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15.野生に近い愛しき感性
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保真智は、りんごの木箱を抱えて、兄の家を訪れていた。
ぎっしり詰まった木箱入りのりんご。
更には緩衝材に稲の籾が入っていたものだから、兄の子供達は大喜び。
小学生の年子の男の子と女の子の甥と姪は、見る度に小さな大人に成長して行く。
りんごは毎日10個づつ食べて、籾は撒いて遊ぶ、箱は机にするとか宝物入れにするとかで大騒ぎ。
保真智は嬉しく思った。
「今時りんごの木箱なんて珍しいものね!わあ、美味しそうねえ」
兄嫁の美智子が、りんごをいくつか取り出した。
「一輝さん、りんごいくつ食べる?」
夫である兄は、しばし考えてから、「4つ?」と答えた。
「・・・いや、食い過ぎだろ、兄ちゃん」
「何言ってんだ。季節の果物つうのは、一番美味い時にまとめて食うのが一番うまいんだぞ。野生の熊とかもそうだろ」
確かにそうかもしれない。
とすると恋人である桃も野生に近いのかと、保真智はおかしくも愛しくもなった。
一回り以上歳の離れた兄は、嬉しそうに木箱を眺めた。
「こりゃいいな。・・・お前から定期的に果物が届くようになって、父さんも母さんも楽しみにしてるようだよ」
「産地直送だからな」
自分と桃の家族にと、果物狩りのお土産に季節の果物を届けるようになって一年がたつ。
実家の両親も、同居の妹も美味しいものアテにしちゃってその辺の店の果物を買う気にならないと言っていた。
これほど美味しいものが定期的に届けば当然だと納得する。
両親も兄も自分もあまり酒を飲めない体質で、アルコールの代わりに果物や甘いものは、家族の誰にとっても喜びである。
「結婚式の準備はもう始めたの?私、結婚式にお招ばれなんて久々。楽しみ!」
兄嫁は、結婚式用に色留袖を買ったのだと楽し気に話した。
「うちの子達にリングボーイとフラワーガールなんてお役目まで頂いちゃって。上手にできるかしら。練習しなくっちゃねえ」
自分の結婚式以上にはしゃいでいるらしい。
「・・・なあ、お前さ。結婚前の遊び納めのつもりか?」
二人きりになると、一輝がそう訊ねた。
保真智がバツが悪そうな顔をした。
「・・・なんで・・・兄ちゃん・・・」
に、そんな事言われなきゃいけない、なのか。
が、そんな事知ってるんだ、なのか。
「・・・そんな、噂になってる・・・?」
一輝がため息をついた。
ここしばらく、この弟が、プロホステスでアマチュア彼女とでも言う立場の女性達と行き来がある事を耳にしていた。
「・・・いや、ピンポイントで知られているって話。・・・でも、良くは無いわな。・・・小松川さんとこの娘さんなんだろ?」
「うん・・・」
「いくら外の子とは言え、あちらの家に知られたとして、気持ちのいいものでは当然無いし。父親がわりの祖父《じい》さんって、俺も知ってるくらいの文化人のセンセイじゃないか。しかも北欧系のイケオジ。・・・ああ言う連中って、あちこちの教授と知り合いだろ?どことどんなふうに繋がってるか。そもそも、その祖父《じい》さんの孫なわけだし、大学にも現役合格して院に進むって言うくらいだから、才媛なんだろうし。・・・母さんも大絶賛だもんよ。頭はいいし、着物の趣味もいい。着付けもお茶もお花も一通りできる、何より真面目、すごい掘り出し物を見つけた保真智《ほまち》は、でかしたトリュフ犬だって言ってた。しかもそれもお祖母様仕込みでございますなんて、そんなの今時普通にいねぇだろ」
妻が、将来、義弟の妻になるその女性の人となりより、彼女の身につけている、いわゆるお嗜みについて母から聞いて、多少神経質になっているのは伏せておく。
妻とは職場結婚である。
経営するホテルでは、そこそこのお家柄の子女が推薦という縁故として就職する伝統がある。
彼女もまた秘書として勤務していて、そのうちの一人であった。
妻は、そこそこの私立大出だし、何より機転も利くし愛想も良く、そこそこ英語も話せる。
しかし、彼女なりに負い目を感じているようなのだ。
お茶だのお華だの、着付けだの。
確かにあって困るものでもないし、素晴らしい事であるが、自分としては、そんなもの、今時、一生のうちに、あっても二度くらいしか必要じゃないもん身につけなくてもいいのではと思っていて、妻に至らなさは感じていないのだが。
しかし、彼女の負い目というのは、つまり向上心の現れで良いものでもあると思うのだ。
だから何か行動するのか、と言うのは別としても。
「まあね。多言語話者だし、頭はいい。何回聞いてもわかんないような研究してるし。いちいち不思議面白いし、たまらなく可愛いしな」
途中から惚気《のろけ》になる。
「それから。なんて言うか、桃ちゃんと一緒にいると、自分がちょっと良くなったような、つうか・・・」
それが何なのか、わからないけれど。
桃と居ると、桃の生活圏の中にいると、自分がちょっと良い人間になったような気持ちになる。
桃を下に見ている、と言う事ではもちろん無く。
素直になってみて、その良い部分に気づいてほっとすると言うような。
「・・・なら尚更だろ。お前、自重しろよ。派手に遊ぶのやめろよ。・・・大体、そういうものってバレんだろ。・・・それともお前が遊ぶのも気にしない、そんなにサバけた女なのか?・・・そんな事ねぇだろ?」
心配性でしっかり者の兄が呆れたように言った。
「・・・サバけたどころか・・・」
「あぁ?・・・若いから、世間知らずで丸め込めそうってか?・・・そりゃお前、今時分のこのホワイト社会で分が悪いぞ・・・」
自分もまた度を越した夜遊びにキレた妻に何度かキレられた事のある一輝が小声で言った。
「・・・うーん、確かに世間知らずではある。いや、世間知らずって言うか・・・。浮世離れ・・・?」
そこがまた、興味深いんだけど。
「・・・だからさ、俺とあんまりにも違う、わけよ・・・」
「・・・そりゃあなあ。お前、世間擦れしてて、教養無いもんなあ」
「・・・で。・・・俺は思ったわけだ。・・・これは、どうしたら誠意を見せれるかって」
「・・・へぇ?」
誠意。
まさかこの弟の口からそんな言葉が飛び出すとは。
こいつも成長したのだなあと感慨深い。
ぎっしり詰まった木箱入りのりんご。
更には緩衝材に稲の籾が入っていたものだから、兄の子供達は大喜び。
小学生の年子の男の子と女の子の甥と姪は、見る度に小さな大人に成長して行く。
りんごは毎日10個づつ食べて、籾は撒いて遊ぶ、箱は机にするとか宝物入れにするとかで大騒ぎ。
保真智は嬉しく思った。
「今時りんごの木箱なんて珍しいものね!わあ、美味しそうねえ」
兄嫁の美智子が、りんごをいくつか取り出した。
「一輝さん、りんごいくつ食べる?」
夫である兄は、しばし考えてから、「4つ?」と答えた。
「・・・いや、食い過ぎだろ、兄ちゃん」
「何言ってんだ。季節の果物つうのは、一番美味い時にまとめて食うのが一番うまいんだぞ。野生の熊とかもそうだろ」
確かにそうかもしれない。
とすると恋人である桃も野生に近いのかと、保真智はおかしくも愛しくもなった。
一回り以上歳の離れた兄は、嬉しそうに木箱を眺めた。
「こりゃいいな。・・・お前から定期的に果物が届くようになって、父さんも母さんも楽しみにしてるようだよ」
「産地直送だからな」
自分と桃の家族にと、果物狩りのお土産に季節の果物を届けるようになって一年がたつ。
実家の両親も、同居の妹も美味しいものアテにしちゃってその辺の店の果物を買う気にならないと言っていた。
これほど美味しいものが定期的に届けば当然だと納得する。
両親も兄も自分もあまり酒を飲めない体質で、アルコールの代わりに果物や甘いものは、家族の誰にとっても喜びである。
「結婚式の準備はもう始めたの?私、結婚式にお招ばれなんて久々。楽しみ!」
兄嫁は、結婚式用に色留袖を買ったのだと楽し気に話した。
「うちの子達にリングボーイとフラワーガールなんてお役目まで頂いちゃって。上手にできるかしら。練習しなくっちゃねえ」
自分の結婚式以上にはしゃいでいるらしい。
「・・・なあ、お前さ。結婚前の遊び納めのつもりか?」
二人きりになると、一輝がそう訊ねた。
保真智がバツが悪そうな顔をした。
「・・・なんで・・・兄ちゃん・・・」
に、そんな事言われなきゃいけない、なのか。
が、そんな事知ってるんだ、なのか。
「・・・そんな、噂になってる・・・?」
一輝がため息をついた。
ここしばらく、この弟が、プロホステスでアマチュア彼女とでも言う立場の女性達と行き来がある事を耳にしていた。
「・・・いや、ピンポイントで知られているって話。・・・でも、良くは無いわな。・・・小松川さんとこの娘さんなんだろ?」
「うん・・・」
「いくら外の子とは言え、あちらの家に知られたとして、気持ちのいいものでは当然無いし。父親がわりの祖父《じい》さんって、俺も知ってるくらいの文化人のセンセイじゃないか。しかも北欧系のイケオジ。・・・ああ言う連中って、あちこちの教授と知り合いだろ?どことどんなふうに繋がってるか。そもそも、その祖父《じい》さんの孫なわけだし、大学にも現役合格して院に進むって言うくらいだから、才媛なんだろうし。・・・母さんも大絶賛だもんよ。頭はいいし、着物の趣味もいい。着付けもお茶もお花も一通りできる、何より真面目、すごい掘り出し物を見つけた保真智《ほまち》は、でかしたトリュフ犬だって言ってた。しかもそれもお祖母様仕込みでございますなんて、そんなの今時普通にいねぇだろ」
妻が、将来、義弟の妻になるその女性の人となりより、彼女の身につけている、いわゆるお嗜みについて母から聞いて、多少神経質になっているのは伏せておく。
妻とは職場結婚である。
経営するホテルでは、そこそこのお家柄の子女が推薦という縁故として就職する伝統がある。
彼女もまた秘書として勤務していて、そのうちの一人であった。
妻は、そこそこの私立大出だし、何より機転も利くし愛想も良く、そこそこ英語も話せる。
しかし、彼女なりに負い目を感じているようなのだ。
お茶だのお華だの、着付けだの。
確かにあって困るものでもないし、素晴らしい事であるが、自分としては、そんなもの、今時、一生のうちに、あっても二度くらいしか必要じゃないもん身につけなくてもいいのではと思っていて、妻に至らなさは感じていないのだが。
しかし、彼女の負い目というのは、つまり向上心の現れで良いものでもあると思うのだ。
だから何か行動するのか、と言うのは別としても。
「まあね。多言語話者だし、頭はいい。何回聞いてもわかんないような研究してるし。いちいち不思議面白いし、たまらなく可愛いしな」
途中から惚気《のろけ》になる。
「それから。なんて言うか、桃ちゃんと一緒にいると、自分がちょっと良くなったような、つうか・・・」
それが何なのか、わからないけれど。
桃と居ると、桃の生活圏の中にいると、自分がちょっと良い人間になったような気持ちになる。
桃を下に見ている、と言う事ではもちろん無く。
素直になってみて、その良い部分に気づいてほっとすると言うような。
「・・・なら尚更だろ。お前、自重しろよ。派手に遊ぶのやめろよ。・・・大体、そういうものってバレんだろ。・・・それともお前が遊ぶのも気にしない、そんなにサバけた女なのか?・・・そんな事ねぇだろ?」
心配性でしっかり者の兄が呆れたように言った。
「・・・サバけたどころか・・・」
「あぁ?・・・若いから、世間知らずで丸め込めそうってか?・・・そりゃお前、今時分のこのホワイト社会で分が悪いぞ・・・」
自分もまた度を越した夜遊びにキレた妻に何度かキレられた事のある一輝が小声で言った。
「・・・うーん、確かに世間知らずではある。いや、世間知らずって言うか・・・。浮世離れ・・・?」
そこがまた、興味深いんだけど。
「・・・だからさ、俺とあんまりにも違う、わけよ・・・」
「・・・そりゃあなあ。お前、世間擦れしてて、教養無いもんなあ」
「・・・で。・・・俺は思ったわけだ。・・・これは、どうしたら誠意を見せれるかって」
「・・・へぇ?」
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まさかこの弟の口からそんな言葉が飛び出すとは。
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