仔猫のスープ

ましら佳

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18.紅花

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 虹子にじこは亡き青磁せいじの母へとタラバガニと、シャコの炒め物を供えて手を合わせた。
それから花束も。
馴染みの花屋に注文したのだが、季節柄どうしても正月っぽいものしかなくて、お仏前に備えるには少し派手目だけれど、彼女と同じ名前の紅花を沢山入れて貰った。
「・・・紅花べにかさん、かにですよー」
彼女はかにが大好きだった。
その様子を青磁せいじが不思議そうに見ていた。
「・・・虹子にじこ、いつも思ってたんだけど。かに、棚に置いて何してんの?」
「・・・え?・・・これ、紅花べにかさんのお仏壇じゃないの?」
だって、大仏とか観音様とかガネーシャ像が鎮座しているではないか。
「はあ?それ、ただの棚だよ?・・・こっちこっち」
と、その斜め向かいの洒落たアンティークのライティングデスクを示す。
そっちはそっちで、こけしや赤べこがずらりと並んでいる。
「・・・これ、机じゃない?」
「机なんだろうけど。母ちゃんが、可愛いからこれを私の仏壇にしろって買って来たんだもの。写真もあるじゃない」
確かに写真はたくさんあるけれど、それは普通の写真立てで、家族旅行や何か行事ごとのスナップ写真ばかり。
普通、遺影と言うのは故人一人だろう。
「え・・・これじゃ皆死んじゃったみたいじゃない?・・・うそー。私、もう何年もただの棚拝んで、あれこれお供えしてたって事?」
「あー、だからたまに、ここに花だとか酒とか蟹置いてあったのかー。俺、食ってたわ」
「・・・・私、紅花べにかさんが食べてるんだとばかり・・・」
「そんなわけあるかい」
青磁せいじが笑った。
祖父じいさんも祖母ばあさんも仏壇がそれぞれあるんだよね。あっちこっちの部屋に。祖父じいさんのは、和室にある水晶くり抜いてるみたいなのあるじゃない。あれ。祖母ばあさんのは温室にある、白に金のバラ模様のロココ調の引き出しみたいなやつ。生前から自分の好きな置物だの勝手に置いて飾り付けするからごっちゃごちゃしてるけど、よく見ると位牌もある」
確かに、写真と置物に隠れていたが、やたらこじんまりとしたクリスタル製のような位牌が出て来た。
嘘でしょ、と虹子にじこが絶句した。
「・・・だからここに招待状ずっと置いておいたの?」
「うん。置いたのは、母ちゃん」
そう、と虹子にじこは罪悪感を感じた。
息子の結婚式だったんたもの。ガッカリさせてしまったよなあ。
「いやいや、これは青磁オマエへの戒めだから!忘れんな!と凄んでいましたけどね・・・」
でも彼女なりの、人生の思い出深いアイテムの一つなのは間違い無いだろう。
他にも、家族旅行で行った海で拾った貝殻やら、シーガラスが置いてあったり、シルバークラフト体験で作った十字架のペンダント等が飾ってある。
混沌カオス
これでこの家が、長年瑞臨寺ずいりんじでも大口の檀家だと言うのが不思議だ。
「・・・こんなんだもの。まさか、寺のお嬢様とは結婚出来ないよなぁ。破門になっちまう」
冗談に聞こえない。
「・・・そんな話あったの?」
「うーん、・・・うん。ほら、四年制大学新卒で、普通、こんな小児科の受付とかあんまりやらないもんだろ。そもそもあそこんちの奥さんが持って来た話だからね。よく聞くじゃない?お寺の息子のお坊さんって、同じ宗派のお寺の娘さんとか檀家の娘さんと結婚したりするってさ。うちなんか、自営業だし、いいと思ったんじゃない?姑も死んで居ないし。・・・ほい、一回上げたから、もういいよね」
青磁せいじは蟹を取り上げてしまった。
彼もまた蟹には目がない。
「・・・でも確か、紗良さらちゃんて、五年くらいお勤めなんでしょ?」
「うん。辞めないで働いてくれて助かるよね。確か、保育士の資格持ってるしね、子供の扱いうまいんだよ」
五年、と言われて虹子にじこはちょっと変な顔をした。
「・・・じゃあ、あの店、オープンしたの三年前だもの。・・・そう言う選択もあったわよね・・・」
虹子にじこは責任を感じた。
「・・・じゃあ、あの、鍋持ってご飯作りに来た話って・・・」
首藤しゅとう夫人。いや、でもね。本当にあの鉄仮面みたいなでっかい鍋に怖くなって、インフルエンザなんで帰ってくださいってお引き取り願ったんで・・・。何も、してません」
少し焦っているのが可笑しいが、彼としてはそこは強調しておきたいらしい。
「・・・うーん。なかなか油断出来ない人間関係」
虹子にじこは吹き出した。
「そうだそうだ。・・・野良猫が来ないようにする方法って知ってるか?」
「ペットボトルに水入れたやつ庭に置くんでしょ?あと木酢液を撒くんだっけ?」
常連客に聞いた事がある。
「違う。あんなの効くもんか。・・・答えは、猫を飼う事。その家に猫が居てテリトリーを守っていれば、他の猫は敷地内に寄ってこない。これは本当。獣医に聞いたんだから」
なるほど、と虹子にじこは頷いた。
「・・・飼われるのは嫌ですけど」
「・・・あー、ええと。・・・語弊があったけど・・・」
それが嫌で自分の元から逃げ出したのは虹子にじこだ。
「もう、いいの。だから戻って来たんだから」
呑み込まれないように、太刀打ちできるように。
それが出来るようになって、その時まだお互いに違和感が無ければまた一緒に過ごすと言う選択肢をお互いに捨てなかったと言うのは不思議だけれど。
それを縁というか、カルマというかは人によって、状況によってそれぞれだろうけれど。
因縁いんねんとは言ったものだ。
ネコ達が2匹で追いかけっこをして遊んで居た。
飛び乗った拍子に何かがバサバサと落ちたようで、青磁せいじがため息をついた。
あの仔達も何らかの影響はある。頻繁に行き来するようになったのだし。
神神ネットワークとネコネコネットワークがタッグを組んで、こうなったとしたら面白いなあなんて考える。
あまり国内の有名な神社に行ったことはないが、香港の黄大仙祠ウォンタイシンにはたまに行っていた。
観光地としても有名で、そこに月下老人という縁結びの神様が、男女を赤い糸ならぬぶっとい綱で結んでいる、という像がある。
そこで良縁を願って赤い糸を奉納するという祈願があるのだが、やった事はない。
「健康祈願と商売繁盛と厄払いしかした事ないなあ」
「・・・厄ですか、俺」
「違う違う、そういう意味じゃなくて」
青磁せいじかにをかじりながら恨めしそうにしている。
「・・・その分、俺がお願いしといた」
「は?」
「ジュジュに連れて行って貰った。その、なんとかって、爺さんの縁結びの神様と。あと山ん中にある、岩」
「え?婚姻石ラバーズロック?あそこちょっとした山登りじゃない!ジュジュと?」
初耳だった。
婚姻石ラバーズロックは山の中にある岩石だが、縁結びスポットでカップルや恋人を求める若者に人気がある。
「ジュジュはあの後すぐに姉さんと結婚したのに、俺は一向に効果無くて。やっぱり外国人だから言葉が通じないからかって思ったもんだけど。おふだに名前書くんだけど、ジュジュは同じ漢字使ってる名前なんだから神様読めるはずだ、大丈夫って言ってたけど・・・」
虹子にじこは呆気に取られていた。
「・・・やだ、重い」
「そのくらいの実績があるから神様も評価してくれたんだと思うけどね」
19歳で自分の元から去ったの虹子にじこは、結局十年程まともに戻って来なかったのだ。
それなのに、姉の柚雁ゆかりと結婚したジュジュが日本に住む事になった。
もともと金蘭軒のあるビルは、虹子にじこの母の持ち物だったのだが、柚雁ゆかりがジュジュと暮らす為に譲って貰い買い上げたもの。
しかし、程なく、ジュジュの両親がカナダに移住する事になり、レストランの経営の為にジュジュが帰国し、柚雁ゆかりも行ってしまって。
そして、物件をそのままにしておくのはもったいないという事で、柚雁ゆかり虹子にじこの母の華子と、虹子にじこを引き受けてくれたベーカリーカフェのオーナーが相談して薬膳カフェというコンセプトで店を出してはどうかと持ちかけたのだ。
一番心配してくれたのも、励ましてくれたのも彼女だった。
やはり母の親戚筋に当たる日本人の女性で、金蘭酒店の姉妹店のような形でベーカリーカフェを経営していた。
姉が夫のもとへと向かい、入れ替わるようにして虹子にじこが戻って来た。
青磁せいじがどれだけほっとしたか、きっと虹子にじこはわからないだろうけれど。
虹子にじこがせっかくだからと花を生けた花瓶をデスクに移動した。
「思い出すわね。紅花べにかさんが亡くなったのもお正月だったから・・・」
「全くね。年末にガンだって分かって、死ぬんだって大騒ぎした後、じゃあ来年から闘病するぞっつって、目指せキャンサー・サバイバーとか言ってたのに、その三日後年明けにあれこれご馳走食ってて餅詰まらせて死ぬって・・・。せっかちな人ではあったけれど・・・」
まあ、最後に大好物のかにも腹一杯食えたのは良かった・・・のかどうか。
「・・・・なんか、見られてるみたいで食いづらいよな・・・」
青磁せいじは抱えて食っていたかにを一杯だけ違う皿に移すと、母親の仏前に供え直した。
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