仔猫のスープ

ましら佳

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  由実ゆみは、お茶を二杯飲んでしまうと、少し落ち着いついたようだった。
「・・・ごめん」
と最初に謝られて、紗良さらは、内容もわからないのに、思わず「いいの」と言った。
それは、「私、大丈夫だから何でも言って」と言う意味。
「・・・あのね、もっと早く言わなきゃだったの。でも、言えなくて。・・・って言うか、言っちゃうと・・・皆に迷惑かけちゃうし・・・自分でも、こんな形で終わったと思いたくなくて・・・」
黒猫が由実ゆみの膝の上で丸まっていた。
「・・・今日、この後、結婚のお祝いのプレゼント買ってくれるって言ってたでしょ。でもね、それ必要無くなっちゃったの。・・・結婚の話、無くなっちゃったから・・・」
紗良さらが、頷いた。
このタイミングで切り出される告白なら、それだろうとは思ったけれど。
「・・・どうしようね。私、うちの両親にも、会社にも結婚するって話しちゃったから。バカだったなあ」
「・・・そんな。だって、来週に入籍って言ってたんだもの。きちんと先に報告するの当たり前じゃない」
そうなんだけど、と由実ゆみが頷いた。
「あっちは初婚じゃないからって、結納も披露宴も無しでいいって事にしたのは、私。・・・正解ね。やっぱり、どっかでうまくいかないかもって・・・自分でも私、思ってたのかなあ。・・・今住んでるマンションも一緒に暮らす為に借りたものだし・・・」
もう年末だって近いのに、今から引越も大変だろう。
「あの、それ、何で・・・って、聞いてもいい?」
紗良さらが少し遠慮がちに言った。
「・・・正直、よくわかんない。だから、私の何かが悪かったんだろうと思ったんだけど・・・。それもよく分からないの。出会って、二年でしょ。あっちに急かされるみたいに同棲して。私は事実婚でもいいし結婚しなくてもいいって言ったけど、ちゃんとしたいからって結婚しようって言われて」
由実ゆみの元婚約者が、結構な年上で資産家らしい事は知っている。
それから、一度結婚し、離婚した事があるとも。
結局、前回の結婚も、彼の浮気が原因らしい。
猛烈に仕事もするけど、その分、遊び上手でもあり。つまり根が浮気性。
だからこそ年下の恋人を羽振りよく甘えさせてくれる、そんなタイプ。
由実ゆみは、でも私にはそれでちょうどいい、と言っていた。
そういう男に選ばれた、というのは嬉しかったから。
それから自信もあったのだ。
もう浮気なんかさせないと。
「もう、本当。いきなり。・・・だってさ、毎週末、旅行に行ってたくらいなんだから。先々週も京都行って来たばっかり」
紗良さらもお土産にお菓子を貰ったし、とても楽しそうな様子の画像を見せてもらったのに。
「・・・いきなり土下座されて、慰謝料・・・手切金て言われて。片手分貰って。来月中にマンション出て行けってさ。・・・つまり他に女ができたのか。・・・・前からいたのか」
紗良さらは、片手分、というのが分からなかったが、五十万と言われて、またショックを受けていた。
彼が見積った由実ゆみの金額だ。
「・・・だからごめんね。皆にも、謝らなきゃ。紗良さらが、皆からプレゼントのお金集めてくれたんでしょ?本当、ごめんね」
「・・・うん、いいよ。皆、わかってくれるよ」
ただ、悔しいし、悲しかった。
由実ゆみは沢山泣いたのだろう。
「・・・本当、何でなんだろう。・・・でも、その彼氏が悪い事と、由実ゆみが悪いわけじゃないのは分かる」
「・・・ありがとう。・・・・私もそう思う」
由実ゆみはやっと笑った。
安心したかのように、スープが由実ゆみの膝で何度か伸びをすると、床に降りて、厨房で何か仕込みをしていた虹子にじこのもとへと向かった。
「・・・なんかもう、お酒飲みたい気分。どうせ今日、この後、買い物行かないんだし、私、あの美味しそうなの飲んでみたい。・・・いいですか?」
カウンターの果実酒の瓶を示す。
虹子にじこは頷いた。
「はい。何にしましょうね。二種類ミックスしてソーダ割りでもいいし。それからね、このスパイスのお酒、ミルクティーで割るとチャイっぽくなってね・・・」
「チャイ大好き!じゃあ私、それの冷たいやつで」
紗良さらは、突然友人が切り替えたのにも困惑していた。
きっと、そんなすぐに立ち直ったりは出来ないから。
無理をしているのだろう。
とにかく紗良さらは、今はその男が許せない。
「・・・じゃあ、私、その金木犀きんもくせいのがいいです」
金木犀きんもくせいの香りがすっかり気に入ってしまった。
「じゃあ、金木犀きんもくせいとライチの混ぜてソーダ割りにしましょうか?」
紗良さらが味を想像して、それはきっと美味しいだろうと頷いた。
しばらくして、虹子にじこがグラスと、適当に見繕って来たと言って、少しずつつ惣菜を載せた豆皿を沢山運んできて、由実ゆみは歓声を上げた。
「うわ、おいしそう!ああもう、今日はここで飲んじゃう!・・・あの、どうせ聞こえてたと思うんで。・・・何でだと思います?だって、私、ついこの間、京都の縁結びの神様に行ったくらいなのに・・・。良縁祈願までして来たんですよ?なのに全然効かないんだもんなぁ!」
縁結びで有名な神社はカップルや女性でいっぱいだった。
「・・・・私、経験豊富なスナックのママさんとかじゃないから、いいアドバイスとか何も言えないんだけど・・・。ほら、ええっと、KKN?」
「え?」
「神神ネットワーク?みたいな?多分、それ本当に効いてるのよ。良縁結びの神様なんでしょ?だから、良縁じゃ無かったんじゃない?」
無神経な事を言う人だな、と紗良さらはちょっと眉を寄せた。
「神様、これじゃない!!って、ブチって切って。きっと、神様が違う良い縁をぎゅって結んでくれたのよ。今後に期待してたらいんじゃない?」
自分たちより年上であろうに、なんて呑気と言うか、真剣味が足りないと言うか、と紗良さらはちょっとびっくりした。
しかし、由実ゆみは笑い出した。
「もう、何笑ってんのよ・・・。私、その人、全然、許せない」
「だって。なるほど、そうかもよ。あんないきなりズバンだもの。あの男、人間じゃない、鬼、なんて思ってたけど。・・・そっか、人間業じゃ無かったのかもね」
虹子にじこが感心するように、少し悲しそうに微笑んだ。
「・・・やるだけやった人の発言よね。あなた頑張ったのね。だからきっと、神様も誠意見せたのね」
でも、たくさん泣いたんでしょうね、と小さく付け足す。
さて、と虹子にじこは次は何にするかと尋ねた。
「あったかいのだとね、りんごとこのスパイスのお酒とバター混ぜるとアップルパイみたいな味になるのよ。あと、ブルーベリーのもソーダ割りにすると色がきれい。・・・デザートも胡桃くるみのお汁粉とか、豆腐花もあります」
「えー。どうしよう。全部美味しそう・・・。今後ゴタゴタしそうだから。体力気力つけておかなきゃなあ」
由実ゆみはメニューを開いた。
紗良さらは、から元気にしても、気持ちが浮上したらしい友人を良かったと思いつつも、虹子にじこの言葉の何がそんなに由美ゆみに効いたのかもわからない。
年上なんだし同じ女性ならば、もっと、相手を打ち負かすような裁判とか、制裁を与えるようなそういうアドバイスをしてくれてもいいのに。
ドアベルの音がして、数人の客が入って来た。
「いらっしゃいませ」
「・・・三人なんだけど大丈夫?」
「お、スープちゃん、今日は出迎えてくれたのかぁ」
「やだ、可愛い!本物の招き猫いるの、この店!」
いらっしゃいませ、と言うようにスープが短く鳴いて喉を鳴らした。
虹子にじこちゃん、スープちゃんに、お刺身出してあげて」
「え!?そう言うのアリなの?じゃあ、私、お肉あげたい!それで私のテーブルについて欲しい!」
「無いですよ、そういうシステム・・・。じゃあ、改めてごゆっくりね」
そう挨拶をすると、虹子にじこが、注文を取りに行った。
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