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⌘1章 雲母の水底 《きららのみなぞこ》
25.三叉路
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A国に到着し、たいした入国審査もなくそのまま丁度三叉路を見下ろせる場所にあるホテルに入った。
国賓の来客をもてなせる程ではないが、街でも老舗の店で、落ちついた様子だった。
十一の身分を知る支配人が一番良い部屋を用意していたと伝えた。
暗に、現在十一よりも立場が上の人間の滞在は無いので気遣い無用であると伝えたのだろう。
残雪はその思慮深さに感謝を伝えて微笑んだ。
A国は政変は動乱を繰り返しながら一旦の安定を保っているようだ。
既存政権を倒した軍事政権から、知識階級による立法府が生まれ、人々の暮らしも落ちついてきたようだと十一が言ったのに、残雪は首を振った。
「・・・きっとこれだけじゃ済まない。また嵐が来るでしょう」
その反政府組織とやらが、他国の大国の皇帝とその半身の宮宰の暗殺をきっかけに引き起こしたかった、こんな突発的な"革命"が、これだけで終わるとは思えない。
彼等にしたらまだまだ物足りないのだ。
もはや反政府組織の広がりは、人々の思想や国を超えた。
経済も巻き込んで、まだまだ儲けが欲しいところだろう。
そもそも彼らが望んだのは大国と周辺国家を巻き込んでの大規模な戦争だ。
しかし、そうはならなかった。
蛍石と五位鷺が望まなかった事だから。
締結されたいくつかの文言の一文に、"何があろうとも交戦は望まない"と記されていたからだ。
二人の遺志を守るべく、A国に同行した官吏や女官、そして家令達が奔走した。
特にこの十一は、知らせを受けてすぐに現地に向かい状況を収集し、帰国後は更に速やかに新皇帝の即位を運び、宮廷の維持にも務めた。
その功もあり、橄欖女皇帝やその父である皇太后一族からも信頼が厚い。
残雪は、部屋の窓から長い時間、雪が降り続く三叉路を見つめていた。
人が行き交う姿も少なく、驚く程、痕跡が何も無い。
この場所で、夫と恋人は死んだそうだ。
その亡骸すら手が届かない今、何か痕跡をと思って来てみたのがまるで間違いだったのだと突きつけられたようで。
見通しは良く、三叉路の真ん中の道を真っ直ぐ行けば、広い公園の先に元大統領官邸がある。
最後の設宴に向かう蛍石や五位鷺の乗った四頭立ての馬車を見物に沿道には人垣が出来ていたそうだ。
国体が揺らいでいる時期に隣国から来た女皇帝は歓迎され、設宴が終われば帰国する彼女に市民は声援を送っていた。
そして、この三叉路に差し掛かった時に、群衆から飛び出した革命支持者の男が爆発物を投げつけ、それが馬車の直近で爆発し弾け飛び、馬ごと馬車は横転し燃え上がった。
咄嗟に女皇帝を庇った総家令はわずかに息があったそうだが意識は無く、女皇帝もまた重体、その後その場で死亡が確認された。
双子の女家令の妹、山雀は即死。
日雀と、それとは別に騎乗していた八角鷲は重体だった。
前日までの大雪が嘘のように明るく晴れた日だったらしい。
馬車の中では、蛍石と五位鷺と双子の姉妹家令が、自分や子供達に買ったお土産についてあれこれ話していたそうだ。
目に浮かぶよう。
今は、命が助かったがやはり後遺症がまだ残る日雀は神殿で、静養しながらの日々を送っているそうだ。
助かって良かったと心底思うが、主人を見殺しにしたと罪悪感に苦しんでいる事だろうと思うと辛かった。
残雪は床に座り込んだ。
長い間、喪失感を抱えて、張り詰めて、追い込んで来た日々。
いつか辿り着こうと思った場所。
それを支えにしていた日々。
そして、今、この場に来てみて、なんという虚無感だろう、なんという手ごたえの無さだろう。
何か、ひどく意味の無い間違ったものを積み上げて来た日々だったのだろうか、という罪悪感と不安。
「雪が、銀星と春北斗を守ったから、あの子達は今生きてる」
十一が椅子に座らせた。
「・・・二年だもの。何かあると思ってたわけじゃないけど、こんなに何も無いなんて思わなかった・・・」
そう言うと残雪は顔を覆って泣き出した。
もう、何にもないんだと改めて痛感する。
蛍石の亡骸は、王族の墓陵に埋葬され、王族と神殿の神祇官しか近付く事は出来ず。
五位鷺の遺体は灼熱の炉に放り込まれた。
自分達が過ごした離宮は、今は宮城に返還され、皇太后である竜胆の実家に与えられたそうだ。
奪われて憎いとは思わない。
それはかつて自分が彼等から奪った幸福であったろうから。
ただ、改めて全て喪なったのだと痛感する。
喪失の傷がどうしても痛む。
今は耐えればいいのだろうと我慢して、それでたどり着いた今がたまらなく痛む。
自分たちの立場上、こんな事もあるかもしれないと想定していたのも本当。
そうなったら、自分が子供達を守れるようにと考えていた。
その通り。との通りになったのだ。
誰が悪い。
なぜこうなった。
原因なんて、探して探して、何年もたった。
自分達にこそその要因があって。
そうして生きて、そして、死んでしまった。
失くしてしまった。
やっぱり、結婚式の日にこの男の言った事は正しかった。
宮城に関わり、小娘の我儘な幸福などすり潰されてしまった。
深々と雪が街を白く覆い尽くして行った。
国賓の来客をもてなせる程ではないが、街でも老舗の店で、落ちついた様子だった。
十一の身分を知る支配人が一番良い部屋を用意していたと伝えた。
暗に、現在十一よりも立場が上の人間の滞在は無いので気遣い無用であると伝えたのだろう。
残雪はその思慮深さに感謝を伝えて微笑んだ。
A国は政変は動乱を繰り返しながら一旦の安定を保っているようだ。
既存政権を倒した軍事政権から、知識階級による立法府が生まれ、人々の暮らしも落ちついてきたようだと十一が言ったのに、残雪は首を振った。
「・・・きっとこれだけじゃ済まない。また嵐が来るでしょう」
その反政府組織とやらが、他国の大国の皇帝とその半身の宮宰の暗殺をきっかけに引き起こしたかった、こんな突発的な"革命"が、これだけで終わるとは思えない。
彼等にしたらまだまだ物足りないのだ。
もはや反政府組織の広がりは、人々の思想や国を超えた。
経済も巻き込んで、まだまだ儲けが欲しいところだろう。
そもそも彼らが望んだのは大国と周辺国家を巻き込んでの大規模な戦争だ。
しかし、そうはならなかった。
蛍石と五位鷺が望まなかった事だから。
締結されたいくつかの文言の一文に、"何があろうとも交戦は望まない"と記されていたからだ。
二人の遺志を守るべく、A国に同行した官吏や女官、そして家令達が奔走した。
特にこの十一は、知らせを受けてすぐに現地に向かい状況を収集し、帰国後は更に速やかに新皇帝の即位を運び、宮廷の維持にも務めた。
その功もあり、橄欖女皇帝やその父である皇太后一族からも信頼が厚い。
残雪は、部屋の窓から長い時間、雪が降り続く三叉路を見つめていた。
人が行き交う姿も少なく、驚く程、痕跡が何も無い。
この場所で、夫と恋人は死んだそうだ。
その亡骸すら手が届かない今、何か痕跡をと思って来てみたのがまるで間違いだったのだと突きつけられたようで。
見通しは良く、三叉路の真ん中の道を真っ直ぐ行けば、広い公園の先に元大統領官邸がある。
最後の設宴に向かう蛍石や五位鷺の乗った四頭立ての馬車を見物に沿道には人垣が出来ていたそうだ。
国体が揺らいでいる時期に隣国から来た女皇帝は歓迎され、設宴が終われば帰国する彼女に市民は声援を送っていた。
そして、この三叉路に差し掛かった時に、群衆から飛び出した革命支持者の男が爆発物を投げつけ、それが馬車の直近で爆発し弾け飛び、馬ごと馬車は横転し燃え上がった。
咄嗟に女皇帝を庇った総家令はわずかに息があったそうだが意識は無く、女皇帝もまた重体、その後その場で死亡が確認された。
双子の女家令の妹、山雀は即死。
日雀と、それとは別に騎乗していた八角鷲は重体だった。
前日までの大雪が嘘のように明るく晴れた日だったらしい。
馬車の中では、蛍石と五位鷺と双子の姉妹家令が、自分や子供達に買ったお土産についてあれこれ話していたそうだ。
目に浮かぶよう。
今は、命が助かったがやはり後遺症がまだ残る日雀は神殿で、静養しながらの日々を送っているそうだ。
助かって良かったと心底思うが、主人を見殺しにしたと罪悪感に苦しんでいる事だろうと思うと辛かった。
残雪は床に座り込んだ。
長い間、喪失感を抱えて、張り詰めて、追い込んで来た日々。
いつか辿り着こうと思った場所。
それを支えにしていた日々。
そして、今、この場に来てみて、なんという虚無感だろう、なんという手ごたえの無さだろう。
何か、ひどく意味の無い間違ったものを積み上げて来た日々だったのだろうか、という罪悪感と不安。
「雪が、銀星と春北斗を守ったから、あの子達は今生きてる」
十一が椅子に座らせた。
「・・・二年だもの。何かあると思ってたわけじゃないけど、こんなに何も無いなんて思わなかった・・・」
そう言うと残雪は顔を覆って泣き出した。
もう、何にもないんだと改めて痛感する。
蛍石の亡骸は、王族の墓陵に埋葬され、王族と神殿の神祇官しか近付く事は出来ず。
五位鷺の遺体は灼熱の炉に放り込まれた。
自分達が過ごした離宮は、今は宮城に返還され、皇太后である竜胆の実家に与えられたそうだ。
奪われて憎いとは思わない。
それはかつて自分が彼等から奪った幸福であったろうから。
ただ、改めて全て喪なったのだと痛感する。
喪失の傷がどうしても痛む。
今は耐えればいいのだろうと我慢して、それでたどり着いた今がたまらなく痛む。
自分たちの立場上、こんな事もあるかもしれないと想定していたのも本当。
そうなったら、自分が子供達を守れるようにと考えていた。
その通り。との通りになったのだ。
誰が悪い。
なぜこうなった。
原因なんて、探して探して、何年もたった。
自分達にこそその要因があって。
そうして生きて、そして、死んでしまった。
失くしてしまった。
やっぱり、結婚式の日にこの男の言った事は正しかった。
宮城に関わり、小娘の我儘な幸福などすり潰されてしまった。
深々と雪が街を白く覆い尽くして行った。
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