手元を覗き込むと、入学願と書いてある。
「・・・双子がアカデミーに春から入学する事になってね。願書と簡単な身上書というか」
孔雀《くじゃく》に書類一式を一旦は預けたが、心配でやはり自分で書く事にしたらしい。
「こいつら幼稚園にも学校にも行った事ないからね。・・・心配だよ」
「学校知ってる!朝行って給食食べて帰ってくるのよ」
「ママが言ってた!運動会とか遠足とがあるって」
「・・・・アカデミーに給食はない。研修旅行くらいはあるけど。運動なんかさせたら年寄り連中死ぬわ。お前らの母ちゃんこそまともに学校行ってないんだから全く参考にならないよ」
雉鳩きじばとは膨れた双子の頬を突いた。
「・・・ああ、こないだまで現役女子高生だったのすりに聞けばいいじゃないか。のすりの学校、進学校だろう。辞めるのは勿体無かったな」
休学にして頂いて時間をかけても単位をとって卒業しましょう、と孔雀きじばとは提案したのだが、のすりは退学しますと言って聞かなかった。
今更未練はない。
アカデミーかスコレーという世界でも限られた人間しか入る事のできない教育機関に進学出来るのだとしたらそっちの方が興味がある。
アカデミー長だというこの兄弟子が、それは嬉しいけれどと言った。
「家令の特権の一つだけれどね。試験をパスして推薦状があれば入学できる。アカデミーが大学院ならスコレーは工業高校とか高専に近いノリかねえ。・・・いつでも見学に来なさい。天河てんが様はあっちもこっちも行き来してるから、後で連れて行って貰うといいよ」
恐れ多い事、とのすりは恐縮した。
のすりがちょっと変な顔をしたのに雉鳩きじばとと促した。
「何でも聞きなさい。家令の情報は共有されるものだよ。プライバシーなんか無いに等しい、とくに孔雀くじゃくは。・・・あれは我々の娯楽だからね。動行賭けて、だいぶ儲かったもんだよ」
|雉鳩が嫣然と意地悪く笑い、弾けたように双子も笑い出す。
ああ、この男も、そしてこの小さな可愛らしい女の子達もやっぱり悪い鳥なのだ。

のすりはなんだか呆れてしまって、肩の力が抜けた。
「・・・真鶴まづるお姉様が、孔雀くじゃくお姉様を悪く言うんです・・・」
まるで告げ口をするかのような気持ちで心が痛む。
孔雀くじゃく翡翠ひすい様を奥様から奪って、さらにその息子とも関係があるってか?」
雉鳩きじばとがそう言ったのに、のすりはまだ小さな実子の前でさすがに何て事を、と驚いた。
「本当の事だもん」
真鶴まづるはいつだって正しいもんね。良いか悪いかは別として」
実の娘達の言葉に、のすりは驚いて目をむいた。
「家令というのは常識とか、タブーとかのハードルが、低い、というか。そもそも宮廷というのは、一般常識が違うというか」
さて、この新しく水槽に入ってきた魚のような状態の難しい年頃の娘にどう伝えればいいのだろうか。
例えば、金糸雀カナリア緋連雀ひれんじゃくや、彼女の戸惑いにどう対処するか考えた時、そんなものだから慣れろ、嫌なら辞めちまえと言うだろうし、真鶴まづるは、きっとまだやわな彼女の心に突き刺さるような、えぐるような事をわざと言うだろう。
雉鳩きじばとは考え込んだのに、双子が何を言うのかと興味津々で見ている。
「・・・・あれだ、えーと。異文化。文化が違う。慣れなくなっていいけれど、その場で生活するならその方法が合理的でもあるんだろうから、知っていて損はない。・・・いかにも孔雀くじゃくが言いそうだけれど。・・・まあでもね、だからと言って、あれしてはだめこれはだめという事はないので。家令になったらいろんな制限のリミッターがだいぶ外れるからね。好きにしなさい」
結局、金糸雀カナリア緋連雀ひれんじゃくと言ってる事は同じ。
ということは、生来家令としての身分に生まれついたり、早くから家令として生きて来た者は、最初からリミッターが外れていることになる。
|孔雀が、今までの辛いことや苦しいことに執着しないで、あとは楽しいことだけ考えて生きていけばいいわ、と言ったのも、この新しい生き方をするにはそれが一番合理的で生きやすいからだろう。
なんだか、腑に落ちたというか。
居場所があるという自分の存在の根拠の安心感だと思う。
「・・・まだわからない事だらけです」
「そりゃそうだ。勝手に鳥の名前つけられて、ここにいろと言われただけだものな」
「・・・ここにいていいなら、できる事したいと思います」
家令としての決意表明としては頼りないかもしれないが、正直な気持ちだった。

「しっかりしてるよ。大丈夫。大人だね、のすり
それだけ苦労してきたという事だね、と兄弟子は優しく笑った。
自分の身の上は、彼らふうに言うならば、きっと共有されていて、誰もが情報として知っているのだろう。
「そうそう。面白かったな。中学生の時に一度家出してるって?」
補導歴あり、と意外な一文に興味をそそられたのだ。
のすりは頬を染めた。
「・・・・はい」
家出?すごい!と双子が歓声を上げた。
「・・・すごくないの。私、一時期、学校行きたくなくてね。家がちょっとゴタゴタしてて」
「うちはいつもゴタゴタしてる」
「こないだも、つばめお兄様のせいで仏法僧ぶっぽうそうお兄様がお客様に包丁で刺されて大変だったの」
「・・・恥ずかしいから黙ってなさい。家令はそれで普通だけど、一般から見たら底辺だ」
うち、というのは彼女達にとっては家令全員の事らしい、と思ったのと。
何だかとんでもない事件にのすりは耳を疑った。
「・・・仏法僧ぶっぽうそうに好意を持っていた女優さんに腹立てたつばめが手を出したら、女優さんがつばめの方に本気になったらしくて、仏法僧ぶっぽうそうがトバッチリで切られたんだね。あ、といってもパン切り包丁だったからそんなにザクッと行かなかったから大丈夫」
「でね、旦那様が有名な映画監督のおじさんだったの」
「ママがお詫びにお金と羊羹ようかんとカステラいっぱい持ってお詫びに行ったの」
「・・・双子、のすりが引いてるからやめなさい。・・・まあとにかく、収まるところに収まったから大丈夫だよ」
でも、と双子がひょっこり顔を向けた。
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