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1.
2.冷たくて甘いもの
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藤枝は、桃を自分の部屋に連れて行き、不安そうに顔を覗き込んだ。
「・・・また今頃か。・・・座りなさい」
2リットルのスポーツドリンクを差し出された。
毎年本格的に暑くなる前に桃は一度体調を崩すのだ。
学生時代には、部活の最中に救急車で運ばれた事もある。
「・・・いや、こんなには・・・飲めない・・・かな・・・?」
なみなみと注がれたマグカップ出されたが、有無を言わせない様子に桃はおとなしく口を付けた。
やはり脱水だったようで、予想外に一気に飲み干した。
おお、いい飲みっぷりだな、と公太郎が茶化した。
水分が体に吸い込まれて行くのがわかる程だった。
「・・・献血後と熱中症時のスポーツドリンクというのは湯上がりのビールよりうまいのはなんでなんでしょう?」
桃が呑気にも正直に言う。
「・・・それが熱中症だからだろうな。ほれ、もう一杯」
表面張力ぎりぎりにまた注がれた。
「・・・あ、すみません」
桃はまたカップをあおった。
その様子をホッとしたように見ながら、公太郎がため息をついた。
「・・・この寒暖差も悪いらしいよな。外は40℃、室内は20℃だろ。・・・でも省エネなんて言ってらんない暑さだもんなあ」
これが温暖化か、と公太郎はため息をついた。
ここ二十年で、年々気温は上昇を続けている。
「私も、部屋、一日中エアコンつけっぱなしですから」
自宅で猫を飼っているので、常に適温を保たないといけないのだ。
「・・・この暑さじゃ、蒸し猫になっちゃうもんなあ。・・・少し、休んで行きなさい」
さすがに断ろうとしたが、まだ立ち上がる事ができず、桃は素直に頷いた。
しばらくすると、同僚達が何人もお見舞いと称して藤枝の部屋を訪れ、冷たいお茶や、スポーツドリンクや、カップに入ったダイスカットされたスイカ、トマトジュース、塩飴やカリカリ梅の救援物資を置いて行って、ソファに横になっていた桃の枕元にはお供えが山積みになっていた。
桃が熱中症になり、藤枝の部屋で行き倒れていると話が回ったのだろう。
それぞれが自分の一推しの熱中症対策食品を熱く語りながら置いて行った。
「・・・皆、優しいよね。日本てこういうとこあっていいなあ」
桃はソファに寝そべりながらカットスイカを頬張った。
優しいスイカの青い香りと甘みに軽い感動を覚えた。
「スウェーデンはそうでもないけど、アメリカなんて体調管理出来ないやつは仕事できないって言われて出世出来ないから。皆、病気になったら隠すの必死よ。でもバレると、申告しなかったって総叩き」
「・・・丈夫で健康なやつしか病気にもなれないな」
矛盾する事を言い、公太郎は世知辛いと呟いた。
桃は藤枝にもカステラを渡した。
「このカステラかわいい」
包装に不思議なキャラクターが描いてあった。
熊のような、猿のような、犬のような。
「・・・あー、昔からいるな。何じゃこりゃ」
と言いながら、公太郎は受け取ったカステラを頬張った。
カステラなんて口にするのは随分久しぶりだが、しみじみ美味い。
桃は壁の時計を見て、はっとした。
「・・・大変ご迷惑おかけしました。・・・すいません、遅くして・・・」
既に就業時間は過ぎていた。
まだ少し足元が変な感じがするが、大丈夫のようだ。
「・・・送って行くから待ってなさい」
「いいです。大丈夫です。水分と塩分と糖分、電解質もとったし血糖値も上がったし」
お供えありがたや、と桃は同僚達に感謝した。
「・・・桃、熱中症と言うのは・・・」
公太郎が説明と説得をしようとした時、ノックの音がして、失礼しますと声がした。
桃は、またお供えかな、今度はアイスがいいな、と笑ったが、思わぬ人物に半身を起こした。
常務の小松川悠だった。
「・・・オルソン博士。体調不良と伺いました。医師をお連れしました。・・・どうぞ」
白衣姿の女性が促されて入室して来た。
「・・・え?いや、そんな・・・すみません、軽い熱中症みたいなものなだけで」
「オルソンさん。去年もそう言って、寝込みましたよね?」
社内医の葉山月子が言ったのに、桃はハイと情けなく頷いた。
「お食事は?今日、召し上がったものは何ですか?」
「・・・お昼は、アイスと、アイスコーヒーと。今、スポーツドリンク1リットルと、あとスイカとお菓子を皆に貰っていっぱい食べました」
桃が嬉しそうに言うのに、三人が押し黙った。
このひと、ちょっとガイコクジンだから言葉のニュアンス通じなかったかしら?と月子は首を傾げた。
「お食事ですよ?」
「食べたものですよね?だから、アイスと・・・」
「・・・桃、いや、オルソンさん、いいか?あのー、先生は、例えば、カレーとか、蕎麦とか。そういう事をな・・・」
「本部長、私、日本語わかりますって。私、第一言語が日本語です。意味わかってますよ?」
全員に「本当かよ、こいつ」と言う懐疑的な顔で見られて、桃は戸惑った。
なるほど、ではもっと問題だ、と月子がため息をついた。
「・・・そう。じゃ、アナタ。ごはん食べてないのね?」
「だって毎日こんなに暑いのに、あつあつのカレーやおでんより、冷たいもののほうが体にもいいでしょ?」
灼熱の日々で、愛すべき冷たくて甘いもの。
これのどこがダメなんだ、と桃は三人を見渡した。
藤枝がため息をついた。
「・・・あのな、栄養というのは、ブドウ糖やらタンパク質やらビタミンやらと言うな・・・」
「そうよ。まずは食事って基本なの。まとまった量の炭水化物と、タンパク質」
それはちゃんと取ってる、プロテイン飲んでるしと反論しようとした時、小松川が割って入った。
「・・・オルソン博士。・・・体調管理も仕事のうちですよ」
体調管理できない奴は仕事出来ないって事、と自分で言った言葉が、手厳しく痛いブーメランで帰ってきた。
桃は、ハイ、とだけ言って頷いた。
「・・・また今頃か。・・・座りなさい」
2リットルのスポーツドリンクを差し出された。
毎年本格的に暑くなる前に桃は一度体調を崩すのだ。
学生時代には、部活の最中に救急車で運ばれた事もある。
「・・・いや、こんなには・・・飲めない・・・かな・・・?」
なみなみと注がれたマグカップ出されたが、有無を言わせない様子に桃はおとなしく口を付けた。
やはり脱水だったようで、予想外に一気に飲み干した。
おお、いい飲みっぷりだな、と公太郎が茶化した。
水分が体に吸い込まれて行くのがわかる程だった。
「・・・献血後と熱中症時のスポーツドリンクというのは湯上がりのビールよりうまいのはなんでなんでしょう?」
桃が呑気にも正直に言う。
「・・・それが熱中症だからだろうな。ほれ、もう一杯」
表面張力ぎりぎりにまた注がれた。
「・・・あ、すみません」
桃はまたカップをあおった。
その様子をホッとしたように見ながら、公太郎がため息をついた。
「・・・この寒暖差も悪いらしいよな。外は40℃、室内は20℃だろ。・・・でも省エネなんて言ってらんない暑さだもんなあ」
これが温暖化か、と公太郎はため息をついた。
ここ二十年で、年々気温は上昇を続けている。
「私も、部屋、一日中エアコンつけっぱなしですから」
自宅で猫を飼っているので、常に適温を保たないといけないのだ。
「・・・この暑さじゃ、蒸し猫になっちゃうもんなあ。・・・少し、休んで行きなさい」
さすがに断ろうとしたが、まだ立ち上がる事ができず、桃は素直に頷いた。
しばらくすると、同僚達が何人もお見舞いと称して藤枝の部屋を訪れ、冷たいお茶や、スポーツドリンクや、カップに入ったダイスカットされたスイカ、トマトジュース、塩飴やカリカリ梅の救援物資を置いて行って、ソファに横になっていた桃の枕元にはお供えが山積みになっていた。
桃が熱中症になり、藤枝の部屋で行き倒れていると話が回ったのだろう。
それぞれが自分の一推しの熱中症対策食品を熱く語りながら置いて行った。
「・・・皆、優しいよね。日本てこういうとこあっていいなあ」
桃はソファに寝そべりながらカットスイカを頬張った。
優しいスイカの青い香りと甘みに軽い感動を覚えた。
「スウェーデンはそうでもないけど、アメリカなんて体調管理出来ないやつは仕事できないって言われて出世出来ないから。皆、病気になったら隠すの必死よ。でもバレると、申告しなかったって総叩き」
「・・・丈夫で健康なやつしか病気にもなれないな」
矛盾する事を言い、公太郎は世知辛いと呟いた。
桃は藤枝にもカステラを渡した。
「このカステラかわいい」
包装に不思議なキャラクターが描いてあった。
熊のような、猿のような、犬のような。
「・・・あー、昔からいるな。何じゃこりゃ」
と言いながら、公太郎は受け取ったカステラを頬張った。
カステラなんて口にするのは随分久しぶりだが、しみじみ美味い。
桃は壁の時計を見て、はっとした。
「・・・大変ご迷惑おかけしました。・・・すいません、遅くして・・・」
既に就業時間は過ぎていた。
まだ少し足元が変な感じがするが、大丈夫のようだ。
「・・・送って行くから待ってなさい」
「いいです。大丈夫です。水分と塩分と糖分、電解質もとったし血糖値も上がったし」
お供えありがたや、と桃は同僚達に感謝した。
「・・・桃、熱中症と言うのは・・・」
公太郎が説明と説得をしようとした時、ノックの音がして、失礼しますと声がした。
桃は、またお供えかな、今度はアイスがいいな、と笑ったが、思わぬ人物に半身を起こした。
常務の小松川悠だった。
「・・・オルソン博士。体調不良と伺いました。医師をお連れしました。・・・どうぞ」
白衣姿の女性が促されて入室して来た。
「・・・え?いや、そんな・・・すみません、軽い熱中症みたいなものなだけで」
「オルソンさん。去年もそう言って、寝込みましたよね?」
社内医の葉山月子が言ったのに、桃はハイと情けなく頷いた。
「お食事は?今日、召し上がったものは何ですか?」
「・・・お昼は、アイスと、アイスコーヒーと。今、スポーツドリンク1リットルと、あとスイカとお菓子を皆に貰っていっぱい食べました」
桃が嬉しそうに言うのに、三人が押し黙った。
このひと、ちょっとガイコクジンだから言葉のニュアンス通じなかったかしら?と月子は首を傾げた。
「お食事ですよ?」
「食べたものですよね?だから、アイスと・・・」
「・・・桃、いや、オルソンさん、いいか?あのー、先生は、例えば、カレーとか、蕎麦とか。そういう事をな・・・」
「本部長、私、日本語わかりますって。私、第一言語が日本語です。意味わかってますよ?」
全員に「本当かよ、こいつ」と言う懐疑的な顔で見られて、桃は戸惑った。
なるほど、ではもっと問題だ、と月子がため息をついた。
「・・・そう。じゃ、アナタ。ごはん食べてないのね?」
「だって毎日こんなに暑いのに、あつあつのカレーやおでんより、冷たいもののほうが体にもいいでしょ?」
灼熱の日々で、愛すべき冷たくて甘いもの。
これのどこがダメなんだ、と桃は三人を見渡した。
藤枝がため息をついた。
「・・・あのな、栄養というのは、ブドウ糖やらタンパク質やらビタミンやらと言うな・・・」
「そうよ。まずは食事って基本なの。まとまった量の炭水化物と、タンパク質」
それはちゃんと取ってる、プロテイン飲んでるしと反論しようとした時、小松川が割って入った。
「・・・オルソン博士。・・・体調管理も仕事のうちですよ」
体調管理できない奴は仕事出来ないって事、と自分で言った言葉が、手厳しく痛いブーメランで帰ってきた。
桃は、ハイ、とだけ言って頷いた。
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